1 娘の作ったゲームに転生したようだ
目に止めていただきありがとうございます。
「ジュエルナシリーズ」…という程の長さではありませんが、『定年退職して悠々自適のはずが転生して10歳とは?』の登場人物カイの視点でのお話で、全3話です。よろしくお願いいたします。
俺の名前は伊皿子隆史。読みは『いさらごたかし』だ。
公務員で定年目前だったのに、無理をしながらとある事故対応をしていて仕事中に倒れ、搬送先の病院でそのまま死んだのだと思う…多分だけど。
ウッとなって前に屈んだところまでは覚えているんだよ。あと周りが慌てて救急車呼べって言ってたの。でもそこまで。そして気がついたら転生していた。
もちろんその時はすごく焦って、ヒーってなった。なんか金髪緑目の子どもに姿形が変わってるとか、日本じゃないとか、訳がわからなかったし。うずくまって、床に頭を何度もぶつけて、もう一回死ねばいいんじゃないかって思った。でもそんなことにはならなくて、コブがいくつもできただけだった。痛かった。
とにかく急にこんなことになって絶望したけど、一番大きかったのは妻の塔子ときちんとお別れできなかったことだ。自慢じゃないが俺は妻を愛していたし、今でも愛している。大学で会って一目惚れして、付き合ってもらうためにものすごい努力した。今ここで言ったら多分引かれるくらいのこともした。
そうやって結婚できて、本当に大事にしてきたのに。もうすぐ定年退職だから、そうしたらまた二人で昔みたいにあちこち旅行したりのんびりすごしたりしようって思っていたのに。何も言えないまま別れてしまった。こんなのってないだろ。
家族はベッドに潜り込んだまま泣いたり叫んだりする俺をおかしくなったと思ったようで避けていたけど、妹だけは心配して看病してくれた。優しい妹だ。
数日経って落ち着いてきて、その妹にこの世界のことを聞いているうちに、ここが前世で娘のマリエが制作に関わった人気ゲームアプリ、『ルナと魔法のジュエル』通称『ジュエルナ』の世界で俺は主人公ルナの兄の「カイ」だと気付いた。
『…まさか…終わった…』と思った。とっくに前世は終わってるけど。
ゲームの主人公のルナの兄、男爵家の次男である現在10歳のカイは脇役だけど悪人ではなく、なんとなく主人公の待遇を気にして育ち、そのうち近隣の領地に住む子爵家に相談するという役割がある。
そうすることで、そこの息子が攻略対象者の1人となるわけだ。けれど逆を言えば、カイは主人公が育って魔法学園に行くまでは特に出番もなく家で大人しくしている役だった。
でも、ルナが、こんな8歳の小さな妹が家で虐げられているのを見てそれまで放っておけるわけがなかった。都合のいいことに、この世界、そもそも発売されていたゲームと違うところが端々にあるから、ゲームの強制力もきっとそこまで強くない。それならもう自分の好きなように暮らしてしまえ、自分の意思でやった結果に悔いなし!と思ったのだった。
前世で折角娘が作ったゲームの主人公が幸せになるなら早いほうがいいし、どうせ自分は脇役だし、今から気をつけていればそんなに酷い目に遭うことはないだろう。
何より、このゲームは娘に頼まれて妻と遊んだ幸せな記憶とともにあるから、絶対にハッピーエンドにしたかった。二人で毎日のように遊んでいたこともあり、馴染の世界と言えるくらいだから、そんな風に決心さえつけば事はそう難しくはなかった。
世界観に戸惑うこともなく、考えなしの父と兄にバレないようにさえすればまあまあ快適と言える生活を送ることができた。塔子がいないことにだけは慣れなかったけれど…。
ここに来てしばらくは、ずっと一緒にすごしているルナが塔子だったら…と思った時もあったけれど、それでは兄妹以上にはなれないからダメだ。
それなら、攻略対象の1人である黒髪茶色目のなんとかっていう文官に転生したかった。塔子は俺に似たデザインの文官が推しキャラだったから。あれは本当はマリエに頼んで俺に似たのを入れてもらったんだ、地味でも塔子には刺さると思って…まあ、だいぶ娘に出資したけど。
なぜなら塔子は俺の見た目が大好きだったから。自慢かって?もちろんだ。そしてその目論見はあたって、彼女はキャーキャー言いながら攻略していたものだ。だから塔子がこの世界でルナに転生したならきっとその文官を選ぶだろう。
ははっ…そうだよゲームの中でも俺を選んでほしいと思うくらい妻が好きだったし、本当はゲームでも余所見なんてしてほしくなかった。せめて俺に似たキャラを推してほしかった。キモいと言うなら言え。
でもそんなことにはならなかったから、ルナの幸せを願って兄として精一杯行動した。地味に目立たずすごしつつも、ルナには魔法学園に入学前から、魔石から魔力を引き出してそれで物を温めるといった小さな魔法から教えていった。
ルナは素直なイイ子で、俺がこっそり魔法を教えたり、社会の仕組みについて話してきかせれば頷いて自分のものにしようと練習も勉強も努力できた。
「ルナ、お前には魔法の才能がある」
「えっ?ほんとうですか?うれしいです」
「本当だ。でもそれをダニエルや父親に知られると今以上にお前は困ることになる」
「うーん…それはいやです」
「そうだろう?だから話してはいけない」
「はい、いいません!」
「俺と一緒に練習しておいて、もっと嫌な目に遭いそうなら二人で出ていけるくらい力をためよう。できるな?」
「はい!できます、がんばります!」
『ルナ…いくら主人公だからって、こんなに素直で大丈夫なんだろうか?』
心の中で心配になったけれど、できることからコツコツとだ。その日から俺はルナに魔法の使い方を教えた。魔石から魔力を引き出して使うこと。まずはそこからだが、ルナはすぐにできるようになった。
それは理論上・歴史上は、物や周囲を温めたり冷やしたりする以外にも身を守ったり怪我を治したりすることに使えるとあったが、普通の人はできて2種類くらい。だけど、ルナは全てのことに変換して使えた。結局2年間で魔法の制御は驚くほど上達して、改めて主人公ってすごいな?と思ったものだった。
気が弱いのはなかなか改善しなかったけれど、性格だから仕方がない。人に会ったらなるべく笑顔で挨拶するとか、どちらがいいかの選択はできるとか、シチュエーションごとに望ましい行動がとれるくらいで良しと考える。これは前世で新人研修の担当をしたのが役立った。
参ったのは兄のダニエルで、こいつは呆れるほど嫌な奴で、父と二人で浪費と贅沢を楽しんでいた。俺はいつか二人を排除するためにと家令に頼んで二人の不正の証拠を集めていた。
同時に、うちが没落、いや最悪取り潰しになっても、今、働いてくれている者たちがどこかでやっていけるようにと準備を進めた。
家令は俺の考えがうっすらわかっていたようで、何も聞かずに動いてくれた。多分俺が他の子どもよりも大人びていることにも気付いていると思うんだけど、そこにツッコむことはなかった。普通に仕事ができて信頼できる大人が身近にいるってホント大事なことだと思った。俺も体は子どもだけど中身はいい大人というかもうすぐ定年の予定だったのだから、頭を使って役に立とうと思った。
お読みいただきありがとうございます。




