13.テスト前、サロンにて
(どうしてこうなったんだろうなあ……)
その日の放課後、デイジーは特権的で閉鎖的なクラブの真っ白なサロンで困惑していた。
学年末テストまで一ヶ月となり、デイジーは一人で粛々と図書室で勉強していたはずだ。
それがなぜ、こんなことになったのか。
デイジーは思い返してみる。
まず、今日の放課後は図書室にユーリを誘おうかとも思ったのだが、今のユーリはテストどころではなさそうなので結局声はかけなかった。
ユーリは実家が王都に新しくオープンさせる直営店の準備で少し前より忙しくしている。
卒業後はそこで働く予定でもあるらしく「もうテストはどうでもええねん。それより仕入れ予定やった商品が届かへんことのんが大事やねん」とあちこち走り回っている。
だから声をかけるのは止めて、一人で図書室にやって来た。
久しぶりの一人ぼっちは少々寂しいが、勉強は最後は結局、己との戦いである。
そして卒業後に実家に帰って結婚するデイジーは、これが最後のテスト勉強である。成績上位が難しいとはいえ、悔いのないようにはしておきたい。
こうなったら燃え尽きるまでやってやんよお! と気合いを入れて久しぶりにガリガリやっていたら、いつぞやに意地悪された侯爵令嬢達に声をかけられたのだ。
「サロンで一緒に勉強しましょう」と。
誘ってきた様子は明らかにデイジーを邪魔したいようだったので断ろうとしたのだが、ここでデイジーはふと、リオネルに会えるかな、と考えてしまった。
リオネルとは少し前から互いに勉強に集中しようとなったので、もう十日ほど会っていない。
久しぶりに顔だけでも見たいな、なんて思ったデイジーは、のこのことサロンまで来てしまう。
そして結果。
リオネルはいなかった。サロンで勉強するタイプではないらしい。
(だよねー、いないから誘ったんだよね)
とほほなデイジー。
侯爵令嬢達は「皆さん、パットンさんがこちらで勉強したいんですって、せっかくだからご一緒しましょうね」とにこやかにデイジーを紹介した後、例のごとく隅の席にデイジーを座らせて自分達はさっさと離れていった。
(そうだった。チラつかされてもないのに、勝手にグランツさんに食いついて来ちゃったんだった)
回想が終わり、デイジーはぺちりと額を叩く。
周囲のクラブメンバーの生徒達は、突然現れた異質なデイジーをちらちらと見てくるが近寄ってはこない。
慣れない場所で慣れない人達に囲まれ、居心地は非常に悪い。
デイジーはかちゃりと眼鏡を正して気を取り直した。
(いいもん。ちょっと居心地は悪いけど集中してしまえばどこでも同じだもん)
心の中でぶつくさ言いながらデイジーはサロンを見回す。
この間の食事会の時とは打って変わって、サロンは勉強する仕様に様変わりしていた。マホガニーのどっしりと落ち着いたテーブルが幾つか並べられ、壁際には参考図書が入った本棚が出現している。
デイジーが座るのは部屋の隅のテーブルの一番端の席だ。
デイジーと反対側の隅には自由に飲める紅茶と軽食まで準備してあった。
(ふん、最後に紅茶飲んでいこう)
そう決めて、再びガリガリモードに入ろうとするデイジー。
「……あの」
そこに遠慮がちな可愛い声がかかった。
顔を上げると、サロンでの食事会で会った二年生のセイラ・バンクスだ。ノートと教科書と筆箱を胸の前で抱えていて、慌ててやって来たのかほんの少し息が荒い。
「バンクスさん」
「はい。ご、ごごご一緒してもいいですか? 厚かましくて恐縮なんですが錬金術で分からない所があって、ご教示いただけたらな、なんて浅はかな思いもあってですね」
顔を真っ赤にして、小声で早口な可愛い眼鏡少女。
デイジーの頰はゆるむ。
「もちろんです。錬金術は私も苦手なので教えられるかは分かりませんが、一緒に考えてみましょう」
デイジーの返事にセイラは顔を輝かせる。
「ありがとうございます。私のことはセイラと呼んでください」
「分かりました、セイラさん。では、私のことはデイジーと」
「はい、デイジー先輩」
という訳で、この日のデイジーはセイラと勉学に励んだ。
そして別れ際、デイジーは翌日もサロンでセイラと一緒に勉強することになる。
翌日、デイジーは自分が二年の時に使っていたノートを持参して、本格的にセイラのテスト勉強を見てあげた。
これに他の二年生達が興味を示してじんわりと下級生が寄ってくる。
セイラと一緒に錬金術の解き方の説明をふんふんと聞き出す子に、「あのう、暗記物の覚えやすい語呂ってあります?」と手っ取り早く点を取る方法を聞いてくる子もいる。
デイジーはもちろんオリジナルの語呂を教えてあげた。
「分かりやすいです」「この語呂、広めていいですか?」「明日もサロンに来ますよね?」
そうしてデイジーは連日サロンで勉強することになる。
一週間後、サロンでの勉強会に慣れてきたデイジーに「もしかして、錬金術の出題予想なんてしてたりします?」という質問が下級生の一人から飛び出す。
「過去問の統計を取って、出やすい問題や教授の癖みたいなものを探ったことはあります。でも、それだけにかけちゃうと外れた時にダメージが大きいんですよね」
「それ! その問題と癖を教えて欲しいです!」
「いいけど……地道にするのが一番ですよ?」
デイジーの言葉にセイラがうんうんと頷いて同意を示す。
ガリ勉同士、意見が合うのだ。
「時間がないんですう。外れても文句なんて言いません」
泣きつく下級生にデイジーは錬金術の教授が好きな問題を教えてあげた。
ふと視線を感じたのでそちらを向くと、意地悪してきた侯爵令嬢が気まずそうにデイジーを見ている。
「四年の範囲でも統計は取ってみました。外れてもいいならお伝えしましょうか?」
そろりと聞いてみると、侯爵令嬢はそっぽを向いて「は、外れてもよろしくてよ」と言ったので、デイジーは笑いながら教えてあげた。
「でも、結局は地道に全部やるのが一番いいですよ」
「それが出来たら苦労しないわよ、ガリ勉眼鏡とは違うの…………今のは、失言だったわ」
「気にしてません」
「ふん!」
という訳でいつの間にか同学年の高位貴族達とも一緒に勉強しだす。
テストまで一週間を切る頃にはデイジーはクリケットクラブのサロンにすっかり馴染んでいた。
❋❋❋
テスト開始の二日前。
たまには息抜きをと、デイジーはセイラと一緒にサロンの片隅でお茶にしていた。
「学年末テストが終わったら、一週間後には卒業式ですね。寂しいです」
眉を下げて、可愛い眼鏡女子がそんな事を言ってくれる。
ニヤけるデイジー。
「またどこかで会えますよ」
「そうですよね! あ、卒業後の進路って決まってますか?」
「えっ、進路……あー」
「ごめんなさい。不躾でした。この時期は繊細な時期ですよね」
言い淀んだデイジーにセイラは慌てて手を振って話題を変えた。
「テストが終わった翌日、お昼からクリケットクラブで王立劇場に歌劇を観に行くんですよ。デイジー先輩も行きませんか?」
名案だというようにセイラは目を輝かせる。
テスト翌日は朝のホームルームと進路相談だけで、授業はなく生徒達は昼前には帰れる。
テストも終わったしという事で外に遊びに出る学生は多い。
「いえ、私はクラブメンバーではありませんし」
「席は余分に取ってあるんでありますよ。来ない方もいるので毎年余っちゃうんです」
「でも、さすがにそれは図々し過ぎますよ」
歌劇か、いいなあ、とは思うが、王立劇場の歌劇のチケットなんて庶民には手の出ないものだ。それに参加するのは気が引ける。
残念そうにするセイラに更に断りを入れていると、ふっと影が差した。見上げると件の侯爵令嬢が立っていた。
「歌劇はお昼の部なのよ。平日のお昼に余りがちな座席をクラブで一括で買う事でお値段は融通がきいているから、遠慮なさらなくて結構よ」
つんとしながらデイジーの気にしていた事を説明してくれた。
どうやら誘ってくれているらしい。
「いや、あの」
「これだけクラブのメンバーがお世話になったのに、なんのお礼もしないなんてこちらの面子も立ちません」
「でも、王立劇場ならお昼でもドレスコードはありますよね、ドレスは持ってなくて、だからお気持ちだけで」
「私ので良ければ貸します!」
セイラがぴょこんと手を上げる。
「ええぇ……でも、でも、グランツさんが嫌がるかもですし」
デイジーがそう言うと、侯爵令嬢はぴくりと眉をあげた。
「何を言っているの? そんな訳ないでしょう。お馬鹿さんなの? こうなったら絶対に参加なさい。リオネルには私から伝えておきます」
強引な様子は相変わらずだ。
「ええぇ……」
という訳で、デイジーはテスト終わりの翌日のクリケットクラブの歌劇鑑賞にも参加することになった。
そして学年末テストが始まった。
デイジーは五日間のテストをこなし、手応えとしてはまずまずで最後のテストを終えた。
あと10話くらいかな、と書いたせいでしょうか。たくさんの熱い感想をありがとうございます。
デイジーに親身になってくれる人やリオネルに優しい人がいて嬉しいです。
そしてまだ登場してないのに、レイリーを推してくれる人がけっこう居てこれもなんか嬉しい。
レイリーは悪者にはしたくなくて、でもいい人なのかはまだ謎……な感じを出したくて最初から気を遣って書いてる人物です。もうすぐ登場です。ご期待に添えればいいな。
こちらの結末は、嘘告を楽しむ話を書こう、となった時から決めていまして、今はそちらに向けてガリガリ書いています。結末はともかく、納得出来るような過程を書かなくては、と思っています。出来るかな汗




