第5話 もう一組の協力者 その2
先に言っておきます、十兵衛の喋り方が変わったりするのには理由があります。
理由は後程わかります。
刃を突き立て宗治は驚いたように目を見開く。
「お前、士官学校に行ってるはずだろ」
「それはお前もだろ」
宗治とは8つの時に引っ越してきて知り合った、家が隣で歳が同じと言う性別が違えば恋愛が始まっていたであろう幼馴染だ。
(なんでコイツがいるんだ)
高校に入ってからは疎遠になっていたが、4年前に同じ士官学校で再開してからは昔みたいに接して過ごしていた、だが4月に特別遠征に行ったはずだ。
あれ?”特別遠征”って……。
「知り合いなの?」
可愛い声が聞こえる。押さえつけている、もう一人の奴だろう。
「ああ、幼馴染だ」
「えぇ!?」
顔を見上げるとツインテールの可愛い顔をした女の子が声を上げる。
「アンタの幼馴染、脱獄囚だったの!!?」
頭の中で点と点が繋がる。――オレ達以外にも1組いるらしい。――脱獄囚。
なるほど、こいつ等だ。先に行っていた、もう一組って……。
(スウッー。そういう事か……)
たぶん、追っていた脱獄囚の仲間だと思って捕まえたが写真に無い顔だったから、最初の質問をしたのだろう。その証拠に宗治の後ろにいる男は気を失っている。
向こうもそれに気付いたのか刀を下げ頭を抱えている。やっぱりそうなのか。
もう1組がこいつ等で間違いない。だが待て、十兵衛はどうした。
今、十兵衛の目線では目の前で突然相棒が消えて襲われてるかもしれない状況だ。そして、十兵衛はこの事に気付いていないとするとかなりまずいのでは。
「おい」
ドスのきいた低い声と共に風を切る音がツインテールの女の子目掛けて裂ける。
キィン!――
宗治の持っていた刀が反応するように動く。
殺気の籠った太刀を逸らし、金属の高鳴りが響く。
「ぐっ」
十兵衛の殺気と流れるような強い一太刀、急な反応による姿勢の変化によりに宗治は体勢を崩す。
その隙を逃すことなく突きを放とうと刀身を水平に、肩に力を入れる。
「待て!十兵衛!!」
状況を理解できていなかったのか「ヒッ」と小さな悲鳴と共に押さえつけられた力が怯んだ瞬間、腕を払いのけ立ち上がる。
突きを放とうとする十兵衛の間に割って入る。
「十兵衛、こいつ等は任務に参加しているもう1組の奴らだ!お互い顔を知らなったからこうなっただけで同じ仲間だ!」
急いで説明をするも十兵衛の目は依然変わりなく鋭く警戒を解いていない。
それでも、殺気の方は少しずつだが弱まっている。
「な、仲間?脱獄囚になったつもりはないけど……」
「おい、話をややこしくするな――。」
十兵衛を落ち着かせ、お互いの相棒にそれぞれ事情を話す。
初めは怖い顔をしていたが段々と状況を理解したのか笑顔になっていく。
「――つまり、私たちの早とちりだったってことね」
「なんだ、そういう事だったのか!」
「俺たちと彰たちがお互いの事を知らなさ過ぎただけだ」
「そういうこと」
いやー誤解が解けて何よりだ。あと少し、間違えていたら殺し合いが始まっていたよ。
というか十兵衛さん、あなた怒るとかなり怖いですね。なるべく怒らせない様に気を付けます。
「とりあえず、捕まえた奴から情報を聞き出そう」
「まて、宗治。気をつけろ、さっき1人捕まえたがいきなり破裂した。もしかしたらそいつも破裂するかもしれない」
「なるほどな、それなら妖刀の出番だな」
そう言うと再び刀を取り出す。
「泳げ・濡れ燕」
妖刀の名前?を口にし男目掛けて剣を振るう。
――無音。綺麗な青白い刀身が確かに食い込み切り裂いたはずだが肉の断つ音どころか男の叫び声すら聞こえない。男は斬られたことにすら気付いていないどころか傷口すら無いうえ血の一滴も出ていない。
その代わり小さな黒い燕が1羽、男の体から抜けて行く。
「どうやら何らかの能力を施してたようだな」
抜け出た燕は刀身の周りを飛び回り、切っ先に着地する。
これが、東雲さんの言っていた妖刀の能力なのか。
その光景に口を開け驚きを隠せない。
「どうした?」
「それ、どうなってんだよ」
「どう?って、お前ももらったからわかるだろ」
わかるわけねえだろ、皆が皆そんな幻想じみた事できるなと思うなよ。
オレはお前と違って貰ってから数時間しか経ってねえんだよ。
今日中に覚えろとか言われたら泣くぞ、情けなく大声で「でぎまぜん”ん”ん”」って恥も忘れて泣くぞ。
「軍人さん今日貰ったばっかりだから、まだ使い方わかんないんだ」
「そうだよ、ここに来たのも昨日だし。囚人の事は全然わかんねえし」
首謀者である百鬼兄弟や邪陰の事はある程度聞いたが囚人に関しては写真しか知らない。
「そうか、なら説明も兼ねて自己紹介をしておこう。俺は八雲 宗治、彰と同じ士官学校の同級生で幼馴染だ」
「喫茶店 愛宕の看板娘、愛宕 彩希です。よろしくお願いします」
喫茶店愛宕。帝国第一都市カルマ都市にある喫茶店だ。大都市相応の値段に質のいい雰囲気と料理が売りで可愛い看板娘がいると聞いていたがこの子だったとは。
「オレは志藤 彰、宗治と同じ四年生でこっちは――」
「俺は山田浅右衛門十兵衛!!またの名を十三代目山田浅右衛門と申す!」
いつものテンションで返す。さっきまでとの差に風邪をひいてしまいそうだ。二人もこの違いに少し困惑している。
「なあ、彰。十兵衛さんっていつもこんな感じなのか」
「……ああ、(たぶん)こんな感じだ」
昨日の今日でしか知らないが多分こんな感じでいつも過ごしてるのだろう。
情緒不安定で子供っぽい、それがオレの出した答えだ。
「それで脱獄囚についてだが、ある程度は東雲さんから聞いてるよな」
「ああ、だが写真でしか知らない」
囚人に関しては7人いて男が6人、女が1人いて2人捕まって1名死亡、今現在1名確保と言う事しか知らない。
「2時間前、俺たちが手に入れた情報に契約者に関する事があった。ある男が不思議な力を持っているとな」
契約者がいた。そんなことは東雲さんから聞いていない。
「そこで、もしかしたら前から目をつけていたこの男だと思ってたんだが…どうやら違ったみたいだ」
囚人の中に契約者がいた。それはつまり特務機関が確認できていない情報と言う事だ。
投獄される際に多少の確認はされているはずだ、そうでなければ知らないなんてことは無い。確認不足と言う線も無いだろう、オレや十兵衛の家系についてまで調べ上げているのだから。
もし、百鬼兄弟と共に行動している脱獄囚が邪陰を取り込み契約者となっているとしたら。
現状、特務機関でも知らない契約者の情報。もしかすると事態は想定されているより深刻なのかもしれない。
「それじゃ、尋問と行きましょうかね。彩希そいつ起こしてくれ」
「ちょっと、指図しないでもらえる。私はアンタのお母さんじゃないんだから。もう!」
文句を言いつつ彩希は男の体を持ち上げ大きく揺さぶる。
「ん、え。んえ、あ」
「ほら、起きたわよ」
「ありがとう」
宗治はお礼を伝えすれ違いざま彰に耳打ちする。
「ゴリラが脅してるみたいだろ?」
「お前、それ絶っっっ対、本人に言うんじゃねえぞ」
少なくとも女の子に言う事じゃねえ。本人に聞かれたら間違いなくキレられるし、仮に思っていても口に出さないのが賢明だ。
宗治と入れ違いに彩希が向かってくる。
「大丈夫よ、全部聞こえてるから」
こっわ。今、目の光無かったぞ。多分こいつ死んだわ、お供え物は何がいいかな。
手を合わせていると十兵衛が気になったのか話しかけてくる。
「なんで手を合わせてるんだ?」
「あいつがバカやったからこれからボコボコにされるんだろうなって」
「それで手を合わせてたのか」
「そうだよ、昔っからあんな感じだからね」
「そういえば、軍人さんと宗治さんは幼馴染って聞いたけど本当なのか?」
「引っ越した家が隣同士でな昔は色々危険な遊びをしてたよ」
そう所謂悪友と言うやつでもある。そしてオレはこいつが大嫌いだ。
理由?そんなのい~っぱいある!小学生の頃、引っ越してきたばかりのオレに給食の量を大盛にして出してきたり、遊びに誘ってきたと思ったらバイクに乗せられていきなり山に行くとか、連れ去られて授業サボらされて怒られたりとかされたからだ!!
そのおかげで交友関係は広くなったし、知識が増えたから悪い奴ではない。
そう思いたい……。
そんなことをしているうちに尋問が終わったのか男を引きずって宗治が戻ってくる。
「大体は聞き出せたぞ」
「た、たのむ、、助けてくれ」
連れられた男は怯えきっており、ひたすら助けを懇願している。
一体どんな尋問をしたのか気になる。
「それで、何がわかった」
「契約者が2人いるってことしか喋らねえ」
「ほんとうに、た、たすけて、くれるんだよな」
男の怯えている様子からしてどうやら尋問が原因ではなく、契約者の方に何か怖い事をされたのだろう。宗治、疑って悪かった。
「ああ、その契約者の名前を言ってくれるなら、もう一回監獄にぶち込んでやるよ」
監獄から出たくて脱獄したはずの囚人は何故か安心したように話す。
「ひ、一人は南雲 紅蓮って言う強盗犯の髪の赤い男だ。も、もう一人は川上 龍二、快楽殺人の死刑囚で耳が無い。他の2人はアンタ達に捕まってるからわかんねえ」
何かに怯えているのか男はまくし立てる様に言う。
その反応からずっと逃げたかったのだと察した。
「それで他に知っている事は?」
「し、知らねえ。俺はこれ以上なにも知らねえ」
早くこの場を去りたいのか男は辺りを見回し怯えている。
(コイツ、何をそんなに怯えてるんだ)
男の怯えように疑問を感じる。邪陰や契約者に怯えていると言ったらそれまでだが、一つおかしな点がある。それは、この男自身が”契約者”になっていない事だ。
もし、戦力を増やすことが目的なら契約者を増やせばいい。だがコイツは契約者ではない。そうなると相手は何か別の事を企んでいて、それを知ってコイツは利用されている。そして、今それが失敗して始末されることに怯えているのか。それとも宗治の尋問が怖すぎたのか…。
すると突然、男が声を荒げる。
「なあ、本当に助けてくれるんだよな!」
情緒が不安定なのか、怒気の混じった声で訴えかける様に助けを求める。
彰は縋るように助けを求める男に声を掛ける。
「助けると言うには語弊があるが、もう一度監獄にぶち込むだけだ。お前も残りの奴らも百鬼兄弟も」
脱獄しているのだから捕まえたらすぐ監獄行きだ。それ以外は無い。
確かな情報を手に入れた。南雲紅蓮、川上龍二、この2人を優先的に捕まえれば百鬼兄弟を見つけることができるかもしれない。
「ひとまず、お前を連れて拠点に戻る。詳しいことはそこで聞く。彰、運んでくれるか」
「お前が運べばいいだろ。近いんだし」
「実はさっきの一撃で腕が攣ったしこの後、彩希に怒られるから足も攣る」
「はいはい、わかったよ」
宗治の行動に呆れつつも彰が男を担ごうと手を伸ばした時。
上空から凝縮された水の塊が銃弾の如くスピードで迫ってくる。
――ガキンッ!!
その事に気付き反応できたのは十兵衛ただ一人であった。
叩き切った水弾はまるで鉄がはじけるた様な音と共に弾道を2つに逸らす。
「隠れろ!狙われているぞ!!」
十兵衛の声に反応し数秒遅れて気が付く。
敵が直ぐ傍まで来ている事おり、捕まった男と共に自分たちを始末しに来ているのだと。
「チッ、ばれたか」
前方の屋根の上にいた耳のない男、川上龍二が舌打ちをする。
その顔は写真と同じだが髪型が短髪から長髪へと伸びていた。そのまま川上は瓦の屋根を走り、どこかへと消えて行った。
(早いとこ戻った方がよさそうだな)
相手にこちらの行動がバレたがそれ以上に有益な情報を得た。一度、鈍楽亭へと戻り東雲さんに男を渡し判断を聞くとしよう。