20.監視というか見守り
結婚した翌朝、デイジーはぱちりと目を覚ました。
目を覚まして見慣れない天井にびっくりするが、すぐに、そうだ昨日結婚したんだったと思い出した。
顔を洗って着替え、階下へ下りていくとキッチンにも居間にも誰もいなかった。
朝の光の中、しんとした空間を見回すとやはり全体的に埃っぽいと思う。
キッチンの竈門周りや作業台は埃っぽくないので、レイリーは最低限の料理だけして後は自室で過ごしていたようだ。
不健康だなと思う。
昨日のレイリーを思い起こしてみると、顔色はいいとは言えなかったし暗い目の下には隈もあった。
(とりあえず朝ごはんを作って、食べてもらおう。一緒に食べてくれるかな?)
昨夜の夕飯は共に食べてくれたが、渋々な様子だった。結婚初日で気を遣ってくれたのだと思う。
レイリーの部屋である居間の横の部屋の様子に耳をすましてみるが、物音は一切聞こえない。
起きているのかも定かではないが、「朝ですよー」と起こしに行くのは絶対に違うと思う。
昨夜はあんなによそよそしかったのだ。そんなことをすれば向こうからしたら、何をいきなり妻面してんねん、という感じになるだろう。
(あ、訛ってる)
ナチュラルに“してんねん”と訛った自分にデイジーは笑ってしまった。
力強い友人を思い出すと元気が出てくる。
(よし、とにかく朝ごはん作ろう。パンを焼いたら匂いで出てきてくれるかも)
気分としては、警戒心の強い犬や猫をおびき出す感じである。
という訳でデイジーは張り切って朝食を作った。
昨晩と同じで芸がないが玉子を焼き、パンも網で焼いてみる。
誤算だったのは、玉子に集中するあまりパンの方が疎かになったことだ。
「わあっ」
デイジーが気がついた時にはパンは炎に包まれ激しく燃え上がっていた。
「ひゃああっ」
すぐに火を消さなくてはと焦っていると、扉が勢いよく開く音がしてレイリーが右足を引きずりながらも走って出てきた。
「何だ!? どうした!?」
「ごめんなさい! パンを燃やしてしまってですね」
説明しながらデイジーはパンを網ごと火から離す。パンはプスプスと煙をあげて黒焦げになっていた。燃焼物がなくなって火が収まる。
「…………」
レイリーから緊迫した雰囲気が消え、何ともいえない顔で黒焦げのパンとデイジーを交互に見る。
「ひえっ、ごめんなさい、貴重なパンを」
怒られるかと思ってびくびくしていると、レイリーはキッチンに入ってきた。
「座っていなさい。このままでは玉子も焦げる」
「はっ」
言われてから振り向くと玉子も焼きっぱなしで、かりかりになってきていた。
レイリーは玉子のフライパンを火から離すと皿を出し、かりかり玉子を皿へ移した。
デイジーからパンを引き取ると、包丁で黒焦げの部分を削り出す。
デイジーが見守る中、削られて歪な形になったパンとかりかりの卵焼き。デイジーが昨晩作った微妙な味のスープという若干残念な朝食が出来上がった。
「食べなさい」
居間の食卓に朝食が並べられ、デイジーは座ってそれらを食べだす。
食べながらレイリーを見ると、きちんと身支度していた。
「おはようございます。起きていたんですね」
「朝はきちんと起きるようにしている。だから起こしには来なくていい」
(エスパーかな)
先ほどデイジーが部屋の様子を窺っていたのを知っているかのような物言いにデイジーはびっくりだ。
「分かりました。朝食は準備してもいいですか?」
その問いにレイリーは一旦顔をしかめて迷った。
何となくだが、断りたいけど断るとデイジーの料理の腕を否定することになるのでは……と葛藤してくれている気がする。
昨晩の微妙な味のスープに今朝の黒焦げパン。
ここで朝食を断ればタイミング的に「お前の作る飯は不味くて食えん」みたいな感じになるだろう。
デイジーとしては、料理の腕がイマイチな自覚はあるので否定してもらっても構わないのだが、レイリーは17才の女の子を傷つけてはいけないと考えてくれているようだ。
しばしの逡巡の後、レイリーはため息を吐いた。
「構わない」
「はい! 明日は焦がさないようにします」
デイジーは元気よく返事をした。
朝食の後、レイリーは「昼はいらない」と言って部屋へと引き揚げる。
三食ちゃんと食べた方がいいとは思うが、押し付けがましいのはよくない。デイジーは「分かりました」と引き下がった。
朝食後は家の掃除に精を出した。
十才で村娘となってから家の掃除洗濯はデイジーの担当だったので、こちらは問題なくこなせる。
窓と扉を全て開けて床を履き、水拭きもしてみると埃っぽかった空気が爽やかになった。
「♪〜」
デイジーは鼻唄を歌いながら居間とキッチンを磨き上げた。
レイリーの部屋も確認して掃除をしたかったが、それはもう少し仲良くなってからだなと考えて止めておく。
後は窓でも拭くか、と窓を拭いていると隣家のおかみさんが庭の柵ごしにこちらを窺っているのに気付いた。
その手には、しめて羽をむしった丸鶏らしきものを持っている。
「ヒルダさん、こんにちはー」
デイジーは窓を開けて挨拶した。
隣家は大工のビルと妻のヒルダの二人暮らしだ。息子が一人いるが領主の屋敷もある隣町で大工の修行中である。
ヒルダはおしゃべり好きな気のいい人で、デイジーが村に来た時からよくしてくれている人だ。
そんなヒルダはデイジーが自分に気付いたと分かると、柵から手招きをした。
「?」
なぜ入って来ないのだろうと思いながらデイジーは庭まで出てみる。
「デイジーちゃん、大丈夫? あいつに酷いことされてないかい?」
ヒルダは近づいたデイジーの全身をくまなく観察しながら聞いてきた。
「酷いこと? えっ、レイリーさんにですか!?」
「えっ、されてないのかい!?」
目を丸くして驚くデイジーにヒルダも驚く。
「されてません。取っつきにくいけど良い人ですよ」
「ええー、ほんとかい?」
疑わしそうなヒルダに詳しく話を聞くと、レイリーはこの家に越してきてからはたまに食材を買いに出る以外はずっと引きこもっていたので、かなり不気味な存在となっていたらしい。
村ではレイリーが領主の屋敷の物置小屋で暮らしていたことも、変な趣味ゆえに閉じ込められていたと間違って伝わっていてヒルダはレイリーをロリコン趣味の変態野郎だと認識していた。
「…………」
(父さん、馴染んでないどころじゃないじゃん)
ロリコン趣味の変態野郎に言葉を失うデイジー。父は昔からこういう噂にはとんと疎いのだ。
どうりで結婚時にお祝いムードがなかったわけだ。
「年の離れている私に気を遣って、寝室も別にしてくれているんですよ」
「そうなのかい?」
「はい、それにレイリーさんは36才です。私だって17才ですし、ロリコンというほどでは」
「ええっ、36才!? 50才近くに見えるよ!?」
再び驚くヒルダ。
「いやいや、50才はないでしょう。43才の領主様の弟さんなんですよ?」
レイリーは確かに老けて見えるが50才はないと思う。
「あっ、それもそうだね。だけどさあ随分くたびれているし、こっちは遠目だったからさ。頭もボサボサでけっこう白髪もあるだろ?」
「今は髪の毛は短くしてて、もうちょっと若く見えるはずです」
「へえー、今度近くで見てみようかね。しかし、36才ねえ……見えないねえ」
デイジーの主張にヒルダは首を傾げた。
「ところでその鶏さんは?」
デイジーはヒルダのぶら下げている丸鶏を指さす。
「ああ、これ、結婚祝いだよ。持ってきたもののノックするのが怖くてさ。デイジーちゃんは鶏は捌けるかい?」
「うっ、すみません。捌けないです」
「仕方ないねえ、キッチン借りるよ」
ヒルダはそう言うと、ずんずんとキッチンに入り鶏を捌いてくれた。
「デイジーちゃんも早く捌けるようになんなよ」
「はい! 頑張ります!」
ヒルダを見送り、デイジーは山盛りの鶏肉を眺めた。
(とりあえず、今日は焼こう)
今日の晩ご飯では、昨日の微妙なスープと今朝の黒焦げパンを何とか挽回したい。
焼き料理はデイジーの残念な料理の腕でも比較的失敗が少ない料理である。
デイジーは固く拳を握った。
結果。
焼いたのになぜか水っぽい鶏もも肉のステーキが出来上がった。添え物のポテトサラダはじゃがいもの味は生きているが、味のしまりは悪い。
(なぜだ……)
頭を抱えたデイジーだが、レイリーは今日も文句を言わずに食べてくれた。
そして翌朝、デイジーが朝からキッチンに立つとレイリーが部屋から出てきた。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶を交わし、レイリーはキッチンの様子が見える居間の椅子に腰掛ける。
パンを黒焦げにしないか監視されるようだ。
いや、ここは見守ってくれている、と好意的にとろう。
デイジーは緊張しながらベーコンとパンを焼き、味のしまらないポテトサラダを添えた。
予想はしていたのですが、バルトーク回のいいねが断トツ多い。
ありがとうございます。そしてうちのデイジーもよろしくお願いします。




