9.閃いたメニューは
「手料理……」
デイジーは途方に暮れて呟いた。
明日、いきなり手料理を作って持って行くことになったのだ。
高位貴族の生徒だけが入会出来る特権的で閉鎖的なクラブ、クリケットクラブのサロンへ。
(ていうかグランツさん的には、私はサロンに行ってもいいのかな?)
そこはリオネルにとって高位の貴族同士で気兼ねなく過ごせる場所のはずである。デイジーは一度も連れて行ってもらったことはないし、きっとそこではデイジーへの嘘告を話題にしているのだ。
こんなダサ眼鏡に付き合っているリオネルには鬱憤が溜まっているはずで、サロンでそれを晴らしているに違いない。
そんな心休まる場所に、令嬢達から招待されたとはいえ自分が顔を出してもいいんだろうか。
(でも、お待ちしてますって言われたしなあ。どうしよう、直接聞くべきかな?)
今日はリオネルは薬草学の研究室があるので、会う予定はない。研究室まで行って聞いてみようかとも思ったが、それはそれでもっと嫌がるだろうと止めておいた。
(明日、サロンで微妙な空気になったらすぐ帰ろう。うん、そうしよ)
悩んだ末にデイジーはそう決めた。
(せっかくだからクリケットクラブのサロンは入ってみたいしね)
決めてしまうと、クリケットクラブのサロンは楽しみになってくる。そこはクラブのメンバーとメンバーに招待された生徒のみが入れる特別な部屋なのだ。
サロンは東校舎の二階の一番いい位置にあって、外からはテラスになっている大きな窓だけが見える。窓の様子からして三階まで吹き抜けになっているようだ。
噂によると中は通常の教室が四つくらい入る広さがあって、ビリヤード台やピアノ、専用の浴室もあるらしい。
メンバー以外の生徒なら誰しもが一回くらいは中を見てみたいなあ、と思う場所である。
なんとそこに入れるのだ。
うむ、俄然ワクワクしてきた。
デイジーは明日はサロン見学だと思って行くことにした。
(うふふ、楽しみ〜)
そうして足取り軽く図書室へ向かおうとして、冒頭の問題を思い出すデイジー。
足がぴたりと止まる。
「いやいや、待って、手料理だよ」
そう、手料理である。
「手料理……」
持ち寄りの手料理なんて、何を作ればいいのだろう。
「手料理ねえ」
きっと味はもちろん、見た目もイケてるやつを作らなければならないのだろうが、何も思いつかない。
寮には食堂用の厨房とは別に、学生が自由に使えるキッチンがあるので作るのは不可能ではないが、デイジーは料理は得意ではないのだ。
貴族の端くれだった時の食事は通いのメイドさんがしていたし、平民となってからは主に父がしていた。
平民になった当初はデイジーも頑張ったのだが、デイジーの料理の結果は惨憺たるものだった。煮込み料理は大体焦げたし、炒め物やスープは微妙な味になった。
デイジーは自分の料理を食べた時の、父と弟の何とも言えない表情を今でもしっかり思い出せる。
だから実家ではデイジーが掃除洗濯担当、父が食事担当だった。
父の作るご飯は美味しかった。
「どうしよう、困ったな」
デイジーは頭を抱え、勉強してる場合ではないと図書室を諦めて自室へと引き返す。そしてすぐに隣の訛ってる美少女の部屋をノックした。
❋❋❋
「それ、なんか裏があらへん?」
デイジーから事情を聞いたユーリは胡散臭げに言った。
「裏?」
「高位貴族の令嬢が料理するなんて、聞いたことないで」
「クリケットクラブ内だけでなんじゃないかな?」
「そーなん?」
「分かんないけど、平民の子達は時々お弁当交換なんかしてるじゃん。そういうのやりたいなーって気持ちは分かるし」
デイジーのこれまでの学生生活は勉強一色だったので、お昼は購買部で一番安いパンを買って自席でさっと食べ、残りの時間は勉強していた。
そして目の端で、中庭のベンチで楽しそうに交換し合って食べる女子達を見ては、いいなあ、なんて思っていたのだ。
王立学園には立派な食堂があり、貴族の学生達のほとんどはそこで提供される昼食を食べる。
お弁当を持参するのは、毎日食堂へ通うのが負担になってしまうような低位貴族や平民の子達であり、そういうのをちょっと見下す空気はある。
でも見下しながらも「なんか、楽しそう……」なんて思っていたのかもしれない。
「ね、きっとそうだよ」
デイジーの推理にユーリは眉を寄せる。
「あの子らにそういう可愛い一面があるとは思われへんで。もう手料理は忘れましたでいいんちゃう?」
「でも、手ぶらではサロンに入れません、とかだったら嫌じゃん。入ってみたくない?」
「入ってはみたいけど」
「でしょう? 入った私の話、聞いてみたいでしょう?」
「まあ、ホンマに浴室まであるんかとか、ホンマに白いグランドピアノが置いてあるんかとか、ホンマにクリスタル製のシャンデリアが五つあるんか、とかは聞きたいけど」
「うん。だから通行料だと思って何かは持っていかないと」
「ふーん、デイジーがそう言うならいいけどな。手料理なあ……あたしも料理は得意やないんよなあ」
納得はしてくれたが、困り顔になるユーリ。
「そっか。困ったね」
「得意そうな子に聞いてみる? でも聞いたところで凝ったもんは作られへんよな」
「そうなんだよねえ」
うーんと二人で腕を組んで悩む。
「ぱぱっと簡単に作れて、見た目がイケてるやつなあ……」
「そんなのあるかな?」
「ゆで卵は? ギザギザに切ったら綺麗やで」
「ボロボロになる未来しか想像できないよ」
「にんじんの飾り切り」
「出来ないよ?」
「…………キュウリで馬つくる」
「なにそれ」
「供えもんの一種やなあ。ナスでも出来るで」
「ええぇ……それはちょっと」
「あ、ハムで薔薇つくる」
「難易度高そうだよ、あ!」
ここでデイジーは、ぽむと手を打つ。
馬という動物関連のフレーズとハムがヒントになったのだ。
「あるよ! ぱぱっと簡単で可愛いのが!」
しかも調理方法は焼くだけである。味付けもいらない。素晴らしい。
「えっ、ホンマ? なになに?」
顔を輝かせるデイジーにユーリが興味津々で聞いてくる。
「ふふふ、それはね……」
デイジーは得意満面でユーリに閃いたメニューを告げた。
❋❋❋
翌朝の早朝の寮のキッチン。
デイジーはユーリと共にせっせとウインナーに切れ込みを入れていた。
ええ、ウインナーに切れ込みを。
お分かりですね?
作っているのはそう、タコさんウインナーである。
「いやーん、目え付けると一気に可愛いなあ、これ焼くん可哀想ちゃう?」
爪楊枝で開けた穴にゴマを差し込んだウインナーを見て、ユーリが悶えている。
「焼かないとタコさんにならないよ」
「そーなん?」
「焼いて初めて足が広がるんだよ」
「へー」
関心するユーリ。ユーリはタコさんウインナーを知らなかったのだ。
昨日、デイジーがタコさんウインナーを提案するときょとんとして、でも作り方を説明すると「面白そうやなあ、それでいこ」となった。
という事で、今朝は朝から二人でタコさんウインナーを作っている。因みにウインナーはユーリが厨房のコックさんに交渉して安く譲ってもらった。頼りになる友人である。
早朝の寮のキッチンにはデイジーとユーリの他にも、お弁当を作る寮生が数人居て彼女達も「あ、タコさんだ」「ゴマいる? 目にしなよ」と一緒になって作ってくれた。
先ほどユーリがつけたゴマはこうしてもらったものだ。
そんなお弁当組の女子の一人が「カニさんも出来るんだよ」とカニさんも作ってくれた。
デイジーはカニさんの余りで小さな子ダコさんも作った。
(可愛い。楽しい)
早朝の寮のキッチンでデイジーのテンションは上がる。
焼き上がったタコさん達は冷ましてから大きめのお弁当箱に詰め、紙袋に入れてデイジーは足取り軽く学園へと向かった。
そして迎えたお昼休み、紙袋を持ったデイジーはドキドキしながらクリケットクラブのサロンの扉をノックした。




