第27話 邪陰記帳
第6層、中央指令室。
待機所から出ること数分、迷路のような長さの廊下を歩いているとある一室の部屋で立ち止まる。
もう一人の男性、おそらく時清たちの直々の上司にあたる人物が3回ノックをし、扉を開ける。
「失礼します」
男性を先頭に列をなして全員が中に入る。
中に入ると広々とした空間が広がるが、印象とは裏腹に並べられた机の上には中途半端に終わった大量の書類や整理のされていないファイルが山ほど詰まれている。
「来たか」
机が散らかっている中、奥に見える孤立した執務机だけは整理整頓がなされており、綺麗に片付いていた。
奥の執務机の前に立つ2人の女性、一人は見るからに秘書だろう。だとすればもう一人の女性が副長官だ、副長官らしき女性がこちらを見て口を開く。
「彼らが新しく来た新入隊員だね?」
「そうです」
耳にかかった髪を上げ、自己紹介を始める。
「アタシが特務機関総本部・副長官の不動 奈義だ、長官である兄が不在の為今回はアタシが担当させてもらう」
(不動ってことは……王族か!?)
不動……不動?。不動って言ったらこの国では王族以外にその名字を使うのは禁止されているが……まさか、この人、王族なのか。
そんな疑問を上官である男性が前へ出て説明してくれる。
「聞いての通り、副長官は王族であり第一王女である。そして兄である長官は第三王子だ。皆、失礼の無いように」
(お、王子様と王女様だった!)
こ、この人、王女様だったのかよ!。しかも特務機関のトップが第三王子って、ここは王族によって運営されてるのか!?。さすがにそんな訳無いか。
さらっと説明されるが内心はかなり動揺している。まさかこんなファンタジーともとれる仕事に王族が関わっているなんて……陰謀論者くらいしか考えないだろ。現実は小説より奇なりとはこの事だろう。
(こんな化け物退治とかいう仕事に王族が関わっているって、下手な創作よりファンタジーしてるよ)
「ふふ、そうですね。現実の方が不思議な事が案外多いですよね」
(……え、いま心の中の声と会話した……?)
「ちなみに奈義皇女殿下は心が読める異能をお持ちになられている、嘘はつかぬように」
(それを先に言ってくれ!)
心の中が読めると言うことはスパイなどの裏切り行為は不可能と言う事だ。
少しでも怪しい考えをすれば即座に危険人物扱いされる。そうなればしばらくの間自由はないだろう。
「自己紹介が遅れたが調査分析官の酒井 京介だ。そして、こっちは――」
「東雲 金司、よろしくな」
酒井さんが移した視線の先にいた東雲さんがニコニコと手を振る。
こうして改めて見ると東雲さんは気さくな人だ。いつもはニコニコしていて優しいそうな人だと言う印象だが酒井さんを見るとむしろ接しやすくしてくれているのかもしれない。
「そしてこちらが副長官秘書の平坂 世詰さんだ」
平坂さんは軽く会釈する。オレ達と違い白を基調としたスーツを着ており、眠たいのか目をつむっている。
対照的に副長官は顔から滲み出るようにザ・真面目な雰囲気が出ている。ポニーテールに絞られた髪と襟までアイロンがけされた軍服が真面目さをより強調している。
「諸君、まずは入隊おめでとう。特にそこにいる東雲の部下である4人、百鬼兄弟を倒したらしいな、今後の活躍も期待しているぞ」
「「「「はい!」」」」
「それと志藤……だったか?貴様には色々聞きたいことがあるが、それはお兄様がご到着になられたときにしよう」
(呼び出し!?ここに来てオレ一人だけ呼び出し!?)
「なに、心配するな。説教ではない、貴様の妖刀について聞きたいだけだ」
普通に考えればわかる事なのだが、新入隊員全員が集まっているこの状況で1人だけ呼び出しを喰らえば誰だって焦る。
それこそ事情を知らない時清たちからすれば、いきなり説教をされる程のやらかしをしたのだと勘違いされてもおかしくない。
「さて、本題に入ろう。今、我々特務機関はとある組織を追っている。その組織は謎が多く、ここ最近の邪陰関連の事件にほぼ確実に関わっている。その組織の名は『ガラク』、フランと言う人物を中心に活動している危険組織だ」
ガラク。百鬼兄弟の件に関わっていた組織であり、邪陰や契約者を独自に作れると聞いた謎の組織だ。中心人物であるフランは百鬼龍宗を殺した殺人犯でもある。
「今回、諸君にはガラクの行方を調査してほしい、それが新しい任務だ。既に各支部の特務機関は調査をしているが詳しい事は百鬼兄弟の件以外判明していない、そこでこれから危険性を考えて諸君らに与えなければならない物がある」
副長官の言葉が終わると世詰さんが1人1人に手帳の様な物を渡す。
黒い手帳に金色の刺繍で『特』と書かれた手帳だ中を開くと邪陰らしき絵と説明文らしき文字が書かれていた。
(なんだこれ?)
「その手帳は『邪陰記帳』と言って一度黄泉帰理を経た邪陰の名前と説明が記された手帳だ」
言っている事はなんとなくわかる。特定の邪陰の情報が記されたものだと言うことはわかったが、黄泉帰理って言うのは一体なんなんだ?蘇ることか?。
「質問いいですか」
「なんだ」
「黄泉帰理って言うのはなんなんですか」
「簡単に説明すると一度消滅した特定の邪陰が長い年月をかけて復活することだ。そう言う危険な邪陰には名前が付けられる」
大方予想はあっていたが邪陰って復活するのか、化け物らしいと言えば化け物らしいができる事なら消滅したのなら復活しないでくれ、決して怖いとかではないが……うん、怖い。怖いから消滅したらそのまま消えてくれ。
「他に質問があるのなら言ってくれ」
副長官の問いに静寂が流れる。
みんな聞きたいことはそれほど無いだろう、普通こういう説明会みたいなのは入った時にするもので、いきなり実践投入されたこっちの身からすると『黄泉帰理』くらいしか質問することはない。
「……そうか、では次に――」
「副長官!緊急事態です!!」
突如、入り口の扉が開かれ汗だくの男が入ってくる。
「先程各支部の電報から連絡があり、第二支部と第三支部、第四支部が襲撃されたとのことです!」
「なに!」
場の空気が一変し緊張した空気が流れる。
外に居た警備をしていた人たちも慌ただしく本部中を駆け回っている。
本部がこんな地下にあるんだ、おそらく支部の方もわかりづらい場所にあるはずなのだが、そこが襲撃されたとなると事態は相当重いのだろう。しかも複数だ。
「被害状況は!」
「わかりません、ただ戦闘状態にあると……」
「世詰は各支部の情報を!新入隊員と直属の上司はすぐに警戒態勢に入れ!こちらの警備を支部に回せ!」
「しかし、それでは本部が……」
「回すのは3割だ!それ以外の警備は周辺に異常が無いか確認しろ!」
混乱する現場を指揮し、事態の鎮静化を図る。
現状特務機関の襲撃を掛ける組織は一つしかない。
「大変です!資料館に邪陰、がっ!」
報告に来た男が背後からなにか透明な物で突き刺される。
滴り流れる血から見てそれが刀だとわかった。
「聡明にして的確な判断力、敵でなければ仲間にしたいところですね」
突き刺した男の背後から透けるように1人の人物が現れる。その姿は帝国とは違う、白い軍服を着ている。
「誰だ、貴様は」
副長官が口を開く。
突き刺した刀身から遺体を抜き捨てると白い軍服の男は顔を上げて答える。
「我々の名は『ムクロ隊』ガラク直属の戦闘部隊である。この度は宣戦布告に参りました」




