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都会のネズミと銃の女  作者: 羊倉ふと
2章

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9/11

9 陶磁器人形の……女?

「コトノハ! 町がめちゃくちゃになってる! 助けに行こう!」


 森の中を、八歳のコトノハは姉といっしょに駆けていた。

 コトノハの家はふもとの町から離れた山の中にある。家でいつものように親の仕事を手伝って居るときに、大きな地震が起きた。家は崩れてしまったが、幸い家族は全員が外に出ていたため無事だった。

 ふもとの町の方を見ると、ところどころで煙が上がっており、遠くからでもその被害が大きいことがうかがえた。

 七つ年上の姉は他人を手伝ったり人助けしたりするのが好きだった。前に一度、なぜそんなに進んで人助けをするのかと訊いたら「そうすると気持ちがいいから」と笑顔で答えていた。

 町に辿り着くと、やはりどの建物もめちゃくちゃになっていた。無事な人たちが必死になって、瓦礫をどかして下敷きになった人を助け出したり、けが人の手当てをしたりしている。姉はすぐさま火を消す作業の手伝いを始めた。

 コトノハも何か手伝おうかと思ったが、その場に佇むことしかできなかった。小さな自分の体では、火を消す水や瓦礫のように重い物を運ぶ仕事はできないように思えたからだ。

何か自分にもできることはないかと周りを見回していると、どこからかかすかに、


「助けて、ここだよ」


と声が聞こえた。周囲の人たちは慌ただしく動き回っているので気づいていないようだ。


「お願い、だれか、来て」


 声がする方へいくと、そこも瓦礫の山になっていた。確かにここから声が聞こえる。しかし、瓦礫をどかす人は誰もいなかった。原形が残っている瓦礫を見ると、どうやら貯蔵用の蔵として使われていた建物のようだ。きっと、ここには人がいないだろうと判断されてしまったのだろう。声はまだ聞こえている。


「お母さんが、はやく」


 コトノハはその場でネズミに転位した。その能力は母親由来のものだった。父は普通の人間だが、母は鳥に、姉は狼に転移する能力を持っていた。母と姉に比べ、ネズミの姿なんぞ何の役にもたたないと思っていたが、今がそれを使うときだ。

 町の人と交流するのはいいが、能力は絶対に人に見せるな、家の外で使うこともダメだ、ときつく言いつけられていた。家が山の中にあるのも、能力を隠すためだ。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 小さな体で瓦礫の中を這い進んでいく。声を追っていくと、そこには下敷きになった大人の女性と、コトノハと同じくらいの年の女の子がいた。大人の方は血を流し気絶していて、子供の方は泣きながら助けを呼んでいる。

 それを見たコトノハはすぐさま引き返した。そして瓦礫から出ると、その場で人間に戻った。その様子を目の当たりにした何人かの人は目を丸くして驚いていたが、コトノハは気にせず大声で叫んだ。


「ここにも人がいる! 女の子とお母さん! 怪我してる! 早く来て!」


 すぐに人が集まり、コトノハが瓦礫を撤去するべき場所を指示した。作業が進み、中からさっきの二人が出てくる。大人の方はけがの手当てもされ、一命をとりとめたようだ。コトノハは胸を撫で下ろすと同時に、自分が助けたのだという達成感を感じた。姉が言っていたことが、少しわかった気がした。

 ふと視線を感じ、振り返ってみると、コトノハがネズミから人間へ転位するところを見ていた人が、怪訝な顔でこちらを見ている。何か引っかかるものを感じたが、すぐに目を逸らし、他に手伝える救助作業を探しにいった。この時はまだ、それがなにを意味するかわかっていなかった。

 被害が落ち着いたころ、コトノハの家族が異能の力を持っていることが町の人たちに広まった。両親は頭を抱えて、なぜ人がいる場所で能力を使ったのかと、コトノハを叱責した。両親の怒り様に困惑しつつ、人を助けるためだったと反論したが、少しも話を聞いてもらえなかった。


「コトノハは間違ってないよ」


 泣いて落ち込んでいるコトノハに姉はそう言ってくれたが、不安そうな顔をしていた。

 その数日後、武器を持った人たちが山に入ってきた。父は立て直したばかりの家に残ると言い、コトノハは母と姉と三人で山から逃げることになった。

 森の中を獣になって進んでいる最中、家がある方から、怒号と、銃声が聞こえた。

 三人で逃げ続けたが、追手の襲撃により、結局みんな散り散りになってしまった。みんながどこにいるのか、生きているのか、死んでいるのか、何もわからなくなってしまった。ひとりぼっちになってしまった。

 コトノハは一人きりで、町を移り、国を越え、生き残るために旅を続けた。その道中で何度も、人に助けられたり裏切られたりしてきた。それを乗り越えていくうちに、前をだけを見続けなければ生きていけない、そう考えるようになった。そうしなければ潰れてしまいそうだった。


──コトノハのせいだよ。


 頭の中で姉の声が聞こえる。抑揚のない、氷のように冷たい声が。姉はそんなことを言わないと信じていたし、今まで一度も言われたことがないのに、なぜかはっきり聞こえた気がした。


──どうしてあの時、能力を使ったの。


 ごめんなさい。あの子を助けようだなんて考えて、ごめんなさい。


 ──お父さんも、お母さんも、もう会えなくなっちゃったよ。


 ごめんなさい、お姉ちゃん。私のせいで家族がばらばらになってしまって、ごめんなさい。


 ──あんたのせいだ、全部。


 そうだよね。わたしが悪かったんだ。わたしがあんなことをしなければ、今もみんなで一緒にいれたんだ。ごめんなさい、お姉ちゃん。ごめんなさい、みんな。

 やがて姉の声は消えた。だが、その声はその後もことあるごとに聞こえてきた。その度にコトノハは、声が聞こえなくなるまで謝り続けた。

 そうして月日が経っていった。

 地震の日から五年後、コトノハはたどり着いた港町から輸送船に忍び込み、海を越えて、フラクタル・シティにやってきた。さらにその半年後、謎の黒い女に出会い──


     ◆


《なんでそんなところで寝てるんですか?》


 鈴を転がしたかのような、澄んだ声が聞こえた。

 昨日メインに案内された部屋でコトノハは目を覚ました。木の床に日の光が差している。そして床から視線を上げると目の前に、レースのカーテンのような茶色い布が見えた。なんだこれは?

 さらに視線を上げると、女の人が立っているのが見えた。カーテンだと思ったものはロングスカートの裾のようだ。床に横向きで寝ていたので布の端だけ見えていたのだ。

 背の高い女だった。メインよりももっと高く、二メートル近くあるようだ。シックな茶色のドレスを着ていて、同系色のケープを羽織っている。髪は灰色の長髪だ。

 そしてその顔面は陶磁器でできていた。

 透明感のある純白のセラミックスによる完璧な無表情。その顔の中で動くものは、何層も重ねられたガラスレンズの眼球と、下顎のパーツのみ。窓から差す朝日を浴びて髪をきらめかせ、宙をきらきらと舞うほこりを周囲に漂わせるその姿は、まるで美術館の展示品のように見えた(行ったことはないが)。


思想人形ロマンスゴーレム?」


 魔法陣仕掛けルーントリックの陶磁器人形だ。富裕層向けに販売され、召使や話し相手として使役されている。フラクタル・シティでも、場所によっては思想人形ロマンスゴーレムを連れて歩いている人をよく見かける。この都市に来て初めて見たときには面食らったが、今ではもう見慣れた。

 だが、この場で出くわすことになるとは思わなかった。


「え? なんで思想人形ロマンスゴーレムがここに?」

《メインから聞いていませんか? 私がレコードルです》


 喉に内蔵されたルーンによって空気を振動させることで生じる声だ。きれいな響きのする声だが、どこか違和感があり、機械的な感じがする。


「秘書がいるとは聞いていたけど、思想人形ロマンスゴーレムだとは思わなかったから」

《おや、思想人形ロマンスゴーレムが秘書をやるのはおかしいですか? ゴーレム差別です?》


 レコードルが首を傾げる。


「いやいや、そんなつもりじゃなくて。ええと……気を悪くしたなら、ごめんなさい」


 距離感がわからないので謝っておいた。するとレコードルは、いたずらっぽく手を口に当てて言った。


《からかっただけですよ。そんな子ではないとメインから聞いています。フフフ》


 体を揺らしながら笑い声をあげた、陶磁器製の表情は無表情のままなのでいまいち冗談なのかそうじゃないのか判断できない。


《二階のオフィスでメインが待っています。朝食もありますから、食べながら仕事については話せばいいでしょう》

「まだ決めたわけじゃないけど、わかった」


 起き上がってレコードルの後に付いて部屋を出る。階段を降りながら訊いた。


「レコードルはメインの召使いなんだよね?」


 それを聞くとレコードルがぴたりと足を止めた。そしてギギギと関節が擦れる音をたてて、首をコトノハの方に向ける。


《召使ですって?》


 相変わらず無表情だが、これは怒っている顔だとコトノハは直感した。


《ここに来るときに看板を見ませんでしたか?》


 昨夜ここに来たときのことをぼんやり思い浮かべた。


「……探偵事務所、って書いてありました」

《クローム! アンド! レコードル! 私立探偵事務所! です! 事務所の名前からわかる通り、私とメインは対等な関係です。そこを勘違いしないでください。もしかして、思想人形ロマンスゴーレムのことをただの無機物だと思っていませんか? だとしたらなんてこと! 私たちは人間と同じか、それ以上の性能を持つ生命体ですよ?》


 間違いなくキレている。


「ご、ごめんなさい……」

《……まあいいでしょう。素直なのはいいことです》


 気まずい雰囲気のまま二階に着いた。レコードルが、顔面と同じく陶磁器製フレームでできた球体関節の右手でドアノブを回し、ドアを開けて中へ招いた。


《どうぞ、入ってください》

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