第8話 脱獄囚との戦闘
――数十分前――
「軍人さん、大丈夫かな」
じゃんけんに負けた十兵衛と彩希は脱獄囚を探しに街に出てきた。
こちらの情報がすでに出回っている、そうなると百鬼兄弟達のとる行動は対策を取るか強行突破の逃走の二択に分かれる。それならば二人一組となり、待機組(彰の妖刀を教える組)と調査組の二つを作り、どちらかが攻撃されても連絡できるようにする。それがじゃんけんをしたもう一つの理由でもある。
「ねえ」
「?どうしたの」
「なんで彰さんのこと軍人さんって呼んでるの?」
純粋な疑問だ。
軍人と言うだけなら宗治や東雲だって軍人だ。それなのになぜ、彰だけ軍人さんと呼ぶのだろう。
もしかしたら二人だけの特別な呼び方なのかもしれない。そんな興味が少しある。
「え~とね、なんかその呼び方が気に入ったから!」
「……へ?」
呼び方が気に入っただけ……つまり特別な意味など初めから無いと言う事だ。
「それがどうかしたの?」
「いや、なんでかなって思っただけ」
何かを期待していたのが恥ずかしくなる。
顔を手で覆い赤くなる顔を隠す。
(何考えてんだ、アタシは……)
「?どうしたの」
彩希の考えを知らない十兵衛は不思議そうに見る。
「いえ、なんでも――」
そう言いかけた時、突然十兵衛が彩希を抱き寄せ、妖刀を抜く。
ガキンッ!と聞き覚えのある音が響く。それは昼間、十兵衛が弾いた水弾の音と同じものだ。
「あらら、弾かれちゃったよ」
「なにやってんだ龍二」
呑気に外した龍二に対して紅蓮は呆れたように言う。
「だれだ、お前等」
目つきが変わる、背後から現れた男達に向かって十兵衛が問いかける。
昼間見た水弾と同じ威力から契約者である事は一目瞭然だ。
「自己紹介がまだだったね、俺は川上龍二。知ってるかどうか知らないけど強盗殺人で捕まった死刑囚でコイツは……」
「南雲紅蓮だ、連続殺人で投獄された死刑囚だ」
赤髪の男と耳のない男。聞いていた特徴と一致している。
間違いなくコイツ等が脱獄囚だ。
「そうか」
「おいおい、もっとリアクションあるだろ?例えば昼間襲ってきたとか、何人殺したとか」
「興味ない」
つまらなそうに聞く龍二に目を離さず、十兵衛は影から彩希の妖魔刀剣を出し答える。
その顔は本当に興味がなさそうだ。
「そうか?前に来た奴はそう言う質問してきたんだけどなー」
「興味がないのなら仕方ない。龍二、全力で行くぞ」
紅蓮が両手を地面につける。
その行動に彩希と十兵衛は紅蓮から距離を取るため2メートルほどジャンプする。
「空中じゃあ身動きとれねえよな!!」
血走った動向を開かせながら二人に目掛けて水弾を放つ。
「そうか?」
飛んできた全ての水弾を叩き切る力を利用して十兵衛は空中に浮きながら龍二たちに近づく。
「マジかよ!?」
「捕まえた」
龍二の頭をわし掴みにし地面に叩きつける。
ボシャッと言う音共に着地した両足が地面に沈む。
「っ!!」
「よっと」
驚いた勢いのまま尻もちをつき、掴んでいた手を離す。
解放された龍二に蹴り飛ばされ後方にいる彩希の元へ飛ぶ。
「ぐっ!」
「大丈夫ですか」
「ちょっと飛んだだけ」
着地するが地面に変化はない。どうやら、紅蓮の異能による効果で地面が変化していたらしい。
「龍二もう少しちゃんと戦え、じゃないと俺の出番がないだろ」
「そうはいってもよお、お前の異能はここじゃ使い物にならねえんだからよ」
「ちっ、こんなハズレ異能じゃなければ……」
地形を変えるだけの力があって戦闘には入らず、ここじゃ使い物にならない。
だが、異能自体は使えているということは何か条件があって今使えていると言う事なのか。どちらにしろこれから使う技には関係のないことだ。
「彩希さん」
「はい」
「遠距離攻撃ってできる?」
「拳銃がありますけど、威力が……」
「弱くても良い、俺があいつ等の動きを止めるんでその間だけ影から離れてくれれば」
「わかりました」
そう言って彩希は十兵衛の側から離れ、影が交わらない場所へ走り出す。
「おいおい、今度は仲間割れか?悲しいね独りぼっちだなんて」
「ごちゃごちゃ言わずとっととヤるぞ」
水弾が彩希めがけて飛んでいくが十兵衛に全て叩き切られる。
グポッグポッと地面が空気を吐き出し足が沈んでいく。
「十兵衛さん移動しました」
「了解」
その言葉を聞き十兵衛は異能で自身の影を伸ばし龍二と紅蓮の影と結び合わせる。
「なんだ?やっと戦う気になったか」
夜、それは影が最も広がる時間であり十兵衛にとっては有利でもあり不利でもある状況だ。だがそれはタイマンでの事、条件にもよるが2人以上の仲間が居れば有利に働く。
自身の妖刀『村正』の刀身を下に向け呟く。
「沈め・村正」
村正を影に突き刺し沈めて行く。
「ぐっ!なんだこれは!!」
「体が重え!!」
十兵衛の影に繋がった周囲の建物が崩れると共に脱獄囚は地面に倒れる。
妖刀・村正の能力は負荷を与える事。今、十兵衛の影に繋がれている物には過剰な重力の負荷が課せられている。それは十兵衛自身も例外ではない。
これこそが十兵衛の最大の武器でもあり弱点でもある。
『異能の刃・沈殿影法師』
異能と妖魔刀剣の能力が噛み合わさった最大の技、それこそが異能の刃である。
「ぐああああああ!!!!」
「体が潰れる!!」
あまりの重さに脱獄囚は絶叫を上げる。
十兵衛にも負荷がかかっているが、常日頃から訓練としてこの重さを味わっているからか顔色一つ変えずに沈めている刀身の調整を行っている。
――バンッバンッ
2発の銃声が響き渡り、龍二と紅蓮の足にあたる。
当たりはしたが外傷はない。あまりの重さと加えられた弾丸の重さに二人は気絶してしまった。
それを見た十兵衛は影から刀身を抜き出し、鞘にしまう。
「やりましたね!十兵衛さん」
「彩希さんのおかげだよ」
「いえ、わたし今回、何もできませんでしたから」
十兵衛が動きを止めている間に銃で撃つぐらいしかできなかった彩希はしょぼんとしたように答える。
「そんなことないよ。あの技は動けるのには条件があってね、今回みたいな夜間に使うと俺も動けないから彩希さんみたいに誰かいないと何もできないんだ。だから、ありがとう」
十兵衛は励ますつもりで彩希にそう言う。が、彩希には別の意味に聞こえていた。
「そ、そんなことないですよ、十兵衛さんが居たから成功したんですから///」
「そう?でも彩希さんみたいな可愛いくて優しい人がいてくれて俺、本当に助かったよ」
「え、あ、その、、どういたしまして///」
普段コンビを組んでいる宗治がデリカシーがないのと特務機関に所属してからの命がけの日々で初めて感謝と優しくされた彩希は勘違いしていた。
長いまつ毛にサラサラの黒髪、整った顔、確かに感じ取れる細い筋肉、綺麗な肌、それらの綺麗……いや、イケメンな雰囲気に完全にやられていた。