表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都会のネズミと銃の女  作者: 羊倉ふと
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/11

5 魔法陣仕掛けの銃

 ギミールが一歩踏み込むと同時に、手に持った作業台を横薙ぎに一閃した。さすがに床一面に子分どもが倒れているこの空間で武器を縦方向に振るようなことはしないようだ。メインは猫のようにしなやかなバックステップを披露して攻撃をかわし距離をとった。


「面白くなってきたな」


 そう言って口角を上げたメインは右手を懐に入れ、三十センチほどの長さの銀色をした棒のようなものをゆっくりと取り出した。

 大きな六連装式の拳銃だ。だがメインが手に持っているものは、コトノハが知っている拳銃とは、形状が大きく異なるものだった。

 グリップとシリンダーは、警官が持っている銃と同じようなものに見える。異なるのは、バレルが無い、という点だった。

 その代わり、複数の──計六個のシリンダーが、同一回転軸上で直列に、弾丸の発射方向を揃えるようにして連結しているのだ。そしてそのシリンダーの上下を挟むように、梁のような部品が配されている。まるで六桁の大きなダイヤル錠の端に、グリップと引き金を取り付けたかのような、奇妙な形状の銃だった。

 ギミールが追撃しようとすると同時に、メインがその奇妙な銃を腰だめに構えた。それを見たギミールは舌打ちをして足を止め、作業台を盾のように構える。

 引き金が引かれた。だが銃口から火は吹かれなかった。グリップ側のシリンダーが回転すると同時に、その隙間からかすかに青白い光が漏れ、金槌を金属に叩きつけたような甲高い銃声が連続して響き、弾丸が発射された。

 弾丸は全て作業台に着弾。くぐもった鈍い音とともに、土のようなものをまき散らして粉々に砕け散った。

 コトノハは目を見開き、息を呑んだ。目の前で起こっていることは何から何まで、自身の理解を越えていた。

 ギミールの怪力。腕に寄生するワーム。その仕入先である〈ソムリエ〉という単語。メインの奇妙な銃。火薬の炸裂音とは異なる銃声。砕け散る弾丸……

 つっこみどころが多すぎる。ネズミに転位できる自分が言えることではないかもしれないが、あまりに非現実的な光景に頭がクラクラした。

 ギミールが作業台を傾けると、表面に残っていた砕けた弾丸の欠片がパラパラと床に落ちた。そしてそれを見たギミールは、眉をひそめ怪訝な顔をしてみせた。


「なんだそりゃ。魔法陣ルーンで弾体を加速して射出する拳銃? しかもこの弾丸は、土……粘土弾か? 低致死性の特殊弾頭? 舐めてるのか? いや、そもそも何でそんなものを持っている? 〈ソムリエ〉のことも知っているようだし……何者だ、女」


 メインは道で話したときと同じように、いたずらっぽくニカッと笑って、一番手間のシリンダーを横にスライドさせた。


「チンピラのわりに物知りだな! 極悪蝙蝠バッド・バット! 実はインテリか? だから脳筋に憧れてんのか? コンプレックスの裏返しだったりして! ち、な、み、に!」


 しゃべりながらメインは左手で弾を込め、それが終わると銃を持った右手を外側へ捻るように振ってシリンダーを戻した。まるで銃そのものが、弾切れという不本意な状態から元の姿に戻れたことを喜ぶかのように、カチャン! と軽快な音を鳴らした。


「粘土弾を使っているのは、お前を舐めてるからだ!」


 それに対する怒りの返答のごとく、ギミールは空いた左手で手近な木箱をつかみ、その怪力をもってメインの方へ勢いよく放った。中に何が詰められているかはわからないが、これも普通の腕力で投げられるような代物ではない。ワームとかいう合成生物による怪力のなせる業だ。

 一直線に飛んでいく木箱はいともたやすくメインに避けられ、背後の壁に激突。木材がへし折れる音と中の荷物をまき散らした。

 そして両者の攻防が続いた。

コトノハは依然、二階からその様子を眺めていたが、だんだんとメインが不利であるように思えてきた。

 ギミールは、距離が空いているときには木箱を投げつけ、メインが近づくと作業台を振り回して反撃するという戦法をとっているため、絶え間なく攻撃し続けることができる。

 一方のメインは隙を見て銃撃を放つが、それはすべて作業台の盾に防がれてしまっていた。このままではいずれ弾が尽き、反撃手段が無くなってしまうことは確実だ。さらにもう一つ、メインにとって不利になり得る状況がある。

 木箱が何個も破壊され、その中に入っていた、〈バッツ〉がシノギにしていたであろう商品──食料、酒、武器、謎の粉が倉庫中にばらまかれたとき、それは起こった。


「もう逃げ場はないぜ、女。舐めすぎだったな」


 部屋の角にメインは追い込まれた。この状況では左右にも背後にも、攻撃をかわすことはできない。彼女のさっきまでの戦い方では、もう打つ手はないようにみえた。

 ギミールが作業台の面を下に向けて振り上げ、上から叩き潰すように振り下ろした。

 万事休す、そうコトノハが思った瞬間、メインが動いた。

 目にもとまらぬ早さで床と側面の壁を蹴って飛び上がり、振り下ろされる作業台のふちに足を引っかけ、身を捻って攻撃をすり抜けると同時にギミールの目線よりも高い位置に跳躍した。

 空振りとなった作業台が床に叩きつけられ爆発音のような轟音が鳴り響く。

 ギミールはメインが空中にいることに気づき、驚愕の表情を浮かべ慌てて作業台を壁に擦りながらメインの方へ振った。

 だがメインはさらに身を捻って攻撃をかわす。同時に、銃を真下にいるギミールに向けた。

 まるで長い一音が鳴り響いたかのような、金属音の銃声。連続六回分の銃撃がギミールの額に高速で叩き込まれた。

 大量の粘土が飛散し、振り上げられたギミールの手から作業台が離れる。そしてゆっくりと、仰向けに倒れた。


「遊んでやったんだよ、蝙蝠ちゃん」


 ふわりと優雅に着地したメインが、余裕綽々と勝利宣言をした。

 コトノハはネズミの姿のまま、大きく息を吐いた。見ているだけだったが、なぜかこちらが緊張してしまっていたのだ。

 上から倉庫の一階をぐるりと見渡す。立っているのはメイン一人だけだ。何はともあれ、メインは一人で〈バッツ〉の連中を全員倒してしまったわけだ。

いったいあの女は何者なのだろうか。探ってみるとしよう。

 そんなことを考えていると、コトノハがいる二階の足場に、大きな影が差した。


 窓から入る日の光がふっと遮られ、足元が暗くなった。

 なんだろうと思って見上げると、金属製の四角い作業台が宙に浮かんでいた。

 ああ、ギミールが振り回していたやつだな。メインに倒されたときに手からすっぽ抜けたものが、放物線を描いて宙を舞っているのだ。

 そう理解したのと同時に、その軌道に気づき背筋が凍った。

 ──こっちに向かって飛んできている!


「きゅっ!」


 反射的に、吹き抜けの方へ跳び上がって退避していた。

 背後の足場に作業台が激突する。雷が落ちたような轟音。部品がばらばらに砕け散り、その破片を小さな体に浴びた。

 そして空中で思考が高速回転する。

 思っていたより高い! 五メートル? このまま落ちて大丈夫か? 人間に戻るか? 怪我する? 下に瓦礫が。まずい、体の向きを変えろ!

 とっさの出来事に、コトノハは気が動転していた。宙でしっぽを振り回し、バランスを取ろうとするも、まったく体の向きを制御できない。逆に、反動でくるくると体が回り出してしまう。

 床と天井が交互に視界を行き来し、パニックが加速する。

 まずい、何かしなければ。今できることを。なんでもいいから──

 次の瞬間、コトノハは自分でも意識せず人間の姿に戻っていた。完全に自分を見失い、行動をコントロールできなくなっている。

 そして自身の姿に気が付いたと同時に、やってしまった、と戦慄した。首から下の皮膚はつるつるだが、全身の毛が逆立つような寒気を覚えた。

 高いところから落ちるときは、ネズミの姿のまま落ちるべきだ! 人間の状態では着地のときに、自重によって高確率で怪我をする。だがネズミは体が軽いから床に叩きつけられても衝撃が少なく、ダメージは抑えられるのだ。コトノハはそれを忘れてしまっていた。

 今すぐにネズミに転位しろと自身に念じる。しかし動揺と、後悔と、恐怖が脳裏で渦巻き、意識が散漫となったせいでまったく転位できない。

 床が迫る。もう間に合わないと諦め、せめて着地に備えようと思考する。一瞬、黒い影が素早く動くのが見えたが、今はそれどころではない。体を丸め、これから全身を襲う痛みに耐えるべく目をぎゅっと閉じた。そしてこう思った。

 もうなるようになれ、と。

 ──ボフッ。

 落下が止まった。仰向けで着地したようだ。

 妙だ。なぜか体が床に叩きつけられた感覚はなく、柔らかいものに落ちたような感触がある。

 不思議に思いつつコトノハは目を開けた。

 目の前にメインの顔があった。

 宝石みたいに煌めく緑色の瞳をまん丸にして、こちらを見つめている。

 何が起きたか把握できていないコトノハは、ぐるりと首を後ろに回して床の方を見た。

 自分の真下にメインの体がある。尻もちをついたような姿勢だ。そしてメインの腕がそれぞれ、コトノハの背中と腿の裏に回されていた。どうやら落下のとき、下から抱きかかえるようにして、キャッチされたらしい。

 というか、今メインにされているこの状態、これはいわゆる──

 ──お姫様抱っこ。

 じゃないか。

 そんなことを暢気に考えながら、コトノハは視線をメインの方へ戻し、その顔をまじまじと眺めた。

 会ったときにも美人だと思ったが、こうして近くで見るとそれがいっそう際立つ。瞳を縁取る豊かなまつ毛と、まっすぐと伸びた鼻筋、張りがあって形の良い唇、優美な顎のライン。二階から見ていた時には遠くてわからなかったが、戦いで動き回っていたからだろう、浅黒い肌は汗でじんわりとうるみ、どこか甘美な光沢を放っている。艶やかな黒髪と、その隙間に垣間見える耳のピアスもまた、アクセントと見えるよう計算され完璧な位置関係に配されているように思えた。そして、まるで洗い立てのお日様の光をたくさん浴びた清潔なシーツのような、やわらかな香りがふわりと漂う。いや、それだけではない。そこにはかすかにだが花の香りも──


「いま、ネズミから変身した?」


 メインが尋ねた。


「……あ」


 見られていた。美人に体を受け止められて惚けてる場合ではない。再び全身が総毛立つ感覚が訪れる。

 これはまずい。誰にも知られてはならない秘密なのに。早く、次の手を打たねば。


「違うの!」


 とっさにコトノハが取った選択は、弁明だった。


「ネズミじゃない! 人間のほうが本来の姿で……いや違う! そうじゃない! ネズミになってない! そんな能力はない! ああ、ダメだ。そうじゃなくて……うう……」


 誤魔化そうと思ったが、どだい無理な話だった。次から次へとコロコロ変わる状況に、思考と判断が追いついていなかった。

 あわあわと手を振りながら言葉を紡ぐが、しゃべればしゃべるほど内容が支離滅裂になる。やがて誤魔化すことを諦め、しゅんとしたコトノハは怯えながら、メインの反応をうかがった。

 まん丸お目々で驚き顔だったメインは一瞬だけ眉をひそめた。その瞳の中に、思考の渦のような閃きが見える。そして何を思ったか、彼女はゆっくりとその目を細め、口角をニッと上げて笑ってみせた。その表情に、コトノハは恐怖心を覚えた。なぜならきっとこれは、

 ──悪者の笑顔。

 自分がこれからどんな目に合うのか、想像して背筋が凍った。しかし逃げ出そうにも、がっちりと体を抱えられているので動けない。

 まるでこれから判決を告げるかのように、メインが笑顔のまま口を開いた。


「採用!」


 ──はい?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ