4.バルトーク、お前もか
「デイジー、聞いてくれ! 俺、人生で初めて恋人が出来た!」
リオネルからの嘘告を受けた翌日、放課後図書室に向かっていたデイジーはバルトークに空き教室に引きずり込まれてこう聞かされた。
「ええっ!?」
引きずり込まれたのにも驚いたが、いきなり言われた“恋人が出来た”にも驚いて思わず叫ぶデイジー。
「嘘じゃないぞ」
「い、いつの間に?」
バルトークは脳筋な天才だ。
果たして脳筋と天才が両立するのか、という疑問はあるがここに両立しているのだからそこは呑み込もう。
そんな脳筋天才は、顔立ちは凛々しく体も大柄なのでそれなりにカッコいい。これで頭もいいのだからモテてもおかしくないのだが、デリカシーが欠片もないので女子には敬遠されがちである。
貴族の子女が多い王立学園では、平民だというのもかなりのマイナスポイントだ。
だからこの四年間、そういった浮いた話はひとつもなかったのだ。
どこからどうなって恋人なんて出来たのだろう。
「昨日いきなりなんだ」
「……え?」
向かいの赤毛の友人は喜びでいっぱいだが、“昨日いきなり”という部分にデイジーは不穏な予感がした。
「いきなりってどういう事?」
「きっかけはさ、初対面の子になんかよく分からない告白されたんだよ。しかも貴族の女の子」
「きぞく……」
「恥ずかしがり屋さんでさあ、付き合ってはくれるんだけど内緒にして欲しいんだってさ」
「ないしょ……」
「お付き合いの基本は手紙でのやり取りで、信用できる親しい友人だけがいるクリケットクラブのサロンでなら会えるって」
「クリケットクラブ……」
それは学園で高位の貴族の子息と令嬢だけが属することが出来る特権的で閉鎖的なクラブだ。
因みにクリケットはやってない。
何だか嫌な予感しかしない。
デイジーがリオネルにされた嘘告とタイミングがばっちり同じで、初対面でしかもお付き合いは内緒。
(それは、嘘告では?)
そう疑ってしまうのは自然な流れだろう。
デイジーはバルトークが心配になってきた。脳筋の天才だって恋には傷つくんじゃないだろうか。
「その、相手って誰?」
「それは内緒だからなあ」
「いやいや、もう付き合ってること言っちゃってるから内緒になってないよ」
「えっ、そうなのか?」
バルトークが、それはまずいな、という顔になる。
「うん」
「えー、そうかあ、困ったな。すげー恥ずかしがりでさ、すぐ恥ずかしがって怒るんだよ。昨日も『どうして好きだって言っているのが伝わらないの!』とか『だからお付き合いっていうのは恋人として付き合うってことになるのよ!』って散々怒ってた」
「へ、へー」
「でもさ、回りくどく言われても分からないよな?」
「そんなに回りくどく告白されたの?」
嘘告なのにそんなことするだろうか。伝わってこその嘘告では?
「初っぱなは『苦しい胸の内を伝えに参りましたの』って言われたから、慌てて医務室に引っ張っていこうとしたらめっちゃ睨まれた」
「おう」
デイジーは額に手をあてて天を仰いだ。
(女の子が苦しい胸の内って言えば、それは100%恋患いだよ。匂わせてんだよ。私でも分かるわ)
友人の鈍さがひどすぎる。
「その後は『あなたを自然と目で追ってしまうの』とか『あなたを思うと最近はため息ばかりで……』とか、意味不明なことをいろいろ言ってたな。今も全然意味が分からん」
眉を寄せて本気で困った顔になる友人。
こいつ、本当に前期のテスト学年一位の天才なのだろうか。
「それで埒が明かないから『何が言いたいんだ?』って聞いたら真っ赤になって怒られた。それが可愛いなーと思ってたら怒りながら好きだっていうから俺も好きって言った」
ここでちょっと照れる友人。
その姿はまあまあ可愛い。
「へっ、好きなの?」
「うん、好き」
即答する脳筋な天才。好きになるのが早すぎる。天才だからだろうか。
「そんで恋人になった」
「そ、そっかあ。ところでバルトーク。たぶんだけど、その告白の内容も内緒だったと思うよ」
デイジーは今や、バルトークよりも相手のご令嬢が心配になってきた。
きっともう思い出したくもない告白の様子がデイジーに語られているなんて、そうと知ったら卒倒するんじゃないだろうか。
バルトークを振り回すつもりが、完全に振り回されていると思う。
「えっ、マジで!?」
「マジで」
「うわあ、めっちゃ怒られる。怒ってるのが可愛いんだけどさ」
さらっとのろけてくる友人。
「昨日初対面なのにすっかり惚れたんだね」
「へへ、真っ赤になって怒ってるのに、びびっときたんだよなあ」
怒れる彼女を思い出したのか、バルトークは机に突っ伏してへにょりと笑う。
これはちょっと気持ち悪い。
「それで相手は誰?」
再び聞いてみると、へにょへにょのバルトークは簡単にある伯爵令嬢の名前をあげた。
同じ四年の女子生徒だ。そして先日デイジーにニヤニヤしながら男の趣味を聞いてきた一団の中心的人物だった令嬢である。
デイジーの前でふんぞり返って偉そうにしていたけれど、周囲からいいように乗せられてるような感じがした子だ。
彼女ならバルトークを誘惑する役に抜擢されてしまいそうだ。
デイジーはため息をついた。
(嘘告っぽいなあ。ぽいっていうか、そうなんだろうな)
もう一度、バルトークを見てみる。
机の上でへにょへにょしているバルトークは幸せそうだ。
傷つくのかもしれないのは心配だけれど、相手に本気で惚れたようだし、振り回されているのは相手の方だ。
バルトークなら恋にうつつをぬかしたところで、テスト結果は変わらない気もするし、デイジーと同じく後期のテストの結果はどうでもいいはずでもある。
(なら、いい経験になるのかな? 振られたらそれも青春だよね。それに嘘告だと決まった訳でもないもんね)
リオネルの場合と違って今回は現場を押えたのではないから、本気という可能性もある。
なら素直に祝福しよう。
「よかったね、おめでとう」
兎にも角にも嬉しそうなバルトークに、デイジーはお祝いの気持ちを込めてそう告げた。
「おう、へへへ。そう言えばデイジーもすごい噂になってるぞ。グランツ侯爵家のリオネルと付き合うんだって?」
「え? えっと、うん」
突然の自分の話題への転換に、デイジーは歯切れ悪く肯定した。
バルトークと伯爵令嬢のお付き合いと違い、デイジーとリオネルのお付き合いについては内緒ではない。昨日の中庭での告白は誰かに見られていたらしく、今朝にはもう皆がそれを知っていた。
なので今日も朝から質問されっぱなしだ。
「本当に付き合ってるの?」の問いには何となく濁して答えていたデイジーだが、当のリオネルは隠していないらしく昼休みには「どうやら本当らしい」と物凄い噂になっていた。
“見た目よし、頭よし、爵位よし”の全方位よしのリオネルと、“頭よし、頭よし、頭よし”の頭よしだけのガリ勉ダサ眼鏡のデイジーのカップリングを知らない生徒は学園内にはいないだろう。
「あいつ、薬草学の研究室一緒なんだよ。いい奴だぞ、ってそれは知ってるか。付き合うくらいだもんな」
からっと裏のない笑顔でバルトークが言う。
「あー……う、うん」
デイジーはこれにも歯切れ悪く返事をした。
果たしてリオネルはいい奴だろうか?
顔は好きだし、昨日は過分にドキドキさせてもらったがいい奴かと聞かれると違う気がする。
でもせっかくバルトークが気持ちよく過ごしているなら否定はしなくていいとも思う。
脳筋な友人は素直な奴なのだ、リオネルの外用の顔を信じているのだろう。
それになぜかリオネルは、悪い奴、という気もしなかった。昨日、どこが好きかを頑張って答えてくれたせいかもしれない。
「もっと良いところを知っていけたらなあ、とは思うよ」
「いつかダブルデートしようぜ。俺、やってみたかったんだよー」
友人はいい笑顔でそう提案してくれたが、デイジーは嘘告の四人でのダブルデートはややこしそうなので、曖昧に微笑んだ。




