8 武器商人の女
深夜の工業地区。インフラ整備中の工事現場や建設中の建物が続く一帯で、作業員はみんな自宅へ帰り誰もいなくなった道を、一人の男が歩いていた。
刈り上げた白髪交じりの黒髪と、黒目がちな細い目が特徴の、精悍な顔つき男だった。港湾の作業者が着ているような上着に身を包み、なにやらブツブツと独り言をつぶやいている。
その男は、取り壊し予定のとある廃墟の前まで来ると足を止め、それを見上げてから中へ入った。事前に指定された場所へ向かうのである。
窓から入る月明りを頼りにしながら、階段をのぼって三階にあがり奥の部屋へ向かうと、閉じられた両開きドアの隙間から部屋の明かりが漏れているのが見えた。どうやらここで間違いないようだ。
男はドアを開けて中に入った。
部屋の中は応接室のような作りになっていた。中央にテーブルがあり、それを挟むように革張りのソファが置かれている。
部屋の中には、すでに二人の人物がいた。
部屋に入った男と対面するように、白い格好をした女が、足を組んで座り微笑んでいる。
月光のような銀色のストレートヘアを肩より下まで伸ばした女だ。髪に負けないくらい、輝く白さを放つパンツスーツを着ている。肌も透き通るように白く、その目は夜の海のような深い青色をしていた。成人しているように見えるが、その顔立ちは人形のように整っていて、どこか幼さも感じさせる。まるで貴族のご令嬢が大きな商談に臨むかのような、そんな姿に見えた。
そして、白い女の背後に、異常に背が高い大男が立っている。
頭が天井に届くほどの超高身長だ。三メートル近くはあるように見える。横幅も広く、真っ黒いスーツがはち切れんばかりに膨らみ、体格にふさわしい量の筋肉があることが見て取れた。髪は赤茶で、まるでライオンのたてがみのように頭の周りに広がっている。体格と相まって、やはり猛獣のように思えた。さらにその大男は、顔を白磁のマスクで隠しており、両掌も黒い手袋をしていた。素肌を一切外に出していない男だった。
「どっちが〈ソムリエ〉だ?」
後から部屋に入った男が、これから取引をする相手を確かめるべく訊いた。
「彼はわたくしのボディガードです。取引には一切口を出しません。おかけになってください。ミスター・ノーバディ」
そんなこともわからないのか? とでもいうように白い女──ソムリエが小さく息を吐き、肩をすくめた。
後から入った男──ノーバディは大男を一瞥し、ソムリエの正面の席についた。部屋を見回し、訝しむような顔をして言った。
「この部屋には商品が何も置いていないように見えるが」
「わたくしが管理している量はここに入り切りません。それに、あなたにお渡しするのはまた後になりますので」
「相手に売る品物はお前が決める、というのは本当のようだな」
「ええ、あなたが取引するにふさわしい相手かどうかも、わたくしが決めます。そのための『面談』です。わたくしは、あなたが何をするか? 何ができるか? そしてこの世界に何をもたらすか? ということに興味があり、それを重要視します。それで、あなたはなぜわたくしと取引を?」
ノーバディはゆっくりと前のめりになり、両拳を握りしめた。
「復讐だ」
「足りません。もっと詳しく話していただけますか?」
「オークー一家。発着場がある地域を縄張りにしているギャングだ。そいつらに妻と息子を殺された。借金のかたという理由で。やつらを血祭りにあげ、皆殺しにしてやりたい。それができるような強力な武器が欲しい」
「理由はそれだけですか?」
「それだけ、だと?」
それを聞くとソムリエは、はあ、と小さくため息をついてかぶりを振った。そして目を細め、蔑むような目線をノーバディに向ける。
「陳腐です。そして、あまりにつまらない」
「……なんだと?」
「復讐それ自体はただの手段。重要なのはその結果です。あなたが目的にする家族の復讐によって、得られる結果はなんでしょう?」
ノーバディは答えず黙っていた。その様子を見てソムリエが話を続ける。
「考えられるものは三つあります。そして、それらは実質的には無価値です。
一つ、その行為によってあなたに生じる感情。殺人の快感、復讐を果たした瞬間の達成感、すべてが終わった後の安堵感。どれもあなたの中だけで完結することですね。あなた一人が気持ちよくなるだけのことにいったい何の意味が? 他人からするとまったく取るに足らない要素です。
二つ、復讐が終わった後の状況。ギャングが壊滅し、都市から悪党が少しだけ減る。これも、大局的にみれば意味がないでしょう。ギャングが一つや二つ増えたり減ったりしたところで、全体からすれば影響はありません。実質的には何も起きていないのと同じです。
三つ、復讐が連鎖する可能性。ギャングの残党やその関係者が、あなたに復讐しに来るという展開です。一見これはちょっと面白そうな気もしますが、やはり大局的にみれば意味はありません。なぜなら、最終的にはどちらかが死に絶えて終わるだけだからです。つまり、復讐が連鎖したところで、一つ目と二つ目の結果に収束するわけですね。よってこれも無価値。
結局のところ、復讐なんてものはある種の機械的なシステムのように、あらかじめ決められた結果しか得られない予定調和なものでしかないのです。
だから、陳腐でつまらないと言ったのです。
わたくしが取引するにふさわしいと思うのは、その後が想像できないような、もっとわくわくするような状況を生み出してくれそうな方です。わたくしの商品を使って、混沌をこの世界にもたらしてくれる、そんな方に。その期待値が大きければ大きいほど、わたくしは強力な武器を用意します。
その観点から言わせていただくと、あなたの期待値はゼロです。まったくの無価値。よってあなたにお渡しするものは何もありません」
ひとしきりしゃべり終えると、ソムリエは腕を組んで椅子に背を預けた。
「お引き取りください」
「ふざけるな!」
ノーバディは顔を真っ赤にして怒鳴り、肩を震わせながら勢いよく立ち上がった。
「仇を討つことが無価値だと? バカなことを言うな!」
ノーバディは懐から一枚の紙のようなものを取り出し、テーブルに叩きつけるように置いた。
それは写真だった。そこには大人の男女と子供が一人写っていた。
「家族との写真だ! 見ろ! 息子はまだ六歳だった! それなのに、やつらは関係がない妻と息子に手をかけた! 想像できるか? この二人が、殺されるまでの間にどんな目に遭ったか、どんな思いをしたか、どんな風に殺されたか! おれはそれを知った。そんなおれの感情に、意味がないなんてことがあるわけがない! やつらを皆殺しにすることで──」
喚き散らすノーバディを無視しながら、ソムリエはテーブルに置かれた写真に視線を落とし、ふと首を傾げた。そのまま姿勢を直し、写真を手に取って見る。写真とノーバディの顔を交互に見て、怪訝な表情をしてみせた。そして少し考えたそぶりをしてから、何かが腑に落ちたように小刻みにうなずき、微笑んだ。
「気が変わりました」
ノーバディがぴたりと止まった。
「……取引をする気になったということか」
「ええ、どうやらあなたには才能があるようですね。都市にカオスを引き起こす才能が。最後の物言いはちょっと破綻している気もしますが、そこは目を瞑りましょうか」
どかっとソファに座り直し、ノーバディが訊いた。
「それで、どんな武器をくれる」
「おすすめはいくつかありますが、あなたに向いているものはそうですね……〈コーラル〉なんてどうでしょうか」
「〈珊瑚〉?」
「ええ。サンゴ虫と、魔石を代謝する始原菌との合成生物です。〈虫〉は知っていますか?」
「体に寄生させて使う兵器だということは知っているが」
「それの一種です。でもこれは、身体機能を強化するものではありません。使用時に宿主の体表へ現れ、まるでサンゴ礁のように魔石を生成し、さらに魔法陣を描画し発動するというものです。潜入用の兵装として軍で開発された代物になります。使用後は体の中にしまっておけますから」
「なぜ合成生物にそんなことをさせる?」
「工業製品に使用されるルーンには、魔石の印刷と定着処理が施されますが、それをそのまま人体へ適用することはできません。どちらの素材も人体には有害ですからね。だから適応力がある合成生物に代理させるんです」
「ルーンといってもその作用は様々なものがあるが、それはどうなる?」
「あらかじめ〈コーラル〉に記憶させたパターンを描かせます。どの能力を持つ〈コーラル〉にするかも、こちらで見繕いましょう」
「確実にやつらを皆殺しにできるものが欲しい」
「そこはお任せください。あなたにぴったりなものを用意しますよ。ただひとつ、注意点があります」
「何だ」
「能力を使うときに痛みを伴います。寄生虫が皮膚を突き破って外に出てくるわけですから。わたくしは使ったことがないので、どのくらい痛いかわからないのですが、これが理由で正式採用は見送られたそうです。ちなみに、突き破られた皮膚の傷は能力使用後に〈コーラル〉が生成するタンパク質の膜で覆われるから見た目ではわかりません」
「問題ない。その程度の覚悟はできている」
それを聞いたソムリエはぱんっ、と両手を合わせて、少女っぽくにっこりと微笑んだ。
「素晴らしいです。まったくブレませんね、あなたは。先ほど言ったように、商品はここにはありません。〈コーラル〉の寄生にも施術が必要なので、場所を移りましょうか」
話がまとまると、二人は同時に立ち上がった。
そしてノーバディは、ソムリエの背後に佇むボディガードの大男をちらりと見た。
よく躾けられた犬だ。取引中に大声を張り上げる場面もあったが、この大男はまったく身動きも口出しもせず、じっとしていた。
そう思いながら、ソムリエとともに部屋を後にした。




