29.なんか言うことあらへん?
「なんか言うことあらへん?」
五日後にやって来た“彼女”、怒れる黒髪の美少女がどすの利いた声で聞いてくる。
デイジーの実家の玄関先で美少女は腕を組んで、右足でイライラと地面を叩いていた。そんな右足の横には大きなトランク。
「ご、ごめんなさい」
「なにに対して謝ってんの?」
謝罪には間髪を入れずに突っ込まれた。
怖い。
「……心配かけただろうなあって」
びくびくとそう伝えると、怒れる美少女ユーリは一気にまくしたてた。
「かけたなあ! かけまくったなあ! あんな心配するしかあらへん別れ方しといて、やっと手紙が来たんはなんと二ヶ月後。おまけに手紙読んでも心配するしかない内容で、これは仕事の都合つけて現地に行くしかないわって必死こいて仕事しとったら、なんといきなりリオネル・グランツがやって来て、あたしはあろうことかリオネル・グランツからデイジーの家の事情聞いてんで? あたし、何も知らんかったやんって、顎が外れるかいうくらい絶望したわ」
「ごめん」
「ああん? 声がちっさいわ。もっかいあやまりぃ」
凄んでくる美少女。だから怖い。
「ほんとにごめん」
「……ふん、元気そうやし、こんくらいにしといたるわ」
「え?」
「元気なかったらこんなもんやなかったで」
「…………ユーリ、ありがとう」
「次からは相談できることは相談してよ。寂しいから」
「うん」
「分かったらええねん。さ、始めよか」
ユーリが組んでいた腕をほどく。
「始めるとは?」
「トータルコーディネートやなあ」
「トータルコーディネート」
「新しい店で始めた新サービスや。上得意さんの装いをぜーんぶ提案してその準備までするねん。よっこいしょ」
ユーリは足元のトランクを持ち上げると「とりあえずデイジーの部屋行こか」とぐいぐいと家の中へと入ってきた。
そして居間に居た父とレイリーとカルネにはにっこりと微笑み、完璧な訛りなしの挨拶を披露した。
「初めまして、ユーリ・シンスと申します。デイジーさんとは王立学園でお会いして大変お世話になっていました。現在は王都にあるシンス商会の支店で働いておりまして、本日はとある方よりデイジーさんのトータルコーディネートの依頼がありましたので参りました。至らぬ点、多々あるかと思いますがよろしくお願いします」
優雅にお辞儀も決めるユーリ。
「ユーリじゃないみたい」
「外用や」
「戻った」
「さ、時間ないねん、行くで。部屋は二階?」
「わっ、待って、二階だけど。えっ? とある方って誰?」
すたすたと階段を上がるユーリをデイジーは慌てて追った。
デイジーの部屋に着くとユーリはトランクを床に置いてがばりとそれを開く。
そしてぶつぶつ言いながら中身を取り出しだした。
「ほんまはさあ、トータルコーディネートのサービスは基本はうちで買ってもらった商品ですんねんで。それを全部持ち込みでってどういうことやねんなあ。勝手に指名して出張しろって言うた挙げ句、出発は翌日やで……滅茶苦茶やろ。がっぽりふんだくってやったわ」
トランクからは化粧道具や髪止め、タオルや手鏡に混じって、薄緑色の絹のドレスにアイボリーの靴、キラキラと光るイヤリングが出てきて、ベッドの上に並べられる。
ドレスと靴とイヤリングはデイジーが見たことのあるものである。
何なら身につけたこともある。
「それ……」
「ばっちり可愛くしたるからな」
ユーリは不敵に微笑むと、さっそくてきぱきと準備を始めた。
「ユーリ、とある方ってさ」
ドレスを纏いながらデイジーは遠慮がちに切り出す。
先ほどユーリは“とある方”とぼかしていたがこのドレスが出てきては依頼主はバレバレである。はぐらかされるだろうが、知らないふりも変なのでダメ元で聞いてみたのだが、ユーリはあっさり教えてくれた。
「リオネル・グランツに決まってるやん」
「あ、守秘義務とかないんだね」
「んー、まあ秘密でもないしな。このドレスでどうせバレるやん。貰ったやつなんやろ?」
「うん」
「なんか取り返しのつかないことして、デイジーを傷付けたから会って直接話がしたいって言うてたで」
ユーリに言われて、デイジーはあのあんまりな提案をされた日にリオネルに対しては怒りよりも悲しみを感じたことを思い出す。
「それで少しでも元気でるようにってあたしを連れてきたんやって」
「…………」
「リオネル・グランツはデイジーに最初から全部説明して、しっかり謝って、伝えたいことがあるんやって」
「…………」
「あたしの仕事はデイジーを可愛く仕上げるまでやねん。だから無理に会わんでもいいよ。デイジーが嫌がったら送り出さんでもいいって言われてる」
「…………」
「どうする?」
「…………会う」
デイジーが静かに答えると、ユーリは満足そう頷いた。
「それがいいと思う。あんたいい顔してるもん。ばっちり振ったりや」
「えっ」
「えっ」
「ふ、ふるの?」
「振らへんの?」
「どうだろう」
「ふーん……負け戦なんかと思ってたんやけどちゃうんかな? でも対戦相手ってさっき下におった、がっしりした人やろ? あれに勝つんは無理ちゃう?」
ユーリが何かをぶつぶつ言っている。
「ユーリ、なに? 聞こえないよ」
「何でもなーい。帰ってきたらどうなったか教えてな」
ユーリはニヤリと笑ってこう付け加えた。
「あたしはさあ、デイジーの結婚が家の借金のためやって、いろいろあったらしいことは聞いたけど、詳細までは知らんねん。今日は寝袋持参でここに泊まるつもりで来てるから、リオネル・グランツを振ったかどうかも含めてじーーっくり聞かせてもらうで、今夜は寝かさへん」
それからユーリはデイジーをばっちり可愛く仕上げてくれた。
「完璧やな! さ、乗り!」
「へっ? 馬車!?」
身支度の出来たデイジーはいつの間にか実家の前にスタンバイしていた馬車へと押し込まれた。
押し込まれる時にちらっと見えた車体には見覚えがあった。デイジーはこの場所に乗ったことがあるのだ。あの雨の日に。
「ねえユーリ、この馬車……」
「ああこれ? あたしが乗ってきた馬車やねん。行き先は御者の人が分かってはるから大丈夫やで」
「こんな格好でさらに出かけるの? ユーリは一緒には行かないの?」
てっきりここにリオネルがやって来るとばかり思っていたのに違うようだ。
「あたしは行かへんなあ、絶対邪魔やもん。リオネル・グランツとしっかり話していろいろ決着させといで」
ユーリは力強く言うと御者に馬車を出すように告げる。
「えっ、待って。今からどこ行くの? まさか王都じゃないよね」
動き出す馬車にデイジーは慌てるが馬車は止まらない。
「大丈夫ー、近くやからー」
ぶんぶんと手を振るユーリはすぐに小さくなった。
❋❋❋
日が暮れつつある田舎道を馬車は進み、着いたのは隣町の領主屋敷だった。
「…………なるほど」
馬車が止まった屋敷の前でデイジーは納得する。
この辺りでこんなドレスを着て出かけられる先なんて、このジェット伯爵家の屋敷しかない。
そして屋敷の馬車止めでデイジーを待っていたのは、伯爵家のフットマンではなく金髪に翡翠色の瞳の正装した若い男だった。
「な、なるほど……そう来たか」
もちろん予想はしていたけれど、待ち構えていたリオネルに動揺して変な独り言を呟いてしまうデイジー。
馬車の扉が開いて、リオネルが手を差し出す。
「今日もすごく綺麗だ。デイジー」
その目は優しい上に甘く、でも少し寂しげでデイジーはすぐにドキドキした。
しっかりしなくては。
「これは一体どういうことでしょうか、グランツさん」
手を借りて馬車から降りながらデイジーは、できるだけツンとした態度で聞いた。
「まず謝罪をさせて欲しい。この間はごめん。ひどいことを言って、ひどい扱いをした」
リオネルは盛大に眉を下げる。
「それなら私も引っ叩いたし、怒鳴り散らしたのでもういいんです、おあいこです」
「デイジー、でもそういう訳には」
「おあいこです。大体ここに来ている時点でもう怒ってないんです。それより、これは一体なんですか?」
「卒業パーティーのやり直しだよ。エスコートしてダンスを踊ってその後は二人で話す約束したよね?」
切ない顔で言われて、デイジーのツンとした態度はいとも簡単に崩れた。
「……しましたね」
「約束したのに実現出来なかったから、ジェット伯爵にホールを貸してもらった」
「伯爵家のホールって借りられるんですね」
感心してしまうデイジー。
「快く貸してくれたよ。楽団も手配してくれたんだ。ホールは貸し切りで、皆さんは気を遣ってくれてる」
ここでデイジーは視線を感じて屋敷の二階に目をやる。さっとカーテンの陰に隠れる人影が見えた。
あれは多分、今年11才になるミシェルの末の娘だ。
屋敷全体を見渡すと、静かだがそこかしこで息を潜めている人の気配がある。どうやら伯爵家をあげてデイジーとリオネルを二人きりにしてくれるみたいだ。
「…………」
なんだこの公開デートみたいなやつは。
デイジーの顔に熱が集まってくる。
とどめとばかりにリオネルはデイジーの手をすくい上げると、自らは屈んでそこに額を寄せた。
「俺の愛しい人、あなたをエスコートしてダンスをする幸運を俺にください」
「ふおおおぉ」
簡単に真っ赤になるデイジー。
「返事が欲しいな。“はい”か“喜んで”のどちらかで」
顔を傾げて上目遣いで聞いてくる美形。
「は、はいぃ」
デイジーが反射的に返事をするとリオネルは優しく、でも寂しそうに微笑んだ。




