4 倉庫街のギャング
メインを追って、コトノハは〈バッツ〉のアジトである倉庫を取り囲むフェンスまでやってきた。
来る途中や周辺にメインは見当たらなかった。きっともう、アジトに到着しているのだろうと見当をつける。
コトノハはネズミに転位し、フェンスをすり抜け、そのままアジトの近くまで駆けて行った。
煉瓦造りのアジトの正面に回ると、男が二人倒れている。
死んでる! メインが殺したのか? 悪いことはしない、と言っていたけれど。などと考えていると、倒れている男が「うう……」と呻いてピクピクしだした。死んでなかったので少し安心した(死ぬほど辛そうだけど)。
ここにもメインはいない。やはりもう中に入っているようだ。
正面扉はぴったり閉じられていて、入れそうな隙間はなく。窓も全て内側から隠されていて、内部の様子はわからなかった。
さすがに正面扉を開けて入るのはまずいだろうと考え、侵入経路を探すと、二階の窓が開いているのが見えた。一階の窓は全て閉じられているので、きっと採光と換気が目的だ。
さっと壁に向かって跳び、そのまま張り付いた。そして、二階の窓まで壁を垂直に登っていった。
こういうとき、ネズミの姿は便利だ。身体は軽いし、爪を引っかけられる程度の凹凸さえ壁にあれば、簡単に登れる。故郷にいた頃は、よく木に登って遊んでいたので、煉瓦の壁なぞ朝飯前である。コツは、しっぽの位置を細かく調整してバランスを取りながら、真上に向かって大きく一気にジャンプをすることだ。
二階の窓にたどり着き、アジトの中へ入った。倉庫の中は、吹き抜け構造になっているようだった。侵入した窓のすぐ下、二階にあたる位置に手すりのある通路があったので、コトノハはそこへ降りた。
一階の方から、なにやら男の怒号が聞こえる。
ネズミの姿のまま、手すりの隙間から頭を出して一階を見下ろす。ラックと木箱、工具が置かれた作業台が並んでおり、中央の開けた空間に案の定、メインがいた。
メインがギャングの男どもに囲われて、踊っている。いや、踊っているように見えた。
戦っているのだ。
ギャングどもは、それぞれ手に角材や魔法陣仕掛けの工具を手に持って、メインに襲い掛かっている。それをメインはいともたやすく、流れるような動きでかわして反撃していた。その動きが一瞬、まるで踊っているかのように見えたのだ。
すでに五人のギャングが倒されており、正面扉にいた二人のように伸びていた。どうやらメインは、本当に腕っぷしが強いらしい。
残りの敵は三人のみになっていて、メインを取り囲み、じりじりと距離を詰めていた。
メインの背後にいたギャングが、手に持ったノコギリ状の振動式切断機を唸らせ、振り下ろした。危ない! とコトノハが思った瞬間、メインは涼しい顔のままさっと身を翻らせてかわし、まるでそう動くことが約束されていたかのように、すらりと伸びた片脚を頭の高さまで振り上げ、切断機を持ったギャングの側頭部を蹴りぬいた。
メインがハイキックを繰り出すのを隙と見たか、残りのギャング二人が武器を手に持って襲いかかった。
角材を持ったギャングが横薙ぎに殴りつける。だがメインは、片脚をフラミンゴのように上げた姿勢のまま、上半身を反らしてその攻撃をかわし、上げていた方の脚で、ギャングのみぞおちに強烈な前蹴りを放った。
蹴られたギャングは、ぐえ、と息を漏らして吹き飛ばされる。メインは蹴りの反動で反対方向に跳び下がり、残る一人のギャングと距離をとった。
着地と同時に身を屈めたかと思うと、メインが最後の一人に向かって大きくジャンプした。
コトノハはネズミのちっちゃい目を大きく見開いた。
驚異的な跳躍力。
まるで猫のように身長と同じくらいの高さまで跳び上がり、唖然とする最後の一人の顔面に向かって踏みつけるような蹴りを放った。パッカーン、とソールの硬い樹脂が叩きつけられる音が倉庫内に響き渡り、男は鼻血を撒きながら仰向けにブッ倒れた。
メインは再び蹴りの反動で跳び下がり、まるでちょっとした段差を降りただけであるかのように、軽やかな動作で着地した。
コトノハが倉庫内に入ったときにすでに倒されていた者を含めて、計八名のギャングが、メインを中心として、放射状に倒れ伸びている。
腰に手を当てたメインが、周りをぐるりと見回す。襲いかかってくる者がいないか確認しているようだ。二階にいるコトノハの目から見ても、敵はいないように思える。
ふう、とメインは小さく息を吐き、そして口を開いた。
「なあ! そこにいるんだろ! 見てないで、さっと出て来こいよ!」
コトノハはぎょっとして飛び上がりそうになった。こっそり覗いていたのがバレてた? ネズミに転位しているのにどうして? いや、そもそもネズミに転位できることがバレてる? などと考えながら、姿を見せようかどうか悩んでいると、正面扉の反対側、倉庫の奥から不気味げな男の笑い声が聞こえた。
「警官ってわけじゃないな。かといって、縄張り争いがしたい手合いでもないようだ。ご用件は何かな?」
奥から男が一人出てきた。黒髪をオールバックにした、暗い目をした細身の男だった。不健康そうな顔つきで、ぱっと見では年齢はわからない。ピンストライプグレーの安物っぽいスーツを着ていて、両袖をまくって前腕を出している。そしてそこにびっしりと、無数の蝙蝠のタトゥーが入っていた。
「あんたが〈バッツ〉のボス、〈極悪蝙蝠〉・ギミールだな。『極悪』っていうわりに、やってることは密輸と転売かよ」
メインがニヤリと笑って奥の男──ギミールに言った。どうやらコトノハの存在に気づいていたわけではないらしい。
「誰を相手にしているかもわかって言っているか、女。ギャング流の接待がお望みというわけだ。何をしにここに来たかは、こちらのやり方とペースで聞かせてもらおう」
「あー、子分はみんな伸びちゃってるけど? 説得力なくないか?」
「段取りってもんがあるからな。いきなりボスが出てきたら格好がつかん」
ギミールがクックッと引きつるように笑い、傍の床に固定された金属製の作業台の脚を、片手でつかんだ。
そして起こった出来事に、コトノハは驚愕した。
金属が引き延ばされる鈍い音とコンクリートが砕ける音が鳴り、床に固定されたビスを弾き飛ばしながら、ギミールは作業台を右手で引き抜き持ち上げた。作業台は金属製で、全長が二メートルほどだ。重さがどのくらいあるかは見た目ではわからないが、少なくとも片手で持ち上げられるような代物ではない。しかもギミールは細身で力自慢という風でもない。
明らかにあり得ないことが起こっている。さらに、コトノハは奇妙なことに気が付いた。
ギミールの前腕、まくられた袖から見えるタトゥーが動いているように見える。一体何が起きているのかと思い、目を凝らしてよく見ると、絵が動いているわけではないとわかった。その皮膚の下で何かがぐにょぐにょと蠢いている様子が見て取れた。
──何だあれは?
「虫だな」
メインがさもありなん、と言うような顔をして言った。
「ほう。わかるのか、女。やはりカタギではないな」
「体に寄生させて筋骨を増強する線虫ベースの合成生物。よりにもよってそんなものを使うなんて、気色悪い趣味してるな。筋トレだけじゃ満足できなかったのか?」
そこまで言ったところで、さっきまでへらへらしていたメインが一変、鋭い視線をギミールに飛ばし、続けた。
「仕入れ先は〈ソムリエ〉だな。知っていることを教えてもらおう」
それに対しギミールが、肩を揺らして小馬鹿にするようにクックッと笑う。
「お前に教えることなんて何もないさ、女。それより、この落とし前はつけてもらうぞ」
そしてまるで棒切れを扱うような軽々しさで、作業台を振り上げて肩に担いだ。
「もう二度と元に戻らなくなるくらい身体中の骨をぶち壊した後で、ヒイヒイ言わせてやるよ」




