♰09 再びの地上は三ヶ月ぶり。
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キンバリー子爵がいない……?
なんでだ? 何かあった……? いやでも、呼ばれてないし…………。
どういうことかと顎を握って考え込んでいたら。
「お嬢さん、キンバリー様にご用ですか?」
門の向こうから、ひょっこりと覗き込む猫背の中年女性が話しかけてきた。
「はい。留守のようですが、キンバリー子爵家の方々はどうかしたのですか?」
「あら、知らないのですか? キンバリー子爵様は、キンバリー伯爵となって領主様になったのですよ」
…………なんですと!?
え? ジョンが領主になっちゃったの……?
悪徳伯爵の後釜に座っちゃったのか……。どうしてそうなった案件である。
元領主があまりにも評判が悪かったために、一番評判のいいキンバリー子爵のジョンに白羽の矢が立ったとか。今は元領主の屋敷の次に豪邸の家にいるはずだとのこと。
ありがとう、モブおばさん。助かったよ。
まぁ、召喚主の元にひょいひょい『転移』は出来るんだけどね。
その場に、他に人がいたらマズいので、それは避けておく。
なので、街観光ついでに、その新領主の豪邸に向かった。
田舎だというけれど、中世風の中でも整った街並みだと思う。
あ。ケーキ屋さん! 美味しそう。
よだれを垂らす思いで見ていたら、ケーキ屋の亭主に「どうだい?」と言われたけれど、苦渋の思いで「お金が、ないんで」とやんわり断った。
そう。一文無し悪魔です。
「そ、そうか…………。クッキーの試食なら」
クッキーを恵んでくれたので、喜んでいただいた。わーい! もぐもぐー!
ホロリとした様子の亭主、形の崩れたケーキも一切れ、くれた。わーい!
そういうわけで一文無し悪魔ちゃんは、街観光もそこそこに足早に新領主の屋敷まで来た。
がしかし、立ちはだかる門番。槍を持って武装している。
そんな門番に、なんて言えばいいんだろう。
いきなり領主様に会いたいなんて言って通してもらえるわけないもんね。先ぶれとかないとだめだよね。
だいたい、関係はなんだって話で『ジョンの悪魔です♡』と言えるわけがない。
「何用ですか?」と、立ち尽くす私を見かねて話しかける門番の一人。
「元キンバリー子爵家の方々と縁があり、会いに来たのですが、先ぶれも出せずに来てしまったため、どうしたものかとあぐねをかいていました。どうした方がよろしいでしょうか?」
と、丁寧に言ってみる。
「元キンバリー子爵家の方々……? すまないが、誰がそうか、わからない。名はなんだ?」
「子爵だったジョン様。サムさん、マイキーさん、デイクさんです」
私が知り合っているのは、その四人だけだ。
流石に、いきなり新領主には会わせてもらえないだろうが、使用人の三人の方からアポを取れるかもしれない。
「ああ、デイクさんなら伝えよう」
「赤い髪とローブの少女が来たと言えばわかるかと」
「? わかった。デイクさんが見つからなければ、庭師のマイキーさんに声をかけよう」
彼らは私の名前を知らないので、とりあえず、容姿でピンとくると思い伝えた。
不思議そうな顔をされたが名前を聞かずに、一人が呼びに行ってくれた。
残されたもう一人から、聞き出すことにした。情報収取だ。
「キンバリー子爵家が伯爵家に変わり、新しい領主となったなんて驚きました」
「まぁ、死んだ人を悪く言いたくはないが、悪い噂が絶えない人だったからな、前領主。善良なキンバリー子爵は仕事も出来る善良の人だから、王都の騎士団の調査で僅か半月足らずで国王陛下が決定を下さったんだ」
「へぇー…………って、半月!? 半月も経っているのですか!?」
あれ!? 一週間かそこらじゃないの!? いや、魔界で夜はもっと来たっけ!? あれれ!?
動揺する私を怪訝に見つめた門番は、さらなる衝撃なことを言った。
「いや…………もう新領主と決定してから、三ヶ月は経つぞ」
…………!!?
じ、時間感覚が…………絶対におかしい!
魔界と時間の流れが違う? 暢気にポケーと満月見つめすぎて数え間違いした…………? 教えて、『祝福』さん!
【魔界の時間経過は、地上とは異なり、入り乱れています】
入り乱れる時間経過って…………こわ。狂いまくりってことかよ。
先言ってよ。迂闊に魔界に長く滞在していたら一年は経っていたかもしれない、危ない危ない。
【『観察眼』:疑心】
っと。変な反応をしたから、門番が怪しみだした。
ハッ! 最初から『魅了』使えばよかった!
いや、待て。三ヶ月前の操作で『魅了』の痕跡でも見つかっていたら、アウトじゃん! ジョンの立場が危うくなる……! 使わなくてよかった……。
「ところで、冒険者のなり方って知ってます?」
なんて、壮絶な急カーブして話を逸らした。
「冒険者? そうだな…………冒険者と言えば、やはり力ですな!」
生き生きと答えた門番。
「力、ですか?」と首を傾げてしまう。脳筋かな。
「いやはや。力があれば何かと許されるところが冒険者にありますからね。もちろん、冒険者には冒険者の矜持を守る者もいるでしょうが、荒くれ者が目立つのですよ。命を張っているのですからしょうがないかもしれませんがね。魔法使いの方ですか?」
「ええ、まぁ、一応。戦闘面は不安ではありますが……」
力ある冒険者は免責がある、という意味かな。
それもそうか。騎士団の助っ人などをこなしてくれる臨時の戦闘員。厄介な魔物の討伐もしてくれるのだから、一目置く人材達だろう。その強さってどのくらいだろうか……。
地上滞在中、調べて手合わせでも頼もうかなぁ。
バンッと慌ただしく玄関の扉が開かれたかと思えば、見覚えのある茶髪でそばかすの青年がいた。黒の燕尾服を着ていたが。
「デイク~!」
従僕だったデイクだったので、手を振った。
「あっ……! あっ……! おお、お久しぶりです!!」
悪魔様、と呼べるわけもなく、とりあえず、挨拶をするデイクも手をブンブンと振り回す。
「子爵邸にいないからびっくりしたよ~」と、のほほんと声をかける。
「あれから色々ありまして! あ、どうぞ! 中へ!」
ペコペコしながら、デイクは招き入れてくれた。
門番はその対応に目を点にしていたが、門を開けてくぐらせてくれた。
「デイク。それ執事服?」
「あ、はい。旦那様が領主として伯爵位を賜ったことを機に、執事に昇格したんです」
デレデレしながらも、姿勢正しく歩いて応接室まで案内してくれた。
「ジョンは? あ、伯爵様とか呼んだ方がいいかな?」
「あー、その方がいいかもしれませんね。素性を隠すなら余計に。我々古参の使用人も、高位貴族に仕える使用人として教育を受けたんですよねぇ」
メイドにお茶を指示して二人きりになったあと、デイクはそっと声を潜める。
確かに素性不明の小娘が、領主様を呼び捨てしちゃだめよね。うんうん。
「旦那様は今視察に向かっています。伝言を頼んだので、すぐに帰ってくるはずです」
「え? 忙しいのにわざわざ? いいのに」
「だめですよ! あなたが来ているのに知らせない方が、自分が怒られてしまいます! ……それに、奥様も同行しているので、視察したあとにデートをするに違いありませんので、知らせないと」
「仲良いんだね……」
めっちゃ妻が大事だって惚気は聞いていたけれども。視察ついでにデートとは、お熱い。
「そういうデイクは? リサさんとは?」
ちょうどメイドがお茶を置いたところなので、呼び捨てにびくりと反応した。デイクも呼び捨てはマズイかな。
「じ、実は……。あ、料理長に赤い髪の恩人様がいらしていると伝えてください」と、デイクは頬を赤らめつつ、去るメイドに伝言を頼んだ。
「じ、じじ、実はっ……リサが妊娠していると、再会した時に知らされたので、入籍しました」
「ほんとっ? よかったね! おめでと〜!」
パチパチと拍手して祝う。
真っ赤に照れるデイクは「オレは昇進しましたし、手当てもいただけたので、リサは退職中です。様子見で復帰も考えてます」と答えた。
「これも、あなた様のおかげですよ」
「あ、そうだ。私のことはルビィって呼んで」
「? はい。ルビィ様とお呼びしますね」
キョトンとしながら、すんなり受け入れるデイク。
「私を堂々と招き入れるってことは、特に問題は起きていないんだね?」
「あ、はい。好転ばかりですね。この三ヶ月はてんてこ舞いではありますが、王都からの助力もあり、着実に領主を務めていらっしゃいます。前任者が悪徳ですからね……他の貴族からの理解も、領民の支持も受けています」
自分のことのように胸を張るデイク。
つまり、疑いの目は一切向けられていないのか。それはよかった。どころか、棚ぼたか。すごいな。
ガチャリと開いたかと思えば、ケーキを持ったサムがやってきた。
「お久しぶりです。再会の祝いに、特製ケーキをどうぞ」
「サム! ありがとう! しゅき!」
チョコレートフォンダンをベースにクルミを入れてはベリーソースをかけたケーキ。いただきます!
「え? ルビィ様のために毎日焼いていたの? このケーキ」
「いつ来てもいいように用意して毎晩の皆の夜食にしていた……ん? ルビィ様とは?」
「あ、私のこと。そう呼んで」
「……」
サムが、ポカンと固まってしまった。
私は、モグモグと口いっぱいに入れて味わう。
とろけるほどに絡みつく濃厚チョコ味と、甘酸っぱいベリー味がたまりませんな。
「私、元子爵邸から歩いてきたついでに街観光したけど、一文無しだから、口寂しかったんだよね」
サムがオロオロと視線を彷徨わせて、私を凝視している。
首を傾げたら、ローブのフードに入れた髪が肩からサラリと落ちた。
「あれ? ルビィ様、髪伸びるの……早すぎません? 普通?」
「いや、普通は変わらない種族のはずだ……。失礼、ルビィ様。そのお姿はずいぶん成長した姿のようですが、変装ですか?」
デイクに答えてから、サムが確認する。
普通、食事も必要ない悪魔は、あまり容姿が変わらない種族なのだろう。明らかに成長している私に不安げだが、角を隠すように姿も魔法で変えているのではないかと確認してきた。
「ううん。ここ隠してるだけで、あとは素だよ。ジョン……様が来たら、一緒に聞く?」
頭の方を指差して、角しか変装していないと示す。
イマイチ察知していないデイクは「あ。じゃあ、マイキーさんも呼びましょう」と窓を開けては手を振った。
中庭にいた庭師を呼んでは、マイキーに伝言を頼んだ。
その間も、サムは呆然としている。
「お久しぶりです!」
伝言を聞いてすっ飛んできたマイキーが、笑顔で挨拶をしてくれた。
こんなに歓迎される悪魔って、私くらいなのかもしれないなぁ、とのほほんと手を振りながら思う。
自慢の茶葉を持参してきたマイキーが淹れてくれた紅茶も美味しいものだった。
紅茶を啜っている間に、ジョンが帰宅して、応接室に入ってくる。
これまた喜びで目を輝かせて明るい笑顔を見せて来た。
歓迎されちゃう悪魔。
次回は、ジョンsideです。
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(2023/12/09)