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2.楽しんでみることにした


デイジーはぼんやりと遠回りをしながら図書室に向かっていた。


(リオネル・グランツに告白される……)

何だか変な感じだ。

受けるべきだろうか、それとも断るべきだろうか。

中庭の面々はリオネル本人も含めて、断られるなんて思ってもいないようだった。

彼らは女子生徒からは非常に人気で全員モテているが、それにしたって自信過剰ではないだろうか。


(あ、でも私も顔が好きって言ってるんだった)

そこでデイジーは、自分もリオネルの顔は好きだと言っていたことを思い出した。


(いやでも、顔()だし、話したこともないのに断られない前提とか、やっぱり自信過剰だよ)

それなら断るのも一つな気はする。


あんな最低なやり取りを聞いたのだ。意外にも腹は立ってないが、感じは悪かったので断ってやればスカッとするだろう。


(そうなると、腐黒石はどうなるんだろう?)

リオネルはあれを返すことになるのだろうか。

デイジーに振られて赤っ恥をかいた上に腐黒石まで返すのは、ちょっと可哀想だ。


(あれだけの塊の腐黒石が、私の学年末テストの成績の代償ならちょっと誇らしくはあるなあ)

なんても思う。

あんな大きなサイズ、まずお目にかかれない。売り値をつけるなら相当な額になるだろう。


あれの為になら、趣味の悪い告白ごっこをするリオネルの気持ちも少しは理解できる。


(別にテストの成績はもうどうでもいいしね)

時期はもう最終学年の後期。前期のテストで女子では一位だったデイジーは既に卒業までの授業料免除は付与されているので、後期のテストの結果が響いてくるのは就職に関することくらいだ。


(就職……も、もうどうでもよくなったし)

だから学年末のテストは本当にどうなってもいいのだ。

図書室に行こうとしていたのはただの癖だ。


「…………」

そこで就職がどうでもよくなった自分の将来について考えると、やるせなさのようなものが広がる。


デイジーは立ち止まって廊下の窓から空を見上げた。

自分のこの四年間のガリ勉には、一体何の意味があったんだろう、なんて考えてしまう。

自分がとても小さくなった気がした。


小さくなった気がするまま、ぼんやりと空を見ていると、突然ぱんっと肩を叩かれた。


はっとして顔を上げると、見慣れた赤毛の大柄な男子生徒がいてデイジーは肩の力が抜ける。


「よっ、デイジー! どうした? 暗いぞ」

「バルトーク」

デイジーがその名を呼ぶと、にっと歯を見せてバルトークが笑う。


バルトーク・ヘットン。デイジーと同じく平民の特待生である。因みにヘットン村出身。

バルトークはデリカシーは全然ないが、いい奴だ。

同じ特待生同士で出身の村が近かったこともあり、一年の時から仲良くしている友人で、悲しいかな唯一の友人でもある。


デイジーがガリ勉タイプの成績優秀者であるのに対し、バルトークは天才肌のそれであんまり勉強もしてないくせにしれっと学年一位を取ったりする奴でもある。

そういう時は非常にムカつくが、いい奴なので友人関係は続いていた。


「図書室行くとこか? どうした?」

「んー、何でもない。もう少しで卒業だなと考えてただけ」

卒業までは四年生の後期を残すのみで約半年。正確にはあと五ヶ月だ。


「…………ふーん。なあ、お前さあ、採用が決まってた城の文官を辞退したって本当か?」

バルトークが珍しく低い声で聞いてきた。

何気ない風を装っているが話題の出し方は唐突で、これを聞くのが目的だったようだ。


「どこから聞いたの?」

「薬草学の教授。俺とお前が仲いいの知ってる人だから内密に教えてくれて、心配だから話を聞いてやってくれって。それで本当なのか?」

天才肌の友人は、城の文官としての採用がデイジーの悲願だったことを知っている。そして薬草学の教授は採用試験で推薦文を書いてくれた教授の一人だ。

どうやら教授と一緒にデイジーを心配してくれていたらしい。

やっぱりいい奴だ。


「うん。本当」

「何でだよ。給料高いし安定してるから就職は城の文官しかないって言ってただろ?」

「そうだけど、あんまり関係なくなったんだ」

「でも働いて実家の借金返すんだろ?」


デイジーの実家には大きな借金がある。

それを返すためにデイジーは何としても城の文官になりたかった。

必死で勉強して特待生枠で王立学園に入り、その後も脇目も振らずに勉強してきた。そうして掴んだ念願の就職先だったのだ。

だけど、もうそれには意味がなくなった。


「借金がね、チャラになったのー」

先ほどのヘンドリックを真似てかるーく言ってみたのだが、バルトークの顔は険しくなった。


「チャラってどうやってだ? 返すのに十年はかかるって言ってたよな? なあ、お前、まさか」

「違う違う、バルトークが想像しているような暗いやつじゃないよ。今、私が身売りされたとか考えたでしょ? やめてよね」

深刻そうに聞いてくるバルトークの目の前でデイジーはおどけてひらひらと手を振った。

バルトークがほっと力を抜く。


「そ、そうか。なんかごめんな。変な想像して」

「うん。ちょっとラッキーな感じでチャラになったの。だから村に帰ろうかなって」

「勿体なくね? 城の文官だぞ」

「私だってのんびりしたいもん」

「デイジーがのんびりなんて出来るか? お前、勉強以外に何するんだよ」

「失礼だなあ、ヤギの世話とか?」

「疑問形かよ、大丈夫か?」

「大丈夫。ところでバルトークは薬師塔の採用、決まったんでしょ。おめでとう」

大柄な赤毛の天才な友人は特に薬草学に秀でているのだ。

秀でているだけでなく、好きでもあるらしい。

この友人もさっきの腐黒石見せられたら嘘告とかするかな?とふと考えて、いやいや、性格的に嘘告とか無理な奴だとすぐに打ち消した。


「おう、ありがとう」

デイジーの思いに感づくことなく、バルトークが明るく笑う。


「うん。じゃあ、私は図書室行くから」

「もう田舎帰るだけなら勉強しなくてもいいだろ」

「なんか癖だね」

言いながらデイジーは歩きだす。


「借金がチャラなら、あと半年遊べよ。青春時代にちゃんと青春するのは大切だぞ」

「遊び方も分かんないし、いいよ」

「勉強はほどほどにしろよー」

バルトークの言葉を背中に受けながらデイジーは図書室へと向かった。




「…………」

図書室で隅っこの席に座りノートを広げて、デイジーは再び空を見上げた。


『君は本当にこれでいいのか?』

白髪交じりの未来の夫が言った言葉が頭の中に響く。


『俺は36才だぞ、君は17才だ。おかしいだろう』

未来の夫の言葉にデイジーは首を横に振って力なく微笑むしかなかった。


だってどうしようもない。

不満など言いようもなかったし、不満らしい不満もなかった。


先ほどバルトークに言った“ラッキーな感じでチャラになった”は本心だ。ラッキーはラッキーだと思う。


卒業後すぐにデイジーは結婚する。

相手は故郷の領主の弟の元軍人で36才。辺境の戦争で敵の捕虜となり解放後、ボロボロの状態で一年前に何とか領地まで帰ってきたのだが、足を引きずり、精神状態も悪かった。


レイリーという名のその人は以前は兄である領主との仲もよかったらしいが、帰還後はすっかり塞ぎ込んでしまい、領主や周囲の人を拒絶した。

伯爵家でもある領主の屋敷に住むのを嫌がり、庭の物置小屋で世捨て人のように暮らしだしてしまったのだ。

そんな弟にせめて人並みな結婚と生活をさせてやりたい、という兄心から今回の結婚は進められた。


進められた話を要約すると、デイジーの実家の借金を肩代わりしてやるから、レイリーと結婚してやってくれ、という訳である。


こう言うと、おいおい、完全に身売りではないかと思われるかもしれないが、領主もデイジーの父もデイジーの意見を聞いてから話を進めてくれたので無理強いされたとかではない。

断りにくい空気ではあったが、強引ではなかった。


(あれは断れないけどね……)

夏の長期休暇で実家に帰ると、悲痛な顔の領主と父に迎えられ相談されたのだ。17才のデイジーが断るのは難しかった。


だが、デイジーがレイリー本人に会ってから決めたいと願うと、ちゃんと本人にも会えた。

その時言われたのが『君は本当にこれでいいのか?』だ。


暗い声で淡々とそう言われて最終的にデイジーは自分の意思でこの結婚を決めた。


レイリーの優しさを感じたからだ。

通常の夫婦のようにはいかないかもしれないが、何とかはなる気がした。


だからラッキーだったのだ。

後悔はしていないし、未来だって暗くはない。


それでもどうしようもないやるせなさは感じてしまう。

自分のこれまでの努力は何だったんだろうな、と思うのだ。必死にくらいついた特待生枠が何の意味もなくなってしまった。

あんなに嬉しかった文官の採用もだ。


城の文官に思い入れがあった訳ではない。それは借金を返すための手段だった。

それでも、新生活に期待はしていたし自分のしてきた努力が活かせることにワクワクもしていた。


そういうのが全てチャラになった。

デイジーが結婚に了承するだけで、あっという間にチャラになった。


領主や父にそのつもりはなくとも、自分の人生がとても軽く扱われたような屈辱は感じた。


王立学園に入るまでと、入ってからの頑張りはなんだったんだろうなー。

一心不乱に勉強したんだけどなー。


なんて空を見上げて思う。


デイジーだって、まだ17才の乙女である。

友人同士で昼休みや放課後に楽しくお喋りしてお洒落なカフェに行ってみたかったし、甘酸っぱい初恋だってしてみたかった。

借金がなければそういうザ・青春みたいな学生生活もあったかもしれないのだ。


(まあ、そういうのが出来る環境だったとして、出来たかは分からないけど)

必死さは違っても性格的に勉強はしただろうし、髪型や着こなしのダサさは変わらないから、どちらにしろキラキラした学生生活ではなかったと思う。


「……だから、別にいいもん」

ぽつりと言い聞かせるように呟く。


『青春時代にちゃんと青春するのは大切だぞ』

呟いてからバルトークの言葉がよみがえった。


『だからデイジー・パットンに告ってデート漬けにして頭ん中リオネルしか考えられなくしようぜ。テスト勉強なんて出来なくなるくらい』

続いて中庭でのヘンドリックの言葉も響く。


「…………あ」

デイジーはあることに気付いた。


告られて、デート漬けにされて、頭の中がリオネル・グランツでいっぱいにされる……。


ひょっとして、それはザ・青春では?

とてもひさしぶりに胸がドキドキしてくる。


嘘告を受ければ、卒業までの半年間たくさんデートができるのでは?

顔は好みな侯爵家三男と。

それは楽しそうだ。


「なんか、役得な気がしてきた……」


それならば楽しんでみてもいいんじゃないだろうか。


結婚は決まっているが、別に不貞行為をする訳ではない。嘘告の嘘の恋人同士をちょっと楽しむだけだ。中庭での嫌そうだった様子から察するにリオネルはキスもしてこないだろう。


(するとしたら、手をつなぐ、くらいだよね?)

想像するとムズムズする。デイジーは右手をそわそわと動かした。


レイリーとの結婚を受けると父と領主に伝えた時、領主は「これは婚約という堅苦しいものとは違う。君の学生生活まで縛る気はない、心変わりは困るが悔いのないように過ごして欲しい」と言い、父は「やっと借金を気にしなくていいんだ、仕送りも増やせると思う。残りの学生生活はしっかり楽しみなさい」と言ってくれてもいる。


「…………」


しばらく考えた後、デイジーは嘘告を受けて青春なるものを楽しんでみることにした。




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