♰03 願いを叶える赤き悪魔。
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地下部屋を出れば、キンバリー子爵家は洋式の大きな別荘のような建物だとわかった。
すでに夫人を含む住み込みの住人が逃げたあとなので、閑散とした雰囲気。
やっぱり、なんちゃって中世風の世界観なのだろう。
玄関先の姿見で、転生した自分を映して確認。
透き通る真っ赤な赤い髪。肩に触れるくらいの毛先が内巻きカール。お人形のように色白の肌と大きな瞳。瞳の色はダークレッドで、金色のハイライトが入っている。13か14歳の美少女だ。
頭の上の角は、黒。ぐるりとした小さな角、二つ。悪魔らしい要素はそこぐらいね。尻尾もなかったし。
角を隠す頭巾をかぶりつつ。
「ところで、どうして悪魔に頼るという手段を選んだの? キンバリー子爵」と尋ねた。
「ジョンでいい」と言われたけれど、私には名乗る名前がなかった。しょぼん。
「悪魔の私が言うのもなんだけど、悪魔頼りはあまりよくないことなんじゃない?」
「……ああ。だが、友人が『悪魔召喚』の方法を詳しく知る人物を知っていたことを思い出して、これしかないと思ったんだ。捨て身の苦渋の選択だった」
「つまり、『悪魔召喚』は禁忌のような手段だという認識で間違いない?」
「そうだな。贄も必要になるし、忌避されることだ」
この異世界を知らないから、人間の通常の認識を知りたい。
が、これはまだ取り引き内容が成功していないのに知識を得ていることになるから、これ以上はやめておこう。報酬は成功後に。
子爵邸に残された荷馬車に乗って、ダバス伯爵邸の近くまで行く。屋根付きの荷馬車は、もしものためのジョンの移動手段だったらしい。
「じゃあ、ジョン。伯爵邸が燃えたら、成功したと思って。陽が出ても何もなければ、奥さんを追って。伯爵だけは殺せるように最善は尽くすわ」
いざって時は魔法連発で仕留めるわ。
「報酬を受け取ってもいないのに、それでいいのか……? どうしてそこまで……」
「んー。理由をつけるなら、あなたのおかげで生まれたようなものだから? そういう縁で願いを叶えたいだけよ。可哀想だから、助けたいというのもあるけれど」
「悪魔なのに、本当に人間的だな……ありがたい。よろしく頼む、悪魔殿」
結構打算的だけどね。ジョンを情報源にして、この異世界を生き抜こうとしているし。
ちゃんと等価交換するのだし、大袈裟に感謝しなくてもいい。
普通は使用人は裏口で出入りをするというので、裏門からの侵入を試みた。
門番が一人、当然いたので、歩み寄った。
特に警戒を強めた様子もなく、見据えてくる門番に、にこりと笑いかける。そして、『魅了』を発動した。
【『魅了』状態】
「中に入れてください」
「ああ」
すんなり『魅了』にかかった門番の男は、門を押し開いてくれた。楽勝だ。
難なく、伯爵邸に侵入成功。
こういうバレたらヤバい悪いことをするなら、ハラハラドキドキするものだろうけれど、全然平然と闊歩する私。
肝座りすぎだと、自分でも思う。
「申し訳ございません。旦那様の執務室はどちらでしょうか? 私は新人でして……」
すれ違おうとした従僕らしき男性を引き留めて、うるりと悲しげな顔を見せて『魅了』する。
ぽーとした彼はすんなりと案内までしてくれた。
「ありがとうございました。戻っていいですよ」と笑顔で追い払ったあと、注意深く、中の気配を探る。
扉が大きく分厚くて、中に人がいるかどうか、わからない。どうしようかな。
ここまで来たら、強行突入してしまおうか。金庫の中を燃やし、念のために執務室を燃やす。それで厄介な誓約書は消せるはず。
確実なのは、全て燃やした上で、伯爵も亡き者にすることだ。
…………結局、色仕掛けかなぁ。悪徳貴族おっさん相手は嫌だなぁ、やれやれ。
肩を竦めつつ、執務室の扉をノックをする。
「失礼いたします、旦那様」
返事を微かに聞き取って、扉を開いて中に入った。
執務室の奥にはどっしりした机があり、そこに書類仕事をしている小太りの男がいる。ネクタイが白いし、標的に間違いないだろう。
一人か。都合がいいな。
「誰だ? いつものメイドは?」
いつものと言うなら名前で呼べばいいのでは。その一言だけで、傲慢さがわかる。
「私は新人のメイドです。旦那様。私は可愛いでしょうか?」
自分で言っておいて、オエッと思う。
なんだろうね、このあざといというか、なんというか。開口一番に可愛い? と問うのは、頭がお花畑としか言いようがないと思うんだ。
それなのに小太りの悪徳伯爵は、下劣な笑みを浮かべて、品定めする目で見てきた。それを利用して、サクッと『魅了』した。ポーとしている間に、背後の扉の内鍵をつけておく。
「旦那様。今まで脅してサインさせた誓約書。どちらにあるのです?」
歩み寄りながら、ニコリと尋ねた。
そうすれば金庫ではなく、右の壁に並ぶ棚の中だと言う。
「じゃあ金庫の中はなんですか?」
誓約書の束を取り出して、確認しつつ、聞いてた通り大きな金庫の中身を問う。
「金と宝石だ」
「まあ。とても蓄えているのですね」
「もちろんだ。世の中金があればいいんだ、金が全てだ」
音もなく、フッと嘲笑ってしまう。
金が全てなんて…………こうして脅して金を奪うための誓約書を奪われているのにね。それに、お金で命を守れるのかしら。今。
ジョンの名前を見付けて、内容を読む。多額の金を借りたから、必ず返すという誓約。
「これ。本当にお金を貸したの?」
「いいや、権力で貸したことにしただけだ。力が弱いのが悪い」
誓約書を見せてやり、確認した。裏は取れたか。
「これ、もう写しはない?」
銀行とかにあるとか言われたら困るわ。
でも「これだけだ」とのこと。
【魔法具インク】と、サインの部分に説明が浮かぶ。
これで夜逃げしても、追跡が可能なのね。
「旦那様。家族は?」
執務机の上に、家族写真はない。
「家族など煩わしい。たくさんの愛人だけで十分だ」
お金の使い道ですね。わかります。
そうなると、財産分与はどうなるのかなぁー? お金はわざわざ燃やさなくてもいい感じ?
考えつつ、執務室なのに棚には酒瓶があったので、それを手渡して「飲んで」と言っておく。
ゴクゴクと、伯爵は豪快に飲み始めた。
「金庫の番号、教えて」とメモを破って、そこに書かせる。それをポケットにしまう。
「じゃあ、死んで?」
「な、何を言う!?」
「あれ?」
【『魅了』状態:解除】されてしまった。
衝撃的な命令をしたせいか。自決は、これしきの『魅了』では不可能ということか。
「な、なんだ? わ、私はなんで……?」
「しょうがないな。まぁ、悪魔だし、甘んじて手を汚そう」
「ひい!? 悪魔だと!?」
青ざめて震え上がる悪徳伯爵。
どこまで『魅了』状態の記憶が残っているかもわからない。ジョンの署名が入った誓約書を見せてしまったので、ここはやるしかない。
殺すと書いて、ヤルである。
酒瓶を掴んで、ドバドバと中身をぶっかけた私は、コロンと床に転がしておいた。
「な、何をする!」
「悪徳伯爵の丸焼きにする」
ニコリと笑って、手を翳す。
「【火球】」と唱えれば発動して、火の玉が伯爵にぶち当たった。
燃える伯爵よりも、『MP』ケージを気にする。
ちょっと減った空白があった。この屋敷を燃やすには、ちょうどいいかな。
お酒のアルコール度数も高かったおかげか、すぐに火だるまになる伯爵に、また一つ『火球』を放っておく。
そのあとすぐに、伯爵に向かって、誓約書の束を放り投げる。あっという間に燃え尽きる紙。
見届けたあと、廊下を出て、そこにも『火球』を放って、火の海にした。
煙が広がってようやく、使用人達が慌ただしくなった。逃げ惑う中、空いている部屋に入っては、ポンポンと『火球』を放って燃やす。
【条件達成により、火柱が使用可能になりました】
お。新しい魔法を覚えた。ちんたら歩いて、あらかた避難が終わったであろうところで、屋敷にまんべんなく『火柱』を使用した。ごっそりケージは減って、残り五分の一となった。
うん。これで全焼だな。
あわあわとしている使用人や兵は「水だ水!」と騒いでているだけで、消防する能力はないようだ。大半が呆然と野次馬化している。
私も少しの間、見上げたが、隣の兵の男性にしなだれた。
「ごめんなさい、怖くて上手く立てない……」
猫撫で声を出す。
放火本人が何言ってんだろうね、とか心の中で一人ツッコミ。
ウルウルとしながら「送ってくださらない?」と尋ねるが、初手から『魅了』をかけ済み。
ポケーとした兵はそのまま、私を支えるようにして歩き出してくれた。
端から見れば、恐怖のあまり介抱されているメイドにしか見えないだろう。
ジョンと別れた場所で「ここまででいいです」と戻らせた。
そこから、待ち合わせに指定した家の裏へ回ると、荷馬車と丘の向こうの煙を見上げるジョンを見付ける。
「成功しましたよ」と言ってから、本当にミッションクリアしたのだろうか、と疑問が過った。しかし、杞憂だ。
【成功】と、ジョンが提示した願いの文章の下に、その文字がポンと浮かんでいる。
よかった。あの悪徳伯爵の汚い手から、解放されたな。
「や、やったのか……あ、あ、あり、がとう……」
まだ信じられない様子で呆けているジョン。
「『魅了』で色々聞き出しておいたし、誓約書は全て燃やしたわ。それから、これは金庫のパスワードよ。領民が困ってはいけないと思って、一応聞き出しておいた。金庫が無事とは限らないけれど、残っていたら少なからず助かるでしょ?」
そう言って、メモを手渡して握らせた。
「そこまで、考えてくれて……」
「伯爵本人も性根が腐りきってたから、私の判断で燃やしておいたわ」
感涙を込み上がらせているところ悪いが、正直私がやったことは人殺しに他ならない。感動もそこそこにしたまえ。
「残るは、捜査がどれほどのものか、ね。それによってはあなたに疑惑が向く可能性があるじゃない? 怪しまれてないと確信がつくまで、パスワードは使わない方がいいわ。パスワードを知っている理由としては、相応しい理由は作れる? 酔った時に聞いたとか、そんな感じ」
「あ、ああ。泥酔したところを介抱したことがあるから、その時に口を滑らせた、とかでいいだろ?」
「それがいいわ。あの火事で無事ということは、開けるのも苦労するだろうから、パスワードは使えると思う。で、問題の捜査だけど、とりあえず、私は身を隠す。目撃者はいないと限らないしね。聞き込みで私を見かけたのにいなくなったとなれば捜索が始まるでしょ? 早く子爵邸に戻りましょ」
荷馬車に乗って、ジョンが発車させた。
「どの程度の捜査が行われるのかしら? わかる?」
「貴族、それもこの地の領主となれば、王都から捜査する騎士団や調査員の文官が派遣されるだろう。事件性を調べたら、速やかに次の領主を決めるためにも大規模になるはずだ」
「殺人だと疑われるとしたら、私の姿を目にした者が証言するか、または『魅了』にかかった兵に気付いた時ね。どちらにせよ、私という殺人犯が、あなたと結びつかないようにすればいいわ。奥さん達は使用人の故郷の街に、一時避難しているのよね?」
『魅了』が使われた痕跡に気付かれるかは博打。
ジョンの奥さん達は、使用人の一人の故郷の街で一時避難していて、ジョンを待っているとか。
三日経っても来なければ、手配した街に移り住んで隠れて住むと予定だった。
「まだ様子見にして、使用人は最低限だけ戻して。それもいつでも動けるような人材に絞って。奥さんは使用人と旅行に行っているということにしましょう。安全と判断したら、戻るように伝えて、いつも通りに過ごすべきよ」
「あ、ああ。それがいい。すぐにでも早馬で手紙を届けよう」
手紙の内容も、万が一、部外者に読まれることを危惧して、”私は行けなくなったので旅行は取りやめようと思う。動けやすい使用人は戻ってきてほしい。君はこのまま旅行を楽しむといい”という文章に決めた。
これで伝わるといいが。ぶっちゃけ楽しい犯罪計画だ。
「私は」チラリと『MP』ケージを確認すると、まだ半分も回復していなかった。自動で回復するだけマシかな。
「一晩休ませてもらったら、魔界に戻るよ」
戻ると言っても、行ったことないけど。
口にしたからなのか、【魔界へ戻りますか?】という文字が浮かんだので、ノーと答えておく。
いつでも戻れるらしい。
悪魔転生者の異世界ライフです。
時には悪魔らしく、悪魔らしかぬ、魅力的な悪魔主人公。
ジャンルはいつも恋愛だったので迷いましたが、
イケメン魔物に言い寄られても、相手しないな……ってことで、
ハイファンタジーに設定します!
ざまぁモノで、断罪した令嬢が実は悪魔だったり、裏で悪魔が手引きしたり……! なんてネタの悪魔が、この主人公だったりしたらいいな! というのも目論んでます!
当分は最強主人公が試行錯誤で成長していきます!
今日は3話、明日は4話の、合計7話更新をしたら、
翌日から19日まで、毎日更新の予定です!
よかったら、お付き合いくださいませ!
いいね、ブクマ、ポイント評価も、よろしくお願いいたします!
(2023/12/06◎)