8.嘘告なんだよ?
デイジーがリオネルと付き合いだして二ヶ月が経った。お付き合いは普通に順調だ。
週に二回ほどの二人の勉強も続いている。いつの間にか場所は図書室から談話室になっていて、互いのノートを交換しあって時には喋りながら仲睦まじく勉学に勤しんでいる。
喋りながらなので進みは遅いけれども、新たな視点や発見があって面白い。
特にリオネルの薬草学と錬金術のノートは分かりやすくまとめてある上に、リオネル個人の考察や疑問が書いてあり、それを本人に聞きながら読むのは刺激的で大満足である。
デイジーはというと、リオネルが気にしていた薬草法が他法令と絡む場合の法的な解釈について調べてデイジーなりの解答を伝えてあげたりした。
自分の理解も深まって非常に良い経験になった。
二人で過ごす談話室には時々バルトークやユーリも加わり、和気あいあいとした時間になったりもしている。
正直人数が増えると雑談ばかりになってしまい、勉強どころではなくなるのだが、まあ、いいかとデイジーは思っていた。
学年末のテストは力試し程度で受ければいい。
デイジー・パットン17才。非常に遅ればせながらやって来た、ザ・青春な放課後だ。
そしてリオネルとのデートだが、こちらも順調である。
ほっぺが落ちるパンケーキの翌週は、頭が溶けるというフォンダンショコラを食べに行き、さらに翌週は目が点になるという苺のタルトを食べに行った。
直近のデートはついに、朝から博物館へ行きランチをしてから公園を歩くという一日フルコースをこなしている。
リオネルは終始優しくて紳士的でこれは楽しかった。デイジー的に一番テンションが上がったのは、公園のベンチに座る時にリオネルがハンカチを敷いてくれたところだ。
大切なレディとして扱われているみたいできゅんきゅんしてしまった。
デートの回を追うごとにデイジーの緊張は和らいで、今ではリオネルと二人でも自然に楽しめるようになっている。リオネルの目は優しい光を帯びていることが増えた。
傍から見ると、とても幸せそうなカップルなのである。
嘘告であるということを除いては。
デイジーは時々うっかり、こういう日々が卒業後も続いたら素敵だな、と思ってしまってその度に、いやいや嘘告だぞ。卒業パーティーで派手に振られるんだぞ、と自分に言い聞かせていたりする。
最近のリオネルはすっかり自然体のように感じるし、自分を見る目はちゃんと優しいと感じてしまうのだ。
(こら、嘘告なんだよ? 勘違いしちゃダメだってば)
本日も久しぶりに一人で図書室で過ごそうと歩いている時にリオネルの優しい目を思い出してニヤニヤしてしまい、デイジーは気合いを入れ直した。
(なにより、私は結婚もする予定だよ)
デイジーは金髪の美青年を追い払って、一度だけ会った未来の夫を思い浮かべた。
会わせてもらったレイリーは焦げ茶の髪に白いものが交じっていて、その目に輝きはなくどんよりと暗かった。そのせいか36才という年齢よりもぐっと老けて見えた。
歩くときは右足を引きずっていて、自らを卑下する口調で『こんな足で長時間立つのは辛いから座るよ』と言った。
デイジーを結婚相手と紹介された瞬間はとても驚いた顔をしていて、その一瞬は顔に生気が戻った。だがすぐに無気力な様子になって『君は本当にこれでいいのか?』と聞いてきた。
体つきはがっちりしていたけれど、全体の雰囲気は繊細な印象で顔も微笑めば優しくなる予感がした。声はしっとりと落ち着いていて、大人の男性だなと感じた。
(……うん、大丈夫。嫌いじゃない)
レイリーを思い浮かべたデイジーは小さく頷く。自分にどれだけのことが出来るかは分からないが、レイリーが微笑むようになってくれたらいいなとも思う。
そうなればレイリーとも、リオネルとのように楽しい日々を送っていけるだろうか?
形は違うけれど送れる気もする。
今こうしてリオネルと疑似恋人の期間を過ごしておくことは、レイリーとの夫婦の関係を築いていく上で役立つだろう。
楽しい思い出は今後の人生を豊かにもしてくれるはずだ。
“役立つ”や“思い出”という考えに、デイジーの胸はちくりとしたが、それには気づかないふりをした。
デイジーは最初からこの嘘告で傷つくつもりはないのだ。
(よし! ちゃんと嘘告をやり切るぞ!)
決意を新たに胸を張ったところで、絡みつくような声がかかった。
「ごきげんよう。パットンさん」
振り返ると、明らかに高位貴族の女子生徒三人がデイジーに近寄ってきていた。
(あー、そろそろこういうの来るかな、とは思ってた)
明らかに自分を蔑み傲慢な様子の女子生徒達に、デイジーは気持ちを切り替える。
最近、高位貴族の女子達の視線が哀れみのようなものから攻撃的なものに変わってきたなあ、と感じていたのだ。
嘘告と分かっていても、楽しそうなデイジーに腹が立つのだろう。リオネルは平民や低位貴族の女子からしたら格差があり過ぎて恋人として現実的な相手ではないが、高位貴族の女子からするとその隣は狙いたいポジションだ。
仮初といえ、そんなポジションにデイジーがいて幸せそうにしていれば気にも障るのだろう。
(それにしてもさ、嘘告なんだよ? 知ってるよね? そんなムキにならないでほしいなあ)
とほほ、と思いながらもデイジーは三人に向き直った。
「こんにちは」
挨拶をして少し構えながら三人を確認する。全員四年生だ。子爵令嬢二人に侯爵令嬢が一人。
そこにはバルトークが恋に落ちた伯爵令嬢はいない。
デイジーはまずそれにほっとした。
やっぱりあの子はいいように使われていた、ちょっと高飛車なだけの女子だったのだ。バルトークの相手をするなんて貧乏くじを引かされているあたり、ちょっと残念な子でもあるようだ。
バルトークの恋の相手がこういう陰険な絡みをしない子だと分かって一安心である。
「あら、そんなに構えないで。ちょっとお話ししたいと思っただけなのよ」
三人を観察するデイジーに侯爵令嬢が言う。
「そうですわ。最近のパットンさん、とっても綺麗になってきたから」
「ええ、髪も肌も艶が出てきているし、髪型も気を遣っているわよね」
「制服のサイズもきちんと直されたのかしら? 見苦しくなくなったわ」
にこにこ、というよりニヤニヤという感じの女子三人。
「リオネルに恋しているかしら?」
“リオネル”の部分を強調して一人が言う。
(うん、分かるよ。名前を呼んで揺さぶるってやつだね)
納得して、これくらいなら可愛らしい嫌がらせじゃないかとデイジーは肩の力を抜いた。
それに髪や肌の艶がいいのも、髪型と制服の着こなしが垢抜けたのもリオネルのせいではなく、ユーリのお世話のお陰である。
デートの翌日には元の髪型に戻ったデイジーにユーリは即行で『だからあ、ダサいねん!』とダメ出しをして、それ以来毎朝髪型チェックも入っている。
ユーリのダメ出しを思い出してデイジーの頰が緩む。
その笑顔はいい方に解釈された。
「まあ、リオネルを思い出すだけで楽しそうね。すっかり恋してるのね」
「羨ましいわ、パットンさん。恋って素敵ねえ」
「リオネルは優しいものね。私達にもみーんなに優しいのよ」
相変わらず“リオネル”を強調して話す彼女達。
デイジーはやれやれと思いながら、言ってあげた。
「はい。グランツさんはいつも優しいです」
こちらは“グランツさん”を強調してあげる。
三人ともデイジーの家名呼びに驚いた後、目に見えて嬉しそうになった。
「えっ、やだ。リオネルったら彼女に名前で呼ばせてないの?」
「まあ、てっきり……ねえ」
「最近は、最初の乗りと随分違ってたものね。だから……でもどうやら勘違いだったのね」
ひそひそと囁きあう女子達。
(ええ、安心してください。嘘告は続いてますよー。名前呼びはさせられそうになったけど、頑張って断りましたよ)
心の中で教えてあげるデイジー。
「あのう」
三人の気も済んだようだし、もう行ってもいいかなと声をかける。
「あら、ごめんなさいね」
「いえいえ、それでは失礼しますね」
「あ、お待ちになって」
出来るだけ寂しそうな顔を心がけて立ち去ろうとしたのだが、止められてしまった。
「明日、お昼休みにクリケットクラブのサロンで食事会をするから、ご一緒しましょう」
「皆で手料理を持ち寄っての食事会なのよ」
「是非、パットンさんも作っていらして?」
「へ? て、手料理? えっ、私も?」
何だろう、これも嫌がらせなのだろうか。
それともさっきの絡みのお詫び?
にこにこしている三人から真意は掴めない。
「リオネルも喜ぶわ」
「手料理といっても、簡単なものでよいの」
「お待ちしているわね」
「「「では、ごきげんよう」」」
一方的にそう決めると三人はふわりと礼をして去って行く。
「えっ? ちょっと…………え?」
後には狐につままれたような顔のデイジーが残った。




