11.タコさんウインナーの変(主犯:バルトーク)
「この食事会はさ、小さな商談の場でもあるんだよ。持ち寄り品は各々の領地の特産品の料理で、新商品なんかはここで反応を見たりするんだ」
ジェイムスが教えてくれて、デイジーはこの食事会の本当の意味を知った。
どうやら自分は完全にいいように遊ばれたらしい。
(ふん、別にいいもん。ご飯は美味しいもん)
流石にぷりぷりしながらも、カプレーゼをそれなりに優雅に口に運ぶデイジー。
「ほんとだ、綺麗に食べるね」
デイジーの食事の様子にジェイムスは感心したように言った。
「え?」
「パットンさんの所作はわりと綺麗だってリオネルが言ってたんだよ。嬉しそうに」
ジェイムスが意味ありげに目を細める。
「ほえっ」
デイジーは奇声をあげた。
(う、ううう嘘告のくせに、彼女自慢みたいな事までしてるじゃん。芸が細いんだよ!)
突っ込みながらもニヤつくのが止められない。
ジェイムスとセイラがにこにこしながら自分を見ていて、恥ずかしい。
ジェイムスはともかく、セイラは嘘告である事を知らない様子だ。その目は純粋に彼氏に自慢されて照れている彼女を見る目である。
「べっ、勉強方法で聞きたいことがあるんですよね! 何でもどうぞ!」
デイジーは真っ赤になりながら話を逸らした。
そうして、セイラとジェイムスと和やかにお昼を食べていると、今度はよく聞き慣れた声が響く。
「あれっ、デイジーじゃん!」
顔を巡らすと、サロンの入り口でバルトークがぶんぶんと手を振っていた。
「リオネル、デイジーも来てるぜ」
嬉しそうなバルトークの横にはリオネルもいた。
「あ……」
デイジーはリオネルが眉を寄せたのが分かった。リオネルは不機嫌そうに周囲を見回すとデイジーを誘った女子達の元へと行く。
何やら抗議しているようだ。
(しまったなあ)
やっぱりデイジーがサロンに来るのは嫌だったみたいだ。申し訳ないことをしてしまった。
しょんぼりしているとバルトークがやって来た。
「何だよデイジー、来るなら言えよ」
「昨日、急に誘ってもらったんだ。持ち寄りの食事会らしいね」
「えっ、これ持ち寄りなのか? ふあー、俺、業者が来てるんだと思ってたよ」
すげーなあ、手作りかよー、と心の底から感心しているバルトーク。何だかほっこりする。
「バルトークはサロンにはよく来るの?」
場馴れしている様子にそう聞くと、バルトークは「ああ」と笑う。
「ここでしかリアたんと喋れないしな」
「リアたん……?」
リアたん、とは誰だろう、と考えるデイジーの横でバルトークはデイジーの背もたれの紙袋を持ち上げた。
「これがデイジーの作ってきた分? 何作ったの?」
「ひゃあっ、何してんの!」
大慌てで止めようとしたが、手遅れだった。
バルトークはあっさりと紙袋から弁当箱を出して、ぱかりと開ける。
まろびでるタコさん達。心なしかその目は「よくも抹殺しようとしてくれたな」と恨めしそうだ。
「あっ、タコさんウインナーだ! いやあ、こういうのいいよな! 弁当のおかずって感じだな。俺の母ちゃんもよくタコさんにしてくれたなあ」
とても嬉しそうなバルトークによってタコさん達が陽の目を見てしまった。
(うおおおぉ、何してくれてんねん。バルトークウゥゥ)
デイジーはだらだら汗をかきながら見守るしかない。混乱の極みでちょっと訛る。
「ピックも可愛いやつじゃん、女子っぽいなー」
デイジーの思いは知らずにはしゃぐバルトーク。
因みにカラフルなピックは朝のお弁当組女子達が分けてくれたものだ。
バルトークはさっさとタコさんをピックに刺すと、ジェイムスとセイラに配った。
「どうぞ、デイジーのタコさんウインナーだぜ」
(ひえええぇ、勝手に配らないで)
デイジーの汗の量が増える。
ジェイムスとセイラは渡されたタコ達を見てきょとんとしていた。当たり前だ、ただのタコさんウインナーなのだ。特産品でも何でもない。
でも、汗びっしょりのデイジーを見てジェイムスはいろいろ察したらしい。
にっこり笑うと「こういうの初めて見たよ。なるほど、タコになってるね」と優しくフォローしてくれた。
優しさが沁みる。
バルトークはというと、ジェイムスとセイラに配った後は自分もタコさんを取って早速食べている。
「うまっ、美味しいよ、デイジー」
一片の曇りもない笑顔で褒めてくれるバルトーク。
「うん、そりゃ、ウインナー焼いただけだもん。美味しいに決まってるよ」
デイジーは投げやりに返した。この場合は味を褒められても嬉しくはない。
「そうだけどさ、タコさんだと美味しさが増すだろ」
バルトークは爽やかに言い切って「なあ」とジェイムスに同意まで求めている。
「そうだね」と頷いてくれるジェイムス。
(早くしまいたい、もう今すぐにタコさん達と帰りたい)
居た堪れなさが増して、身を小さくしたデイジーはそこで背後から殺気を感じた。
(えっ、殺気?)
驚いて振り向くと、笑顔のリオネルだった。
殺気がしたような気がしたけど、気のせいだったのだろうか。
「ひどいな。デイジーの手料理なら俺が一番に食べたかったな」
笑顔のリオネルが少し圧のある声で言う。
「いや、手料理というほどのものでは、や、焼いただけで」
もごもごするデイジーには構わずにバルトークはリオネルにもタコさんを渡した。
「どうした? なんか怒ってるか。ほらタコさん」
「ありがとう」
「えっ、なあリオネル、なんか俺に怒ってるよな?」
「怒ってないよ」
「そうか?」
「バルトーク、私が勝手にここに来たから怒ってるんだと思うよ。ごめんなさい、グランツさん」
バルトークが怒っていると言うからには、やはりリオネルは不機嫌なのだ。デイジーは小さな声で謝った。
「デイジー、違うよ。君には怒ってない。これは……ごめん、全然別のことで苛ついてただけだ」
謝ったデイジーにリオネルは困ったように笑った。
「そうでしたか」
「うん。それよりこのタコさん可愛いね」
そう言ってリオネルはタコさんをぱくりと食べる。
もぐもぐしてから恥ずかしそうに「美味しいよ」と言ってくれた。
さっきのバルトークの“美味しい”は全然嬉しくなかったのに、今回はデイジーの心臓が跳ねる。
顔が真っ赤になるのが分かった。
「その、はい、よかった、です」
「もしかして、こっちはカニさん?」
「カニさんは二匹だけいます。あと子ダコさんが四匹」
「ほんとだ、可愛い」
照れながら会話する二人の横で、ジェイムスがセイラに「ほらセイラ、子ダコさん」とか言いながら子ダコさんを渡している。
セイラは「小さい。でもこっちもちゃんと目があるんですね」と呟きながら食べて「美味しいですね」とジェイムスに微笑む。
少し前まで存在を抹殺されそうになっていたタコさん達は嬉しそうだ。
(なんか、とりあえず丸く収まった)
デイジーの汗が引いていく。
早朝から作った苦労が報われて嬉しい。やれやれと思っていると、バルトークが誰かを呼んだ。
「いた! リアたん! リアたーーん」
サロン内に響き渡る大声である。
リアたんってさっきも言ってたな、一体誰なんだろうと、思っているとデイジー達の方へ一人の女子生徒が早歩きでやって来た。
美人だがキツい顔立ちで、髪は金髪の縦ロール。口紅と髪を結うリボンは真っ赤だ。
(…………あ)
やって来たのはデイジーの知っている女子だった。
フリージア・サンディ伯爵令嬢。
バルトークに嘘告した(と思われる)女子生徒で、バルトークがひと目で恋に落ちた相手でもある。
(なるほど、フリージアのリアたんなんだ)
デイジーは“リアたん”が解決してすっきりする。
それにしても“リアたん”呼びは恥ずかしいんじゃないだろうか、とフリージアを見ると、フリージアは顔を赤くしてぷるぷる震えながら怒っていた。
「バルトークさん、その呼び方は止めてくださいと言いました」
「リアたん、違うだろ?」
「えっ」
「バルたん、だろ」
でれっと笑うバルトーク。
ちょっと気持ち悪い。
「なっ、よ、呼びません!」
「こないだサロンではそう呼ぶって約束してくれたじゃんか」
「あれはっ、だから、ついというか」
「ほら、恥ずかしがらないで、呼んでみ?」
「…………っ」
「ほら、リアたん」
「…………」
「はい、せーの」
「…………バ、バルたん」
小さな小さな声でフリージアが呼ぶ。約束は守るタイプらしい。
その顔は耳まで真っ赤だ。
(これは、可愛いかも)
キツい美人が真っ赤でぷるぷるしているのは可愛い。まじまじと眺めてしまうデイジー。
怒っている様子も、許せなくて激怒しているというより虚勢を張って怒っている感じで、なんだかいじらしい。
バルトークが惚れたのも分かる気がする。
「はあ、かわいいいぃ。リアたんもタコさんウインナー食う? デイジーが作ったんだぜ。よし、特別にカニさんな、二匹しかいないんだ」
でれでれになったバルトークはカニさんをピックで刺すと、それをそのままフリージアの深紅の口紅が塗られた唇へと近づけた。
そして言った。
「はい、あーん」
「「「「…………」」」」
絶句する一同に固まるフリージア。
「リアたん、あーん」
「じ、自分で食べられます」
「でもせっかくだからさ、あーん」
「…………」
「ほら、可愛いお口、あーけーてー」
でれっでれのバルトークである。
物凄く楽しそうだ。
デイジーは、自分の嘘告の楽しみ方はまだまだ足りなかっただろうかと思い、いやいや、名前の“たん”付けに、あーん、はないよ、とその思いを振り払った。
「ほら、ちゅっちゅっ、あーけーて」
「っ…………」
ついにバルトークがカニさんでフリージアの唇にキスをしだしたので、フリージアは観念して深紅の唇を小さく開けてカニさんを食べた。
薄い形のいい小さな口がそうっと開くのは妙に色っぽくて、デイジーはドキドキする。
もぐもぐごくん。
「…………美味しかったですわ、ごちそうさま」
金髪縦ロール女子は涙目でデイジーにそう言ってくれた。
ちゃんとお礼が言えるいい子だ。
怒りながらも“リアたん”呼びを許し、あーんもしていたフリージア。
もしかしたらバルトークの恋は成就するのかな、とデイジーは思った。
その後、一体どういうスイッチが入ったのか、デイジーはリオネルにタコさんウインナーを六匹ほど、あーん、で食べさせられることになり、非常に恥ずかしかった。




