守護霊ゴリラ
俺の名前は魂弥ケンゴ。霊感の強い高校生だ。
突然だけど、守護霊という言葉を知っているだろうか?
分かりやすくいうと、誰か個人や一族の人間を守っている霊のことだ。
ご先祖様だったり、氏神だったり、死んだペットだったり知らない他人だったり……。その種類は実に多種多様だ。
俺は霊感が強いせいか、その守護霊が見えるんだ。
それで、転校した先のクラスメイトに、これまた強烈な守護霊の持ち主がいたわけだ。
「はじめまして。俺は魂弥ケンゴ。名字も『たまみ』だから、どっちも名前みたいだけど、男なんでケンゴです。よろしくね」
ユーモアたっぷりの自己紹介を終えたあと、俺は先生に促されて自分の席に着く。
もちろん、その時に机に視線が向くわけだが、そこに衝撃的な光景があった。
――美少女の背後に、ゴリラが立っていた。
そいつは教室の床から、1メートルほど浮いている。恐らくは霊だろう。
美少女の隣は空いていて、そこが俺の席であることも分かる。
つまり俺はこれから、背後にゴリラが憑いている女の隣で、授業を受けるのだ。
不幸中の幸いなのは、ゴリラから悪い気配がしないことだろう。それどころか、美少女を守っているように見える。
守護霊がゴリラか……初めて見るな。そんで絵面がかなりシュールだ。
「ケンゴくん、よろしくね。私は玲子。小鳥遊 玲子だよ」
席に座ると美少女が声をかけてきた。なるほど、彼女は玲子ちゃんというのか。
いきなり下の名前で呼んでくるは、大人しそうな顔でずいぶんとフランクである。
いかにもな黒髪の清楚系で、柔らかく微笑む姿は控えめでおしとやか。
だが守護霊はゴリラである。
「よろしくね、玲子ちゃん」
俺は笑いをこらえながら返事をした。ゴリラがまるで見定めるかのように、俺の顔を覗き込んでいたからだ。
睨んでいるのか、思案してるのか分からないが、とにかく険しい表情をしている。
「お前、私が見えているだろう?」
ゴリラが喋った。
「喋った!?」
しまった、思わず声に出してしまった。教室の真ん中でこんな大声を出せば、当然ながら変な目で見られる。
くそっ、どう乗り切ば……。と、その時だった。
「……もしかして、ゴリラさんのこと?」
玲子ちゃんが、そうたずねてきたのだ。
え? 玲子ちゃん、ゴリラのこと把握してんの?
「そうだけど……」
とりあえず俺は、玲子ちゃんの質問に肯定で返す。すると、クラスがザワつきはじめた。
「マジかよこいつ! ゴリラ見えてんのかよ!」
「ゴリラ様が見えてるなんて……彼も特別な存在なのね!」
「ふっ、だが魔皇神たる我ほどではない……」
どうやらクラスのみんなも、ゴリラ守護霊のことを知っているらしい。
どういうこと……? 俺が戸惑っていると、玲子ちゃんが先に口を開いた。
「ゴリラさんは我が家の守護神だから。パパが作ったのよ。あの人は、有名な芸術家だから」
芸術家がどうやって守護霊をつくるんだよ!!
いや、玲子ちゃんは守護霊じゃなくて守護神と言ってるな。
じゃあなおさらおかしいだろ! ただの芸術家が神を作ったのかよ!
「よかったら、うちに見に来てよ。パパの最高傑作だからさ」
「もう見えてんだよ! ゴリラが! しかも話しかけられてんだよ!」
とうとうツッコミを口に出してしまった俺に対して、彼女は一瞬だけ怪訝な顔をすると、なにかに納得したように頷いた。
「あー、説明不足だったね。ゴリラさんは、パパの作品に宿った魂なの。いわゆる、九十九神ね」
「はい……?」
その日のこと、俺はさっそく、彼女の家にお邪魔した。
彼女の家のリビングには、異様な数の置物があった。
そのほとんどは、目がギョロっとした、眼力のやたら強い動物の置物だった。
彫刻に塗装をしたもののようで、毛皮の質感もリアルに再現されている。その一方、表情や手足の形はかなりデフォルメされていた。
その中でも、明らかに特別な扱いを受けている一体がいた。
『ゴリラの神』
その『祭壇』には、タイトルらしい看板がかけられていた。
巨大な神棚のようなそれに、人間サイズのゴリラ(置物)が鎮座していたのだ。
「す、すごい迫力だね……」
俺は思わず、苦笑いをした。
「うん。パパの作る置物はね、1つ1つに強い思いが込められてるから、魂が入りやすいの。だから、ゴリラさんも自分が本物の守護神になったつもりで、家族を守ってくれてるの」
「へ、へー……。あっ、ホントだ。ゴリラが置物に入った。元から本人の体なんだろうな」
もうツッコムのも疲れたが、それはそれとして疑問はある。
「……他の置物に魂が入ってるって、なんで分かるの?」
「え? だってたまに動くもん。ほら、そこのキリンさん、キョロキョロしてるでしょ。あの子は落ち着きがないから」
確かに、キリンの目は左右に揺れていた。もちろんこいつも置物だ。
普通に怪現象である。コミカルな前提を説明されてなかったら走って逃げるレベルだ。
「……なるほどね。話しは理解したよ」
つまりゴリラが守護霊で、しかも喋るのにはちゃんと理由があったわけだ。
俺がそんなことを考えていたときだった。玲子ちゃん父上が帰ってきたのは。
「ただいま~」
玄関から声がした。玲子ちゃんは俺に『ごめんね』と断ってから、父親を迎えにいく。
「今日も作品が1つ売れたよ。あの子も大切にされるといいね」
なるほど、作品を我が子のように思うほど愛着を持っている人なのか。
そりゃ文字通りの意味で作品に魂が宿るのもふしぎじゃない。
彼がリビングまでやってきた。ドアを空けて姿を見せた玲子ちゃんの父上。
初めて見る彼の姿は――ゴリラだった。
「お前もゴリラかよォオオオ!」
俺は叫んだ。目の前にいるのは本当に、正真正銘のゴリラだ。毛深くて猿顔の人間とかではない。
というか、あの『ゴリラの神』って作品はこの人が作ったんだよな?
ゴリラが作ってる前提で見ると、宗教色が強すぎるだろ。
まさか母親もゴリラじゃないだろうな……?
俺の疑問は尽きないが、それはまた別の話だ。