♰24 ツンデレ精霊王の陥落。(リスタside)
三人称視点→ ○♰○♰○
リスタヴィンスside。
○♰○♰○
精霊王リスタヴィンスは、この上なく不機嫌だった。
「ルビィは?」
「ルビィルビィ」
「ルビィ来ない」
僅か一日で妖精達は、ここずっと訪れていた悪魔の名を恋しがって鳴く。
「ええい! 妖精が悪魔に懐くとは何事だ! 誑かされておって!!」
顔周りを飛び回る妖精達を、リスタヴィンスは羽根虫を払うように払い退けた。
「さみしい」
「さみしいよね」
「ルビィいない、さみしい」
「なっ! 我が寂しがっているだと!? バカを言うな! 悪魔だぞ!?」
カッとなるリスタヴィンスの周りをふわふわと浮遊して、妖精達は口々に言う。
「ルビィはいい悪魔」
「ルビィはルビィ」
「ルビィはいい子」
「んぐぐっ!」
リスタヴィンスは、反論が出来なかった。
ここに来ていたルビィは、確かにいい子だった。
いい悪魔と言い切れるかはさておき、無礼も働かず、客人としてこの森を楽しんでいたのだ。
妖精達に話しかけては、お菓子を分け与える。好かれても無理はなかった。
妖精だけではない。人を警戒する聖獣ですら、ルビィに懐いた。
子どもは特に、ルビィがいないことにショックを受けて、地べたに伏せてしまった。
聖獣は落ち込み、妖精は恋しくて鳴く。一日目だというのに、騒がしい。
リスタヴィンスは明日には落ち着くだろうと思ったのだが、夜を迎えて、本当に訪れなかったルビィを考えた。
――寂しい?
――なっ! そんなわけあるか! 顔を見なくて済むなら、清々するわ!
そんな会話をしたというのに、リスタヴィンスは全然清々していなかった。
ぶっすーと不貞腐れた顔をした。
それが二日、三日と続き、不機嫌が絶好調の精霊王と仕上がった。
「(あの小娘悪魔! なんて薄情だ!!)」
ちゃんと来れなくなると言って三日しか経っていないのに、リスタヴィンスは心の中で理不尽に罵った。
「いや、待て。魔界の時間は狂ったように緩やかだと聞く……魔界にいるあやつからすれば、まだ数時間か一日なのか?」
しばらく来れなくなると言われたことを頭からスッポリと抜け落ちているリスタヴィンスは、一応そのことに気が付いた。
地上と魔界では、時間の経過が違うのだ。
「ではあやつが長くあちらにいればそれだけ……」
この悶々とした響きが続く。
追い打ちは妖精達がした。
「もしかしたら、何年も来ない?」
「十年経つかも!?」
「も、もう来ない? ルビィ来ない?」
この三日が異様に長く感じたのに、年単位で待たされてはたまったものじゃない。
それだけではなく、二度と来ない可能性もあると、泣きじゃくる妖精の声で、ガツンと頭を殴られる衝撃を受けた。
「冗談じゃないぞあの薄情者め! 文句言ってやる!」
二度と来ないとは言っていないルビィに、文句を言ってやるとリスタヴィンスは重い腰を上げた。
先日ルビィが『転移』で帰った場所に戻ってきては、その目で探る。
そして痕跡を辿り、『転移』を展開させた。
精霊王相手に警戒をしていなかったルビィは、そのまま伯爵邸の客室へ飛んでいた。
もちろん、リスタヴィンスはその部屋に降り立つことになった。
「なんだ? 屋敷の一室? ああ、『取り引き』相手のか」
人間のところに住んでいると聞いていたことを、思い出して納得。
ここはルビィの住処なのだ。
「無警戒な奴め」
そうなじる言葉を口にするリスタヴィンスは、口元を緩ませて上機嫌となった。
自分の元から、直行で家に帰ったということは、それほど気を許しているということだと解釈して、無意識に喜んでいたのだ。
そこでゆっくりと部屋の扉が開かれた。
リスタヴィンスは、眉をひそめた。
そこに立つのは、長身の白い髭を整えた執事だった。
敵を見据える鋭い眼差し。
「無断の侵入。精霊とて、許されるとはゆめゆめ思わぬことですな」
「……狼風情が。貴様こそ、人間の真似事をして何をやっておるんだか」
冷ややかな忠告に対して、リスタヴィンスはそう吐き捨てる。
執事は白い手袋を外すと、黒い爪をシャキッと伸ばして戦闘態勢に入った。
「精霊!? ま、まさかっ……ルビィ様が最近遊びに行っている精霊、様、ですか?」
後ろから出て来たのは、ダロンテ。
リスタヴィンスの姿を確認して、ギョッとする。
「精霊相手に喧嘩売ってはだめですよ! ルビィ様が毎日のようにお菓子を持って会いに行ったんですからね!」
駆けつけたデイクも、執事を宥めた。
「デイク殿。私めは喧嘩を売ったのではなく、不法侵入の精霊を討伐しようとしただけです」
「「精霊を討伐しちゃだめ!!」」
思わず、子どもを叱りつけるようにツッコミを入れてしまったダロンテとデイク。
神聖な精霊と魔界の魔物では、相容れないとは思うが、こんなところでおっぱじめられては困る。
「精霊様。ルビィ様なら不在です」
ダロンテは早めに用件を聞き、穏便に済ませようと割って入った。
「わかっておる。ここから魔界に帰っていないのか?」
「え? 魔界に……確かに帰りましたが」
「正確な位置は?」
「えっと、サロンです」
「案内せよ」
「は、はい」
断れるとは思っていない不遜な態度で頼まれてしまい、ダロンテはしぶしぶ案内を始めた。
「(人目につくから嫌だと言えない……。ルビィ様を訪ねて、次から次へとなんなんだ)」
剣吞な空気を漂わせる長身執事は、後ろからデイクとついてくる。
「こちらから帰っていきました」
サロンのソファーの後ろを示しておくダロンテ。そこで騒ぎを聞きつけたジョンとリリンも来た。
「まさか、精霊!?」と、リスタヴィンスの姿を一目見て、驚愕するジョン。
リスタヴィンスは、後ろに控えるリリンの腹部に注目していた。
「あやつが誕生を楽しみにしている胎児か?」と、指差した。
ルビィから精霊の話を聞いていたし、他に心当たりもないため、リリンはお腹を撫でながら「そうです。ルビィが楽しみにしてくださっています」とおずおずと答えた。
「そうか。特別に祝福してやろう。悪魔なんぞに好かれて難儀な胎児だ。健やかに育つ祝福を」
手を翳したリスタヴィンスは、爽やかな緑の香りをまとう光をかけた。
「あ、ありがとうございます……」と、喜びよりも驚きが遥かに勝るリリンとジョンは、かろうじてお礼を伝える。
「では、邪魔したな」
ピッと手を振って、ルビィが魔界へ『転移』した空間をねじ空けて、吸い込まれていった。
「……精霊様に祝福されてしまったわ。絶対に大物よ、この子」と、リリンはお腹を撫でる。
「悪魔と精霊に祝福されたのだからな……。いや、待て? あの精霊は一体何しに来て、どこに行ってしまった?」
呆けてしまったが、ジョンはハッとしてダロンテ達に説明を求めた。
「恐らく、ルビィ様を追ったのでしょう。もう何日も経っている『転移』の痕跡から辿るとは……規格外な技でございます。精霊だから出来る芸当でしょう」
忌々しそうに長身の執事は、そう答えた。
そんな芸当が目の前で行われたのか、と驚きで宙を見つめてしまうが、一同は我に返る。
「え? 追った?」
魔界や魔物を嫌う精霊が???
魔界へ???
大丈夫か、それ。
リスタヴィンスは、うんざりした。
濁った朝焼けの青空の下の空気は、どんよりとジメジメとまとわりつく瘴気交じり。荒れ果てた建物が、点々とある廃墟の街。
「ここが魔界……。まったく。こんなところに長居しても、いいことはなかろうに。好物の甘味だってないだろ」
ぶつくさ言いつつ、周囲を見回すと、魔力を感知。爆音も耳に届く。
ハッと息を呑み、地を蹴り、飛んだ。
リスタヴィンスが目にするのは、よってたかって魔法攻撃をしている悪魔の騎士達。
標的は、倒れているルビィだ。
ボロボロで気を失っている姿のルビィを目にして、カッと頭に血が昇った。
「下衆どもめが!! 貴様ら如きが傷付けていい存在ではないわ!!!」
手を翳して緑の太い鞭を召喚し、一振りで悪魔達を払い除ける。
「バカな! 緑だと!?」
「なんだアレは!! 何者だ!」
「第十三王国の大罪人を庇い立てするなら、同罪だ!!」
「戯け!! 魔界の法など知らぬわ!! 薄汚い魔物どもが! 喚くな!! 貴様らの方が大罪人だ!!!」
激怒したリスタヴィンスは、さらに巨大な植物を召喚して操り、悪魔達を串刺しにした。
「ルビィを傷付けおって……!!」
悔しげに呟き、我に返る。傷付いているなら、手当てをしなければいけないと。
しかし、振り返ると。
キョトリ。
起き上がっていたルビィが、不思議そうな顔をして見上げていた。
ルビー色の瞳は苦痛には歪まず、真ん丸に開かれ、灰で汚れてはいるが、顔も苦しげな表情を浮かべていない。
「リスタ? どうして魔界にいるの?」
「……ルビィ? 怪我は?」
「怪我? ないけど……なんで灰まみれ?」
「灰……だと?」
「ああ、なんか襲撃者が、私の結界を壊そうと魔法をぶっ放して、周りの蜘蛛の糸を燃やしたやつね」
それを聞いて初めて、リスタヴィンスは周囲に蜘蛛の巣があると気付く。確かに焼けて、灰が舞っている。
つまりは、こうだ。
敵の悪魔達は、ルビィを見付けたが結界で害を与えられず、結界に向かって魔法をよってたかって放っていた。
当の本人は、襲撃にも気付かず、スヤスヤ寝ているくらい、脅威を感じていなかった。しかし、燃えカスを浴びて、すっかり汚れてしまったわけだ。
「何故! 何故寝ているー!!」
早とちりの恥ずかしさを、怒りに変換して叫ぶリスタヴィンス。
「『魔糸』の技を習得するためだよ! 蜘蛛の糸を解析鑑定して、結界にくるまって眠れば、睡眠学習出来るのだ! 『無属性の結界』を糸状に生み出して操作する技なんだよ! すごいでしょ! これで私も立派な糸使い!」
見て見てと幼子のようにはしゃいで、五本の指から糸を生やしては伸ばすルビィ。ドヤ顔である。
「意味がわからんが、特殊な特技で習得したのか? そんな糸で何をするというんだ。それよりも魔界で無防備に寝るとは何事か。悪魔なんだから睡眠はいらんだろうに。せめて見張りをつけんか! 護衛か何かを! 身を案じろ!」
リスタヴィンスは、くどくどとお叱り。
それにルビィは不貞腐れて「すごいのに」とむくれた。
「でも、心配して代わりに倒してくれたんだね、ありがとう、リスタ」
にこり、と無垢な少女のように笑いかけるルビィに、リスタヴィンスは動揺。
素直に肯定出来ず、オロオロと視線を泳がす。
「魔界に来たのは、寂しくて会いに来たとか?」
にまー、と意地悪に笑顔で尋ねられて、リスタヴィンスは顔を真っ赤にした。
それは耳の先まで及んだ。
「べ、別にそういうわけではない! 散歩だ! 偶然だ!」
どんな散歩だ。地上から魔界。望んで出来るわけがない。
ましてや、偶然会えるわけもあるわけがないだろう。
どう考えても追ってきた状況だ。
なんともツンデレな精霊王。
悪魔に陥落。
「ありがとー」
ルビィはツッコまずにおいてやり、それだけを伝えることにした。
悪魔を気に入ってしまった精霊。
2024/01/10





