第19話 弟のため
「はぁ、はぁ、はぁ」
一瞬の結末。百鬼兄弟はオレと十兵衛に敗れた。勝ちはしたもののこっちの被害も軽症とは言えない、オレは肉体の限界をとっくに超えているし十兵衛もこの連戦続きで疲労がたまっているだろう。
辛勝と呼べる勝利だ。だがこのまま休むわけにはいかない、早く宗治たちの所へ向かい助けに行かなくきゃいけない、宗治の能力や彩希さんの能力ではとても捌ききれるとは考えられないからだ。
悲鳴を上げる体を無理やり起こし、向かおうとすると3つの影がこちらに向かってくるのが見える。
「大丈夫か二人共!」
「大丈夫に見えるか……」
「十兵衛さん立てますか」
「ありがとう」
彩希さんの肩をかり十兵衛は立ち上がる。やはり疲労が溜まっているようだ、その証拠に体を支えている足が上手く立てていない。
ボロボロの彰と十兵衛の前に3つ目の影が現れる。
「ごめんなあ、彰くんに十兵衛」
「し、東雲さん!?」
「本物やでー」
「俺達が戦っている時に来てくれたんだ、どうやら偽物と入れ違いになってたらしい」
彰は驚く。自分が倒したのは偽物であることは確信していたが本物が来ることは予想だにしていなかったが、宗治の説明でなんとなく理解する。
「僕が支部に行く間にこんなことが起きて」
「ホントだよ、おっさんがいない間に俺と軍人さんで倒しちゃったからな」
「ホンマごめんな。それとお・に・い・さ・んやでな」
謝りつつもおっさん呼ばわりされた事には怒っている。どうやら本物らしい。
「それでどうしますか、一応生きてはいますけど……」
「このまま支部の方に応援を呼んで連れてってもらおか、まだ伏兵がおるかもしれんし」
当然の判断だ。さっきみたいに東雲さんがいない間に伏兵が襲い掛かれば今のオレ達では戦闘は難しい。
今ある脱獄囚の情報だと2名は既に捕まっている。残る5名に関しては3名死亡、1名は瀕死の重傷の末確保、最後の1人に関する情報が無い。
「目的もわかってへんしな」
「その事なんですけど、百鬼兄弟の目的はオレ…じゃなくて紅桜らしいんですよ」
「そうなん?」
「百鬼兄弟の会話や偽物の東雲さんが彰の事を”適合者”と呼んでました」
「オレの生死に関して殺してしまっても構わないと言っていたので、おそらく目的は紅桜と仮契約をしたオレだと思ってます」
百鬼兄弟との戦いの中で”適合者はまた新しく見つければいい”と言っていた。そのことから考えるに真の狙いは紅桜で適合者であるオレはおまけ程度の認識だろう。
「なるほどな、せやけどなんで紅桜を狙っとるんや?」
「それがわからなくて……紅桜を持ってきた東雲さんならなにか知っているのではないかと思ったんですが」
「いや、僕にもわからん。妖魔刀剣は本部から送られてきたもんやし、名前すら仮契約するまでわからんはずや」
言われてみればそうだ。紅桜と言う名前だって仮契約をするまで知らなかった、だとすると何故百鬼兄弟は紅桜の名前を知っていて狙っていたんだ。
謎はさらに深まるばかりだ。
「じゃあ本当に……」
「知らへんな。まあ、なんにせよ良くやってくれた 後は本人たちから聞こか」
「……かはっ…あに……き…………」
崩れた瓦礫の中から音宗が起き上がる。
よろよろとふらつきながら歩く姿に戦闘の意思は感じられない。それでも危険な事には変わりない、警戒は怠らない。
「お前たちの負けだ、大人しくしていろ」
「そんな事、、どうでもいい!!兄貴を俺は……助ける、んだ」
近づいて来る音宗の手には天樂が握られている。
この流れだと間違いなく攻撃してくる。弟のこいつは死んでも兄を助けようとする、そうなると選択肢は1つに絞られる。
「それ以上は近づけば殺す」
「なら殺せ、、、俺は兄貴を助ける……!!」
「そうか、なら」
「よせ彰、今のお前は思っている以上に重要なんだ。ここは俺達がやる」
宗治に止められる。宗治の言う通り今のオレは重要な存在だ。今だ謎の多い依頼主の存在、これがわからない以上何かあってからでは遅い。
ここは任せよう。
「奏でろ……天樂!!」
「泳げ・濡れ燕」
「放て・レーヴァテイン」
「やめ……ろ…もう、終わった……んだ」
天樂の攻撃を濡れ燕で無効化し、レーヴァテインを放つ。
途中、兄貴と呼ばれている男が地面に伏せながら擦れた声で制止するがその声は誰にも届かない。
迫りくるレーヴァテインに抵抗する力は無い。このまま死を悟ったその時、突如空中から巨大な影が落ちてくる。
「罪禍」
ドーンッ!!と言う轟音と共にレーヴァテインの能力はかき消され土煙が舞う。
「アンタは……」
「どうやら間に合ったようですね」
土煙の中から巨大な邪陰と共に全身を黒い祭服に身を包んだ銀髪の男が現れる。
見た目からして異様なのだが邪陰と共に現れたということはこの男は今回の件に何かしら関わっているのだろう。
「助けに、来てくれたのか、、」
「ええ、それ以外に理由がありますか」
「に、、げろ、、、、」
音宗は安堵する。依頼の1つである黎明監獄の襲撃を終え、もう1つの依頼である適合者の確保には失敗したものの依頼者本人が助けに来てくれたからだ。
そしてこの状況に1人焦っている者がいた。兄の龍宗だ。必死に掠れた声で逃げる様に言うが届かない。
「敵……ってことでいいんだよな」
「そうですね、彼らに依頼をしたのは我々ですから」
「そうか」
男の言葉に納得する。これで謎だった依頼主の存在がわかった、おそらくこの状況を初めから見ていたのだろう、だから都合よくピンチになったこの状況に現れた。そう考えられる。
(なぜ今になって出てきたんだ。出るならもっと早く出てくるはずだ)
もし初めからこの状況を見ていたのだとしたら何故今出てくる。もっとピンチな状況はあったはずだ、それこそ百鬼兄弟ではなく狙いであるオレがピンチな状況の方が多かった。
なにか別の理由があるのか。
「まあ、そういう事なら一緒に来てもらうで」
「東雲 金司さん、あなたは少々厄介ですね」
東雲さんが前に出る。
彩希さんの能力を相殺できる力を持つ邪陰と能力がわからない依頼主の男、宗治たちじゃ勝ち目はないここは東雲さんに頼りたいが、もし負けることがあればオレ達は死ぬだろう。
ひりつく空気の中、音宗が声を上げる。
「俺の事はいい!!早く兄貴を、兄貴を助けてくれ!!」
「……音宗さん」
音宗は必死に助けを求める。自分の事はどうでもいい、この世でたった1人の兄を助けてほしいと心の底から願う。その行動に男はため息をつき、冷たく呆れたように言う。
「殺し屋が依頼を失敗すればどうなるか、わかりますね?」
音宗は絶望する。今まで依頼に失敗することはなかった、兄と自分が組めば失敗することなんてない。そう疑わずに信じてきた。だが今は違う、最強と思っていた自分達は負けて兄は重傷で動けない。
男は初めから自分たちを始末するために来ていたのだと悟った。
目の前を覆う巨大な邪陰が音宗めがけて攻撃する。
「やられた!狙いは紅桜じゃねえのか!?」
男は初めから失敗した百鬼兄弟を始末するこの状況を狙っていたのだ。依頼は成功しようが失敗しようが構わない、紅桜の適合者が現れたと言う事実さえあればいい。成功すればお得くらいの感覚だ。
「狩れ……竜騎士!!!」
鋭い刃の音と共に鈍く肉の抉れる音が響く。
「グハッ……!」
引き裂かれた全身に激痛が走る。熱く、抉れる痛みを感じながら吹き飛ばされる。
飛び散る血しぶきが音宗の顔にかかる。
「あに、、き……」
攻撃される直前、龍宗は竜騎士を使い音宗の方へ飛び庇ったのだ。




