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3/3

3 何度でも

これで完結です!

 そうこうしているうちに、俺達はトウワ領に招待された。


 どうしようもない兄のダニエルが我儘を言って予定よりも1週間も早くに領地を出発し、馬車の乗り心地の文句を聞かされ、トウワ領での父と兄の行儀の悪さに胸を悪くし、そして到着してすぐのベルへの馬鹿な行いに竦み上がった。


 なんと、あいつはベルが魔法の練習をしているところに手を出して、彼女が作っていた魔力玉が手から放たれ、それがルナに当たりそうになったのだ。


「ルナっ、ルナっ、大丈夫?私、なんてことを…ごめんなさい、痛いところはない?」


 心配でだろう、涙するベル。


「やだ、ベルったら、泣いているの?私は大丈夫よ、泣かないで」


「でも、でもっ!」


「大丈夫なの、どこも痛くないわ…さっきの魔力玉は私にはぶつからなかったから。見て、ほら」


 立ち上がったルナが服についた土を払い、手を握ったり開いたりして痛みや怪我がないことをベルに教える。それを見たベルは


「ルナ…良かった…良くないけど…良かった…怪我がなくて…」


とエグエグ泣いている。なのに全然反省しないどころか偉そうなダニエルに、俺もは怒り心頭だった。


 しかし、まずは謝罪だ。


「申し訳ありませんっ!ユーゴ様っ!どうかお許しくださいっ!」


一歩間違えれば大惨事になっただろう事故に、俺は、ベルの兄であり攻略対象の1人であるトウワ領主の嫡男、ユーゴに取り縋って謝った。


「お父様から、正式に謝罪していただきますっ!ですから、どうかっ、どうかっ!」


「…っ!」


 俺の必死な様子に、一瞬怯んだユーゴの隙をついて腕を振りほどいて逃れたダニエルが


「はっ!なんだ、大したものでもない魔法玉一つのことで大げさなっ。大体、ルナに当たったからと言って誰が困る。せいぜいあいつがちょっと怪我をするだけだろう。全く…」


と言い放ったことで、俺の頭の中で『ブチッ』と理性の切れる音がした。


ドゴッ!


 俺はダニエルのお腹に一発パンチを入れ、ウッと唸ってその場に崩れ落ちたところを襟首を掴んで無理やり立たせ、腹にもう一発お見舞いした。


「ガっ、ガイぃ…おまえ…」


「うるさい、黙れ!もう十分だ。なんとか穏便に進めたかったが、これ以上はルナが危険だ。しかもベル嬢にまで…」


 ダニエルを地面に放り出し、下腹部を思い切り踏みつけた。


 ヤツはギャッという悲鳴を上げて、そのまま動かなくなった…ようやく静かになったな。俺はもう一度ユーゴに向き直り、もう一度謝罪した。そしてタヴァナー家からは必ず謝罪させること、二度とダニエルをトウワ領へ立ち入らせないようにするため最大限の努力することを誓った。


 怒りに我を忘れるなんて…もっとうまくやるつもりだったのに…これでは俺の処分も避けられないだろう。でも、ルナの立場だけは守らねば。ああ…できればこのまま穏便に進めてベルと距離を縮めたかったな…と後悔先に立たずなことを考えて絶望感を覚えた。


 でも、さっき大変な目に遭ったばかりではあるが、ルナの無事を心から喜び、そして丸助に顔を舐められているベルの


「あら〜丸助〜、どうする〜カイ様に抱っこされますか〜?」


という前世そのままの口調と俺の目の前にブラーンと下げられた丸助の様子に、癒やされつつも泣きたくなった。そのまま丸助を抱っこして顔をペロペロ舐められながらトウワの屋敷に向かう俺の心は、見た目に反して重かった。


 屋敷ではトウワ子爵に父親と兄の不正や悪行を伝え、自分も市井に下る覚悟があること、多すぎる魔力をもつルナだけは養女に迎えて成人するまで守ってやってほしいことを願った。


 本当はもう少しいろいろ整えてからにしたかったが…今の状況ではそれしか言うことはできなかった。あまりに虫の良い話ではあったが、子爵はそれを検討しようと言ってくれたのだった。ありがたくて涙が滲む。


 そうは言っても、ベルとは離れる覚悟をしておかなくてはならない。どんなにベルが俺を家族同様に大切にしてくれていても、最悪を想定して、高望みをしてはいけない。そう思っているのに。


 ある時は、


「ルナ、私も魔法の練習をしていたのよ。ほら、カーメーハー…」


と言いかけて、恥ずかしくなったのかそのまま「ハァ〜〜〜」だけ伸ばす可愛いベル。


 うん、君はあの漫画大好きだったもんね。またある時は、魔鉱石に魔力を込めることができたと大喜びして飛びついてくる可愛いベル。


 俺は本当にこの子と離れることなんかできるんだろうかと慄きながら1ヶ月をすごした。ユーゴは俺のベルへの気持ちに気付いているようだったけれど、今後の行く末がはっきりしていないことから、時々ブチブチ言うくらいで、そしてその態度は決して冷たいものではなかった。


 果たして、ルナはトウワ家の養女となった。そして、俺は


「カイ、君は成人するまではうちに住むが、成人したら自分の領地に戻って領主となり管理するんだ。しっかり勉強するんだよ」


とトウワ子爵に言ってもらったのだった。俺は何度も頷き、お礼を言って泣くことしかできなかった。


 その後、とにかく俺はベルを大切にした。もちろん勉強も魔法も、領地の経営も、ユーゴやトウワ子爵との友好関係の維持向上も、全力で取り組んだ上で。それこそ前世の経験や知識を総動員してだ。


 そして数年後、とうとうベルと結婚の約束を取り付けることができた。ルナはあれから断罪された両親と兄から解放されたため酷い目に遭うことがなくなったので魔法学園に行くこともなく、優しいユーゴと良い仲になった。これでルナの魔力に気をつけていれば、ゲームのシナリオに戻ることはないだろう。



 こうして、タヴァナー領に俺と結婚するために来てくれたベルに、俺は本当のことを告げることにした。


「丸助、おいで」


 もう成犬で大きくなったけれど相変わらず丸いおでこの丸助を抱き上げて顔を舐められているベル。ああ、君は前世でもデコ助に同じように舐められて笑っていたね。


「お前はずっと可愛いねぇ。大好きよ」


 …何を言っている、ベル、君の方が100倍可愛い。いや、1000倍可愛い。そして俺は可愛いベル、君が大好きだ。いや、そんなことを考えている場合ではなかった。


「…俺達が結婚するなら、お前にも相手を見つけてやらないとな」


 ベルの腕の中の丸助のおでこを撫でる。本当はベルを撫でたい。でもそれは結婚するまで我慢しよう。これまで我慢していたのだから平気だ…やせ我慢ではないぞ。


「それはいいわね!丸助、どう?嬉しい?気が合う子に会えるといいわね」


「もう立派な成犬だし、早く見つけてやろうな」


「家族が増えたら嬉しいわ」


…今だ。


「そうだな、子どもが生まれたら、名前は…デコ助にしようか」


「ええ…って‥ええっ?」


 前世で飼っていた犬と同じ『デコ助』という名前に驚き俺を見上げるベルに、俺にできる最高の笑顔を作る。


「俺は最初から気付いていたよ、塔子。氷菓や芝すべりや緑茶の話をしてくれた時からね。一緒に行った北海道旅行を思い出したよ。ルナへの手紙の内容も君が言いそうなことだったし、それに丸助の名前を聞いて」


これはもう絶対だって思ったと言ったら、


「あ…あ…あ、あなたなの?」


と、思った通りの反応をしてくれた。


…そうだよ、俺だ。君を残して死んでしまって、未練が大きすぎたのかここに転生して、もしかしたらその未練の大きさで、人生を終えた君をここに呼んでしまったのかもしれない、君への愛が重たい俺だよ。


「塔子を残して死んでしまって未練が大きすぎたのか、気付いたらここにいた。発売されたゲームとはちょっと違うなと思ったけれど、マリエの思いを少しでも良い形で残したくてルナを大事に育てたんだ。塔子、君が来てくれて本当に嬉しかった。今の俺は君の推しではない人物だけれど、それでも選んでくれて幸せだよ」


「あ、その…あの…」


「これからよろしくね。ベルと塔子、呼ばれるならどっちがいい?」


「…ベルで…お願いします」


 なぜか目をつぶったまま返事をしたベルを抱きしめるまで、あと3秒。これからここでの人生が終わるまで君を愛すると誓おう。


ここでの人生が終わったら?また転生するかもね。うん、君にもう一度会うためなら、何度でも。

お読みくださりどうもありがとうございました!カイは書いていて楽しい人物だったので、別なエピソードも書きたいなと思いました。ハッピーエンドで嬉しいです。


→この後、『ジュエルナシリーズ3』として、『苦労は続くよどこまでも 〜妻に近づく攻略対象者との戦いの日々〜』を連載中です。なかなか進みませんが頑張ります。こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

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