第37話 出張
――5時間後。
駅のホームにて、酒井班と東雲班は深夜列車を待っていた。
なんだかんだ言いつつ、必要最低限の準備だけした彰たちは駅に向かい30分早く着いてしまった。
深夜列車と言事もあって人はあまりいない。ベンチの椅子に腰かけて時間になるまで待待っている。
「暇だな」
「そうだな」
「軍人さん、なんか持ってない?」
「なんも持ってねえよ」
写真の処分に思考が寄りすぎて準備の事は後にしていた。
しかも、腕時計の時間が30分遅れていたから焦ってきたのに、この感じじゃ先が思いやられる。
「そう言えば宗治さん達はどこ行ったんだ?」
「そう言えばいないな」
辺りを見回す。宗治だけいないならまだしも彩希さんもいない、ここへ来たときは2人ともいた。
「まあ、そのうち戻ってくるだろ」
もうすぐ着くと言うのにいなくなったと言うことはどこかをぶらついているんだろう。
それに彩希さんもいないとなると一緒に行動していると考えられる。それなら安心できる。
残りの時間を確かめるため腕時計を見る。時刻は1時50分、あと10分で列車が着く。
「十兵衛そろそろ準備するぞ」
時刻表的には2時に到着なのだが、今の時代予定通りに着くことは珍しい。早めに準備をしていた方が焦らずに間に合う。
「十兵衛?」
隣を見ると十兵衛がいない、それどころかさっきまで居た東雲達や待っていた乗客も見当たらない。
辺りを見回し、腰に着けていた紅桜に手を伸ばす。
(っ!紅桜が無い!?)
伸ばした手には紅桜はなく、鞘だけがあった。
「久しぶりじゃのう、童」
声のする方を振り向くと紅桜が浮いている。刀身は赤く染まり、響くように女性の声が聞こえる。
「紅桜、みんなはどこだ」
「みんなと言うのはこ奴らの事か?」
刀身から赤い光と共に映像が現れる。
そこには先程までいた駅のホームに東雲さん達やトイレから帰って来た宗治と彩希さん、隣には十兵衛が変わらずにいる。
ということは……。
「ようやく気が付いたか、いなくなったのはお主ただ一人だ。正しくは意識だけじゃがな」
「なんのつもりだ」
「なんのつもりじゃと?そんなもの一つに決まっておる。妾と契約を結べ、そのためにお主の意識をこっちに移した」
紅桜は自身の力を彰に見せつけるため、仮契約から間接的に意識だけを別の空間へ持って行った。
こうすれば紅桜の力に恐怖し無理やり脅せば契約が結べると思っているからだ。
「了承するまでお主をここから出さぬ」
圧倒的強者。有利な状況に紅桜は彰へ迫る。
契約を結べば一時的とはいえ紅桜に肉体の主導権を譲渡してしまう。かといって断り続けても出す気はないと宣言されている。それならやる事は一つしかない。
「……わかった、契約を結ぼう。ただし一つ条件がある」
「なんじゃ?」
「体を貸す時はオレに一度確認をとれ」
この状況でできる唯一の駆け引きは交渉だ。
仮契約しか結んでいない紅桜には肉体を乗っ取れるだけの力はない、そして契約者のオレを殺すこともできない、もし死ねば次のチャンスはいつか分からない。諸刃の剣と踏んでの交渉だ。
ハッキリ言ってこの提案は断られるはずだ、初めに大きく出て後から小さく出る交渉術で様子を見ている。
(さあ、どう来る……!)
「よかろう。その提案、受けるぞ」
予想外の反応に絶句する。
こいつは本当に提案を理解しているのか疑う。
(ま、マジで言ってんのか!?)
「確認なんだが、一度確認すると言うのはオレに拒否権があると言う事だぞ」
「わかっておる」
強者ゆえの余裕。姿を見せなくとも伝わってくる風格に戸惑いかける。
だが、この提案を受け入れると言うのであれば契約を結ぶほかない。
「その契約結ばせてもらおう」
紅桜と契約を結んだその瞬間、赤い光に包まれ、意識が段々と戻っていくのを感じる。
「軍人さん……!、軍人さん!」
目を覚ます。時刻は1時55分、予定より早く着いた列車の汽笛が吹く。
隣に座っていた十兵衛が肩を揺さぶり起こしてくれている。
「列車が着いたから、早くいくぞ」
「すまん、寝てたか」
「ぐっすり寝てたよ」
立ち上げり背を伸ばす。
腰に着けている紅桜に触れるとしっかりと刀身が鞘に収まっている。
「夢……じゃないよな」
一瞬、紅桜が赤く輝いた気がする。
――列車内。
列車に乗り込み、酒井班と別れる。
ここからの予定は三日滞在すること以外何も知らない。指定された豪華な座席に腰かけ男女で向かい合わせになる様に座る。出発時刻まで残り2分。
「そんじゃこれからの予定の確認すんで~。まず僕らが向かうのは古史町ってとこで宿泊する宿は特務機関と関係ない場所やで」
「テンドウ市じゃないんですか!?」
「あの後、情報聞き出すことに成功してテンドウ市と古史町に向かったんがわかったんや。んで僕らが古史町に向かっとる間に他の支部から集めた構成員で太刀打ちするらしい」
「えー……」
「関係ない場所と言う事は前回とは違うんですか」
「特務機関ってことはバレたらあかんってことやな、向こうには爆破テロ犯捜査に軍の捜査官が出向いとることになっとるけどな」
関係ない一般の宿と言う事は前回みたく襲撃は避けなければいけない。
「まあ、そういう事やで向こうが出てくるまで待つか探すくらいやな。それ以外することないで~」
「それじゃあ、三日って言うのは……」
「概ねの予想やでもしかしたら伸びる可能性もあるな、せやで――」
東雲さんがなにかを言おうとしたとき、列車の外から大きな音が響く窓から外を見ると大き機械仕掛けの蜘蛛がホームを駆けまわっている。
「邪陰か!」
酒井班が妖魔刀剣を取り出し戦闘態勢に入ったその時、列車が動き出し古史町へと向かっていく。
「今、出発なんですか!?」
「いや、どうやら違うみたい」
駅のホームから全速力で駆け出し、列車を追いかける点検係の人が視界の端に写る。
どうやら列車が動き出したのは予想外の事らしい。
「じゃあ、何故動き出したんですか!?」
「おそらく、あの中にムクロ隊の誰かが乗り込んでいるんだろう」
列車の運転室。
運転士は真っ青になりながら列車を動かしている。その首筋には妖刀を背後から突き付けられており、ゴーグルを掛けた男がニヤリと笑う。
「はーいご苦労さん、このまま古史町まで予定通り走ってね」
「は、はい!」




