2 妻との再会
カイの愛がダダ漏れです。見守ってやってください。
そんな感じでルナを鍛えながら2年間を過ごしていたが、ある日、攻略対象の1人であるトウワ子爵家のユーゴが父親と一緒に我が領を訪問することになった。
『いよいよゲームの始まりが近づいてきたということか?でも学園に入学するまでに随分と時間があるような…』
多少の不安を感じながら対面した俺は驚いた。話をしているうちに、一緒に来たルナと同い年の女の子、イザベル・トウワが前世の俺の妻の「塔子」だと気付いたからだ。
「イザベル・トウワでございます。カイ様、どうぞよろしくお願いいたします」
初対面のベルは外見は10歳の少女だった。栗色でふんわりカールした髪に青い目。最初は可愛らしく挨拶をしてくれたので俺も挨拶を返す。
「あ、ああ…カイ・タヴァナーだ。ルナと仲良くしてくれたら嬉しい」
「もちろんですわ。ぜひルナ様と一緒にトウワ領へいらしてくださいね!ここに来るまでに私とお兄様で熱々のサンドイッチや冷たいヒョーカという食べ物、それに草の上を滑り降りる芝すべりという遊びを考えついたので、きっと道中も楽しんでいただけます!」
「ヒョーカ…シバスベリ…ええと、それは…」
『えっ?冷たいヒョーカって氷菓かな?…シバスベリは…ああ、芝すべり?…ちょ、待て、これって…この子も転生者?』
いろいろ考えてしまって返事をしかねている俺に、ベルはニコニコ笑顔を向けていた。そして次々と、トウワ領でアイディアを出してきたという前世でお馴染みの食べ物や飲み物について、俺に教えてくれた。
その説明の時の手をヒラヒラさせたり拳を握ったり頷いたりする身振り手振り、美味しいものについて話す時の右斜め上を見てうっとりする表情は…おい、塔子、君か!?年齢も見た目も全然違うのに、ちょっとした仕草や表情に妻が見え隠れするのに心底驚いた。そして、
『一体どうして…君も前世で死んだということか?そんな…』
とショックを受けた俺だったが、同時に彼女に再び会えた喜びに心が打ち震えた。
そんな俺の気持ちには微塵も気付かず、塔子、いやベルはトウワ領でいろいろ美味しいものを作ったと自慢気でなんだか楽しそうだった。んん?君、いつ転生したのかわからないけど、俺がいなくても楽しそうだね…?ちょっと恨めしい気がしたけど、彼女だってここに俺がいるとは想像もしていないだろうから仕方がない。でも、気付いた時には喜んでくれる、はずだ…よな?
まあ、そう思って見始めればもうベルは彼女でしかなく、
『…チーズを挟んだ熱々のサンドパンって、あれか?一緒に行った北海道旅行で食べたあれか?』
『おい、私ってば今すごくいい感じのことをしている!ってあの得意気な顔になってるぞ』
なんて感じで、ベルの中に塔子の面影を見つけて心奪われ、もう目が離せなかった。
そして、この短い初対面の間に、
『この世界でも絶対にこの子と添い遂げる!』
と決心した。
年齢とか関係ないんだ…と我ながら呆れたけど。いつだって妻はコロコロと丸くて小さくて、機嫌がいいと鼻歌が出る子だった。でも機嫌がいいのはいつものことだから結局始終フンフンいっていて、子どもたちから『お母さん、いつも楽しそうだよねぇ』『嫌なことないの?』と聞かれていた。
塔子は『え?嫌なこと?あるよ、あるに決まってるじゃない。例えば…ほら、今日はあのお店に行こうって決めて出かけると休みだったり、せっかく行ったのにショップカードを忘れたり…とか?』と答えて子どもたちに微笑まれていた。くぅぅ、可愛いんだよ、そういうとこが。
一瞬で思い出した妻の可愛いあれこれから生じた衝動をなんとか封じ込めて
「ありがとう、ルナがトウワ領に行く際には必ず一緒に行きます」
と田舎暮らしとはいえ貴族の令息らしく答えた俺に、ベルはまたニッコリした。
いや、君、シメシメって顔してるよ?多分ルナがトウワ領に行くこと、そこにカイも行くことが大切だって考えているんだろうな。塔子、君もルナが幸せになるように何か作戦を立てて(いるつもりで)頑張っているんだね?よし、じゃあ俺もそれにのってやろうじゃないか。そうすることでベルとのつながりができるのだし、断る理由なんてあるわけがない。
こうして俺は遠くにいる彼女と一緒にルナの幸せのために努力しようと考え、子爵親子が帰った後はこれまで以上にルナの魔法の練習に力を入れた。
ルナは魔鉱石に魔力を込めることもできるようになった。これなら最悪俺とルナがここから追い出されても何とか生きていくことができる、そう思える状況ができてきた。
そうする間にも、ルナとベルは文通を始めていた。もちろん内容は教えてもらう。
「お兄様、ベルからお手紙が届きました!」
「へぇ、ベル嬢は元気かい?」
「ええと…ベルが考えたベーコンチーズサンドが人気だそうです。売上はベルももらえるので何か商売をしたいそうです。ベルってすごいわ!私も見習わなくちゃ!あとは、ブランコ?というものも作ったそうよ。木に下げて乗るものだそうです。乗る?どうやって乗るのかしら?」
「へぇ…今度遊びに行った時に聞いてみるといいね」
「はい、そうします!」
『商売ねぇ…バッドエンドを避けるために、ルナに自立心をもたせたいってとこかな』
ゲームのバッドエンドルートを思い出して考える。うん、彼女の考えそうなことだ。でも大丈夫、俺もしっかりその辺考えてるからね。ブランコは頼むから落ちないでくれ、と思った。
「お兄様、またベルからお手紙が届きました!犬を飼い始めたそうです」
「そう、それはいいね」
「名前は、ええと、マルゥスケだそうです。可愛い感じがするけれどどういう意味かしら?」
「っっ…丸助か…」
「どうしたのですか、お兄様?」
「いや、なんでもないよ」
『昔飼っていたデコ助と同じでおでこかどこかが丸いんだろうな。ネーミングセンスが相変わらずだ…』
犬と遊ぶ前世での塔子の姿を思い出して切なくなり、また犬と遊ぶこの世界でのベルの姿を想像して胸を熱くさせた。犬はどんな犬種か想像つかないけど、ペロペロ舐められて笑う彼女の姿は容易に想像できる。ああ…俺っておそらく、いや絶対気持ち悪い奴だわ。やめられないけど。
こんな風にルナに届く手紙でベルの様子がわかるので、何となく彼女が近くにいるような感じがした。
きっと楽しく頑張っているんだろうな。相変わらずポジティブだろうな。そんなところがまた…いけない、油断するとすぐに昔の彼女を思い出してニヤけてしまう。しっかりしなくては。なぜなら俺にはこの後大きな仕事が待っているから。油断して失敗するわけにはいかない。まだ小さなこの身体では足元をすくわれかねないのだから。
お読みくださりありがとうございます。あと一話です。