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嘘告されるらしいので、楽しんでみることにした  作者: ユタニ


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23.不穏な夜


デイジーがユーリとバルトークに手紙を書いたその一週間後、ユーリからは返事がきた。


内容としては戸惑いながらもデイジーの結婚を祝い、だが本当に大丈夫か、と心配もしていた。

ユーリ自身は新しくオープンさせた店で忙しい日々を送っているようだ。店が落ち着き次第、一度遊びに行ってもいいかとあって、デイジーは承諾の返事を書いた。


友人とそんな手紙のやり取りをした少し後の日。

その日の晩ご飯の食卓についたレイリーはいつもより暗い顔をしていた。

今日は朝から塞ぎ込んでいる日で、一日中部屋にいたからだろう。

レイリーはたまにこういう風に落ち込む日がある。頻度は結婚した当初よりは減っているし、いつも一日で元の様子に戻るのでデイジーはあんまり気にせずそっとするようにしていた。


今日もそーっと様子をみて一日を終えての晩ご飯である。デイジーは静かに、まあまあの出来のポトフを食べていた。


「君、今日はビルの息子と話していただろう」

暗いレイリーから話しかけられてデイジーは、はっと顔をあげた。


今日、隣家のビルとヒルダの家にその息子のジョンが仕事の休みを利用して帰ってきたのだ。

ジョンはデイジーの一つ年上で昔からたまに話す程度の仲だったが知らない仲ではなかったので、確かに庭で立ち話はした。


「はい。久しぶりに会ったので」

「楽しそうだった」

そう断言したレイリーの声はことさら暗かった。


「? 顔見知りですし……」

何だろう、もしかして若い異性と話したのが気に障ったのだろうか。

でもレイリーからはそういう嫉妬や怒りの気配はない。ひたすらに暗いだけだ。


「やはりこの結婚は間違っていると思う。君は俺なんかに縛られていていい子ではない。これからたくさんの出会いがあったはずなんだ、年の合う男とちゃんとした恋もできた」

悲痛な顔でそう言うレイリーにデイジーは慌てた。

どうやらデイジーとジョンの仲を誤解しているようだ。


(どうしてそうなった?)

庭先での会話はごくごく普通の会話だったのだ。

近況を聞き、ジョンの恋の相談に乗ってあげた。


(…………恋の相談ではテンションが上がっていたかも)

その部分ではかなり楽しそうにしていたと思う。

デイジーはすぐにきちんと否定した。


「私とジョンはそういうのではないですよ? 庭で久しぶりだねーって話しただけです。ジョンは昔から村長の末の娘さん一筋です」

「あの青年とどうこうなるのを気にしている訳じゃないんだ、君のいろいろな可能性を奪うのではと畏れている」


「いろいろな可能性?」

「…………俺は君を好ましく思っているが、女性として愛するのは難しいと思う」

「あー」

それは薄々気づいていた。レイリーはどこまでも自分を子供扱いしているとデイジーは思う。

つまり可能性とは愛される女の幸せ的なやつだろう。

もしくは子供についてだろうか。


「気にしてませんよ」

それは本心だった。

デイジーもレイリーに恋愛的な気持ちはない。でもちゃんと尊敬して師として慕ってもいる。だからこれでいいのだ。こういう夫婦もいるだろう。


それにもしかしたら、ひょっとしたらだがデイジーが二十代半ばになって、こう、しっとりとした色気とかが出てくれば(出てくるなんて思えないけれど)、何かの間違いで子供も望めないことはないんじゃないだろうか。

いや、あんまり期待はしてないし、望んでいるわけでもないのだけれど、一つの可能性として。


「そこは気にしなさい……いや、その若さでは気にするのも無理か。でも君はもっとまともな恋が出来るはずだ」


「私は地味ダサ眼鏡ですし、恋なんてしないですよ」

「そんな風に自分を卑下するのは止めなさい。それに何も恋だけの話じゃない。君のレシピノートはとても整然とまとめられていた。王立学園の特待生だったのは必要に迫られてだったようだが、勉強は好きだったんじゃないか?」


話がレシピノートや勉強のことに及んでデイジーは面喰らう。ノートを褒められたのは嬉しいが、突然の『勉強が好きだったんじゃないか?』の問いには困惑した。


「好きかどうかは……」

好きか嫌いについては考えたこともなかった。


家の借金を返すためには安定して給料のいい仕事に就かなくてはならなくて、一番は城勤めだ。騎士や侍女は難しいので文官を狙い、その為に勉強は不可欠だった。


「…………」

でもこうして考えると新しい知識を得ることはワクワクした。一人での勉強はそれなりに辛かったけれど、勉強そのものが辛かったのではなく、特待生から外されるわけにはいかない焦燥や城の文官の採用を勝ち取らなくてはいけないプレッシャーで辛かったように思う。


談話室でリオネルと一緒にした勉強や、クリケットクラブのサロンで過ごした時間は楽しくすらあった。


(私、勉強が好きだったのかな)

自分の意外な一面にデイジーは驚く。


「君は学園で得た知識で湿布も作った。知識を生かせる子でもあるんだ。学びが好きで活用も出来るならもっといい場所で活躍すべきだ。こんな田舎でこんなおじさんの世話をしていていい訳がない」

「お世話ではありません。けっ……共同生活です」

レイリーから出た“世話”の部分にデイジーはむっとして言い返した。


デイジーはレイリーの世話をしているつもりはない、むしろ世話になっている。

先ほどの“卑下するのは止めなさい”をそのまま返してやりたい気分だった。

結婚生活と言いそうになってそれは違うと思ったが、共同生活はかなりしっくりくる。


レイリーはため息を吐いた。


「君のそのなんでも前向きに取り組む姿は得がたい長所だと思う。思うが、前向き過ぎないか? 我慢するのに慣れてないか? もっと我を通しなさい」

「我慢をした覚えはありません」


「自覚なしにしているんだよ。おそらく実家が大変になり出した頃から君は無自覚に自分を殺していると思う。俺との結婚も嫌だったはずなんだ」

「いえ、それはちゃんと納得しました!」

デイジーは少し声を大きくして主張したのだが、レイリーはそれをきつい調子で否定した。


「そんな訳ないだろう! 君は俺に怯えていた」

その言葉にデイジーはびくりと震える。

その様子にレイリーは声を落とした。


「大きな声を出してすまない。でも隠さなくていい。怯えているのはすぐに判った。当然だ、そう仕向けたのは俺だ」


デイジーはレイリーとの初対面を思い出す。


場所は領主の屋敷の日の差さないじめっとした物置小屋だった。かび臭く陰鬱で狭い小屋の中に、元の色の分からなくなったよれよれのシャツとズボンのレイリーがいた。

髪はボサボサの伸び放題で白髪が目立ち、髭も剃っていなかった。目は落ち窪んでギョロリとしていた。


デイジーは怖いな、と思った。

初対面のレイリーは確かに怖かったのだ。だけど怖いと思った自分には気付かない振りをした。

そして必死にレイリーの良い所を探した。


「兄は悪い人ではないが、貴族らしく計算高い人だ。君達の家族にしたことは完全に善意の施しだったろうが、王立学園の特待生となった君には目をつけていたと思う。それなりに援助をして何か益があれば幸運だという程度だったろうが、そこにひどい状態の俺が帰ってきた」


今は平民とはいえ元男爵令嬢。性格は大人しく真面目で明るさもあり、なんと言っても王立学園の特待生。そんなデイジーは軍人くずれの四十前のまともな結婚が出来そうもない弟の相手としては理想的だったに違いない。


「俺は俺で、あの時は十代の少女が家の借金を背負っていて、俺との結婚でそれをチャラに出来ると聞いて上手く断れなかった。そして君が俺に会ってから決めると言っているのを聞いて、何も取り繕わずに君に会った。どこかで君が断るのも期待していたんだと思う」

そうして17才の女の子が結婚相手だと紹介されて、喜ぶ訳がない姿のレイリーとデイジーは会う。


「でも兄は君の性格もきちんと把握していた。我を通すことが少なく、聡明で合理的な君はこの結婚を承諾すると踏んだのだろう。君ならきっと無理にでも俺の良い所を探して納得すると考えていたんだよ、そういう人だ。そしてその通りになった」


「領主様はそのことを気に病んではいるようでしたよ? そんな風にお兄さんを言わないでください」

「良くも悪くもそういう人なんだ。計算高いが悪人ではない。俺だって兄を手放しで受け入れられないが嫌いなわけでは…………ってそうじゃない、なんで俺達の兄弟仲を君が気にしているんだ。君はもっと自分に目を向けなさい。やりたいことや好きなことをするべきだ、そしてそれには俺との結婚は邪魔だろう」


「…………」

「最初に俺が断るべきだったんだ。当時は何もかもがひどくぼんやりとしていてちゃんと考えられなかった。今なら判る、この結婚は間違っている。借金なら気にしなくていい。俺がここまで持ち直したんだ、免除は難しいだろうが兄には減額をかけ合う」


デイジーはまじまじとレイリーを見た。

瞳はかなり暗く、表情は強張っている。

かなり落ち込んでいる状態だと思う。そんな落ち込んだ状態で自分がデイジーを不幸にしているのでは、と悩んでいる。


ここはとりあえず、一晩寝てもらおうとデイジーは思った。

今の状態のレイリーには何を言っても更に落ち込ませるだけだろうし、こんな状態のレイリーと何かを決めるのはよくない。

何より、デイジーは自分を不幸ではないと感じている。

おまけに、今さらやりたいことや好きなことをやれ、と言われても何も思い付かないのだ。

今日はこれ以上この話をしない方がいい。



「レイリーさん、今はやりたいこととかは思い付かないんです。また考えてみます。今日はもう寝ましょう」

デイジーはそう言って微笑んだ。



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