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都会のネズミと銃の女  作者: 羊倉ふと
1章

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2/11

2 路地裏の少女

 コトノハはパンをほおばりながら路地裏を進んだ。

 新しい寝床を見つけるべく、路地裏を探索するのである。

 今住んでいる寝床も、居心地がよくて気に入っているのだが、最近は夜になるとやたら冷えるのだ。

 どうやらそろそろ秋が終わり、冬に移り変わろうという時期らしい。しかも、この街の冬は寒さが厳しいという話だ。今の寝床のままでは、冬は越せないだろうとコトノハは考えていた。

 そういうわけで、暖を取れるような、ちょうどいい場所を探しているのである。

 歩いている内に、丸パンを平らげたので、コトノハは次の獲物に取りかかった。

 外套のポケットにはぎっしりと、盗み出したパンが入っている。

 ネズミに転位してからパン屋に侵入し、人間に戻って食べ物をポケットに入るだけ詰め込む。その後再びネズミに転位して脱出する、というのが、コトノハがこの街で編み出した食料調達方法だった。転位するときには、服も一緒に内側へ折り込めるので、服のポケットに入れてしまえば、そのまま盗み出せるという寸法だ。

 今日は見つかってしまったが、結果的に逃げられたし、転位するところも見られなかったのも、不幸中の幸いだったといえる。

 コトノハはポケットから二つ目のパンを取り出し、齧りついた。

 む、さっきのパンと食感が違う。果実をぎゅっと凝縮したような感触。柔らかい甘みとほのかな酸味、そして芳醇な香りが口の中に広がる。コトノハの好きな味だった。レーズンだ。しかも、このレーズンは水ではなくラム酒で戻されている。ちょっと背伸びした気分。わかってるじゃないか、やはりあの店は高級店だ。

 浮浪児ながら、最近舌が肥えてきたな、とコトノハは思う。この都市に来てから六か月間、食料調達のために、いろいろな店で盗みを働いてきた。

 初めのころは、残飯だろうと何だろうと、食べれそうなものを口にしていた。だがあるとき、これは良くない、という直感があったのやめたのだった。このままだと自分が、ネズミに転位できる能力を持つ人間なのか、それとも、人間に変身できるネズミなのか、どちらかわからなくなる気がしたのだ。

 たまにネズミになってチョロチョロ動き回ることはあるが、自分はれっきとした人間である。その自覚を持つために、人間的な食事たる『料理』を口にするよう心掛けるようになった。コトノハは、人間としてのプライドをもってパン泥棒やっているのである!

 レーズンパンを平らげた。うまいパンはいくらでも食べられる。三つ目にいこう。そろそろ歯ごたえがあるやつがいいな。そう、例えばクルミとか──

 そのとき、男の怒号が路地に響いた。

 一瞬、またあのパン屋が追いかけてきたのかと思って身構えてしまったが、すぐに違うとわかった。

 少し先の角の方から「オラア!」とか「舐めてんじゃねえぞ!」とか、ガラの悪そうな声が続けて聞こえてくる。どうやら、喧嘩でもしているようだ。

 この街は表通りこそ平和でキラキラしているが、薄暗い裏通りにちょっと入れば途端に浮浪者やらチンピラやらが闊歩する暗黒街に様変わりする。野郎どもが殴り合ったり、一方的にリンチしたりするのもよくある光景だ。

 どうせ自分には関係ないし、ちょっと様子だけ見てからやり過ごすとしよう。そう考えながらコトノハは路地の角に身を隠しつつ、声が聞こえた方を覗いてみた。

 角の先に、こちらに背を向けた男が三人いるのが見える。服装や髪形からすると、案の定チンピラだ。群れているところをみるとギャングかもしれない。そして、男どもの背で見えづらいが、さらに奥の方にもう一人分の人影が見える。

 髪も服も、黒い格好をした女だ。男どもと対面するように立っていた。背後は壁で、行き止まりになっている。状況からすると、黒い女は男どもに追い詰められているように見える。

 想像していた光景と違っていたので、コトノハは眉をひそめた。

 黒い女がどういう経緯で袋小路まで追い込まれたのかはわからないが、知らないふりをして通りすぎるのも気分が悪い。かといって、助けに入るのも無理だろう。自分はまだ子供で体格も小さいし、相手は男三人だし、そもそも喧嘩なんてしたこともない。

 他に助けを呼べるか、と思って周りを見回したが、人っ子一人いない。

 足元を見ると、ちょうど持ちやすい大きさの角材のようなものが落ちている。なんでこんなものが? と思いつつ、これで殴りかかってみてはどうだろうかと考えた。無理だな。すぐに脳裏でそのアイデアを却下した。角材を振り下ろしたところを男に捕まれ、そのまま引き倒され、散々蹴られたり酷いことをされたりするに決まっている。

 どうにかならないものかと考えていると、ひとつだけ、うまくいくかどうかはわからないが、自分の身の安全を確保したうえで、黒い女を助けることができるかもしれない考えが浮かんだ。

 ちょうどそのとき、黒い女が男に肩を突かれ、尻もちをつくように転んだ。まずいな、時間がないぞ。

 ──やるか。

 コトノハは意を決し、大きく息を吸って、叫んだ。


「お巡りさん! こっちだよ! 早く来て!」


 即座にコトノハはネズミに転位し、物陰に身を隠して様子をうかがった。

 すでに状況に気づいていた誰かが警官を呼んできた、そう思わせることができれば、男どもを撤退させて、黒い女を助けることができると考えたのだった。

 男どもは怪訝な表情をしながら互いに見合わせ、なにやら、一言二言話した後、走って路地を引き返し、脇の通路から去っていった。どうやらうまく騙せたようだ。

 去っていくとき、男の手の甲に、牙をむいた蝙蝠のタトゥーが入っているのが見えた。どこかで見覚えのあるギャングのタトゥーだった。

 黒い女の方を見ると、彼女はまだ尻もちをついた体勢のまま、その場にとどまっていた。

 恐怖で腰を抜かして動けなくなっているのだろうか。そのまま放置するのも哀れだと思ったコトノハは一旦物陰で人間に戻り、助けたお礼も貰えるのではないかとかすかに期待もしつつ、黒い女の方へ歩いていった。


「もう大丈夫。あいつらどっかに行ったよ」


 黒い女はきょとんとした顔でコトノハのほうを見ている。


「いま叫んだの、アンタ?」

「うん。警官が来てるってのは嘘。こんなところまで見回りに来るわけないし。あいつらがバカで良かったね」


 コトノハがそう言うと、黒い女はうつむき、はあー……、と深いため息をついた。やはり怖かったのだろう。

そして女は、顎の長さで切り揃えた、艶のある黒髪をさらりと揺らしながら、起き上がった。

 建物の隙間から差す日の光が、女の浅黒い肌を照らし、小麦色に輝いて見えた。

 少し垂れた切れ長の目と、宝石のような明るい緑の瞳が特徴的な、整った顔立ちの女だった。年齢は雰囲気からして、二十代前半といったところだろう。

 背も高く、百七十センチほどあり、白いブラウスと、若干くたびれた感のある黒いテーラードジャケットが、妙に様になっている。脚に吸い付くような細身のレザーパンツもまた、そのスタイルの良さを際立たせていた。靴はゴツいソールの革靴(蹴られたら痛そう)で、そこだけ見れば全体のコーディネートからは浮いているような形状に思えたが、黒で統一されているため不思議と違和感はなかった。

 黒い女は腰に両手を当てた姿勢でその場でじっとして、コトノハを見下ろしている。

 コトノハも、相手が何か言うのを待って、見つめ返した。

 ……。

 ──ん? 何だ、この時間? 感謝されたり、お礼を貰えたりするんじゃないのか? なんでこの女は見つめっぱなしで、何も言わないんだ? こっちが何か言うのを待ってる? もう何も言うことないよ?

 そんなことを考えながら、困惑しつつ「ヘヘ……」と苦笑いをしていると、やっと、女が口を開いた。だがそこから発せられた言葉は、コトノハが全く予期しなかったものだった。


「なんてことしてくれたんだ!」

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