第20話 尊敬する兄
俺達は物心がついた時から何もなかった。
両親がどんな人でなんでこんなところに居るのかもわからなかった。だから生まれてきた意味も生きる理由も知らない。
「今日も殴りに来たぞ、社会のゴミ共」
「グハッ!」
「兄貴!お前よくも!!」
「安心しろ、お前も同じようにしてやる」
それでもただ一つだけわかっている事がある、それは自分たちがこの世界で圧倒的に不利だと言う事。
よく世界は平等であるべきだと言うやつがいるがそれは違う、世界は不平等だからこそ成り立っている。俺達はそれが当たり前だった。
毎日誰かしらがその辺で死んでいる、人だったり動物だったり。もしこんな世界が平等にあるのだとしたら俺達は何のために生きているのかわからない。
「弟よ、外に出てみないか」
「?外ってここも外だけど……」
「ああ、言い方が悪かったな ”街”の外だ」
ある日、兄貴が街の外へ連れて行ってくれた。普段は仕事で街を出る暇がない。
場所は第2首都、行ったことのない場所だ。隣の街らいしいがあまり乗り気ではない、いつも威張り散らしているあいつがいる場所だからだ。
「わぁ…!!?」
そこは俺たちが居る世界とはまるで違っていた。
殴られたりすることも無ければ死体もない。皆が高そうな服に包まれて美味しそうなものを食べ、楽しそうに笑っている。俺はその光景に一瞬にして目を奪われた。
「すみませんすみません!」
そんな中路地裏の方から情けない声がする。誰かが襲われているのか気になって顔をのぞかせる。
「回収した金額が合わねえな」
「すみません!あと少し待ってください、お願いします!」
「その言葉前にも言ってたよな。その時は借金の返済に使って次は無いって話だったよな?」
「お願いします、3日……いや1日待ってください!」
そう言って土下座をする人物がいる、いつも殴ってくるあの野郎だ。いつもの様な横柄な態度でもなければ連れている人間もいない、覇気が全く感じられない。
「明日には返せるんです、だから!」
「だめだ、お前は組織の信頼を裏切ったんだ。”明日”なんて都合のいい日は来ねえよ 連れてけ」
「お願いします!ほんと、明日には返せるんです。 やめろ、離せ!……この!」
必死に抵抗していたがボコボコに殴られ周りにいた人たちに連れていかれる。
それを見てなんだか心がスカッとする。いつも殴ってくる大人が力に負けて屈服する姿はとても愉快だ。
隣を見ると誰も路地裏なんてものは覗いていなかった、同時にこの街の暮らしが羨ましくなった。殴られることも無ければ死体もない、綺麗な服に身を包み、良い匂いがする。
「なあ、兄貴」
「どうした」
「俺、この街みたいな暮らしがしたい!!」
夢ができた。
生まれた意味も生きる理由もなかった俺に夢と言う希望が、兄貴と普通に暮らすイメージもできる。
だから兄貴にはとても感謝している。
そんな俺を見て兄貴は笑顔を見せてくれた。何年ぶりだろう笑っている兄貴の顔を見るのは、いつも無表情で淡々と生きているからか珍しく見えた。
「ただいまー」
「おかえり、今日は味噌汁と鮭だ。明日からの一週間は音宗の当番だな」
「おっけー」
そこからは毎日が大変だった。
今まで以上に仕事を増やし、お互い家にいる時間が少なくなった。家事も交代制でやり、生活も初めの頃と比べたらだいぶとマシになった。
布団も部屋も食器だって2人分買うことができる。この街にしては上出来な暮らしだ。このまま行けば夢の生活だって叶う。そう思っていた、あの日までは。
ある日、仕事が長引いて帰るのが遅れた。俺が家に帰ると玄関のドアが不自然に開く、いつもなら兄貴が家にいても鍵をかけているはずだ。
「兄貴?」
中に入ると電気はついているが物音が一切しない。台所に行くが誰もいない、おかしい。明らかに異常事態だ、兄貴を探しに風呂場に行く。
「あに」
ゴッ!と言う音共に後頭部に激痛が走る。
振り返ろうと体を起こすと体を踏んず蹴られる。
「だれだ……お前」
「…………」
返事はない。兄貴でないことは確かだ、じゃあ兄貴はどこにいるんだ。
「おい、もうやったか」
「いやまだだ」
浴槽の扉が開き、布で顔を隠した人物が2人現れる。強盗だ。後ろに居るのも合わせた3人。
おそらく俺達の暮らしを見ての犯行だ、家にいない時が多いことや仕事を掛け持ちしている事なんか知らなければこの街で強盗なんかしない。
「その声、お前山田崎だな」
「…………」
何も言わないが当たっているだろう。仕事の掛け持ちを知っているのは同じ職場の山田崎しかいない。
浴槽の方を見ると両手足を縛られ口を布で防がれた兄貴の姿があった。殴れたのか出血もしている。
その瞬間、なにかが頭の中で弾けてしまった。
気が付けば辺り一面に地が飛び散り、山田崎たちは頭部をぐちゃぐちゃになった状態で血の海に沈んでいた。
兄貴は拘束を解いたのか血まみれの俺を止めに入っていた。
「兄貴、俺……」
「大丈夫だ、安心しろ。俺達兄弟がいれば何とかなる……」
そう言って兄貴は優しく抱きしめてくれた。
こうして俺達の暮らしは長くは続かなかった。
このことがバレないように仕事をバックレて俺たち兄弟は裏社会に入った。
初めは死にそうなことが多くて怖かった、だけど兄貴の作戦はいつも失敗しなかった。おかげで恐怖なんてものは段々なくなっていき殺し慣れてきた。
殺し屋を仕事として生きる中で夢なんてどうでもいいと思ってきた、そんなある日俺達の運命が変わる出来事が起きた。
「――断るのでしたら残念ながら死んでいただきます」
化け物を引き連れた男が突然目の前に現れて選択肢を突き付ける。
この状況に恐怖を感じる。目の前にいる化け物と得体のしれない男、こいつは今まで出会って来た奴とは違う本物の化け物だ。
「な、なあ!報酬って別に用意できないか!?」
男の提案に”これ以上の力”とある、もしかしたら諦めかけていた夢を叶えられるんじゃないのか。
少しの希望を見出してしまう。
「もしできるのなら、新しい身分と新しい居住地が欲しい!!」
「かまいませんよ」
図々しい提案だと思ったが男は了承してくれた。
人には誰だって諦められない夢がある。俺も例外ではない、だからこんな状況でも要求することができた。
こうして俺達は依頼を引き受けた。俺のわがままを兄貴は聞いてくれたんだ――。
「――兄貴!!」
血まみれの兄貴に駆け寄る。
見ればわかるこの傷じゃもう助からない、息をしている方が不思議なくらいだ。
「な、なんで!」
「音宗……お前は…生きろ………」
理解できなかった。いくら兄弟とは言え兄貴には生きてほしい、それなのになんで俺なんかを庇ったんだ。
「生きて、ほし……いから…だ……お前は……いつだって……俺の……き…ぼ……」
「兄貴……」
その瞬間、兄貴がなんであんな目をしていたのかわかったような気がした。兄貴は初めから希望なんてものは持ってなかったんだ、ただ生きるために仕事をして来た。
それだけなら殺し屋なんかしなくても良かった、もっと別のやり方があったんだ。でもそうはしなかった、俺がずっと幸せと言う希望を求めてたから……兄貴はずっと俺のために見えもしない希望の光を求めて殺し屋と言う仕事をしてくれたんだ。
俺が幸せを、争いの無い平和な日常を求めたから……。
「外しましたか。ではもう一度」
「惑わせ・村雨」
2発目の攻撃が来る前に東雲は村正を抜く。
能力を使用し敵仲間問わず、全員の感覚が歪む。その隙に邪陰を斬り倒し男に斬りかかる。
刃が届きそうになった瞬間、謎の空間ワープホールが出現し男が消える。
「危ないですね」
「!!」
鈍楽亭の屋根を見ると男と一緒にもう1人立っている。
黒い外套に身を包み、黒い帽子をかぶっている姿はまさに『怪盗』と言える。
「すこし早くなったが撤収しますよ」
「少々邪魔が入りましたが、まあ良しとしましょう」
2人はワープホールの中へと消えて行く。
1人残された音宗は俯きその場にへたり込む。
「逃げらたか」
「おっさん、なんか気分悪くなってきた」
「オレも急に体調が」
「それ、東雲さんの能力だよ。どんな効果かはわからねえけど」
「うっ!」
「吐くなよ!?」
えずく彩希さんに宗治が突っ込む。
吐きそうになるのもわかる。オレだって今めちゃくちゃ気持ち悪い。
「…………」
全員が気持ち悪くなる中、百鬼兄弟の弟はなにも言わずにただ兄の死体を見つめている。
少し心配だ。近寄って様子を見よう。
「体調の方は大丈夫か」
「…………」
だんまりか。依頼主に裏切られて兄を殺されたんじゃショックも大きいだろう。それにさっきの能力をくらってるんじゃ話しにくいか。
そう思い離れようとしたとき音宗が口を開く。
「兄貴は、憧れだったんだ」
「……」
「いつも、なにかあれば俺を助けてくれて、頭もよくてすごいんだ……」
「……そうか」
「なんで死んじゃったんだろうな」
「…………」
百鬼兄弟にどんな事情があったかは知らない。戦っている最中に口にした言葉、あれには嘘はなかった。ただ普通の暮らしがしたかった、そう思って生きているのだけはわかる。
「……名前は」
「……百鬼…音宗……兄貴の名前は龍宗だ………」
「俺は志藤 彰だ。お前たちが生きたいようにオレも生きたい、だから殺しに来たお前の兄貴は死んだ」
「そうか……」
音宗は納得したように現実を受け止め静かに涙を流す。
――百鬼龍宗、死亡――。




