1.嘘告されるらしい
「リオネルー、一生のお願い。デイジー・パットンに告白してくれよ」
放課後に図書室へ向かうため中庭を横切ろうとしていたところ、突然聞こえてきた自分の名前。
デイジーは身を固くして繁みに身を隠した。
デイジー・パットンとはデイジーの名前である。
デイジーは平民であるのでパットンは家名ではなく、出身地の村の名前だ。パットン村のデイジーという意味だ。
「は? 告白? なんで俺が? デイジー・パットンって平民の特待生だろ?」
不機嫌そうな声が響く。
デイジーがそうっと繁みから覗くと、自分と同じ王立学園の最終学年である四年の男子生徒達が五人、ベンチで寛いでいた。
不機嫌な声をあげたのは金髪の冷たい美形の男子生徒でリオネル・グランツ。グランツ侯爵家の三男だ。
そのリオネルの前で拝むような体勢を取っているのは、柔らかそうな茶髪の甘い顔立ちの生徒でこちらはヘンドリック・サーマン。サーマン伯爵家の次男である。
その他、周囲を取り巻くのは子爵家嫡男に伯爵家四男、そして伯爵家嫡男。
(わお、豪華メンバー)
デイジーは心の中で口笛を吹いた。
王立学園四年の男子生徒の中でも、爵位に顔に成績に、全て上位に食い込むメンツが揃っていた。
そんな華やかな面々の談笑の中にデイジーの名前が出てきている。
デイジーは授業料免除の特待生枠でこの学園に通う、平民の眼鏡の地味女子だ。特待生なのでテストは常に上位三位内にいる。とにかく成績だけはいいが、ずっと勉強ばかりだったので愛想はなく、友人もほとんどいない。茶髪に茶目の普通の外見だが、髪型や制服の着こなしがダサいのでイケてない雰囲気が漂っているような女子なのだ。
(なぜ私? しかも告白?)
デイジーは再び身を潜めて耳を澄ませた。
「告白っていっても嘘告な。嘘の告白。学年末の最終テストの男女の上位三名ずつでさあ、卒業パーティーでダンスするだろ? そこにあんなド平民が出てきたら嫌じゃん。俺なんて前回二位だからパートナーになる可能性もあるんだよ。だからデイジー・パットンを上位三位から落としたい。告ってデート漬けにして頭ん中リオネルしか考えられなくしようぜ。テスト勉強なんて出来なくなるくらい」
かるーい調子でヘンドリックが言う。
(……あの人、まあまあの最低野郎だったんだ。知らなかった)
デイジーは何度かヘンドリックと話したことがある。
気さくな甘いマスクのヘンドリックはいつも優しく「パットンさんはいつも努力してて凄いね」なんて言ってくれていたのにびっくりだ。
「くだらないな。なんで俺がそんな役しなくちゃいけないんだよ」
「デイジー・パットンはリオネルの顔が好きらしいから」
(ひょおっ)
いきなりのぶっちゃけにデイジーは赤面した。
それは真実である。つい先日、貴族の令嬢達に囲まれてニヤニヤしながら男の趣味についていろいろ聞かれて喋ってもいる。
その時、リオネル・グランツの顔が好きだと言ったと思うし、実際にまあ好きな顔でもある。
「は?」
心底嫌そうなリオネル。
なんかごめんなさいね、とデイジーは思う。
でも好きなのは顔だけなんだし、そんなに気持ち悪そうにしないで欲しい。顔くらいいいじゃん。
「なっ、だからお願いー」
かるーいままのヘンドリックが喰い下がる。
「嫌に決まってるだろ? 俺には何の得もない」
「損もないだろぉ」
「俺の時間が損だ」
「そんなあ」
「リオネル、そんなに冷たくするなよ。僕はちょっと興味あるなあ」
リオネルとヘンドリックの言い合いにのんびり入ってきたのはジェイムス・シーン。シーン子爵家嫡男だ。
「ああいうガリ勉まっしぐらな女の子が、頬を染めるのは可愛いと思うよ」
甘ったるい声だ。
「ならお前が告白しろよ、ジェイムス」
「僕は婚約者がいるからダメ。リオネルは婚約者も意中の子もいないじゃん。それに僕は好きでもない子に告白とか可哀想で出来ないしね」
「お前なあ」
イラッとしたリオネルをヘンドリックが慌てて止めた。
「はいはい! 喧嘩は止めようぜ。リオネル、なら取っておきを出そう」
ヘンドリックはそう言うと、じゃーんと掛け声付きでポケットから拳大の黒光りする石を取り出した。
リオネルの目が見開かれる。
「おいっ、それ腐黒石か!?」
(ええっ! 腐黒石!?)
デイジーも思わず身を乗り出した。
腐黒石は貴重な鉱石で滅多に手に入らない石だ。特殊な緩衝作用があり薬草学や錬金術の分野では非常に重宝される。
(あんな大きな塊……欲しい)
デイジーはごくんと唾を飲み込んだ。
デイジーは薬草学も錬金術も特に好きという訳ではないが、それでも欲しいとは思う。
そして、デイジーは知っている。リオネルのグランツ侯爵家は薬師が起源の家門で、薬草学に異常な執着を見せているのだ。
リオネルも然りで、デイジーは図書室で勉強している時に薬草学の禁帯出本を読む彼を何度も見かけている。
きっとデイジーの何倍も腐黒石が欲しいに違いない。
「おい、ヘンドリック、見せろ!」
リオネルが立ち上がってヘンドリックに詰め寄る。
ヘンドリックはさっと石を背後に隠した。
「なあ、デイジー・パットンに告白するか?」
「……まず見せろ」
低く唸るようにリオネルが言ってヘンドリックは石を差し出す。
「…………本物だな」
リオネルはそう呟くとさっと腐黒石をその手に収めた。
「交渉成立ってことでいーい?」
相変わらず、かるーいヘンドリック。
「ああ」
「ついでに卒業パーティーでダンスもしてあげてから盛大に振ってよ」
「は? テストで三位内に入らなければ終わりでいいだろ?」
「いや、地味に別れられても面白くないじゃん。あ、マジで惚れたとかなったらさすがに振らなくてもいいぜ」
「惚れる訳ないだろ?」
「なら卒業パーティーで振ろうぜ」
「…………趣味わりい」
忌々しげにリオネルは返したが、それ以上の反論はしなかった。
デイジーは回れ右をして引き返す。
どうやら自分はこれから、顔は好みの侯爵家三男に嘘告されるらしい。
お読みいただきありがとうございます。
勢いで書き出したもので、なんとまだ2話しか書けてないです。せっかくの連休だしと投稿してしまった。
いける限り毎日更新しようと思っています。
よろしくお願いします。




