あの世のリビング
地獄とはその想像とは程遠い、ライトホワイトの壁に囲まれた、完全無欠のリビングフロアだった。
僕の胸ほどの高さのある、白樺製のタンスの天板のうえ、どの動物なのか分からない背骨が何本も重なって螺旋状にタワーをつくってある。辺りには冷えたミルクのにおいが漂っていた。その背骨は数種類の生き物から選定されているのかもしれなかったし、あるいは単一種の個体差とみることもできる、微妙な差異を見つけることができた。骨を節目ごとに分けたときの1ピースの大きさや、横に向かって生えた枝部分が鋭利であるか緩やかであるか。置物としてみても、くすんでいる部分や欠けている部分が散見された。視線を背骨のタワーから引き上げ、壁には花のリースが飾ってある。リースになってもまだ呼吸の聞こえるようなオレンジ色の花だった。
リビングにいた上裸の悪魔は他の人間を罰している途中で、仰向けに寝ている女の首を無言のまま締めていた。部屋に入るなりそれを見てしまった僕は妙に気まずかった。悪魔の方はさすが慣れていて、何も言わずに目の動きだけで待っていろと伝えてきた。悪魔の体の表面はビリヤード台みたいだった。
首を絞められた女は、ほとんど抵抗をすることなく、ときどき体が跳ねたり表情が強張ったりするていどだった。最後死ぬときに、全身に通っていた力が一気に抜けたと同時に、部屋にあった汗のにおいと体臭が濃くなるのが分かった。悪魔は嫌な顔一つせず無遠慮に僕の腕を引っ張って女のすぐ横に置いた。天井を見上げて初めてまともに悪魔と顔があうと、悪魔は三つ目の悪魔だった。申し訳程度に、僕の右足に悪魔の体重が乗せられた。首に手がかけられ、次第に呼吸が詰まりはじめたあたりで、横で死んでいた女が急に素早く立ち上がってどこかへ出かけて行ってしまったことに、なんだか驚いてはいけないような空気が地獄のリビングには漂っていた。死んでもう一度目が覚めて、僕と三つ目の悪魔以外には誰もいなかった。僕が息を吹き返しても、執行人の悪魔が手持ち無沙汰になっても、会話が発生する顕れすらなかった。今どき地獄に落ちるなんて、かなり頭が悪くないとあり得ないのかもしれない。僕は地獄に落ちる前からバカすぎて無口だったし、三つ目の悪魔にも似たような人間くささが顔つきににじみ出ていた。静まりかえったリビングの二階から天国のバカ騒ぎが漏れ聞こえた。