3.嘘告されました
自分が嘘告されることを知り、それならば楽しんでみようとデイジーは決めた。
寮の自室へ帰ったデイジーはこれから我が身に起こるであろう甘いイベントについて考える。
まずはおそらくすぐに行われるはずの、リオネルの嘘の愛の告白である。これを存分にドキドキして楽しまなくては。
緊張して訳が分からなくなってはもったいない。
慣れるためにシミュレーションをしておこう。
ということで、枕を仮想リオネルにして向き合ってみた。
(好きだ! とか言われるのかな、きゃー)
好みの顔で告白されるのを想像するとテンションが上がる。
デイジーは枕を抱きしめてぶんぶん振った。
告白なんてされたことないので、想像でしかも嘘だと分かっていても盛り上がってしまう。既にけっこう楽しい。
(なんて答えよう。せっかくだからデートしてみたいし、ちゃんとオッケーしないとね)
嘘告を楽しむ以上、デートは必須だ。デイジーはデートなんてした事がない。絶対にしたい。
だから告白は何としてもお受けしなくてはならない。
お返事は「はい、喜んで!」だろうか?
(なんか違うな。大衆食堂の掛け声みたいじゃん)
却下だ。
じゃあ「嬉しい、どうぞよろしくお願いします」とか?
(うーん、素っ気ないかな。ちょっと仕事みたいな雰囲気になるよね)
却下だ。
「きゃっ、うそぉ、ありがとー」とか?
(キャラじゃないよね)
却下だ。
「身に余る光栄、謹んでお受けします」?
(いやいや、堅苦しいよ)
却下だ。
「そこまで言うなら付き合ってあげてもよろしくてよ」?
(…………どこの悪役令嬢だよ)
却下だ。
ウンウン悩むガリ勉眼鏡少女。
いつもなら寮でのこの時間は暗記物を集中的にやる時間なのだが、もちろんそんなものは手につかない。ひたすらに告白の返事について考える。
そうして、あーでもないこーでもないと散々考えた結果、デイジーは閃いた。
「私なんかでよければ、だ!」
ぽむ!と手を打つ。
いじらしくもあり、それでいて可愛らしい返事である。はにかみながら言えれば嬉しさも伝わるだろう。完璧だ。
閃いた自分が誇らしい。
「できたあ!」
素晴らしくぴったりな返事を思いついたデイジーは安心してぐっすり寝た。
❋❋❋
そして翌日。
「デイジー・パットンさん。今日の放課後のあなたの時間をいただきたいんだけどいいかな?」
休み時間にデイジーのクラスにやって来たリオネルはそう聞いてきた。
リオネルは窓際の一番前の席に座るデイジーと目線を合わす為に、その机の前にしゃがんでいる。
机に腕を乗せたり、頬杖をつくような馴れ馴れしいことまではしていない。
小さな子供に優しく言い聞かせるような体勢だ。
(ふおおぉ)
デイジーは目が点になった後、みるみる顔を赤くした。
ちょろいと言われれば返す言葉もないが、これは昨晩はシミュレーションしていなかったので仕方ない。
それにさらさら金髪に翡翠色の瞳の美麗な青年にそんなことをされては、皆こうなると思う。
(昨日の中庭での嫌そうな感じと全然違うじゃん)
本日のリオネルは優しげな笑顔を浮かべていて王子様っぽい。普段の外面はこういう感じのようだ。
ドッキドッキしながらデイジーは「い、い、いいよ」と答えた。
デイジーの返事にリオネルは花が開くように笑うと、周囲に聞こえないように「ありがとう。嬉しいな。じゃあ放課後に中庭の藤棚で」と囁いて帰っていった。
その後のクラスは大騒ぎである。
普段は全く話さないクラスメイト達からデイジーは一日中質問攻めにされることとなり、休み時間にいつも行っていた予習復習は一切出来なかったけれど、三年半の学生生活の中で一番人と喋る一日となった。
そして放課後。
デイジーは授業が終わった後、しばらく教室に残り人気が少なくなってから中庭に向かった。
下校する学生達が多い中での公開告白はされたくない。
それは恥ずかし過ぎる。
中庭の藤棚は奥まった所にあるから、リオネルもいろんな人に見せたいわけではないらしい。
侯爵令息なのに羞恥の感覚は普通にあるんだなと、変な所を見直しながら藤棚に着くとリオネルが待っていた。
「よかった、来てくれないのかと思った」
再び花が開くように微笑むリオネル。
デイジーの胸はすぐにドキドキしだす。シミュレーションと全然違う。当たり前だけれど昨晩一人でしたシミュレーションではこんなにドキドキしなかった。
(あう、ちょろすぎるー。ちょろすぎるぞ、私)
「パットンさんに伝えたいことがあるんだ」
微笑みながらリオネルが近づいてきて、そっとデイジーの右手をとると両手で包んだ。
(ふわああっ、手汗っ、手汗が出ちゃう)
「こんな風に呼び出してるから、もう予想出来てると思うんだけど」
リオネルは眉を下げて切なそうな顔になる。その目元はほのかに赤くて艶っぽい。
(ひいいっ、色気まであるのねっ、すごいぞ侯爵家三男)
「君のことが好きなんだ。恋人になってほしい」
(ひょおおおっ、もう来たよ! 告白来たよお!)
「驚かせてすまない。でも俺のことが嫌いじゃないなら付き合ってくれないかな?」
(返事っ、へんじいいぃ)
デイジーは興奮のあまり眼鏡がずり落ちたのを感じた。
顔が今まで生きていた中で一番熱い。
愛の告白では甘いドキドキを楽しむつもりが、破壊力がいちいち凄くてそれどころではない。
デイジー側の免疫の無さも原因であるだろう。
枕でのシミュレーションは何の役にも立たなかった。
でもデイジーはリオネルの嘘告を楽しむと決めたのだ。承諾の返事は何がなんでもしなくてはいけない。
諾のお返事は体験必須のデートへの第一歩である。
デイジーは脳がゆだるような熱さにくらくらしながら、何とか昨晩考え抜いた返事を絞り出した。
「わ、わたし、なんかで、よければ」
そう伝えたところで、かくんと腰が抜ける。
「あれ?」
同時に目がぐるぐる回って、デイジーは腰が抜けたことすら分からなかった。
「うわっ、パットンさん?」
焦るリオネルの声が聞こえてデイジーはやたらといい匂いのする温かなものに包みこまれた。
「たいへんなお手間を、おかけしました」
リオネルに両脇を抱えられてベンチに座らされ、やっと落ち着いてきたところでデイジーは口を開いた。
隣ではきちんと少し間を空けて座ったリオネルが俯いてくっくっと笑っている。
「腰が抜けるとか、ありえねー…………あ、落ち着いた? 物凄く驚かせたみたいでごめん」
前半の呟きもしっかり聞こえたデイジーは再び顔を赤くする。
(うう、きっとあの豪華メンバーに笑い者にされるんだ……)
そう考えるとちょっと惨めだ。
いや、ここは前向きに考えよう。あんなキラキラしい面々に話題にしてもらえるなんていい事じゃないか。ジェイムス・シーン子爵令息くらいは「可愛いなあ」なんて言ってくれるかもしれない。
腰が抜けてリオネルに抱きとめられた時は、いい匂いもした。あんな上品な匂いの男性に抱きとめられるのは最初で最後だろう。きっとよい経験になった。
(うん。そうよね。そう思おう。楽しむって決めたし)
「大丈夫?」
無言のデイジーをリオネルが覗き込む。
その上目遣いにも逆上せそうになるが、デイジーはぐっとこらえた。
「大丈夫。迷惑かけてごめんなさい」
「ううん、俺のせいだし気にしないで。それより俺の告白への返事はオッケーってことでいいのかな?」
「は、はい!」
「ありがとう。嬉しいよ」
穏やかに微笑むリオネル。笑顔は表面的でその瞳に熱はない。だから型通りのセリフなのだと分かるけれど悲しくはない。だって嘘だって知っているもの。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
ここでデイジーは拳を握って切り出した。
デイジーには昨晩のシミュレーションを通して、やってみたいことが出来ているのだ。
「なあに?」
「私の、ど、どこを好きになったんですか?」
「えっ?」
「だから、私のどこを好きになったのかな、って」
やってみたかったのはこの質問である。
一度聞いてみたかったのだ。
残念ながらデイジーはこれまで愛の告白をされたことはない。恋人は机とペンとノートで色恋とは無縁の人生を生きてきた。
そして半年後には僅かな優しさはありそうだが、愛のない結婚をする。
「どこが好き?」なんて聞けるのはこれが最後だ。どう考えても未来の夫のレイリーには聞けないと思う。聞いたら最後、哀れみのこもった悲しげな目で見られて終わるに違いない。
だから今、しっかり聞いておきたい。
嘘でもいいから、なんか甘い言葉を聞きたい。
さあ! ときめかしてくれ!
デイジーはきらきらと期待に満ちた目でリオネルを見上げた。
「パットンさんの、好きな、ところ……」
「うん、お願いします!」
「…………」
「…………」
流れる沈黙。
頑張れ、侯爵家三男。
「えっ、えーと、そうだなあ…………努力家なところ、かな?」
「…………」
残念ながら、リオネルの答えはあんまり嬉しくはなかった。
目立って褒めるところのない彼氏を持つ友人に「優しそうな彼だね!」と言うのと同等のものを感じる(そんな会話だってデイジーはしたことないのだが)。
(まあ、いいか。明らかな嘘を言われるよりはよかったとしよう)
デイジーは気持ちを切り替える。
「ほら、パットンさんは図書室でよく勉強してただろう? 凄いなって思ったんだ」
リオネルが頑張って付け足してくれる。
「……そっかあ、ありがとう」
顔は好みな男が、図書室で勉強している自分を認識してくれていたことは少しだけ嬉しかった。
そうしてデイジーはリオネルと恋人として付き合うことになった。




