♰12 何もかも差し出す者と妬む者。
●♰●♰●
あちらも近付いてくると気付いたのか、動きを止めた。
身を隠したようだが、あいにく『魔力感知』のグレードアップは済ませてあるし『観察眼』も合わさって、魔力の主は特定済み。
位置と名前が、明らかになった。
「何をしているの? ダロンテさん」
大きな岩に身を隠しているが、『魔力感知』で位置は把握出来ているので『祝福』さんが名指ししてくれちゃっているので、かくれんぼにもならない。
何故こんな時間にこんなところに彼がいるのか、問いたださないとわからない。
三ヶ月前の関係者ではないのだし、ジャンが何も言わずに人間の護衛なんかを差し向けるわけもない。何が目的なのか。
「そこにいることはわかってるんだ。魔物と間違えられたいのか?」
バチンと掌で感電の音を響かせたら、脅しが効いたようだ。
無言だったダロンテが動いて、目の前に出てきた。
剣を鞘から抜いて、手にしている。警戒して引きつりそうなほどの強張った顔だ。
「なんでここにいるの?」と、こてんと首を傾げて、鋭く尋ねる。
「……。正直、見つかるとは思ってなかった。領主様がこの森に印をつけた地図を持っていたから、ここに来る可能性があったが……さっきの雷鳴……。魔物の群れの討伐を依頼されたのか?」
確かに依頼されたようなものだが、含みがあるな……。
棘がある。尖った嫌悪。『観察眼』でも読み取れた。
「それを雇い主の領主様から聞かされていない人に答える筋合いはないけれど、なんで無断で動き、ここまでやってきたのか、説明してくれるかしら?」
雇い主のジョンの命令でもないのに、私のあとをついてきたことは不自然で、つきまとわれた私としては問い詰めていいだろうが、ここではぐらかされてもしょうがない。
私はただのお客様扱いだ。
彼に命令をする立場ではない。
だからといって、野放しにも出来ない。あまりにも怪しんでいるのだから。こちらには不都合すぎる。
「……別に、偶然来た。――――なんて誤魔化しても、このまま帰ることを許してくれないんだろ?」
「そういう心当たりがあるのでしょう?」
のらりくらりとかわすなんて、この状況では面倒だと首の後ろを掻くダロンテ。
「――――三ヶ月前に、ダバス伯爵を殺したのはお前だろ」
やはりそれを探っていた?
首を傾げた。何故、と目をひそめる。
「おかしいと思ってたんだ。脅されていたかもしれない疑惑のある子爵が、領主の後釜になった。あまりにもジョン・キンバリーに都合がよすぎるってな」
「偶然でしょ? ダバス伯爵の死後、国王の決定でジョンに白羽の矢が立っただけなのに、全て計画のうちだなんて、とんだ策士じゃない。あなた、私よりジョンのそばにいたようだけど、そんな人間に見えたの?」
私は、鼻で笑う。
こちらが動いたのは、ダバス伯爵の殺害と偽りの借用書の破棄のためだけ。
伯爵の叙爵も、新領主の座も、棚ぼたで落ちてきてしまっただけのこと。
二週間そこらしか一緒に過ごしていない私よりも、護衛としてそばにいたダロンテの方がジョンを見ていたはずだ。節穴なのかと嘲笑ってしまう。
「オレはお前が人間には見えないがな」
ギッと睨みつけてくる。
私は笑みを保ったまま、また首を傾げた。
「酷い言い様ね? 何を根拠に?」
「人間の気配じゃねぇ」
【観察眼:野生の勘】
野生の勘、ねぇ。
いい悪魔だと称されるから油断したが、人外の気配も気にしないといけないな。以後、気を付けておこう。
「キンバリー伯爵は――――悪魔を召喚して、地位と富を手に入れたのか?」
剣を構えて、戦闘態勢に入るダロンテ。
「いや、だからさ、あなたは今までのジョンを見てそう思う根拠は、何?」
「それしか考えられねぇ!!」
怒鳴りつけるダロンテは、八つ当たりをする子どもに見えた。
【観察眼:八つ当たりによる怒りの発散】
『観察眼』がそう見えると言うなら、そうなのだろう。
八つ当たり、ねぇ?
「都合よく、あの悪党が死んだあとに、同じく被害に遭っていた子爵が、繰り上げて伯爵になって領主になって幸せに笑うだと! ふざけんな! こっちはっ! 苦しんでるのに!」
あの悪徳伯爵の被害者か?
「わからないわね。ハッキリ説明してくれない? わかるように」
こっちがいつまでも待たない気配を感じ取ったのか、苦虫を潰した顔をしたダロンテは、しぶしぶ口を開いた。
「オレは領地を持たない男爵家の長男だ。妹が一人いる。……その妹が……無理矢理、奴に純潔を散らされた」
憎悪に歪んだ怒りの顔で吐き捨てられる。
あの悪徳伯爵、そこまでやっていたのか。愛人は多いとか言っていたが、うら若きご令嬢に手を出した。
「妹は何もかも投げ出して、修道院に逃げ込んでしまった……! オレも両親も何も出来ず、苦しんだ……! なのにっ……! なのに、なんだ! 何も苦労せずに、なんで地位も富も得て、幸せそうに笑うんだよ!」
理不尽と喚く姿を冷たく眺める。
同情はするが、それとジョン達の幸せは関係ないじゃない。
「……ふぅん。それで? アンタ、元は真面目なのに、たまに投げやりみたいな態度になるのって、意味のわからない逆恨みからきてるんだ?」
「逆恨みだと!?」
カッとなって顔を真っ赤にするダロンテ。
「現時点の情報だけで言わせてもらうとさぁ。アンタは何をしたんだ? 何をしていたんだ?」
「は?」
すぐに理解出来ないと、口を無防備に空けるダロンテに続ける。
「わかってはいたんじゃないの? 新しい領主になったジョンは、領民から金を巻き上げたり、傷つけたりはしていない善人だって。護衛としてついて回って、それは見てたはず。でも、妻達と幸せそうに笑う彼と違い、自分達は不幸だって恨めしく思って投げやりになっていた。違う? ジョン達も気付いているよ、変な勤務態度に」
【観察眼:図星の反応】
やめてやれ、『祝福』さん。
「悪い噂でジョンも被害に遭っていたことまで掴んでいたなら、同じ被害者として、幸運に恵まれたことを祝福してやればいいじゃないか。何を逆恨みを抱いているのさ。アンタと違って、ジョンは現状打破したんだ。成功を掴んで何が悪い?」
「悪魔に願ったことだろ!?」
「お前。悪魔を召喚するのにも、願いを叶えてもらうにも対価がいるって知らないのか? それ相応の対価を支払う必要がある。お前は? お前に悪魔を召喚する覚悟はあるのか? 自分の魂も差し出す覚悟、あるのかよ? あったなら、なんでそれをしなかった? 結局のこと、何も出来ずに妬んでいるだけの野郎だぞ、お前」
冷たい口調で言い放って、現実を突き付けてやる。
「何も出来ず苦しんでいるって言ったな。被害に遭うことを阻止は不可能だったかもしれないが、今お前は何してんの? ”両親もオレも苦しんでいる”? 一番は妹だろうが。その妹に、一体何をしてやった? 何をしてやれば傷が早く癒えるかって、考えたことある?」
一区切りつけて強調して、問い詰めた。
「ここで。お前は。一体。何をしてんだ?」
青ざめてたじろいだ。
妹に、何もしてやっていないのだろう。
「何、お前が被害者面してんだ。被害者は、妹だろうが。それから、言っておくが、ジョンは妻達がアンタの妹のように被害に遭わないために命を差し出す覚悟を決めて行動に出たんだ。まぁ、恐らく、命を奪われる可能性の方が高かっただろうが、同じ目に遭わないなんて保証もなかった」
ダロンテは、愕然とする。想像もつかなかったのだろう。
今は幸せに笑っているあのリリンさんも、自分の妹と同じに目に遭う危険があったこと。
同じ目に遭った上で、殺される可能性があった。
ジョンは、危惧して行動に出たのだ。
命も魂も差し出す覚悟で。
「呆れた奴だな。何もしてないくせに、自分達だけが幸せになって許せないってか? ははっ。認めてやるよ。私がダバス伯爵を火だるまにしてやった。だがそれだけだ。それ以外は関与してない。ジョンは偶然、いや善行が功を奏したというべきだから、必然か。身を粉にして、いい領主を務めている。善人が幸運を掴んで何が悪い? 死に物狂いで掴んだ幸せを、何もしていないで文句だけ垂れているお前に否定する権利あるのか?」
殺害は認めてやる。本当に私が殺した。ただそれだけだ。
正論でぶん殴る。
効果はてきめんで、ダロンテは自分の唇を噛みしめて、わなわなと震えた。
「悪魔のくせにっ!!」
呆れる。
「おーおー。都合が悪くなければ、他人のせいか? お前、状況わかってんのか? のこのこと危険なところに来て、生きて帰れるとでも?」
脅してやれば、剣を構え直した。
「筋書きはこうか? 私が無理を言って行かせてもらったが、ダロンテは護衛としてついていくと言って聞かなかった。魔物の数が多すぎて、私を庇ってダロンテは致命傷を受けて死亡」
ダロンテが後ずさったので手を一振りして、風の刃を放ち、背後の木の幹を両断した。
ヒュッと、ダロンテが喉を鳴らしたのが耳に届く。
「私、剣術が学びたいのよね」と、ダロンテの剣を見る。
「騎士団で指南を受ける話もあるし、この際だから、私のために死んだダロンテのような剣術を学びたいって涙ながらに訴えましょうか」と、笑顔。
「あ、悪魔……!」
真っ青になるダロンテ。
「あら? そう見えるのかしら?」と、最後までとぼけて微笑む。
ニコニコと黙って待ってあげた。
その沈黙の猶予の意味を正しく理解したダロンテは、苦々しそうな顔をする。
「剣術を教えるので……見逃してくれ……いや、見逃してください!」
そう。悪魔相手には『取り引き』だ。
「お前の剣術って、命を助けてやるほどの価値があるの?」
「……!!」
絶望のどん底に落ちたみたいな顔されてしまった。
「冗談だよ~。私のことを関係者以外には他言無用の約束をすることで釣り合わせて、私が満足いくまで剣術を学ばせてもらうよ。ダロンテの願いは『命を奪わないこと』で、対価は今のね。『取り引き』成立?」
ガクリと項垂れるように頷くから、三件目の『取り引き』が成立した。
「じゃあ、ここの魔物の討伐は二人でやったことにしよう」
けって~い。
街へ歩いて引き返すと。
「……オレ。妹に何してやれるんですか?」
ポツリと呟いて尋ねてきた。
「お前の妹は知らないから知らんとしか言いようがない」と、キッパリ返す。
「お前なりに考えて考えて抜いて、今の妹にしてやれることを実行すればいいじゃないの」
「……そ、ですか…………そうですか…………」
それっきり、ダロンテは考え込むように黙った。
ダロンテとキンバリー伯爵邸に戻れば、当然驚かれた。
「ダロンテと魔物を討伐してきました、領主様」
やあ、と軽く挨拶するノリでそう告げる。
執務室から出てきたジョンは、ダロンテと私に交互に視線を向けて混乱していたが、すぐに取りつくろうと、最初に打ち合わせた通り、表向きの報告を側近達にも聞かせるべく、応接室で話を聞いてもらった。
私は独学で魔法を極めた魔法使いで、一人立ちのためにも、恩を売ったことのあるジョンから魔物の件を聞いて、無茶をした。
たまたま見かけて不審に思ってついていったダロンテは助太刀をして、討伐を無事終えた。
という筋書きに変えたと、側近達の前で、ジョンに伝えた。
色々ツッコミたい顔でグッと堪えていい具合に、側近に指示を出して追い出したジョンに、ようやくダロンテの事情を話した。
やる気のない態度を垣間見せた理由に瞠目したジョンは、そのまま真剣な顔で。
「他にも毒牙にかかっている人々がいるとわかっていたからこそ、私は命も魂も差し出す覚悟で『悪魔召喚』に賭けたんだ。奴を葬らないと、妻達もどんな目に遭うかわからなかったッ」
と胸の内も明かして、結果、いい悪魔を召喚出来て、危機を脱しただけではなく、好転続きで怖いくらいだと笑った。
全てを知ったダロンテは、声を押し殺して泣いた。
自分の不甲斐なさと逆恨みを恥じて、ぐちゃぐちゃだろうと、私達はそっとした。
結局、妹にしてやれることが思いつかないと弱音を吐くので、リリンさんの案で、一先ず手紙のやり取りをするといい助言をもらい、ダロンテは時間をかけて手紙を書いたそうな。
いいね、ブクマ、ポイント、ありがとうございます!
(2023/12/12◯)





