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4話:勇者との邂逅

『天空城艦』の実験塔。その中の作業台で、ユーマは橙色の糸を手にして、大きな頭巾に、六芒星を模した設計図のような刺繍を施していた。糸には地の魔石を砕いて溶かしたものをしみ込ませており、頭巾の表側に術式として編み込む。用途はリンデの角を隠すためのものだった。


ユーマはため息をついた。彼女の急場しのぎの被服を作るために、うっかり『寸法を測らせてくれ』と言ってしまったからだ。リンデは顔に火が付いたようにみるみる顔を赤らめて『自分で…作れますから…』と目をそらしてしまった。いくら詩篇を使って布から服を作り出せても、本人のサイズに合わないものを作っては仕方がない。彼女に魔道具を作るための裁縫道具と余り布を貸して任せることにした。

彼女は人間離れした体格を持ってはいるが、伝説のドラゴンというよりは、極めて人間的な感情を持つ女性である。そのことを未だに自分は失念しているなと、ユーマは思った。


翌日の朝。ユーマはいつものように作業場で寝落ちしていると肩をとんとん、と叩かれた。


「朝ですよ、ユーマさん」

「むにゃ……」


寝ぼけた目をこすると、目の前にリンデの姿が見える。彼女は簡素なベージュと暗い赤色のワンピースの上を着ており、その上には前掛けをを着て、スカートの下からは赤く太い尻尾を出していた。目には少し隈が浮かんでおり、自作に時間をかけたのだろう。


ユーマはリンデの持ってきた紅茶を飲みながら服をまじまじと見ていた。


「わざわざ淹れてくれたのか」

「ええ、昨日のをお借りしたんですが。差し出がましかったでしょうか?」

「そんなことはない。それに、服、作れたんだな。よく似合っている」

「母に教えられました。手が覚えてくれていてよかったです」

「寝不足そうだが、大丈夫か?」

「ええ、このくらいは。ユーマさんも隈がひどそうですが…」

「これは元々だ。」


リンデは少し嬉しそうにはにかんだ。





「そうだ、朝飯は俺が作ろう。客人には主人が料理をふるまわねばな」

「そんな、只の間借り人の身ですし私が…」

「気にするな」

 「あ、ありがとうございます…」

ユーマは意気揚々と食糧庫に赴き、昨日の生肉、チーズ、ジャガイモや押し麦の入った袋、レーズンなどなどを持ってきた。


「朝食ですし、そんなにしていただかなくても」

「いいんだ。そのために昨日調整しておいた。」


作業台の隣にある、ユーマの身長程度の縦長の金属の筐体の上に、彼は食糧を無造作に放り込んだ。


「……えっ」

混乱するリンデをよそに、ユーマはつぶやいた。

『起動、粥職人(ポリッジマイスター)


金属の筐体に刻まれた、数々の詩篇の術式に赤と青の魔素の光が、ギンと迸った。次の瞬間、ゴゴゴゴゴゴゴと機械音がなったと思うと、上部の食糧たちがすり潰されていく。息をつく間もなくチン、と小さな鐘の音がして、原料の欠片が垣間見える粥が二杯、大きな器に雑に盛られて筐体の出口から出てきた。


「料理というのは少なからず栄養素を損なってしまうものだ。しかし、この『粥職人』では、新鮮な食材たちの栄養を損なうことなく、瞬時に、粥に調理する。徹夜で消耗した我々の体にはぴったりの朝食だと思わないか?ほら、スプーンだ。」



「……そうですね!ありがとうございます!」

リンデは出来る限りの愛想笑いをしようと、懸命にはにかんだ。




 


 ラル=ディアリマは一つの大きな大陸として知られている。

南西には複雑な地形に富み、自然と鉱石が豊かなグラン=アルダ公国。

南東には大小様々な河川が通り、水産物と商業が盛んなレンテジェリ自由都市。

北は一年中風の吹きすさび、飛竜(ワイバーン)(ドラゴン)の飛び交うシムルグ荒野。

そして中央には。最も歴史が古く、魔法詩篇技術が先進的なテルヴィニア聖王国がある。





「さて、今から我々はそのグラン=アルダ公国に向かうわけだが…」

「へ、変に思われたりしないでしょうか…」

「大丈夫だ、角と尻尾は隠れてるし、僕も服を変性術の詩篇で少し変形させた。どこからどう見ても、魔導技師とその助手だ」

「そうでしょうか…」


人よけの幻術詩篇も使えないことはないが、聖騎士たちに察知する者がいるかもしれないのが歯がゆい。


二人はそのまま、ガタガタと馬車に揺られ、グラン=アルダ公国の城下町に向かう。

『天空城艦』は第一動力に風の魔石を使っている都合上、南限が存在する。そのため二人は陸路を採用したのだ。


(今直接、聖王国に踏み込むのは危険が多い…しかし、公国にはリンデの指環について知ってる人物がいるんだろうか…)






 丘の峠を越えると、朝日に照らされ、山々に囲まれた、多層に街を囲む橙色に輝く石の城壁が見えた。まさしくグラン=アルダ公国の首都で、別名『太陽の都』とも呼ばれている。


 大きな橙煉瓦の門を通ると、さっそくこの町の特色が見えてくる。メインストリートには大小大量の魔導人形(ゴーレム)が並んでいるのだ。材質は土や鉄など様々で、球体に不格好な足がついたものや、中には家がそのまま歩くようなものさえある。


明らかな人工物が闊歩する中で、野菜や肉などの食料店、靴や服などの日用品店が並んでおり、活発な声が飛び交う。他には魔道具を売るものや中型の魔導人形(ゴーレム)と共演する大道芸人や、音を響かせて歩く軍用魔導人形。その上には魔導銃(マスケット)を抱え、濃いオレンジ色の制服をまとった兵隊が搭乗していた。


(まあ僕たちもおもちゃの魔導人形(ゴーレム)を売りに来た魔導技師、という体なんだが。)


途中リンデの巨体に対して門番に注視されたが、少し袖の下を渡すと、「ようこそ、魔導技師さん!」と通された。いいのかそれで。






 寝床をとるために宿屋の受付に行くと、人間と、緑の肌を持つオークの二人組がいた。二人とも魔導銃(マスケット)を下げて座っている。オークは酒を飲んでいて、もう片方の人間は煙草を吸いながら新聞を読んでいる。


 「竜教団の一斉検挙、行方不明者見つからず…竜星観測、ここ数年の大幅拡大…大型魔獣の増加…だってよ。あーあ、嫌だね。もっとましな記事はないのかよ。」

「魔獣の増加はいいじゃねえか、依頼も増えるし。ぶっ殺せるし。」

「街道に身元不明の死体も増えるな、えぇ?」

「真面目だねぇ…でも最近はテルヴィニアの聖騎士や『勇者』サマたちがそこかしこに出張ってるみたいだし、冒険者稼業も肩身が狭いぜ」

「聖王国…『雷光の都』か…」


この国は色々ときな臭いらしい。そんなことを考えていると、宿の予約が終わったので僕たちは街に繰り出した。



 その後、僕たちはリンデの指環について、公国内を聞きまわった。


結論から述べると、リンデの指環についてあまり成果は得られなかった。唯一の成果と言えば、魔導技師という体で骨董商に持っていったときのことだった。


「これは聖王国の歴史の中でも、500年ほど前、前身となった王国から聖教会が発足した時代によくみられる模様で、勇者ジョージ伝説にまで遡るものかもしれんぞ」


とのことだった。

聖ジョージ伝説。500年前、勇者ジョージと聖女エリナが魔王と竜を倒し、世界を救ったという物語。その中には、まさしく伝説の存在である赤竜が、女神ディアリマを裏切った存在として出てくる。


そのことについてリンデに聞いてみたが、彼女は「赤竜は本当に、女神様を裏切ったのでしょうか」と沈痛な面持ちになってしまった。グラン=アルダに来てから、もともと大人しそうなのが、さらに銅像のように静かになっている。

角や尻尾を隠す魔導具に抜かりはない。彼女の体には身長を縮める変性術が効かなかったが、オークなど背が並ぶ種族がいないわけでもない。オークと比べるのは色々アレだが。


(やはり、他人の目が気になるのだろうか…)


一旦宿の部屋に戻り、昼食をとることにした。宿のメニューには公国の名物が並んでいる。土の状態の良さか、宿の主の趣味か蛇竜(ワーム)肉を使った料理が多い。普通に野菜スープやサンドイッチを頼んだが。


昼食を食べながら会話を切り出した。


「なあ、リンデ、大丈夫か?」

「?はい、大丈夫ですよ」

「そうか」


会話が詰まってしまった。何か言わなくては。


「その…辛かったら、連れて来てしまって済まない」

「そ、そんなことはないですよ!食べ物もお店も色々あって、ゴーレムが人々の暮らしに溶け込んでる。こんなに大きな町、見たこともありませんし!」


リンデは、少しだけひょうきんぶって言う。

「その、ちょっとだけ…ほら!私、体が大きくて目立っちゃいますから!やっぱり、見られてるんでしょうか」


 ここは、やはり励ますべきか。

「見られてはいると思う…だが言ってしまえばそれだけだ。都市の人間はあまり他人に興味を持たないし、君がドラゴンだなんて、気づきもしないよ。だから、気にしなくても大丈夫だ」

「……そういうものなのでしょうか…」

「もし何かあったら、僕が何とかするさ」






出先で用事が済んだらどうするか、そう、観光タイムである。

リンデは少しだけ安心したのか、仕立屋をいくつか回ることにした。


仕立屋、特に婦人向けのものというのは、どこの都市でも色彩豊かだ。扉を開けば、白いマネキンに店自慢の華麗な自信作が客を出迎える。


「…ああ、いらっしゃい」

若い女の店員は俺とリンデの恰好を見るなり、少しだけ愛想の悪い反応を返す。


「………」

「ユーマさん、怖い顔してますよ。それより見て回りましょうよ」


二人は決めたとおりに、周りの反応を気にせず肌触りの良いものやカラフルな布地を選んでいた。リンデは結構、明るい色か赤色、フリルがついているのが好みだった。僕たちは布見本をとって胸の前にあて、作る服や出来上がりを想像して楽しんだ。


僕としては黒や紺などの暗色も、リンデの体をすっきり見せる感じがあって好みなのだが…



店員を呼ぼうとすると、周りからひそひそと声が聞こえてくる。


「見た?あの人、大きいわね!」

「北のシムルグ荒野から来たのかしら、蛮人は藁でも腰に巻いていればいいのよ」

「ちょっと言い過ぎよ。でも、ねえ」



「もう出よう、こんな店で買うことはない。」

「ユーマさん…」

「もっと客層がいいところに行こう」

「やめてください、ユーマさんが怒るようなことじゃありません。私は大丈夫ですよ」


僕のことではない。それはそうだ。リンデ本人が気していないと言っている。しかし何故、こんなに腹が立つのだろうか。腹を立てているのは周りの客にか、大丈夫だと嘘をつくリンデにか、それとも浅はかな自分自身にか。


このままだと、心に引っかかっている何かを、思い出してしまいそうな感覚になる。

いや、理由なんてどうでもいい。裁くものがいないのならば、自ら裁くまでだ。


ユーマはどこか衝動的なように、無意識に詩篇の発音を初めてしまった。


《地属、変性術…》

「ユ、ユーマさ」


せめて周りの奴らが足を絡めてすっ転ぶような、下らない仕返しでもしてやろうと思った、その時だった。






ドンッと木の床を打つ、強い音がした。

「皆寄ってたかって陰口をたたいて!!恥ずかしくないのかしら!!」


かん高い少女の声が店内に響く。目を向けると、店の籠に反物を積んだ、淡い金髪を編み込んだ可憐な少女が仁王立ちしていた。


「…ホホホ…そんな、陰口なんて」

「ええ…もう行きましょう」


あまりの気迫と、白けた空気をしのぐ気もないのか、客たちが店を出ていく。

金髪の少女はあっけにとられたユーマとリンデの方を向くと、たたたっと駆け寄る。


「余計なお世話だったかしら!でもごめんなさいね!ああいうのは見ていられない性なの!!」

 「あの、その…」

 「私はシャルロット!シャーリーでもなんでも好きに呼んで頂戴!」

 「…そうか、君はグラン=アルダの人か」

「いいえ違うわ!観光に来たの!あなたとあなた、お名前はなんて言うのかしら!?」


会話のペースを離そうとしない。厄介な奴に絡まれたとユーマは思った。リンデも目に見えて困惑していた。


「ジ、ジークリンデ、と、申します」

「おい、リンデ」

「ジークリンデ!古式ゆかしくて、勇ましくも美しい、とっても素敵な名前だわ!リンデって縮めると可愛いわね!!もう一人の方は!?」

「僕は…ハンスだ」

「ハンス!名付けた人は聖人から取ったのね!優しそうな素敵な名前だわ!!」


咄嗟に偽名を使った。本名を名乗ったらどんな突っ込みが来るか分からない。気おされてリンデは喋ってしまったが。


 少女は勢いのまま僕たちに提案をした。

「ねえ、あなたたちもグラン=アルダは初めてかしら!?よかったら一緒に観光しない!?」

「…親切な申し出、とてもありがたいが僕たちは…」

「…いいですよ、行きましょう!シャーリーさん。…いいですよね、ユ、ハンス、さん?」「…リンデ、いいのか」

「旅先で人と知り合うのって、それこそ旅行っぽくありませんか?それに…悪い人ではなさそうですし」


「あ、店員さん、お客さんをとってごめんなさいね!これ全部頂くわ!!」

少女は反物の積まれた籠をどさりとカウンターに置いた。






 それからシャーリーを入れて三人でグラン=アルダを観光した。出店で串肉の香草焼きや果実のケーキを食べたり、ネックレスなどの装飾品を買ったりした。恋愛の芝居を見ては、リンデとシャーリーの二人は涙を流していた。時々リンデがいたずらっぽく「ハンスさん?」と呼ぶのは参ったが。


 シャーリーが加わってから、リンデの笑顔が増えた気がするとユーマは思った。同年代のシャーリーと話してとても楽しく、リラックスしていた。






 夕日が差し、煉瓦の色が一層濃く見える。三人は宿の前で別れの挨拶をした。

「とても楽しかったわ!今日はありがとう!」

「あの、シャーリーさん、もしよかったら明日も一緒に観光しませんか?」

「ごめんね!明日は私早いのよ!だからここでお別れだわ!」


「女神様の加護あらんことを、また会いましょう?リンデ!ハンス!」

「ええ、シャーリーさん!」

「…ああ」


「さよ~~~~~~~~~~なら~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」


大きく手を振りかぶりながら、たたたっと少女は薄暗い道を駆ける。

「…騒がしい奴だったな」

「でも、凄く楽しかったです。ですよね、ハンスさん?」

「…悪かったよ」

「ふふふっ」






(人と一緒にいて楽しい旅というのは、もしかしたら初めてかもしれない。)

すがすがしい朝を迎え、二人で宿で朝食をとってから帰りの馬車に乗った。朝日に輝くグラン=アルダの門を、丘に隠れて見えなくなるまで眺めた。適当な森の近い平地で馬車を降りる。

 

「さて、ここまで来たら後は詩篇で帰ろう」

「あの、ユーマさん」

「?どうした」

「空が…」


太陽光がさえぎられ、影になる。それは一目で魔獣の類だとだとわかった。




鷲獅子(グリフォン)。それも全身が雪のように白く、魔導具を背負っている。そして、ゆっくりと舞い降りた時、白い甲冑を着た騎手が見えた。


それは聖騎士の鎧に身を包み、白銀の剣を下げた、可憐な少女であった。

つい先日、見知った顔がそこにあった。


 

「お前は…!」

「シャーリーさん?…どうして」



「また会ったわね!リンデ!それにハンス!」

「…何の用かな」



「単刀直入に言うわ!…あなた、魔術師よね?」

「とんでもない、僕は」

「魔導技師はね、詩篇発音の訓練は受けないのよ」


失敗だ。やはり仕立屋に居た時、奴は僕の詩篇を聞いていた。さっさと店を出るべきだったのだ。


「仮に僕が魔法使いだったとして…僕たちをどうするつもりだ?」

「シャーリー、さん」

「あなた達を傷つけるつもりは無いわ!ただ、質問に答えてほしいの」






 白い鎧の少女は、腰に下げた剣の柄頭に手を当て、一言、唱えた。

「武装発動、『真偽看破(ソロモン)』」






柄頭がオーラを帯び、彼女の背後の空間に紫の魔素のラインが引かれる。そしてそれは、まるで幾つもの『眼』のような模様に開かれた。





「あなた達は『宵闇の魔術師』の居場所を知ってる?」


「…知らない」

「…知りません」




バチン、と背後の『眼』が閉じる。

『『『虚偽なり』』』




ゴクリ、とユーマ唾をのむ。これは質問ではない、尋問なのだ。


「残念だわ」


彼女は冷たい目をして、腰の剣の柄に手を掛ける。

「もう一つ、あなたたちは―――」




「赤い竜の居場所を知ってる?」


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