5話:テルヴィニアの勇者
「赤い竜の居場所を知ってる?」
「…!」
「…」
リンデの瞳が弱弱しそうにこちらを見る。
バチン
また一つ、紫色の瞳が閉じる。少女の尋問にたじろぐ二人を、『真偽看破』が無慈悲に断罪した。
『『『真理なり』』』
彼女は一つの確信を得て、白銀の剣を抜き、青空に掲げる。
そして、天上にまで響くような声で名乗りを上げた。
「我が名は、シャルロット=フォン=ローゼンタール。テルヴィニアの『勇者』なり。」
鷲獅子が嘴を開き、低い声で諭すように語りかける。
「大司教猊下の名のもとに、あなたたちを拘束します。武装を解除して、速やかに我々に従ってください。抵抗は無意味です。」
ユーマはリンデを見る。手をこわばらせ、今にも竜になる覚悟を決めている。
(駄目だ、リンデ。)
少しばかり、ユーマは諦めたかのように、『勇者』に聞く。
「なあ、一応聞いておくと、もし、正直に奴らの居場所を話したら、俺たちはどうなる?」
『勇者』は事務的に、冷たく答える。
「情報を確認したのち魔術師の洗脳を解くために、ジークリンデさん、ハンスさんは教会での「解詩」を受けてもらいます。魔術師としての生を悔い改めれば、女神ディアリマは貴方がたをお許しになるでしょう。」
「そうか」
意味のない質問だったが、ユーマの覚悟は決まった。
魔法技師の服は偽の姿を失い、漆黒の外套へと姿を変えた。
「漆黒のローブ…『宵闇』……あなたが……!!!」
「行きますよ、お嬢」
ユーマの詠唱と共に、両手に雷光、風の魔素が集まり、翡玉色の六芒星が形作られる。
《光属、風属、幻術第五階……………
『陽光残像』……!!!》
そして同じ術式が『勇者』とグリフォンを取り囲んだと同時に、ユーマとリンデの分身が大量に表れた。
「「「「本物を当ててみろ」」」」
そして大量のユーマは飛び去り、一斉に、高階層の魔法詩篇の詠唱をし始める。
《《《《炎属、力術第七階、》》》》
大量のユーマが魔法陣を展開し、その全てに爆炎の球体を携えて少女と鷲獅子を包囲した。
少女は落ち着いてつぶやく。
「嘘ね。『真偽看破』………この分身以外の幻術を解け」
バチン、バチンと二回、瞳が閉じる。そして大量の分身たちの向こうに、既に走り出してリンデの手を引くユーマの姿が露わになった。
「…ユーマさん!」
ユーマは心の中で悪態をつく。
(《透明化》と《消音》が…クソッ)
『勇者』たちが幻術に気をとられている間に逃げて、正確に詠唱した召喚術を使う時間を稼ぐ。そういう算段だった。
だが『勇者』はその隙を逃さない。
「『白薔薇の鎧』。武装発動、『天空舞踏』」
少女の具足が、淡い緑の風を帯びる。そして――――
グリフォンの背から飛び跳ね、そのまま空中を蹴ってユーマの方向に跳躍した。そしてそのまま『宵闇』の足に狙いを定め…剣を振りぬく。
ガキンッッッと固い金属音が遮った。
「『魔盗賊の無尽剣』……!!!」
ユーマの手にある黒き長剣が、白銀の『聖剣』を受け止める。ギリギリと鍔迫り合いの音が軋む。
リンデが友人に訴えるような、悲痛な声を上げる。
「もうやめてください!シャーリーさん!どうしてこんな酷いことをするんですか!」
シャーリーは『勇者』として冷徹に答える。
「それはこちらのセリフよ。あなたは魔術師じゃないのに、なぜ『宵闇』に従っているのかしら?抵抗しない限り、悪いようにはしないわ。」
「それは………」
「なぜなのかしら?」
「それ、は………!!!」
ユーマがリンデの声を遮る。
「そいつに付き合うな!『魔盗賊の無尽剣』!術式を解析しろッ!」
瞬時に黒い刃が蒼く光った。そして、『聖剣』から術式を奪う――――――
『『『ならぬ』』』
ハズだった。いや、正確には術式を解析していたのだが。
「魂属、変性術……まさかッ!!!」
白銀の聖剣には――――おびただしいほどの人間の霊魂が宿っていた。
そしてそれらは全て――――聖教会の司祭と聖戦士の霊だった。
「『霊魂地縛』……ッッ」
『魔盗賊の無尽剣』は解析した全ての魔道具を再現できる。
――――しかし、術式に付属したモノを再現することは出来ない。
生物の霊魂は、術式ではない。
シャーリーは目の前の『宵闇』のしでかした冒涜に気づき、篤き信仰心を露わにする。
「『聖剣』の中身を覗くとは………傲岸不遜、極まりない!」
「やはりあの糞エルフ(メルキオール)の聖教会は、ろくでもないモノばかり作るな!」
「猊下の名を!黙れ魔術師め!」
『勇者』は鍔迫り合いに押し勝ち、ユーマと刃を打ち鳴らし、徐々に迫っていく。
「これらの英霊たちは全て、『聖剣』に封じられることを選んだ名誉ある者たち!彼らは未熟な私にいつも助言をくれます!それを貴様はッ!!」
「死人の言いなりの『勇者』サマかッ!滑稽だなッ!」
「この背教者がぁッ!!!」
ガキィィィィィンッと鋭い金属音と共に、黒剣が手から離れ、空に打ち上げられる。生み出された隙にシャーリーは容赦なく足を踏み込んだ。
「起動ッ!『聖剣』!!!」
白銀の刃に、霊魂の色たる、紫の魔素のオーラがみなぎる。
「武装発動ッ!『霊魂両断』!!!」
「クソがッ《盾》ッ!!!」
刃はそのまま、防壁を張ろうとする『宵闇』の手に吸い込まれ――――
ザシュッ
黒いものが何か、宙を舞った。そして。
「…………えっ」
――――ぼとり、と音がする。リンデの方に転がったのは、まぎれもなくユーマの右手であった
「………あ、ああ、あああああ!!!いやあああああああっっっ!!!」
穏やかなはずだった平野に、リンデの悲鳴が響き渡る。
「ぐぅっ、うおおおおおおおおおっっっ!!!」
動脈から紅い鮮血が噴き出て、少し遅れて右手に激痛が走る。しかし、シャーリーは癒す暇を与えない。
「二度はない!『霊魂両断』ッ!!!」
シャーリーは膝をついた『宵闇』の頸椎に、再び魔素の刃を振り下ろす――――
「やめてっっっ!!!!!!」
ドッッッ
馬車にはねられたかのような衝撃。
シャーリーは次の瞬間、鎧ごと宙に浮いているのを感じた。
そのまま『天空舞踏』で着地すると、目を疑った。
そこには、身体から発する、紅き炎に包まれたリンデがいた。
否、その身長の大きな少女はじわじわと巨体となり、姿を変え、鱗と爪を持ち、翼の生えた赤き魔獣、ドラゴンへと姿を変える。
『『もうこの人には指一本、触れさせません!!!』』
シャーリーは赤い竜の姿を見た途端、一瞬自分が何度も夢想した、おとぎ話の姿に飛び込んだのかと混乱し――――そして歓喜した。
「ああっ!そうっ!そうだったんだっ!!!あなたが『赤竜』だったのね!!すっかり騙されちゃった!!!!」
『『シャーリー!あなたが相手でも怖くはない!!』』
もはや警告も耳に入らないほど興奮しているのだろうか。少女は歓喜にのまれている。
「あはははははははははははっっっ!!!!!!」
「あははははっ!アルベルトッ!!!」
突然、彼女が声を張り上げる――――次の瞬間、リンデの背中の翼と甲殻に衝撃が走る。空からの岩の弾丸に、たまらず咆哮を洩らす。
『『ガアッ!!グオオオオオオオッッッ』』
「起動、『魔導砲:中型二門(カノーネ:デュアル)』…『岩弾』。空と陸の挟み撃ちで行きましょう。」
遥か上空で風をまとわせ、背中にある二つの砲身を竜に向ける鷲獅子の姿があった。
『『グウゥ!!空なら私だって飛べるっ!!!』』
「それをさせないのが私よ!!『霊魂両断』!!!」
聖剣の切っ先が前脚の装甲を裂き、辺りには鱗と血が散乱した。
『『グオアアアッ!!』』
『『GRRRRR…シャーリー…どうして!!!』』
「どうして!?私が聞きたいのよ!!あなたほどの存在が500年ぶりに!!どうして私の前に表れてくれたのかしら!!わざわざ人間のふりをしてっ!!!倒すべき女神の敵としてっ!!!」
『『そんな……!!!』』
もはやシャーリーの眼には、ジークリンデが『旅行先で意気投合した友人』とは映っていなかった。いるのは、『女神さえ騙したとされる伝説の魔獣』なのだ。
ユーマは激痛を耐え忍び、千切れた右手を《念力》で回収する。
《命属、変性術………『治癒』……》
幸い切断面が綺麗なので、右手が元通りになったかのように見えた。
――――しかし指先どころか、手首すらピクリとも動かない。まるで肘から下を水風船に置き換えたかのような感覚。
(やはり、霊魂と肉体の繋がりが千切れてしまっているんだっ………)
魔術師は片手を失うと、術式の精度は損なわないものの、手数が減ってしまう。
(このままではリンデも僕も…死ぬ!動け!痛みなら後で苦しめばいい!)
二対二で、仲間を挟み撃ちされているとき、どうすればよいか。
答えは、敵の一人の攻撃を遮断し、もう一人をこちらで挟み撃ちにすることである。
ユーマは左手を地面に当てると、詩篇を唱え始める。橙色の魔法陣が展開された。
《地属…変性術第六階…大地よ、固き玉の石となりて、竜と勇者を包みこめ……!!!》
《宝玉御殿!!!》
勇者とリンデ、ユーマの周りから、鋼玉の石が析出し、瞬時に周りを半円状に包み込む。これは、『金沙宝杖』の元々の術式と近い。
空中にいたアルベルトは事態を理解し、急降下する。
「しまった!直ぐにお嬢の救援に向かう!!」
空のグリフォンが降下するまでがタイムリミット。ユーマは素早く『魔盗賊の無尽剣』を拾い上げる。
「武装発動、『魔導銃』、『炎弾』!!!」
黒き長剣の鋼は瞬く間に歪み、一丁の銃へと変化する。そして竜と勇者の戦いにめがけて発射する。
「赤竜狩りの邪魔だ、魔術師!!」
ユーマに集中すると、横から鋭い爪が襲う。リンデに集中すると、横から炎の杭が襲う。
完璧な挟み撃ちの陣形だ。
だが、形勢逆転にはあと一手必要だ。
「リンデッ!飛べるか!?」
『『えっあっ!!』』
「飛べるかと聞いている!!」
『『……!はい!』』
「そこだっ!!!」
空の鷲獅子は硬玉のドームを脚で蹴り破ろうと、急降下で落下する。
そして、ドンッッと地面が揺れると、ミシミシと天井にひびが入り――――決壊して白き羽の魔獣が舞い降りた。
「今だ!リンデ!」
ユーマは赤竜の背に飛び乗ると、穴の開いた天井を飛び上がって抜け出す――――そう、『勇者』と鷲獅子は一瞬だけ、『ドームに閉じ込められる形になる。』
「しまった!はめられたのか私は!!」
「何をしているのアルベルト!!逃げてしまうじゃない!!」
わずかに空いた宝石の天井から見えるのは、赤き竜と、それに抱きかかえられる形のユーマ。そして、『魔盗賊の無尽剣』の銃口。
《炎属、力術第七階、業火の光線よ、宝玉に囲まれし獣どもを焼き尽くせ……》
《爆熱線!!》
「死ね……『勇者』!!」
柱のごとき赤い灼熱の光線が、ドームの入り口に吸い込まれる――――
『『!?ダ、ダメです!!』』
直前で、光線がわずかにそれ、ドームを熱で両断した。
直後……ドドン……と鈍く、重い爆発音がする。
煙がもうもうと立ち上り、相手の安否を確認することができない。しかし、これ以上の逃げるチャンスはもうない。
「多分しくじったが…逃げるなら今しかない…」
『『……はい』』
《《六属循環(エクスィ=エレメンテ)、召喚術第六階、我々の空から、安住の船体へと導き給え……『門』!》
リンデの体に魔素六色の魔法陣がグルグルと回り始める。そしてゆっくりと回転が速くなり……空間が球状にゆがむと、二人は虚空へと消えた。




