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嘘告されるらしいので、楽しんでみることにした  作者: ユタニ


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16/31

16.シンデレラな夜

本日は2話更新予定です。こちらは1話目。2話目は夜になると思います。


小雨になってきた雨の中、デイジーはヘンドリック・サーマンとサーマン家の馬車の中にいた。

馬車は走ってはおらず通りの端に停められたままである。


デイジーはヘンドリックが貸してくれた大判のタオルでざっと体を拭き、今は肩からそのタオルを羽織っている。片手で眼鏡を押さえ、もう片方の手でタオルを握りしめている状況だ。


「なんで王立劇場から引き返してるんだよ。そのままそこに居ろよ、休憩室で着替えくらい用意してくれるぜ? なのに雨の中飛び出すなんて、きっと今頃めちゃくちゃ心配してるだろ」

びしょ濡れで雨宿りしていた訳をデイジーから聞いたヘンドリックが毒づく。もうデイジーの前で優しく振る舞うのは止めたようだ。


「そ、そうだったんですね」

しまった、とデイジーは後悔した。

それなら今頃セイラは歌劇どころではなくなっているかもしれない。

でもさっきはこれ以上迷惑をかけてはいけない事しか考えられなかったのだ。結果、さらなる迷惑をかけてしまっているようだが。


「これだから田舎者のド平民は……ちっ、あいつ、必死に探してるんだろうな」

ヘンドリックは舌打ちすると、御者席側の窓を薄く開けて御者に何かを命じた。

命じ終わると足を組んで、不機嫌そうに黙り込む。


「…………」

「…………」

車内に気まずい沈黙が流れる。

デイジーは何か話さなくてはと口を開いた。


「サーマンさんは歌劇は見ないんですか?」

「あんま好きじゃねーんだよ。しかも演目は悲恋ものだろ? 俺はいいよ」

「へえ………」


「…………」

「…………」

再び流れる気まずい沈黙。

ヘンドリックがイライラと足を鳴らす。

うん、もう帰ろう、とデイジーは思った。


「雨も上がってきましたし、私はそろそろ帰ります。ちゃんと王立劇場にも寄って伝言を残しますし、タオルは洗濯して」

「あ? このまま帰すと思ってんの?」

デイジーの言葉を遮ったヘンドリックの声は低く、デイジーはびくりと身をすくめた。


「…………」

羽織っているタオルを握る手に力が入る。


男と馬車の中で二人きりなのだという事を意識して、デイジーはちらりと扉に目を走らせた。


ヘンドリックが挑戦的な目で、デイジーの方へ身を乗り出す。


「っ…………」

これ以上近づかれたら、蹴りを入れて逃げようと決意してヘンドリックの一挙手一投足に集中しているとヘンドリックが言った。


「いけ好かない上に可愛くもないけど、びしょ濡れの女の子をそのまま放り出す訳ないだろ。馬鹿にしてんのか?」


「…………」


(なんか間違ったみたいだぞ)

デイジーは一瞬でもヘンドリックに何かされるのでは、と疑ってしまった自分を反省した。自意識過剰だったようだ。

それにしても、“いけ好かない上に可愛くもない”は言わなくてもよかったと思う。


「いろいろ、すみません」

「もうすぐ迎えも来るだろうから大人しくしてろよ」

「迎え?」

デイジーが聞き返した所で、バンッと勢いよく馬車の扉が開く。


「デイジー!」

開いた扉の外には、髪を乱して肩で息をするリオネルがいた。タイは外され、シャツのボタンも上から二つ開けられている。


「グランツさん……」

その様子から自分を探して走り回ってくれたことは明らかだった。

ぐるぐる巻きにして海の底に沈めたはずの気持ちが動く。


「はあぁ……心配したよ。よかった」

デイジーの姿を上から下まで確認した後、リオネルは息を整えながらふにゃりと笑った。


これにときめくな、というのは無理があるだろう。胸がぎゅっと痛いくらいに、デイジーは今までの人生で一番ときめいた。


「ご、ご心配をおかけしました」

「うん。王立劇場に来たんなら、そこから引き返すのは止めてほしかったな。開演ギリギリに戻ったら君がびしょ濡れで来たのに、そのまま帰ったって聞いた時はどうしようかと思った」

「ひえぇ、ごめんなさい」

「反省してね。でも、とにかく無事でよかった」

リオネルが再びへにょりと笑い、デイジーの胸がきゅんと鳴く。


「お手間ばかりかけたようですみません。セイラさん達は?」

「ジェイムスとバンクスさんなら、今頃ゆっくり観劇していると思うよ。君を保護しているってヘンドリックが劇場まで遣いを送ってくれたから、そこから俺だけ来たんだ」

「そうでしたか。グランツさんはせっかくの歌劇を見逃すことになっちゃいましたね。本当にごめんなさい」

「見逃したのはデイジーもでしょ」

「私は自業自得ですし」


「……歌劇見たかった?」

リオネルが窺うように聞いてくる。

「見たかったですけど、びしょびしょのドロドロですし、今日はもう帰ります」

デイジーの返事にリオネルが安心したように笑う。


「よかった。じゃあ行こう」

「ん? よかった? え? 行くとは?」

リオネルはデイジーの腕を引くと馬車から引っ張り出した。 


「うわあっ」

たたらを踏みながら地面に降り立つデイジー。

雨は上がっていた。


「ヘンドリック、ありがとう」

「…………現金な奴。さっさと行けよ」

爽やかに礼を言うリオネルに、ヘンドリックはむすっとしながら答え、追い払うように手を振る。


「サーマンさん、ありがとうございました」

「別に、あんたの為にしたんじゃねえよ」

デイジーのヘンドリックへのお礼はすげなく返されてしまった。


「デイジーはあいつに礼は言わなくていいよ」

リオネルは爽やかなまま怒る、という器用な事をしてからデイジーの手を引いて歩き出した。


さっきまでの惨めで情けない気持ちが消えていく。

デイジーは俯きながら、雨上がりの街をただリオネルに付いて歩いた。




「えっ……と?」

そうしてデイジーが連れて来られたのは高級ブティックの前だった。

ここは以前デートの時に一度だけ、リオネルの用事に付き合ってやって来たことがあるので足を踏み入れたことはあるが、なぜ今ここに連れてこられたのだろう。


「ようこそおいで下さいました、グランツ様」

ドアマンが恭しく迎えてくれて、すぐに従業員によってデイジーとリオネルは応接室へと案内された。


ふっかふかの絨毯が敷かれた応接室。

紅茶を味わいながら、カタログを見れるソファセットに大きな姿見があり、奥には試着室もあるようだ。


「あの、帰るのでは?」

「帰らないよ。まず着替えようか」

リオネルはにっこりすると、案内してくれたブティックの従業員に「突然で申し訳ない。彼女のドレスが出来上がっているはずだから着せてあげて」と小声で指示した。


(ん? ドレス?)

怪訝な顔をするデイジーの顔にリオネルは手を伸ばす。


「あ……」

そっと優しくデイジーの眼鏡が取られた。


「これも直してもらおう。裸眼でも少しは見えるんだよね?」

「二メートルくらいなら見えてます」

「二メートルか、なら大丈夫だね」

甘く優しい笑顔を向けられてデイジーは真っ赤になる。


真っ赤になっている内に、あれよあれよとお針子さんらしき人達に試着室へと引っ張り込まれた。

試着室といっても小さな部屋くらいの広さはある、そこでデイジーはお針子さん達にびしょ濡れの水色のデイドレスをぱぱっと脱がされる。


「こちらは責任をもって汚れを落としておきますね」

お針子さんの一人がそう言って水色のドレスは丁寧にたたまれて持ち去られた。代わりにデイジーの前に広げられたのは夜会へも着ていけるような正真正銘のドレスだった。


(なにこれ)

明らかにシルクで出来ている淡い緑色のドレスにデイジーは目を剥く。


「このドレスは?」

「グランツ様がお連れ様のためにとご注文されていたものですよ」

「以前にこちらにお二人で来られた時に、採寸をさせていただいています。サイズはぴったりのはずですよ」


(採寸……確かにしたけど)

以前立ち寄った時に採寸はしたけれども「ちょっと採寸してみなよ」みたいな軽いノリだったと思う。

ドレスを作るなんて聞いてない。


びっくりするデイジーをよそにするすると淡い緑色のドレスが着せられる。

艷やかなその緑色のドレスは鎖骨は出るけれども、肩と胸元はきちんと隠れていて安心感がある。裾には生地より少し濃い緑色の糸で小鳥とアイビーの刺繍がぐるりと入っていた。


「鳥がいる、かわいい」

デイジーが呟くとお針子さん達がにっこりする。


「髪の毛もやり直しますね」

雨の中走ったのでぐしゃぐしゃになっていた髪がほどかれて、美しく結い上げられた。


「イヤリングもありますよ」

耳には小振りなイヤリングが付けられる。

「あの、これなんか光る石が付いてませんか? 高いやつなんじゃ……」

「そうですか? そう言われると光っている気もしますね」

「照明のせいかもしれませんね」

デイジーの指摘はさらっと流された。


「靴はこちらを」

いつの間にかデイジーの前にはほんの少しだけヒールのある品のいいアイボリーのパンプスまで置かれていた。


「く、靴まであるんですか?」

「こちらの靴もグランツ様がお連れ様にと、ご用意されたものですよ」

「普段はヒールは履かれないとのことですが、これくらいなら歩きやすいと思います」

「少しだけでもかかとがあった方がドレスも映えます。さあ、履いてみてください」

戸惑いまくるデイジーに、微笑ましくてたまらないという顔でお針子さん達が口々に言う。


「は、はい。では」

デイジーはゆっくりとパンプスに足を入れた。

確かにヒールはそんなに気にならなかった。鏡を見ると、ほんの少しスタイルがよくなった自分がいる。


「わあ」

艷やかなドレスに包まれて、髪は少し後れ毛を残して結い上げられている自分はいつもよりキラキラしているように見えた。

耳には物理的にキラキラするイヤリングまで付いている。


「魔法みたい」

そう漏らしたデイジーに、お針子さん達の頰が緩む。


「さあ、グランツ様がお待ちですよ」

そうしてデイジーは試着室から連れ出された。


ソファから立ち上がったリオネルがまじまじとデイジーを見る。


「…………すごく綺麗だ」

しっかりとためを取ってから褒めてくれたが、そんな訳はないとは思う。

いつもよりはキラキラしているが、普通女子の枠内は出ていない。

デイジーは恥ずかしくて蒸発しそうだ。


蒸発しそうになりながらリオネルを見ると、リオネルもデイジーがドレスを着替えている間に身なりを整えていた。

乱れていた髪はきちんとセットされ、タイも結び直されている。デートの時の気軽な装いとは違ってやたらと格好いい。


「ほら、仕上げだよ」

やたら格好いいリオネルがデイジーの顔に標準装備の眼鏡をかけてくれた。

蝶番が直されていて、眼鏡はきちんとデイジーの顔に納まった。




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