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都会のネズミと銃の女  作者: 羊倉ふと
2章

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10/13

10 採用面接

 オフィスの中は、木目調の落ち着いた部屋だった。真ん中に接客用のテーブルとソファがあり、壁側にメインとレコードルが使うと思われるデスクが二つ。他には本棚や簡素な調度品があるのみだった。壁際のキャビネットの上に置かれた黒い箱のような機械が、ポコポコと奇妙な音をたてている。

 メインは自分のデスクのふちに座って、足をぶらぶらさせながらこちらを待ち構えていた。ジャケットは羽織っておらず、ノースリーブのブラウス姿でリラックスしている。


「起きたな、コトノハ! 寝心地はどうだった?」

《この子、床で寝てましたよ?》

「床で? まあいいや。レコードルとは話したか?」

「うん。このゴーレ……人……? が秘書なんだよね」

《ハア……なんてこと。これは、後で思想人形ロマンスゴーレムについて教育が必要のようですね》


 レコードルを一瞥したが、相変わらずどう反応すればいいのかわからない。メインは肩をすくめている。


「メイン、わたしのことはレコードルにどのくらい話したの?」

「昨日起きたことは全部話したぞ」

「ええ? それって……」

《あなたがメタ・ブレインであることはすでに聞きました。ネズミに変身できるそうですね。でも、安心してください。私たちはあなたに危害を加えるつもりはありませんよ》

「メタ……?」

超次脳メタ・ブレインです。あなたのように異能の力を持つ人は世界中にいます。魔女、ドルイド、妖精、鬼、場所や時代によってさまざまな呼ばれ方をされてきました。迫害の対象になることが多いので、その数は少なくなっているはずですが。この都市にもいたのですね》

「ここに来たのは少し前。故郷はずっと昔に逃げて出てきた」


 メインとレコードルが顔を見合わせた。レコードルは相変わらずだが、メインはどこか渋い表情をしているように見える。


《悪いことを聞いてしまいましたね。事情はわかりました。ところで、変身しているところを見せてくれませんか?》


 コトノハはその場でネズミに転位し、また人間に戻ってみせた。


《ほう。予想していた変身とは違いますね。体だけが変態するのかと思っていましたが、身の回りの服ごと取り込んでしまうとは。肉体を変質させているのとは異なるようです。まるで偏光のように、存在そのものを別次元の形式に変換させている、そんな風にみえます。服以外のものも向こう側へ持っていけるのですか? いや、それはできて当たり前でしょうね。やはり気になるのはその容量で──》


 いきなり長話が始まったが、ちんぷんかんぷんである。


「レコードル、もういいよ。ちょうどコーヒーも入ったし。食べながら仕事の説明をしよう」


 メインがすっとデスクから降り、壁際にある黒い箱のところへ行った。箱の中からコーヒーが入った丸いガラス容器を取り出し、二人分のカップに注いでテーブルに持ってくる。その間にレコードルがどこからか、ドーナツが盛られた皿を持ってきた。


「ささ、座って座って」


 メインと向かい合うようにソファにつく。レコードルは窓際に立ってこちらを眺めているようだった。


「何してるの?」

《朝食です。思想人形ロマンスゴーレムは光合成できますから》

「夜は動けないけどな」


 座った後で、話が始まるのかと思ってじっとしていたが、メインはなぜかコーヒーを啜るだけでずっと黙っていた。コトノハとテーブルの上を交互にちらちら見ている。どうやらコーヒーを飲んで欲しいようだ。

 コーヒーは知っているが、飲んだことはなかった。息をかけて冷ます。まだちょっと熱そうなので舌先で少し舐めてみた。


「……苦い」

「アハハ。だよな!」


 そしてメインが仕事と採用についての話を始めた。

 メインの仕事は、看板に書いてあったとおりいわゆる探偵稼業だ。クライアントから依頼を受け、捜査や保護を行い、報酬を貰う。レコードルとこの都市で仕事を始めたのは二年前らしい。この建物は、当時解決した事件のクライアントから譲り受けたものとのことだった。

 続いて給料と家賃の話を受けた。正直なところ、給料の相場がわからないのだが、家賃を差し引いても、食べたいお菓子を買えるくらいの額であるとコトノハは考えた。昨日は結局そのまま寝てしまったが、バスルームも使い放題らしい。

 続いてレコードルが法律関係の説明をした。雇用形態についての話や、児童を労働させるうえで守らなければならない──メインは役所にバレなきゃ大丈夫だと言った──法律や条例、探偵稼業をするうえで認められること、認められないこと、などの説明だ。こっちの話は少しも頭に入らなかった。


《何か質問は?》

「〈バッツ〉を倒したのもクライアントからの依頼なの?」

「うーん、あれはちょっと違うな。自主的にやってる捜査だ。警察への協力、ってことで協力金は貰ってるけど」

《法律的にはほぼ黒のグレーゾーン捜査なのですが、ガーモンド刑事に目を瞑ってもらっています》

「〈ソムリエ〉ってやつ?」

「そう。まあありていに言うと、超悪い武器商人だな。一年くらい前の別の事件で都市にいることがわかって、そこから追い続けてる」

「依頼があるわけじゃないのに何で?」

《ちょっとした因縁があるのですよ。こちらの話です》

「コトノハは気にしなくていいよ。ネズミ姿でけしかける、なんてことはしないから安心すればいい。荒事は、アタシとレコードルがやる」

《私の仕事は秘書です》


 連れないな、とでも言うかのようにメインが唇を尖らせて肩をすくめた。


「ガーモンド刑事で思い出したけど、〈ネバースリープ探偵公社〉っていうのは?」

「よく覚えてるなー。アタシとレコードルの前の職場だ」

《ルーン技術の研究機関である〈ミュージアム〉の援助を受けて活動する公的組織です。捜査や保護に加え、犯罪者への先制攻撃や、表には出ない軍事作戦を担う組織。探偵と言っていますが、要するに傭兵ですね》


 レコードルの話の最中、メインが一瞬目を伏せたように見えた。口をはさむタイミングがないからだろうか。


「メインは、ガーモンド刑事に〈引っ掻き魔スクラッチャー〉って呼ばれてたよね? それも前の仕事で?」

「メイン・〈スクラッチャー〉・クローム。カッコいいだろ?」

《なんでもかんでも引っ搔き回して、状況を滅茶苦茶にしてしまうからついた二つ名ですね。不名誉な名前です》

「なんだよー。レコードルだって似たようなのあるじゃんか」

《私のはそうあるべくしてつけられたものですよ。あなたのとは違います》


 メインとレコードルがわーわーと言い合いを始めた。やはり付き合いは長いのだろう。喧嘩していても言うことが妙に噛み合っていて、なんだかおかしかった。

 コトノハはコーヒーが入ったカップを手に取った。話している内に、飲みやすい温度になったようだ。さっきは舐めただけだったので、一口飲んでみた。

 やっぱり苦い。でも、木の実を焦がしたような香ばしい匂いが鼻を抜け、熱が喉を通り過ぎて体に染み込んでいく感覚は不思議と心地よく、心が安らぐ感じがした。そう考えると、舌に残った苦味やかすかな酸味の余韻も悪くない気がする。もう一度飲んでみてもいいかな、そんなふうに思える。

 カップの水面を覗き込むと自分の顔が反射して見える。揺れる水面に映る不定形な自分の顔は、まるでネズミに転位するときの姿のようだった。違う自分へと変わる瞬間のような。

 コトノハは少し間を開けてから、口を開いた。


「やるよ。探偵助手」


 喧嘩中の二人がぴたりと止まる。レコードルはいそいそと《契約書を準備しましょう》と言ってデスクへ向かった。メインはコーヒーを一気に飲み、割れんばかりの勢いでカップをテーブルに叩きつけ、にんまりと笑った。


「よし! では最初の仕事を与えよう!」


 いったいどんなことを任されるのか期待に胸が膨らんだ。メインの言葉を待つ。


「風呂に入れ!」

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