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都会のネズミと銃の女  作者: 羊倉ふと
1章

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6 顔馴染みの刑事

 夕暮れどきの倉庫街。並んだ建物の壁面は空と同じくオレンジ色に照らされ、舗装された道には影が伸び、ひんやりとする海風が通り過ぎていく。いつもなら人気の少ないはずのこの一帯で唯一、普段と様子が異なる場所があった。

〈バッツ〉のアジトとして使われていた倉庫だ。その正面には赤い回転灯を点灯した警察の四輪が何台も停まっており、二十人ほどの警官たちが、倉庫の中と外で慌ただしく動き回って各々の務めを果たしていた。


「ご苦労だったな、メイン・〈引っ掻き魔スクラッチャー〉・クローム。いったいこれで何件目だ? それにしてもバッツの連中ときたら、とんでもない量の荷物だな。まるで密売品の見本市といったところか。これを全部押収するのには骨が折れそうだ」


 警官の中で一人だけ、周りと違う服装をした壮年の男が低い声で言った。カーキ色のコートを黒いスーツの上にはおり、つば付き帽を深めに被った厳つい顔の男だった。隣に並んだメインよりも頭一つ分だけ背が低い小男だが、服の上から見ても、引き締まっていることがわかる分厚い体格をしていた。


「そこら中に品物をまき散らしちゃって悪いね、ガーモンド刑事。まあ、やったのはアタシじゃないけど」


 メインがニカッと笑ってそう言うと、小男──ガーモンド刑事も口元を緩めて親しげに軽く手を振った。


「なあに、気にすることはないさ。なんたって〈バッツ〉の連中を、ボスのギミールを含めて全員逮捕できたのだからな。一人で叩き潰してしまうとはさすが、〈ネバースリープ探偵公社〉の捜査官というわけだ」

「……元、ね。いつも言ってるけど、今はフリーだから」


 片手で髪をなでつつ、ちょっとだけ気まずそうな表情をしてメインが答える。そして二人はアジトの正面扉の方を眺めた。

 するとそこから手錠をかけられたバッツの子分どもが、アヒルの行列みたいに縄で繋がれてぞろぞろと出てきた。脇にいるお母さんアヒル──ではなく誘導する警官ににらまれて、みんなしょんぼりとうつむきながら歩いている。

 そしてその行列の最後に、担架が運ばれて出てきた。その上には鎖でぐるぐる巻きに拘束されたギミールが乗っていて、芋虫みたいにもがきながら警官たちに唾を吐いて悪態をついている。体内に寄生したワームによる怪力のせいで手錠は役に立たないだろうということで、気絶している内に縛り上げたのだった。


「あいつ、他に良さそうなものがなかったからその辺にあった鎖で巻いておいたけど、大丈夫かな?」

「多分、署に連れていくまでだったら持つんじゃないか? 牢屋にぶち込む前に、虫下しを大量に用意せねばならんな。今晩あの男は地獄をみるぞ」

「うげえ」


 メインがおどけたように首を傾げて舌先をちろりと出し、自分の上着の外ポケットに視線を落とした。そして、そこに潜む白いネズミ──コトノハと目を合わせた。


     ◆


『採用!』


 メインの謎宣告の後、困惑するコトノハをよそに、まずは事態の収拾にあたった。ギミールが木箱を投げまくったせいで倉庫中にまき散らされた密売品と、漏れなく気絶中のギャングどもをなんとか片付けるのである。

 片付けると言っても、床にモップ掛けをするわけではない。警察を呼んで、現場を押さえてもらうのである。

 倉庫内を探索すると、部屋の奥に通信器コールと呼ばれる最新の魔法陣仕掛けルーントリックがあった。離れたところにある別の通信器コールと連絡を取ることができるすごいやつだ。コトノハは初めて見る代物だったが、メインは使い方を知っていたらしい。彼女はそれを手にとって「アーモシモシポリスメン?」と呪文を唱えた。すると数十分後に、彼女の魔法で呼び出された警官たちが四輪のランプを回しながらわんさか到着した。

 ギミールを鎖で拘束し、子分どもを縄で縛り上げたのはそれを待っている間だ。

 コトノハはギミールを縛り上げるのを手伝わされた後で「子供がこんなところにいるとイロイロつっこまれるから」という理由で、ネズミに転位して警官から身を隠すことになった。そんなコトノハが今いるのが──

 メインが着るジャケット──その外ポケットの中である。

 居心地はなかなか悪くない、とコトノハは思う。

 ポケットの裏地はなんとシルクになっていて、しなやかかつすべすべだ。その構造上、前後の柔らかい生地に、程よい圧迫感で挟まれることになるので、まるで高級なシーツに包まれているような感じがして心地よかった。まあ、実際に高級シーツを体験したことはないのだが。

 メインに能力のことがバレた時には気が動転していたが、今はポケットの中の環境を満喫できるほど落ち着いていた。そんなわけでコトノハはポケットの隙間から、周囲の様子を覗いているのだった。

 警察の階級のことはよく知らないのだが、ここに来ている中だとガーモンド刑事と呼ばれた男が一番偉い人らしい。彼は現場に到着するとすぐに他の制服警官たちに指示を出した。そしてそれが終わるとメインとおしゃべりを始めたのだった。


「協力金はいつものように準備しておく。また署に足を運んでくれ、メイン・クローム」

「ありがと、ガーモンド刑事。取り調べが終わったくらいのタイミングで行くよ。今回も、あいつが絡んでる」


 あいつ、という言葉が出たところでガーモンド刑事は目を細め、腕組みしながら低く唸った。


「〈ソムリエ〉か。軍用、もしくは危険すぎてまだ表には出せない開発段階の、強力な合成生物やルーントリックの兵器を闇で売りさばく、いかれた武器商人だな。特定のギャングや政治家に肩入れするわけでもなく、かといって誰それ構わず取引をするわけでもない。商売相手も売り渡す商品も独自の基準で選ぶという、暗黒街の怪人フリーク

「こっちでギミールから情報を聞き出そうと思ってたけど、成り行きで倒しちゃったんだよね。やっぱりここはプロに任せるよ」


 ガーモンド刑事が、皮肉っぽくにたりと口角を上げた。どうやらプロ、と言われたことに反応したらしい。わざとらしく拳をすり合わせて関節をボキボキと鳴らし始めた。


「あの男が知っていることはなんでも吐かせてやるさ。それはこっちの得意分野だからな」

「おー、怖い怖い」


 メインがおどけたように両手をあげ、二人は軽く笑い合った。どちらも同じ犯罪を追っているからか、ずいぶんと馬が合う様子だった。

 ガーモンド刑事が「ところで」と言ってまた別の話を切り出した。


「詮索するつもりはないが、なぜ〈ソムリエ〉にこだわる?」

「別にこだわってはないよ。悪いやつをやっつけたいだけだ」

「ただの私立探偵が?」

「そう。ただの正義の私立探偵が」


 はぐらかすように、メインが声を落として言った。それに対しガーモンド刑事は、いつも通りの返事だな、とでも言うように肩をすくめた。だが何かを察しているのか、それ以上は何も追及しなかった。

 二人の間に沈黙が降りたところで、〈バッツ〉どもがみんな警察の護送車に乗せられ、海沿いの道路に去っていった。それを見届けたところで、メインが口を開いた。


「じゃあ、アタシは事務所へ帰るよ。お勤めご苦労様」

「暗くなってきたし、いつもみたいに送っていくか?」

「ありがとう、でも今日はいいよ。ゆっくり歩きたい気分なんだ」


 そう言ってメインは片手を振って別れを告げ、ポケットにコトノハを入れたまま街の方へ向かっていった。

 ポケットから頭を出して背後を覗くと、アジトに残ったガーモンド刑事が数人の警官に指示を出して仕事を続ける様子が見えた。通報を受けてきたときにも思ったことだが、彼は部下から厚い信頼を得ているらしい。みんなてきぱきと働いていた。

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