10.どこが手料理やねーーん
ここは本当に学び舎なのか? というような豪華な白いクリケットクラブサロンの扉が開く。カチャリ、と開いた扉の向こうには眩しい空間が広がっていた。
まず、物理的に眩しい。南側の窓は足元から天井までのテラスになっていて燦々と陽光が降り注いでいる。
床や壁は白とアイボリーの大理石で出来ているので部屋全体が光っているようだ。部屋の中の家具や調度品も白で統一されていて輝く室内となっている。
「あら、パットンさん。いらっしゃい。お待ちしていたのよ」
昨日声をかけてきた侯爵令嬢が微笑みながらデイジーを中へと誘導した。
そこには真っ白なテーブルクロスがかけられた大小様々なテーブルが並び、壁際にはホテルのビッフェのような料理コーナーが設けられていた。
長机に色鮮やかなテリーヌが鎮座し、見るからに新鮮なトマトとチーズのカプレーゼや、熱々のポットパイも並ぶ。
どうやら目の前で肉を焼いてくれるらしいシェフがスタンバイした鉄板が置かれた机もある。
料理コーナーの端はデザートエリアになっていて、美しくデコレーションされたケーキに、小さなグラスに入ったミニパフェまであった。
「こっ……」
(これのどこが手料理やねーーーーん!)
思わず心の中で、西方の訛りで突っ込むデイジー。
「お抱えのシェフ達の自慢の一品なのよ」
上品な笑顔で説明してくれる侯爵令嬢。
(手料理って、シェフの手料理かーーーーい!)
再び突っ込むデイジー。
「パットンさんの、持ち寄りのお食事は後で届くのかしら?」
くすり、と嫌な笑みを浮かべて侯爵令嬢が聞いてくる。
その視線がデイジーの持つ紙袋に注がれて、デイジーは紙袋を後ろに隠した。
「あっ、いえ、あの、ご、ごめんなさい。今日は何も持ってこれなくて」
こんなホテルブッフェ会場でタコさんウインナーなんて出せる訳がない。デイジーはタコさん達に詫びつつ、その存在を抹消した。
「あらあら、今日は、持ってこれなかったのね。お誘いが急だったのですもの、仕方ないわ」
“今日は”の“は”を強調する侯爵令嬢。言外に今日もだろうと言ってきているし、絶対にデイジーの紙袋の中身が手料理であることは分かっている。
(うっわ、感じ悪い……)
ちょっとげんなりするデイジー。来たのは間違いだったかもしれない。こんな事なら教室で皆でタコさんウインナーを食べればよかった。
今からでもお暇しようかな、と思ったデイジーだが侯爵令嬢はデイジーの手をそっと取ると隅の小さなテーブルへと案内した。
「気にせずゆっくりしていらして。持ち寄りがなくてもクリケットクラブはパットンさんを歓迎するわ、さ、座って」
有無を言わさずに座らされたのは部屋の一番奥の目立たない場所だ。
デイジーが座ると「じゃあ、ごゆっくり」とご令嬢は言い、きらびやかな女子達の元へと去っていった。
そしてとっても楽しそうに、うふふ、あははとお喋りを始める。
デイジーの事はガン無視である。
(これは…………意地悪だ)
深く納得するデイジー。嫌な気分になる。
でもまあ辛くはない。
最近でこそ、お昼はユーリや他の女子達と食べたりもするが、これまでの三年半はずっと一人ぼっちだったのでこういうのは慣れている。
デイジーは紙袋をお尻と椅子の背もたれの間にそっと置いた。
タコさん達は夜に寮でユーリと、作るのを手伝ってくれた子達と食べよう。そしてその時にサロンの様子と料理について話してあげよう。
キョロキョロと辺りを見回すと確かに白いグランドピアノがあり、天井からはシャンデリアが五つぶら下がっている。
噂は本当だったのだ。後で浴室があるかも確認しよう。
ふむふむと満足して、じゃあ料理でも取りに行こうかと立ち上がりかけると、ウェイターみたいな人がすすすっと寄ってきた。
「お食事をお取りしてきましょうか、レディ」
お抱えのウェイターまでいるクリケットクラブのサロン。
すごい。
「あ、はい。よく分からないので適当にお願いできますか?」
「かしこまりました」
ウェイターは感じの良い笑顔で答えると滑るように食事を取りに行き、手品みたいにデイジーの前に料理を広げてくれた。
「わあ、ありがとうございます」
「いえ、何かありましたらお申し付けください」
すっと気配を消すウェイター。
すごい。
ウェイターの気持ちの良い対応のおかげで、意地悪を受けているという嫌な気持ちが薄らいでいく。
きらびやかな女子達からは時々哀れみの視線が飛んでくるが、気にしてたまるか、と思う。
大丈夫、デイジーはリオネルの告白が嘘だと知っているのだ。楽しんでいるのはこちらもだ。
だから女子達の哀れみなんて全然平気だ。
何度も言うが、デイジーは傷つくつもりはないのだ。
(今日の晩、ユーリに愚痴ろう)
そうすればきっとあの美少女は烈火のごとく怒ってくれるだろう。『あいつら、ケツの穴から手え突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろかあ!』みたいな感じで激怒するに違いない。
デイジーは脳内の怒れるユーリにニヤニヤしながら、食事に手を付けようとした。
その時「こんにちは、パットンさん」と声がかかる。
顔を上げるとヘンドリック・サーマン伯爵令息だった。
(げっ)
ヘンドリックはリオネルに嘘告を焚き付けた人物である。
ずっと優しい青年だと思っていたのに、中庭での言動は最低だった奴だ。
「しょ、招待されまして、お邪魔してます」
“げっ”となった気持ちがバレないようにデイジーはすぐに挨拶した。
「ああ、聞いたよ。なんかごめんね。居心地悪いよね?」
何やら優しげであるが裏の顔を知っているので返す笑顔は引きつってしまう。
「そうでもないです。ウェイターさんにも良くしてもらいましたし」
「そう? ならよかった」
にっこりするヘンドリック。
やっぱり優しそうだ。
中庭の様子は何かの間違いだったのかなー、なんて油断しているとヘンドリックは身を屈めてデイジーの耳元で囁いてきた。
「ねえ、リオネルとどこまでいってる? あいつ教えてくれなくてさ、キスとかした?」
「へっ? どっ」
不意打ちの囁きに、かああっとデイジーの顔は真っ赤になった。
そして聞かれたことには混乱する。
(どこまでって何が?)
キス?
キス??
何を言い出すんだいきなり。
(え? キス?)
デイジーの動揺にヘンドリックがくすっと笑ったのが分かる。
「教えてよ。あいつわりと手は早いだろ?」
「はやっ……」
ハクハクとデイジーの口は開いたり閉まったりした。ガリ勉ダサ眼鏡なのだ、こういう話の免疫はゼロだ。しかも男からされるなんて勘弁してほしい。
「ね、もしかして、もうさ」
いやいやいや!
(何を言うの!?)
(そういうの無理だよ!)
(止めてよ!?)
パニックで目尻に涙が滲んできた所で、助け舟は予想外の所からやって来た。
「ヘンドリック」
冷たい男の声がした。
デイジーががばっと振り向くと、テーブルの側に来ていたのはジェイムス・シーン子爵令息だった。
「何だよ、ジェイムス」
「パットンさんが困ってる。リオネルに見られたら今度こそ絶交されるぞ」
いつもの甘い様子からは想像出来ない、硬くて冷たい口調でジェイムスが言う。
「……ちっ、分かったよ」
ヘンドリックは面白くなさそうに去っていった。
ほうっと息を吐くデイジー。
「大丈夫? あいつ、パットンさんにリオネル取られたみたいで妬いてるんだよ。とてつもなく幼稚でごめんね」
甘い声に戻ったジェイムスが微笑む。
(取る? 妬いてる?)
そのフレーズの意味はよく分からない。ヘンドリックもジェイムスもこれが嘘告だと知っているはずなのだ。
それとも、これは嘘告を本物っぽくする茶番なのだろうか。
(そんな手の込んだことするかな?)
よく分からないが、助けてもらった礼は言わねば。デイジーは目尻の涙をごしごし拭った。
「石も返したし、もう嘘じゃなくなってるもんなあ」
ここでジェイムスが口の中でぽそりと呟くが、それはデイジーには聞こえなかった。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「お礼ならセイラに言ってあげて、パットンさんが絡まれそうだって教えてくれたのは彼女だから」
「セイラさん?」
どこかで聞いたような名前だと思いながら聞き返すと、ジェイムスが「ほら、挨拶しなよ」とその後ろに隠れるようにしていた小柄な女子生徒を押し出してきた。
「セイラ・バンクス。二年生なんだ。僕の婚約者」
紹介されたセイラが顔を真っ赤にしている。
焦げ茶色の前髪をきっちりと揃え、デイジーと同じく眼鏡をかけた真面目で大人しそうな女の子だ。
ただ、デイジーがダサ眼鏡女子なのに対し、セイラはイケてる眼鏡女子である。眼鏡がちゃんとチャームポイントになっている可愛い女の子だ。
「セイラ・バンクス……って、ああっ、二年生の前期テスト一位!」
デイジーが思わず叫ぶとセイラはますます真っ赤になった。
「そうだよ。そしてパットンさんに憧れているんだよ」
「えっ」
「ね、セイラ」
「は、はい。パットン先輩は一年からずっとテスト上位三位内をキープされてますよね。すごいことです。尊敬してます」
セイラはデイジーと目を合わせずに早口で答えた。
(か、かわいい)
萌えるデイジー。
それにセイラからはどことなくガリ勉の匂いがして親近感も湧く。ダサいと可愛いの違いはあるが。
「という訳でさ、一緒のテーブルいいかな? セイラが勉強方法について聞きたいって」
ジェイムスの申し出にデイジーは一も二もなく頷いた。




