『見えていなかったモノ』
悪い人ではなかった。
誰かを騙そうとしたわけでも、意地悪をしたわけでもない。
ただ、人との距離が、少し苦手だった。
深く付き合うことが怖かった。
相手に合わせることも、気を遣うことも、疲れてしまう。
だから、友人関係はいつも浅く広く。
困った時に助けを求められるような、親しい友人はいなかった。
「人に頼らなくても、何とかなる」
真由はそう思って生きてきた。
離婚してから、娘を育てる中、多くの人に支えられてきた。
元夫の両親は、孫を可愛がり、時間を作ってくれた。
娘の周りの大人たちは、時には親のように気にかけてくれた。
でも真由は、それを特別なことだと思っていなかった。
「みんな優しい人だから」
「子どものことだから、自然にしてくれているだけ」
そんなふうに受け取っていた。
感謝していなかったわけではない。
心の中では、
「ありがたいな」
と思っていた。
でも、その気持ちを言葉にすることは、少なかった。
「ありがとう」
「助かりました」
「本当に感謝しています」
たったそれだけの言葉や気遣いが、人とのつながりを深めることを、真由は知らなかった。
娘が大きくなり、家を出た。
子育てという大きな役割が終わった時、真由の周りには、驚くほど人が残っていなかった。
連絡を取る友人もいない。
何かあった時に、「大丈夫?」と、聞いてくれる人もいない。
そこで初めて気付いた。
自分は一人で生きてきたつもりだったけれど、本当はたくさんの人に支えられていたのだと。
あの時の笑顔。
あの時の手助け。
あの時かけてもらった言葉。
全部、自分の人生を支えてくれていたものだった。
でも真由は、それがどれほど大切なものか、その時は何も分かっていなかった。
誰かを傷つけたかったわけじゃない。
ただ、当たり前だと思っていたものが、当たり前ではなかったことに、気付くのが遅過ぎた。
静かな部屋で、真由は小さく呟いた。
「ありがとうって、ちゃんと伝えてればよかったな……」
その言葉を届けたい相手は皆、もう遠く離れている。
人とのご縁は、失った時に初めて、その重さに気付く。
真由が失ったのは、家族だけではなかった。
子育てと同じように、ゆっくり育てて行くことに気付けなかった、小さな、他人とのつながりの数々だった。




