6.ダサ眼鏡からの……
さて、そして待ちに待ったデートの日。
そう、今日は嘘告の最大の楽しみでもあった人生初のデートの日である。
記念すべきデイジーの初デートは、王都のお洒落なカフェでのお茶となった。何でも、食べた人のほっぺを落とすというパンケーキが売りらしい。
こちらは、一人で一晩中ウンウン悩んでも何も出てこなかったデイジーがユーリやクラスの女子達に相談してお勧めされた場所だ。
皆からは「初デートを朝からするのは、疲れるから止めておけ」とのアドバイスも貰い、リオネルとの待ち合わせは昼過ぎで、今回はお茶だけする予定である。
そんなデート当日、デイジーは朝からユーリに手伝ってもらっておめかしをしようとしていた。
「えっ、普段着、二着しか持ってへんの?」
デイジーの部屋に来てくれたユーリがクローゼットを見て驚愕している。
そこには茶色と水色のワンピースが一着ずつかかっているだけだ。
「引き出しにブラウス二枚とスカートが一枚あるよ」
自身の名誉のためにデイジーは引き出しも開けるが、そこもがらんとはしている。
「ほら、カーディガンも二枚あるの」
「すくなっ」
「そうかな」
「そうやで! えー、あたしワンピースだけでも十枚はあるで。何でこんなに少ないん」
「ど、どうせ制服しか着ないし」
デイジーは今までずっと勉強漬けだったので、休日に出かけたことはない。なのでそれは嘘ではないのだが、服が少ない一番の理由は買うお金がなかったからだ。
借金を抱えた実家からの仕送りは少なく、昼食代などを考えると服飾費に回すようなお金はほとんどなかった。
ここにある服は王都に出る時に、学園入学のお祝いを兼ねて領主が用意してくれたものだ。だからそれなりの質ではある。
「それにしてもやなあ」
ユーリはガラガラのクローゼットを見て呆れている。
王立学園の授業料は高い。だから在籍している学生達はたとえ平民であっても裕福な家の子供が多い。ユーリも例に漏れずお嬢様なのである。
「実家は田舎の村にあって、お金持ちではないの。授業料免除の特待生じゃなかったら、ここにも通えてないよ。寮だって無料で入れてもらってるんだ」
このままだと「今度、街に買い物に行くで!」となりそうなので、デイジーはやんわりと服を買うお金がなかった事を伝えてみた。
つい最近まではそれなりの借金もあった、という重たく暗い事情は隠して明るく伝えたつもりだったのだが、ユーリが申し訳なさそうな顔になる。
「……ごめん。さっきのは金持ちの自慢とかじゃないし、見下したとかともちゃうで」
小さく小さく呟くユーリ。
自ら貧乏だと告白する形になったデイジーを気遣ってくれたようだ。
「あ……うん。気にしてないよ」
そう伝えると、ユーリがほっと息を吐く。
「もー、しゃあないなあ、じゃあこれだけでしばらくは何とかせなな。ま、あたしに任しときー」
調子を取り戻して腕まくりをするユーリ。
「うん、任せる」
デイジーは笑顔で返した。
「じゃあとりあえず、今日はワンピース着よか。その次はブラウスとスカートを一回かまして、ワンピースの印象が薄れたらワンピースの上にカーディガンを羽織ろ、これで三回しのげるで!」
「三回しのぐ?」
しのぐの意味が分からなくて聞き返す。
「付き合いたてなんてデート三昧やろ」
「そんなことになるかな?」
確かに嘘告の計画を聞いた時にヘンドリックは『デート漬けにして』とは言っていたが、リオネルにそのつもりはあるだろうか。
(休日に勉強されたら困るから、なるのかな?)
だったら嬉しい。望むところではある。
「なるに決まってるやろ! 付き合いたてやで、片時も離れたくないねん!」
「う、うん!」
ここは一旦、そういう事にしよう。
「でもデートにおんなじ服で行かれへんやん。枚数少ないなら組み合わせで違う服っぽく見せるんやで、っていう話やで」
「なるほど!」
デイジーはぽむ、と手を打った。
納得である。
「だから今日はこの水色のワンピースな」
「はーい」
デイジーが早速服を着替えだすと、その横でユーリは次回のデートに向けてブラウスとスカートを検分しだした。
着替えながらデイジーは、自分の手持ちの服は組み合わせ的には何通りあるんだろう、と気になってくる。
そして先ほどユーリは、とりあえず三回はしのげると言ったが、最終的にしのげる回数は何回なのだろうか。
(組み合わせの総数を出して、そこからスカートとワンピースが連続しないように並べたら、あと何回しのげるかの正確な数字が出せるかな?)
ふむふむデートなのに数学っぽいな、と考え出した所で、カーディガンも同じものが連続したらダメだと気づく。ブラウスくらいはいいだろうか?
その辺りのルールをちゃんと決めてからでないと、正確な数は出せなそうだ。デートも大変だ。
じゃあまずはルールを……
なんてやっていると、ユーリの声がかかった。
「デイジー? 顔が難しくなってんで、戻ってきてよ」
「あ、ごめん。組み合わせについて考えてた」
「もー、そういうのは今度ゆっくりやりや。はい、服着たら髪型変えて化粧もするで」
「髪型も変えるの?」
「それ、ダサいもん」
ユーリがデイジーの頭を指さして情け容赦なく指摘する。
デイジーのいつもの髪型は耳の横で二つくくりにした束をうなじのあたりで一つにまとめるスタイルだ。後れ毛が出ないし機能的なのだが、確かに全然可愛くはない。
「ゆるふわハーフアップにしよな! 前からあんたの髪いじってみたかってん。化粧もするで。元が超絶ダサいから、かなりのイメチェンができると思うねん」
「そうかなあ」
「リオネル・グランツをびっくりさせたるで、腕がなるわー」
腕まくりをしたユーリが燃えている。
「イメチェン……」
デイジーも自分が大変身するかもしれないと思うと、ちょっとワクワクしてくる。
そして何より、自分の部屋に友人が来ていて、二人でデートの準備で盛り上がっているこの状況が素敵だと思う。
「ねえユーリ、デートの準備って楽しいねえ」
「当たり前やろ、デートなんやで。準備もやし、相手待ってる時も、帰って一人で一日振り返る時も全部楽しむんやで」
しみじみするデイジーにユーリは力強く言って、デイジーの髪の毛を可愛くまとめて顔には薄く化粧をしてくれた。
そしてーー
「出来たで! どうよ!」
やり切った感を出したユーリがデイジーを鏡の前へと連れていく。
デイジーが鏡を見ると、そこに映っていたのは自分でもびっくりのまるで妖精のようなとても可愛い女の子ーー
ではなく、
普通の眼鏡女子だった。
「おおー……うん、いつもよりは……」
デイジーは曖昧に頷く。
普通とはいえ、いつものダサ眼鏡よりは可愛い。
そう、十分に可愛い。
でも恋愛小説にありがちな「えっ、これが、私?」みたいな感じにはなってない。
そこに居るのは、多少見られるようになったいつものデイジーである。
「劇的には変わらへんかったねー」
ちょっぴり残念そうなユーリ。
「現実ってそんなもんだよ」
「そやなあ。なあ、その眼鏡とったら実は……みたいなのはないん?」
「んー………」
デイジーはいちおう眼鏡をとってみた。
「……」
「……」
鏡の中には眼鏡をとった普通女子が居た。
「……」
「そんなもんだよ」
無言のユーリにデイジーはそっと眼鏡をかけ直す。
「十分可愛くしてもらってるし、私は嬉しいよ。ありがとう、ユーリ」
デイジーは気を取り直してお礼を言った。
「どういたしまして」
「じゃあ行ってくるね」
「楽しんできいやー」
そうしてダサ眼鏡から普通の眼鏡女子くらいになったデイジーは待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせは王都のメインストリートにほど近い広場だ。
王立学園は王都の外れに位置するので、校門から出ている定期の馬車に乗って中心街へ出てから徒歩で向かう。
嘘告であるし、もしかしたら一時間待たせるとかの意地悪をされたりするのかな、という心配もしていたのだけれど、少し早めに着いた広場には既にリオネルが来ていた。
(わっ、すごい。ちゃんと居る)
リオネルが早めに来て、きちんと待っていることにけっこうな好感を持ってしまうデイジー。
嘘告であると知っているからか、小さなことでもポイントが高い。
(足、なっが)
デイジーはガス灯にもたれるリオネルを遠目から見た。
本日のリオネルはごくごく薄い水色のシャツにアイボリーのベストとスラックスを履き、気軽なよそ行きという出で立ちだ。
(なんか周りがキラキラしてる)
リオネルの周囲だけ少し眩しい。あんな眩しい人が自分を待っているとか、何のご褒美だろう。
既に大満足だ。
(これは、モテるんだろうなあ)
デイジーは遠巻きのまま観察を続ける。
なぜ遠巻きかというと、リオネルが二人の女子と談笑しているからである。
リオネルを囲むのは見たことがある女子達で、王立学園の下級生だと思われる。仲良し同士で遊びに来たら憧れの先輩を見つけた、というところか。
下級生二人組は目を輝かせながらリオネルと喋っている。リオネルはいつもの作り笑顔で如才なく応対していて、女子二人はとても嬉しそうだ。
デイジーは、可憐な下級生女子達を邪魔してはいけないと思い、遠くからの見守りを続けているのだ。
と、ここでリオネルがふっとデイジーの方を見て目が合った。
「…………あ」
リオネルはデイジーと目が合うと、ふはっと可笑しそうに吹き出した。
素の笑顔である。
それから下級生女子達に何かを告げて、デイジーの方へと歩いてきた。
女子達が「ねえ、あれって」「わあ、本当に付き合ってるんだー」と色めき立つ。
(ふおおおぉ、なんか恥ずかしい。恥ずかしいけど優越感)
デイジーが恥ずかしさと優越感に震えているとリオネルがすぐ側まで来た。
「なんで声かけないの?」
その言葉は笑みを含んでいて楽しそうだ。
「お邪魔かな、と」
「何それ。今日は雰囲気が違って可愛いね、デイジー」
甘く呼ばれる自分の名前。
デイジーは簡単に頬を染めた。
“可愛いね”からの甘い名前呼びはズルい。
嘘告だと知らなかったなら、一撃で恋に落ちていたに違いない。
(あっぶな。知っててよかった。あの時、中庭通っててよかった)
頬を染めながらも胸を撫でおろす。
「じゃ、行こう」
するりと自然に手が繋がれて、デートが始まった。




