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都会のネズミと銃の女  作者: 羊倉ふと
1章

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7/11

7 事務所へご案内

「この辺でいいかな。出ておいで」


〈バッツ〉のアジトから少し離れた人気のない建物の陰になっている場所で、メインが外ポケットを開いてコトノハを出してやった。

 もう能力がバレているので、コトノハはメインの目の前で人間に戻る。


「ワオ! すごいな! どうなってるんだ? 痛くないのか?」

「痛くはない。水に潜る感じがする。というか、あんまり驚いてない?」

「まあ、変わったやつには何人も会ったことがあるし。世の中にはいろんなやつがいるからな。でもネズミに変身するやつは初めてだ」


 例によってニカッと笑いながら言った。確かにメインは、ギミールのような怪力の化け物相手でも物怖じせずに戦っていたし、彼女的にはコトノハのように異能の力を持っている人間のことは、それほど珍しくはないのかもしれない。


「それで……わたしをどうするつもり?」


 背筋に冷や汗が伝う。倉庫内での墜落から助けられたとはいえ、メインが何を企んでいるのかわからない。警戒心を緩めずに訊いた。


「だから、採用だよ、採用!」


 いったい何に採用しようというのか、コトノハは想像を巡らせた。見世物、奴隷、愛玩用、実験動物、剥製……まさか、食材……。怪しい部屋で笑みを浮かべたメインに弄ばれる自分の姿が、脳裏でぐるぐると移り変わっていく。

 逃げ出したいという思いでいっぱいだったが、そうする勇気もない。もしそうしたら、後ろからあの変な拳銃で、粘土弾とやらを撃ち込まれるに違いないと思った。


「うちの事務所で雇ってやる! 今日からアタシの助手になれ!」

「……はい?」

「お前、なんであの倉庫の二階にいた? 中で何が起こっているのか気になったからだろ? いいね、そういうの! 好奇心旺盛! ネズミに変身して忍び込んだのか? それもいい! うちの仕事にピッタリだ!」

「え、あの──」

「一人で捜査をするの、キツイんだよなー。事務所に秘書はいるんだけど、外の仕事はぜーんぜん手伝ってくれないし。名前はコトノハ、だったよな? どう? やってみない? ちゃんと給料払うから!」

「いきなり、そんなこと言われても──」

「事務所に空いてる部屋もあるから、そこで寝泊りしてもいいぞ! ちょっと古い建物だけど、部屋はキレイにしてる。いや、足元見て言ってるわけじゃないからな? 気を悪くしないでくれ。でも一応その場合は、家賃はもらっておこうかな。そこは要交渉ってことで」

「寝泊り……」


 メインの畳みかけるようなスカウトに圧倒されつつ、つい最後の話が気になってしまった。そういえば今日は、新しい寝床を探そうとしていたのだった。それを思うとメインの提示する条件は渡りに船である。屋根付きの寝床。悪くない。そんな気がしてきた。その一方で自分の現金さにも呆れる。

 そんなコトノハの気も知らず、メインはまだまだしゃべり続けている。


「いきなり決めろって言われても、やっぱり困るよな? そうだ! 今日はもう暗くなってきたし、うちに泊まりなよ! 見学だ! アタシの助手をやるかどうかは、明日になってから答えてくれればいいから! どう? どう?」


 腕組みをして、どうするか考える。メインが言葉巧みに子供を攫うド変態である可能性は、まだ捨てきれない。だが彼女は、〈バッツ〉を一人も殺さずにやっつけていたし、警察とも仲がよさそうだった。二階から落ちた自分を助けてくれたのも、打算的な行為ではなかったように思える。


「じゃあ、一晩だけなら」

「……その返しはちょっとエロいな」


 メインが口に手を当てて言った。やっぱり変態かもしれない。警戒度が少し上がった。


「ともかく! そうと決まったら、事務所にいくぞ!」


 メインが嬉々としてそう言い、倉庫街に来たときと同じように並んで歩くこととなった。

 警察の仕事を眺めていたりメインと話していたりしているうちに時間が過ぎ、すっかり夜になっていた。

港や工場の労働者の住宅地を進んでいく。街の中心の方は高層ビルが並び、この時間もきらびやかに輝いているが、この辺りの道は街灯の弱々しい明かりがあるだけで薄暗い。

 二人の他に人影もなく、聞こえるのは自分たちの足音と、たまに遠くの高架線を走る列車のカタンコトンというリズミカルな音だけだった。

 上着を着ていたが、少し肌寒さを感じる夜だった。やはり今夜はメインのところに泊めてもらったほうがいいだろう。そんなことを思いながらポケットに手を入れると、丸い塊のようなものが手に当たる感触があった。それを取り出し、手にしたものを見た。

 昼間に盗んだパンだった。今日はいろいろなことがあったので、その存在を完全に忘れていた。

 コトノハはそのパンをまじまじと見て逡巡したあと、二つに裂いて片方を隣にいるメインに差し出した。


「これ。さっき助けてくれたお礼」


 言った直後、ちょっとだけ後悔した。いやいや、お礼がパンって。そもそもこんな小汚い子供が上着から出したパンなんてもらっても困るだけだろう、そう考えたのだった。


「おっ、なかなか礼儀正しいじゃん。ギブアンドテイクね。じゃあ、貰うよ」


 口角を上げてそう言ったメインはパンを受け取り、歩きながら食べだした。コトノハは、拒絶されなかったから安心したものの、メインのつかみどころのなさを、やはり不思議がった。


「やたらうまいな、このパン。クルミが入ってる」

 そこは同感である。


     ◆


 歩いているうちに、三階か四階建ての建物が並ぶ道に入った。どこも閉まっていて明かりは消えていたが、外観を見たところアパートや何かの店が並ぶ通りのようだった。


「到着! ここが事務所兼自宅だ!」


 メインが片手をあげて示した。その事務所は三階建てで、クリーム色をした石造りの建物だった。一階には正面に大きなシャッターが下りていて、その横に二階に続く階段があった。一階と二階の間の壁に『クローム・アンド・レコードル私立探偵事務所』と書かれた看板があった。


「一階は車庫で、二階がオフィスだ。寝泊りするのは三階ね」

「車庫? 車持ってるんだ?」

「ああ、すごいのを持ってるぞ! うちで雇われるなら今度乗せてやるよ」


 メインに着いていって階段から三階へ上ると、真っすぐ続く廊下があり、その左右に二つづつドアが並んでいる。


「手前左がアタシの部屋。その向かいが秘書。この時間は動かないから、挨拶とかは明日でいいよ。左奥にバスルーム。で、右奥の部屋が空いてる。念のため確認するけど、女だよな?」

「女だよ」


 確かにコトノハはボロ切れみたいな恰好をしているから、ぱっと見だと少年なのか少女なのか判別しづらいのかもしれないが、その質問はちょっとだけショックだった。

 メインが右奥の部屋のドアを開けて中を見せる。壁は外側と同じようなクリーム色の石膏で、床はやや古めの木製だ。カーテン付きの窓が一つ。簡素なベッドと、机と椅子と、棚がひとつある、シンプルな部屋だった。


「ここ使っていいから。ああ、眠くなってきた。寝るわ。また明日話そう」


 メインがふああ、と大きくあくびをした。そのままコトノハに背を向け、後ろ手で手を振って自分の部屋に入っていった。

 ドアを開けたまま、部屋の中に入り窓の方へ進んだ。


「窓は普通に開く。変な仕掛けもなし……か」


 念のため部屋に怪しいものがないか確認し、ドアを閉じた。

 一人きりになると、疲れと眠気が一気にやってきた。ベッドに横になるかどうか考えたが、今日は慣れている形で寝ようと思い、かけ布団だけ持って、部屋の隅の床に横になる。

 この都市に来てからというもの、明日自分がどうなるかなんて考えたことはなかったが、今日は初めて、明日以降の不安と期待を胸に含ませた。

 もうちょっと具体的に考えようかな、と思ったところで、コトノハは眠りについた。

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