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嘘告されるらしいので、楽しんでみることにした  作者: ユタニ


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30.深みにはまる


エスコートされて伯爵家のホールへと入る。小振りだが小さな舞踏会くらいなら開くことの出来るホールには灯りが入れられ、ささやかだが花も飾られていた。


ホールの隅には楽団員達が既にスタンバイしている。

その楽団員達を見てデイジーは膝から崩れ落ちそうになった。


「えっ、何をしているんですか!?」

デイジーはにこにことバイオリンを構えているミシェル・ジェット伯爵に目をむいた。

因みにその横のピアノでは伯爵夫人が緊張した面持ちで楽譜の最終確認をしており、後ろでは伯爵家の長男夫妻がそれぞれヴィオラとチェロを構えている。


「いやあ、せっかくだからね」

「せっかく?」

「我が家は素人音楽一家なんだよ。こんな時でもないと披露する機会もないからね、張り切って練習したんだ」

屈託なく笑うミシェル。

そこには善意しかない。いや、善意と、とにかく人前で弾きたいという欲しかない。


「いやいやいやいや、止めてください」

いくら何でも伯爵一家に楽団の真似事をしてもらうなんて、精神的負担が大き過ぎる。


「遠慮しなくていいから」

「もはや遠慮ではないですね」

「レイリーも少し弾けるんだが、誘ったら断られてしまった」

「それが普通ですよ」

言い返しながらも、レイリーは一体何が弾けるんだろうと気になるデイジー。


「まあ私達のことは空気みたいなものだと思ってくれて構わないから」

ミシェルはそう言うと、演奏を始めてしまった。

バイオリンの音色が響き、それに辿々しく夫人のピアノが合わせだす。

夫人の目は必死に楽譜を追っていて、デイジーとリオネルは眼中にないようだ。


「ほら落ち着いて」「ゆっくり弾いて、私がメロディだから何とかなるよ」

ミシェルは小声で夫人にアドバイスを送っていて、何だか仲睦まじい。

ヴィオラとチェロの長男夫妻も目配せしあって楽しそうに音を奏で出す。


「…………」

本人達が楽しんでいるならまあいいか、と思えてくるデイジー。


「デイジー・パットンさん。踊っていただけますか?」

リオネルが型通りに手を差し出し、デイジーはリオネルの手を取った。


リオネルのリードでダンスが始まる。

さすが侯爵家三男だ、踊りやすい。デイジーが最後にダンスを踊ったのは八才くらいでほとんど踊れないも同然なのだが何とかはしてくれる。


デイジーは頭の中で「ワン、ツー、スリー」とステップを数えて何とか足を動かす。

時々「デイジー、顔を上げて」と声がかかり、顔を上げると甘く微笑むリオネルにドキドキした。


「大丈夫、二人だけだし。間違えても誰も見てないよ」

「足を踏みそうなんですっ」

「踏んでも構わないよ」

「私が構います。ちょっと今は話しかけないでください」

必死にワルツを二曲踊り、三曲目のセレナーデ風の曲に入ってやっとデイジーは少し落ち着いてきた。

テンポはぐっとゆっくりで、リオネルに任せてゆらゆら揺れているだけでいい。


「ところで仕事は大丈夫なんですか?」

デイジーが踊りながら聞くとリオネルはおかしそうに笑った。


「落ち着いてまず仕事のことを聞くの、デイジーっぽいね。夏の長期休暇を前倒しで取ったんだ。この三ヶ月は休みも取ってなかったからそれも足した」

「三ヶ月休みなし? 薬師塔はそんな激務なんですか?」

デイジーは驚いて尋ねる。

城の部署だから忙しくはあるだろうが、その分人は多いはずなのだ。


「忙しくしてないと、どうにかなりそうだったから」

リオネルが遠い目をする。


「どうにかなりそう、とは?」

「卒業後、俺はてっきりデイジーに遊ばれて捨てられたんだと思ってかなり荒れたんだよ」

「おう」

だからこちらに来た時のリオネルは生気がなかったのだ。


「一時は食事ものどを通らなかった」

「あう」

痩せたのはそのせいだろう。


「あはは、そんな顔しないで。元はと言えば俺が悪い。やっと立ち直ってデイジーの幸せを思えるようになった時に、バルトークが血相変えて俺のとこに来たんだ。『デイジーの結婚のこと知ってたか? あいつ借金あったんだよ。平民なのに相手が領主の弟なんて変じゃないか? 何か聞いてるか?』って。それで慌てて休みを取ってこっちに来た」


「そうでしたか。心配して来てくれたのに引っ叩いてしまってすみません」

「……あれも俺が悪いよ。本当にごめん。自分の愚かさに絶望して嫉妬までして理不尽に怒っただけだ」

リオネルが力なくうなだれて、ここで曲が終わる。


「そろそろ疲れたよね、テラスで少し話をしよう」

そう誘われて、デイジーはリオネルと共にテラスに出た。



テラスに出ると、辺りは薄闇になっていた。

水色と紫色の間の色の空に白い三日月がかかっている。


「デイジーに嘘告をすることになって一番最初に教室でデイジーと話した時、君は簡単に真っ赤になってさ、チョロいなって思ったんだ」

白い三日月を見あげながらリオネルは言った。声には苦々しさが混じっている。その時の自分が許せないのだろう。


「嘘告した時も君は真っ赤っ赤で腰まで抜かすから可笑しくて、でも同時にちょっと可愛いなとも思った。あと、腰を抜かした君を抱きとめたら柔らかくて、ガリ勉眼鏡も女の子なんだな、と」

「…………柔らか」

リオネルの“柔らか”発言に思わず距離を開けるデイジー。


「待って、誓っていやらしい意味じゃないから。男と比べて柔らかいって感じただけだから、そんな風に距離は取らないで」

慌てて言い訳をするリオネル。


「…………」

「警戒しないで。違うから。とにかくデイジーも女の子なんだなって思ったんだ。その後はテストの成績落とすのが目的だったから、図書室での勉強を邪魔した。上手くはいったんだけど、君が俺をチラチラ見るのはやっぱりなんか可愛くて、しかも君と二人になるのは全然嫌じゃなくてさ、なんかおかしいな、とは思ってたんだ」

リオネルが甘く切なく微笑む。


「初めてのデートもずっと楽しかった。たぶんこの時にはもうデイジーが好きで、だからテストの成績が落ちて君が困るならこんなことはすぐに止めようと思った。でもどうやらもうテストの成績は関係ないみたいだし、君は可愛いし、それなら嘘を止めて本当にすればいいって」

「石を返したんですね」


「うん、まさかデイジーが嘘告のことを知ってるなんて思わないからさ、そこからはけっこう必死にアピールしたんだよ。ほら、いつか言っただろ? 壁を感じるって。だからずっと焦ってた…………はああああぁ、嘘だと思われてたなんて……壁があるわけだよ」

「私はずっと、これは嘘告だぞ、と自分に言い聞かせてましたね」

「だろうね。こっちは本気で好きだったんだけどね」

「本気で好き……」

なかなか破壊力のある言葉に顔が火照る。


「どれくらい本気だったか分かる?」

ここでリオネルはおもむろに跪いた。


「えっ」

戸惑うデイジーに構わずにリオネルは続けた。


「卒業パーティーで言おうと思ってたことを今から言うよ。デイジー・パットンさん、俺と結婚してください」


「ええっ」

翡翠色の瞳が真摯にデイジーを見つめてくる。その目に先ほどまでの甘さはなく不安げで、緊張しているのが分かった。


「俺はデイジーとこの先の未来を一緒に歩いて行きたいんだ。ダメかな?」

小さく自信なげに付け足される。

デイジーの胸はきゅうと鳴った。


足がふわふわして、この世界でリオネルと二人きりな気がした。胸がドキドキして思わず頷いてしまいそうだ。


デイジーは真っ直ぐにリオネルを見つめ返す。

そしてちゃんとお断りした。


「ごめんなさい」


その瞬間にリオネルの緊張がふっと解ける。

リオネルは泣きそうな顔になったが、すぐに力なく笑った。


「やっぱりダメかあ」

よろよろとリオネルが立ち上がる。


やっぱり、ということは断られると予想していたようだ。今日のリオネルはずっと寂しそうだった。振られると覚悟をしていたのだろう。

それでも肩は完全に落ちていて、しっかり落ち込んでいるのが分かった。


「ほ、ほんとにごめんなさい。なに断ってんだって思いますよね。自分でも思います。グランツさんは本当に格好よくて優しくて、自然体で話せてデートも楽しかったです。ノートも綺麗で錬金術が得意なのもすごいし、今もずっとドキドキしてて」


「あー……ははは、うん、ありがとう。ありがたいんだけどそれくらいにしておいて、後から辛いから」

何とかフォローしようとするデイジーにリオネルは乾いた笑顔で応えた。


「とにかく元気出してください! グランツさんにはきっともっと素敵な方がいるはずですよ!」

拳を握りしめるデイジーにリオネルは寂しく微笑む。

「…………それ、一番凹むやつだからね」

「ええっ、ごめんなさい」


「はあーーーー、いいよ。なんかさ、なんだかんだで俺はデイジーを本気で落とせてないんだよなあ。断る理由はあのおじさん?」

吹っ切れた様子のリオネルが聞いてくる。


「レイリーさんですか?」

「うん。デイジーからその名前を聞くの嫌だな。あいつのせい?」

切なそうに畳み掛けられて、しかしデイジーは眉を寄せた。

リオネルの聞き方だとまるでデイジーがレイリーを選んだように聞こえるが、レイリーとはそういう関係ではない。


「いえ、違いますが」

「へ? 違うの?」

「はい、レイリーさんのことは師匠としては慕っていますけど、恋愛感情はありません。レイリーさんにとっても私は娘か妹ですよ」

デイジーの返答にリオネルはきょとんとする。


「でもあいつ、俺にちゃんとまずは気持ちを伝えろって言った後に『勝つのは俺だろうけどな』って…………あ、発破かけただけ?」

リオネルはみるみる赤くなった。


「うわあ、ダッサ。簡単に乗せられた」

赤い顔を片手で覆って俯くリオネル。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、ちょっとだけ待って」


リオネルはしばらく俯いた後、顔色を元に戻して顔を上げた。

「えーと、じゃあなんで俺は断られたの?」

「私の家には借金もありますし」

「それは俺が何とかするよ、その、デイジーを買うとかじゃなく」

デイジーは首を横に振る。


「そういうの、もう嫌なんです。きっちりしっかり返して私は私の人生を歩もうと思いました。返済額も減って父とレイリーさんと力を合わせれば、そんなにしゃかりきにならなくても返していけそうなんです。だから、やりたいことをやってみようかなと」

デイジーは自分が教師をすることについて考えてみる。

やっぱりワクワクした。


「恥ずかしながらやりたいことなんて初めてで、ちょっとワクワクしています。あ、やりたいことに気付けたのはグランツさんのお陰でもあるんですよ。ありがとうございます」

えへへ、と笑うデイジーをリオネルは呆然と見つめる。


「私は今、すごく中途半端なところにいるんです。こんな状態で結婚の申し込みは受けられません。グランツさんと結婚したら簡単に幸せになれるだろうけど、まずは自分の足で立って歩かないと未来の私は後悔すると思うんです。だからごめんなさい」

デイジーは晴れやかな顔で告げた。


リオネルはぼんやりとデイジーを見つめたままだ。


「グランツさん」

声をかけるとはっとして目が合った。


「…………………………なんか今、ますます深みにはまった気がする」

「深み? 大丈夫ですか?」

「たぶん大丈夫じゃないけど平気。とりあえずデイジーはしばらくは他の誰かのものにはならないんだ、と思うことにする」 

「はい! 私は私のものです!」

勢い込んで言うと優しく笑われた。


その後、リオネルはデイジーを家まで送り届けてくれた。

帰りの馬車でデイジーは教師になってみたいことを初めて人に打ち明けた。リオネルは「デイジーならきっとなれるよ」と言ってくれて心強い。


デイジーの家の前で二人は互いにさよならをした。




家に帰るとユーリが待っていた。

デイジーはその夜、ユーリと朝方までお喋りを楽しんだ。






次、最終話です。

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