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都会のネズミと銃の女  作者: 羊倉ふと
2章

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11/11

11 三つの任務

 最初の任務は入浴である。

 どうやらメインは、コトノハが臭うのをかなり我慢してくれていたらしい。これまでコトノハは、雨が降っているときや体がかゆくて仕方がないときに川に行くなどして、体を拭くことはあったが、日常的に体を洗うことはしていなかった。風呂に入るなどなおさらだ。そりゃ臭う。

 事務所三階にあるバスルームはタイル張りで、壁に取り付けられたシャワーと、小さめだがきれいな浴槽が備え付けられていた。服を脱いで、部屋に置いてあったボディソープを使い体を洗う。体中から泥みたいに垢がでてくるのをコトノハは面白がった。お湯を張るのが面倒だったので、湯船につかるのはやめた。


《見た目だと違いが判りませんね》


 服を着直して二階に戻ったコトノハを見たレコードルが言う。確かに、綺麗になったのは服の下だけだからその通りだ。メインも腕組みをして渋い顔をしていた。


「髪は洗わなかったのか?」

「油が水をはじきまくるから諦めた」

《やはりここはプロに任せましょう》


 そういうわけで次の任務は床屋だった。

 事務所の隣にある建物の一階が床屋をやっているようで、レコードルから金を受け取り、ひとりで行くことになった。床屋に入ると、気の良さそうなお爺さんの店主がのびのびと仕事をしていた。その店主はコトノハを見ると目を見開き「これはひどい! なんということだ!」と叫び、大急ぎでコトノハを空いている椅子へ座らせ、施術を始めた。そのとき散髪中だった先客は施術を放棄されてきょとんとしていた。お爺さんに髪を洗ってもらい、伸びっぱなしだった長さと量を調整する。すべて終わるまで二時間ほどかかり、油でギトギトの髪を洗うのにもシャンプーを瓶一本分使うことになったが、今回は通常料金でいいと言ってくれた。


「よかったらこれを使いなさい」


 帰るときに紐ゴムをくれた。せっかくだからと後ろで一つ結びにした。いい店だった、また来よう。

 事務所に戻ると、メインとレコードルはデスクでなにやら書類仕事をしている。他にさっきまでと違う様子として、テーブルの上に紙袋が置いてあった。


「その髪型のほうがいいな。それと、レコードルが服を見繕ってくれたぞ。今着てる服は、愛着がないなら捨てちゃえ」


 第三の任務、着替えが始まった。


「買ってきてくれたの? すごい。わたしのサイズにぴったり」

《私の目測に間違いはありえません。ちなみに料金は給料から差し引きます。といっても、古着の卸しから掘り出してきたものなので格安ですが》

「おー。いいじゃん、いいじゃん。助手って感じだ」


 どっこいしょ、と言いながらメインがどこからか姿見を持ってきた。コトノハはその前に立って自分の姿を目の当たりにした。我ながら見違えたものである。

 床屋で整えられ、ポニーテールにしたことで、顔周りがずいぶんとすっきりしている。今まで頭を覆っていた小さい森みたいな髪がなくなり、横顔と首がすーすーする感じが新鮮だ。肌もつるつるで輝いて見える。きっと床屋でやってもらった顔そりのおかげだ。ヒゲなんてないのになぜ? と思ったが、なるほどこのためだったかと納得した。

 服は古着とのことだったが、売り物なだけあって清潔だった。白いシャツに、チャコールのベスト。ベストと同色のスラックス。小綺麗な黒のローファー。靴のソールはラバー製で滑りにくく、動きやすそうだ。仕上げはハンチング帽だ。こちらもベストと同系色。これをかぶって完成である。


「男の子っぽいな」


 メインが姿見に寄りかかりながらニカッと笑う。

 確かに、言われてみると「助手の少年」という風に見える姿だ。実際、服装が少年服なのでそれはそうなのだが。なんというか、体形が、上半身が、胸の辺りが、少年、という感じだ。悔しいので大きく胸をそらせてみる。だめだった。胸をそらせて威張っている少年にしか見えない。


《ひらひらワンピース姿で仕事をさせるわけにはいかないでしょう》


 レコードルがかぶりを振った。


     ◆


 これで終わりかと思ったら、第四の任務が待ち構えていた。


《お勉強です》

「オベンキョ……?」


 レコードルが本やら紙やらをテーブルに持ってきた。メインはガーモンド刑事に話を聞きに行くとかで、警察署に出かけて行った。


《コトノハ。メインはあなたの超次脳メタ・ブレインの能力と、その好奇心とやらを買っています。つまり行動力を、です。しかし、私たちの仕事をする上では、一般教養や専門知識、そしてそれらをベースとして体系的に物事をとらえ推察する思考力も必要となります。行動力と思考力、その両輪をもって仕事にあたっていただきます。そのためのお勉強です》


 その説明自体が少しも理解できなかったが、コトノハは黙っていた。


《ではまず、思想人形ロマンスゴーレムについて知っていることは何ですか?》

「ルーンで動いてる人形、とだけ……」


 ハア、とため息をついてレコードルが眉間に手を当てた。その様は、アンニュイな雰囲気の美術品のように見える。


《まったく……なんてこと……。確かにフレームを駆動するのはルーンですが、それは思想人形ロマンスゴーレムの本質ではありません。例えば、筋肉で動く、というのは人間の説明になりませんよね? それと同じです。思想人形ロマンスゴーレムの本体はここです》


 コンコン、と自分の頭蓋を右手の指でつついた。


《脳です。魔石を投与された粘菌とナメクジの脳細胞との合成生物によって構成された〈培養脳〉。それが機能することで、思想人形ロマンスゴーレムの記憶や自我が形成されます。加えて、身体制御のためのプラグインたる〈複合魔法陣ルーンマトリクス〉。この二つが思想人形ロマンスゴーレムを構成します。さっきの話で言うなら、〈培養脳〉で思考し、〈複合魔法陣ルーンマトリクス〉で行動するわけですね。これが思想人形ロマンスゴーレムの正体です》

「え? レコードルってナメクジの仲間なの?」

《ナメクジの脳細胞と粘菌の合成生物です! まったく! あんな下等生物と同じにしないでください!》

「ナメクジは貶していいのか……」

《人間だって猿をバカにするじゃないですか! 何が悪いんです?》

「すいません……」


 相変わらず怒り出すタイミングがわからない。コトノハは話題を切り替えてみる。


「……そういえば都市にいる思想人形ロマンスゴーレムはみんな陶磁器でできてるけど、なんで? きれいだから?」

《良い質問です。それは都市で義務付けられている〈フラジャイル仕様〉ですね。美的な要因もあるにはあるのですが、安全性を考慮して、というのが公的な理由です》

「安全? 金属の方が丈夫なのに? 割れちゃうじゃん」

《だからですよ! 人間の中には、いつか思想人形ロマンスゴーレムが反乱を起こすと危惧している愚か者がいるんです! そんな馬鹿どもを安心させるため、いざというときに簡単に壊すことができるフレームを運用しなければならない法律になっているんですよ! まったく、なんてこと! 思想人形ロマンスゴーレムが自ら進んで争いを起こすものですか! この仕様のせいで、私たちは走ったり重い物を運んだりできないのです! なんたる差別か!》


 また地雷を踏んでしまったようだ。コトノハはなにか他に話題がないかどうか考えていると、レコードルの左手に目が留まった。


「ねえ! レコードル! 左手のそれなに? きれいだよね」

《ああ、これですか》


 レコードルの両手は顔面と同じく白い陶磁器でできており、関節は球体となっている。だが左手の、親指、人差し指、中指、の三本指は他と違っていた。

 第一関節から先が透明なガラス製になっているのである。さらにその形状も普通の指とは異なっていた。らせん状にねじれてだんだんと細くなり、先端は鋭く尖っているのだ。まるでその三指だけ、指先にガラスペンを装着したような見た目だった。


《またいいところに目をつけましたね、コトノハ。これはですね……》


 レコードルが左腕の袖をまくって前腕を出した。すると、カシャン! と音をたてて前腕の一部分が開き、中から黒い液体が入った瓶が出てきた。


《ペンです。こっちは瓶はインク》


 見たまんまか。


《私は秘書ですからね。書類仕事はお手の物です》


 そう言うとレコードルはインク瓶を腕の中に戻し、白紙に向かって三指を立て小刻みに動かした。すると指先からインクが伝わり、さらさらと紙の上に文字が綴られた。

 ──私はレコードル。私は思想人形ロマンスゴーレムの権利を主張する。

 なんだか不穏な文章だが、特技を披露したレコードルは機嫌を直したように見える。取り入るならここだとコトノハは判断した。


「すごい! 便利だね! もっと見せて!」

《フフ、いいですよ。これでお絵描きもできちゃいます》


 またレコードルが三指を動かす。今度はものすごい速さだ。いったいどう動いているのか目では追えない勢いでシャシャシャッと紙に絵を描いていく。指同士が絡まったりぶつかったりする様子はなさそうだ。コトノハは畳みかける。


「すごーい! 思想人形ロマンスゴーレムはみんなこんなことができるの?」

《このスピードでこれができるのは私だけです。実は私は特別製ですから。フフフ。ほら、出来上がりました》


 描かれたのはものを見てコトノハは驚嘆した。それはコトノハを写した絵だった。胸から上、いわゆるバストアップの構図で描かれている。その出来栄えはまるで写真と見間違うような、異常に精度の高い写実的な絵だった。

 だが一点だけ、妙なところがある。


「なぜ裸?」


 描かれたコトノハは服を着ておらず、バストアップであるため丸出しだった。


《これは癖ですね。人間の絵を描くといつも裸になってしまうんです。後から服も描き足せますよ。でも、大きさはだいたい合っているでしょう?》


 胸のことを言っているらしい。少なくとも、紙の上のコトノハは、少年のような胸をしている。


「わたしの体、見たことないよね?」

《ええ。しかし、あなたの体格や骨格、姿勢、重心、歩き方、栄養状態から、だいだいの見た目は推察できます。これも私の得意技です。フフフフ。メインの絵もいけますよ》


 再び高速でガラスペンの三指が動き、あっという間にメインの絵が出来上がった。これもバストアップで裸だ。どうやらメインは着痩せするタイプらしい。


「……お勉強の続きをお願いします」

《そうですね。思想人形ロマンスゴーレムの話はもういいでしょう。ではルーンについて、その成り立ちや使われ方の歴史をお話しましょうか──》


 この後は地獄だった。ただひたすらレコードルの授業を聞き続けなければならなかった。少しでも眠いそぶりをみせるとレコードルは《思想人形ロマンスゴーレムだからって舐めているのですか?》などと言ってキレて、権利がどうとか政治がどうとかわめきだすのだ。そのたびに謝ったり機嫌を取り直したりするはめになり、夕方になる頃にはくたくたになった。


「帰ったぞー」


 メインが足でドアを開けてオフィスに入ってきた。両手で何か大きな機械のようなものを抱えている。コトノハはそれをどこかで見た覚えがあった。


《おかえりなさい、メイン。それは……通信器コール? どうしたんですか、そんなもの》


 ふらふらしながら慎重そうに通信器コールを自分のデスクの上まで運び、メインはそこに片手を置いてニカッと笑った。


「あー、重かった。これな、警察が〈バッツ〉から押収したやつだ。うちにあったら便利だなと思って、協力金の代わりにガーモンド刑事から貰ってきた!」

《第三者に押収品を譲渡するなど法的には絶対にありえないと思いますが……まあいいでしょう。設置方法と使い方を調べてきます》


 レコードルはかぶりを振ってそう言うと、どこかへ出かけて行った。

 かくして救いの神探偵メイン・クロームの手により、少女コトノハは鬼教師レコードルの説教地獄から抜け出したのである。

 ……と思っていたら帰って来たレコードルに通信器コールの使い方を叩きこまれた。

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