22.村での日々
クリームシチューを共同で作り上げ、デイジーがリオネルへの恋の告白してからというもの、レイリーとの距離は少し縮まった。
食事の時は主にデイジーが喋り、レイリーが聞くという形態でいちおう会話もするようになった。
夫婦の会話というより、上司と部下という感じだけれども会話は会話である。
レイリーはデイジーの男爵令嬢時代のことや借金を抱えてレイリーの兄である領主を頼ったことについて質問してきたりもするので、興味は持ってくれているようだ。
デイジーは王立学園での日々(主にこの半年間)についてもたくさん話しているが、リオネルとの箇所は避けている。
リオネルのことを話す時、デイジーは随分と挙動不審になっているようなのだ。
何度かポロッと話してしまった時にはレイリーが“どうやって慰めたらいいのか分からない”という様子になって気まずい沈黙が流れた。
それに気付いて以来は注意して避けるようになっている。
そしてデイジーも何度かレイリー自身について聞き出そうと試みた。
子供時代や軍人時代について質問してみたのだがこちらはほとんど話してくれなかった。
特に軍人時代について聞いた時は
「俺は死ぬ勇気すらなかった臆病者だ。貴族だというだけで俺は生かされた。しかし、生きて戻ったことで君にこんな選択させることになった……」
と物凄く落ち込ませてしまったので、二度と聞くまいと誓っている。
そんな感じで、まだギクシャクすることは多いものの徐々にお互い慣れつつある。
レイリーはデイジーのためにと、料理の時に調味料を小分けにする小皿をたくさん買ってきてくれたりもしたし、シチューの他にも料理の指導をしてくれている。
デイジーはガリ勉の特性を活かして、レシピノートを作成中だ。
だが作りかけのそのノートをレイリーに見せるとなぜか眉を寄せられてしまった。
料理は頭じゃなくて、心を使え、みたいなポリシーでもあるのだろうか?
それにしてはデイジーへの指導は細いし、調味料の量や加熱時間は具体的な数字で示してくれているのだが。
とにかく、最近のデイジーの手料理はそこそこの出来である。
また、レイリーは村の人達とも少しずつ打ち解けだしていた。結婚の翌日にデイジーがヒルダに語った内容と「寝室を分けている」ということからロリコン変態野郎の疑惑は晴れた。
因みにこのロリコン変態野郎という噂のせいでレイリーのみならず、そんな男の所へデイジーを嫁がせた父と領主の評判も地に落ちていたのだが、そちらも回復している。
父はともかく、領主への悪感情は後々困ったことになったに違いないので、デイジーはヒヤリとしてからほっとした。
ロリコン変態野郎の汚名をそそいだレイリーはその後、デイジーのために村の雑貨屋でキッチンタイマーや小皿を購入する様子が確認され、一気にどうやらいい人っぽいぞとなった。
挨拶をすると、無表情だけどちゃんと返してくれると評判である。
デイジーも「デイジーちゃん、可愛がってもらっているみたいだねえ、よかった、よかった」と皆から言われる。
“可愛がってもらっている”のニュアンスは妻としてというより娘としてな感じではあるが、まあよしとしよう。
実際、レイリーとの関係は夫婦というよりは父娘だと思う。
(いや、親子みたいな遠慮のなさはないか。私、お父さん居るし……師匠と弟子かな?)
なんてデイジーは考えて、心の中では勝手にレイリーを料理の師匠として慕っている。
最近のレイリーは村の人達の簡単な農作業の手伝いをしたり、狩りのための罠を作ったりもしだして日銭を稼いでいる。必然的に体を動かすことになり、昼食も食べるようになったしきちんと眠れているようだ。
目の下の隈は薄くなったし、顔色もよくなった。
農作業の手伝いをした翌日は右足が痛むようで、デイジーは薬草学の知識を活かして簡単な鎮痛の湿布を作ってあげた。
初めて妻らしいことをしたのではと誇らしかったのだが、レイリーは湿布の効果は認めてくれたものの、あまり嬉しそうではなかった。馴れ馴れしすぎたのかもしれない。気を付けよう。
そんなこんなで結婚して二ヶ月が経ち、レイリーは初めて会った時に比べるとずっと健康的になったと思う。
時々、顔が暗いし物思いに沈む日もあるけれどその頻度は減っている。
デイジーへの“君”呼びは続いているが、会話は増えた。
よい傾向だと思う。
本日はなんと村の寄り合いに出かけていくレイリーを見送ったデイジーは上機嫌で庭で洗濯をしていた。
馬のいななきが聞こえて顔を上げる。
門柱だけの門で馬から降り立った人が誰かを認めて、デイジーは慌てて駆け寄った。
「やあ」
レイリーと似た顔立ちの男が微笑む。
「領主様! こんにちは」
訪れたのはレイリーの兄でこの辺りの領主、ミシェル・ジェット伯爵だ。
デイジーからすると、路頭に迷いそうだったデイジー達に住む所を提供してくれて、母の看取りと葬儀までしてくれた返しきれない恩のある人である。
「どうしても様子が気になってね。あいつが居ると追い返されるだろうからと留守を狙ってしまった。突然すまないね」
ミシェルはそう言って微笑む。
あいつとはレイリーのことだろう。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「ここまでは馬で走ればすぐなんだ。気にしなくていいよ」
ミシェルは中に入ってくれというデイジーの申し出を断って生活に不自由はないか、レイリーのことで困ったことはないか、と丁寧に聞いてきた。
デイジーが問題ないと答えて、一通りの質問が終わるとミシェルは「それならよかった。長居は気を遣わせるだろうし、失礼する」と馬へと乗りかけたのだが、動きを止めた。
「領主様?」
「デイジー、君は私を恨んでないかい?」
静かな口調だった。
デイジーがミシェルを正面から見ると、レイリーに似た瞳がまっすぐに自分を見ていた。
そしてデイジーの答えは聞かずにミシェルは続けた。
「私はこの結婚で君にも利があったと思っているが、家の借金に付け込んで若い君を利用したという自覚はある。恨まれても仕方ないと思う」
「…………」
「弟は君と暮らすようになって目に見えて回復した。君と弟は人として相性がいいとは思っていたが、正直ここまで変化があるとは驚いた。感謝もしている。だから何か要望があれば遠慮なく言いなさい。善処しよう」
それだけ言い切るとミシェルは馬に乗って去っていく。
「っ、お気をつけて!」
ミシェルの背中に何とか声をかけてから、デイジーはその場にぼんやりと佇んだ。
自分はミシェルを恨んでいるのだろうか。
(恨んではないなあ……借金がなくなったことは感謝してるし、レイリーさんも良い人だし……それに)
そう考えて、デイジーは久しぶりにリオネルを思い出した。
もし、この結婚の話がなかったとすれば自分はあの嘘告をどうしていただろうか。
同じように楽しんでみただろうか。
卒業後の結婚の話はデイジーにとってそれなりにショックだったから、少々ヤケになっていた部分はあったと思う。だからこの話がなければ嘘告を無視しただろうか。
(でも、どっちにしろ学年末テストはどうでもよかったし……)
案外楽しんだかもしれない。
楽しんで、やっぱり恋をしたのだろう。
卒業パーティーはどうしただろう?
出席しただろうか。そしてリオネルにエスコートをしてもらってダンスをしただろうか。
その後の振られる時は?
泣いて嫌だと縋っただろうか。
そうなるとリオネルは困っただろう。
(グランツさんを困らせなくてよかった)
困らせて嫌われたりしなくてよかった。
デイジーはやっぱりミシェルを恨んでないな、と思って洗濯へと戻った。
そしてその晩、デイジーはやっとユーリに手紙を書いた。何度か書こうとしたのだが、その度にどうしてもリオネルを思い出してちょっと辛くなってしまうので書けなかったのだ。
今ならちゃんと書ける気がした。
時間は確実にデイジーの恋を良い思い出にしてくれているようだ。
デイジーはせっせと実は結婚したこと、妻としてではないが大切にしてもらっていること、料理の腕が上がったことを書いた。
ユーリへの手紙を書き上げたデイジーはリオネルはどうしているかな、と考える。
(薬師塔で張り切って働いているかなあ。私のことはもう忘れてるんだろうな。あ、バルトークと同僚だよね、仲良くやれてるかな)
こうやって穏やかな気持ちで考えられることにほっとする。
「はっ」
薬師塔で働くリオネルとバルトークを想像したデイジーはそこで気付く。
「大変。バルトークに何も言わずに帰ってきてる」
なんという事だ。
バルトークは学園生活を通してほとんど唯一の友人だったのに、ユーリにしか別れを告げていなかった。
デイジーと違ってバルトークは友人も多かったし、デイジーが田舎に帰るつもりであることは知っていたから心配はしてないかもしれないが、別れもなしだったのは寂しかったかもしれない。
デイジーは慌ててバルトークへの手紙も書いた。
早めに田舎に帰ることになってしまったこと、実は結婚したことを書き、薬師塔での活躍を期待していると結んだ。
お読みいただきありがとうございます。
12話であと10話くらいかな、と書いたのですが長くなってます。すみません、もうちょっとあります。




