5.新しい友人と死守すべき呼び名
さて、リオネルと付き合うこととなり、デイジーは一躍時の人となった。
休み時間はひっきりなしに平民や低位貴族の女子達がデイジーの元を訪れて、「どうやってリオネル・グランツを落としたの?」「馴れ初めは?」「そもそも接点は?」と興味津々で聞いてくる。
学園のクラス分けはなんとなーくだが身分によって分けられているので、デイジーのクラスは平民や低位貴族の子達が多い。
だからクラスメイトが常にデイジーの机を囲んでいる形だ。
彼女達の質問にデイジーは誠意をもってきちんと答えた。
「ど、努力が認められたようです」「馴れ初め? えーと……友人の勧め?」「接点? 図書室、かな?」
ふんわりとぼかしつつも嘘はない。
その答えに女子一堂「ひたむきな所かあ!」「友人ってあのバルトーク? 研究室一緒だもんね、その手があったかあ」「図書室! 出会ってもあんまり喋れないから盲点だったわ」と勝手に納得してくれた。
脇目も振らずに勉強だけしていたデイジーは、こんな風に女子に囲まれたことはないので、緊張はするが不快ではない。
ついには「ねえ、卒業までに狙ってる人がいるんだけどさ……」と恋を成就させた者として恋愛相談までされている。
デイジーはアドバイスなんて出来ないのだが、女子がたくさんいるのでそこからは皆で「もういきなり告白しなよー」「そうだよ、卒業近いから向こうだってそれなりに期待はしてるよ」なんて盛り上がる。
(これぞ、休み時間の女子の談笑)
あっという間に訪れた自分の青春に驚くデイジー。
クラスメイト達は「パットンさんって意外に話しやすいんだね」なんてことまで言ってくれて嬉しい。
特に仲のよい子も出来た。
ユーリ・シンスという名前の女子生徒だ。
ユーリは王国西方の出身の大きな商家の娘で、黒髪黒目の美少女。言葉には西の訛りがある。
恋愛相談の折に、デイジーが西方の字数を制限して想いを伝える手紙について紹介すると(そういう雑学的なアドバイスしか出来なかった)、「なんでそんなん知ってるん!?」と食いついてきたのだ。
「あえて字数を絞って表現をするのが興味深い試みだな、と思って調べたことがあるの」とデイジーが答えると「うわ、まじめー」と引かれたけれどそれ以来、デイジーを気に入ってくれたようだ。
「デイジーは勉強にしか興味ない子や思てたんやけど、喋ると面白いなー」
そう言って、実は寮の部屋が隣だったのもあって何かと構ってくるようになった。
「なあ、その髪の毛ちゃんと手入れしとう? あたしんとこの椿油あげるから使い」と実家の商品の香油をくれて、「制服の着方がダサいんよなあ、何とかなれへん? ジャケットのサイズもおうてなくない?」とジャケットの袖丈を直してもくれた。
西方の気質なのか家が商いをしているからなのか、かなり世話焼きだ。また西方の訛りで思ったことをすぱっと言ってくれるのは心地良い。
訛りについてはユーリ本人が言うには丁寧語や敬語を使う時には訛らないらしいが、タメ口だと出てしまうとの事。
「ごめん、気にならへん? こわい?」と気にしていたがデイジーは平気だった。美少女が訛っているというのはデイジー的には怖いよりも萌える。
遅ればせながらできた女子の友人である。
因みに高位貴族の女子生徒達からは遠巻きにされている。
彼女達のグループの横を通るとクスクス笑いとともに「ほら、あの子よ」「へえ、可哀想」と聞こえてくるので、彼女達は嘘告を知っているようだ。
(変に妬まれるよりはいいか)
恋愛小説でありがちな「あなたみたいな下賤な者、リオネル様に相応しくないわ!」みたいなのがないのは嬉しい。
憐れまれているだけで実害はないのでデイジーは気にしていない。
そして肝心のリオネル。
お付き合いを始めて二週間経ち、リオネルとは互いの予定がない放課後に図書室で過ごすようになっていた。
「付き合ってるんだし、出来るだけ一緒にいたいな。空いてる時間は何してるの?」と言われて、放課後は図書室で勉強していると答えると、なら一緒に勉強しよう、となったのだ。
「パットンさんの研究室は法制学だよね。俺は薬草学だから週に二回くらいは図書室で会えるね」
リオネルはにっこり笑ってそう言った。
研究室とは四年になると任意で属すもので、興味がある分野をより専門的に学べる場だ。
デイジーは城の文官志望者に人気の法制学に属している。リオネルはもちろん薬草学でバルトークもここだ。
研究室の活動は基本的に放課後なので、互いの予定を確認しあって図書室で過ごすことになった。
という訳で、今日もデイジーは図書室でリオネルと一緒に勉強をしている。因みにこれが二回目なのだが、デイジーには気になることがある。
(これじゃあ、私は勉強しちゃうんだけどいいのかな? テストの成績を落としたいんだよね?)
そう、嘘告の目的からは外れているのだ。
図書室でノートを広げながら、デイジーはちらちらと向かいに座る金髪の美青年を盗み見た。
デイジーの視線に気付いたリオネルがにこっと微笑む。
(ひゃっ)
赤くなって目を伏せるデイジー。
と、ここで気づく。
(おう。私ってばグランツ侯爵令息が気になって、全然勉強してない)
ペチリと額を打つデイジー。
そういえば、一回目はただ緊張して顔も上げられずに教科書を無意味にぱらぱらして終わった。
今回も気はそぞろで、ノートの同じ所を行ったり来たりしている。
デイジーは一度スイッチが入れば、騒がしい教室であっても勉強に集中出来るのだが、美麗な恋人が側に居てしかも時々優しく微笑んでくるとなると、集中するのはなかなか難しかった。
つまり嘘告の目的は達成されつつあるということだ。
(すごいな、嘘告……よし、こうなったらこのシチュエーションを満喫しようかな)
デイジーは感心しながら再びリオネルを盗み見た。
二回目の今回はこうして盗み見る余裕は出てきているのだ。
盗み見たリオネルは真面目にノートをとっていた。
そのノートは丁寧にきちきちと書き込まれていて、自分のノートと似てるな、とデイジーは思う。
ちゃんと勉強している人のノートだ。
(けっこう努力家だったりするのかな)
何だかんだでリオネルもテストはいつも20位内には入っているし、時々一桁もとっている。努力なしでは出来ないことだ。
ちょっと親近感がわくデイジー。
(あ、なんかこれ、甘酸っぱい青春って感じがするなあ)
図書室で一緒に勉強して、でも相手が気になって勉強は手につかなくて……なんてばっちり青春ではないか。
付き合いたての恋人達ってきっとこんな感じなんだな、とくすぐったい。
頬を緩ませながらデイジーはまたリオネルを見てみた。
リオネルは少し鋭さのある綺麗な顔をしている。
デイジーは甘い雰囲気よりも涼やかな雰囲気が好きだ。男くさいのは苦手で、中性的なくらいが好ましい。
無表情だと冷たさを感じるリオネルの顔は確かに好みだった。
ノートをとるために俯いたリオネルの目元は長いまつ毛が影を作っていて、色っぽい。
同い年なのに大人っぽいなあ、と思っているとリオネルがくすっと笑って顔をあげた。
「俺の顔になんか付いてる?」
(あ、今のは素だ)
びくりとしながらも、デイジーはそう気付いた。観察眼は鋭い方なのだ。
今のリオネルの笑顔と声色は作られた外面ではなかった。
そういえば、デイジーが告白されて腰を抜かしたのを笑っていた時も素の様子だった。
「いえ、付いてないです。じろじろ見てごめんなさい」
「謝らなくていいよ。それよりさ」
ぱたんとノートを閉じてリオネルが身を乗り出した。作り物の笑顔だ。
素の方がいいなあ、なんてデイジーは思う。
「呼び方なんだけどさ“パットンさん”は他人行儀だから、“デイジー”って呼んでもいい?」
「はいぃ?」
突然の提案にびっくりするデイジー。
「ダメかな? ねえデイジー」
許可は求めているが、もう呼んでくる。
「……うわ」
“デイジー”と呼ぶ声が甘くて、デイジーの顔に熱が集まった。バルトークが呼ぶ“デイジー”とは全然違う。すごいぞ、侯爵家三男。
「いいよね、デイジー」
「は、はい」
流れるように了承してしまった。
「ありがとう、デイジー」
「はい」
「デイジーも俺のことは“リオネル”って呼んでよ」
「えっ」
「そうして欲しいんだ、ダメかな?」
こてんと首を傾げる金髪の美青年。
顔がいい。
こちらも思わず了承しそうになるが、デイジーは踏み止まった。
「くっ……ダメです」
そこは越えてはいけない一線だ。これは嘘告なのだから。
“リオネル〜♡”なんて呼んだ方が楽しめるような気もするけれど深入りは禁物である。
自分のちょろさは既に自覚している。
この調子ではうっかりリオネルを好きになってしまう可能性はあると思う。
そうなると、振られた後に「待って、リオネル!」とか叫んでしまうかもしれない。
「俺のことを名前で呼ぶのを許した覚えはないよ、パットンさん」なんて冷たく返されたらきっと立ち直れない。
だから名前呼びはしたくない。
「ダメなの? そもそもデイジーは俺のことを呼んでくれたことないよね。呼ぶ時はなんて呼ぶの?」
「グランツ侯爵令息、ですね」
かちゃりと眼鏡の位置を直して気を取り直し、デイジーは言った。
「えっ、かたっ。学園内では身分の差はなしだろう」
王立学園内では、学生の間は身分に縛られずに振る舞う事が許されている。
だがそれは“許されている”であって“推奨されている”ではないし、クラス分けだって何となくだが身分が考慮されている。住み分けはなされているのだ。
だからほとんどの平民学生達は貴族学生達に敬語を使うし、間違っても名前を呼び捨てになんてしない。
本気で敬語をやめて呼び捨てにしているのなんてバルトークくらいだ。
「それは建前ですから」
「そうだけど。恋人同士なんだしさ」
再びこてんと首を傾げる金髪美青年。
顔がいい。
「くっ……恋人でも守るべき節度はあります」
「せめて侯爵令息は止めよう。そこまでしっかり呼ぶ人ってあんまりいないよ」
「では、グランツさん、で」
「そこはさ、“リオネル様”とか“リオネルさん”じゃないかな?」
「いえ、グランツさん、で」
ここは死守だ。
“リオネル様”だろうと“リオネルさん”だろうと、どちらにしろ「名前で呼ぶのを許した覚えはないよ」の餌食である。
呼び名は家名一択だ。
デイジーは嘘告を楽しみたいだけで、傷つくつもりはない。
「残念だな」
リオネルはそう言ったが、その声に残念な様子はなく愉快そうな響きを帯びていた。
「ね、次の休みは俺とデートしてくれないかな?」
愉快そうな声のままでリオネルが続ける。
(あ、今も素だ)
素のリオネルにちょっと嬉しくなってから、デートに誘われたと気付いた。
「デッ……」
(今、デートって言った!?)
「デート」
繰り返すリオネルの瞳が柔らかい。
「っ……」
その柔らかい目つきに胸がきゅんきゅんしてしまうデイジー。
ちょろ過ぎる自分が恨めしいが、今はまずデートの約束をとりつけねば。
デイジーはこくこくと何度も頷いた。デートは是非ともしたいのだ。
「ふふ、じゃあ、どこに行きたいか考えておいてね」
リオネルがそう言い、そこからのデイジーはデートをどうするかで頭がいっぱいになった。
この日のデイジーは、やっぱり勉強は一切手につかなかったけれど、恋人(仮初)と図書室で若干甘い時間を過ごすことは出来た。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマがすごい勢いで増えていて、本当にありがたいです。驚きながら追い立てられて書いてます笑
今回は「関西弁を書きたい」というだけのかるーい理由で関西弁女子を出してます。
作者は関西圏ですが、いわゆる大阪弁ではないので違和感を感じる人もいるかも。なんとなーくで読んでもらえると嬉しいな。




