あの夏の光
「はいこれ。今日も学校頑張ってらっしゃいね〜ラディア」
「いつもありがと、母さん」
俺は筒状の装置を母から受け取り、ポケットに詰める。そしてそこから伸びる勾玉のような装置を片耳へと入れる。
ジジッ...!
耳元で装置から少し嫌な感覚がする。
はぁ、この感覚はいつになっても慣れないや。
「それじゃ、いってきます」
「は〜い。気をつけるのよ〜」
一通りの支度を終えた俺は両親に声をかけ学校へと出発する。
俺の魔力は赤子並みだ。昔からずっと両親の魔力をこの蓄魔筒に蓄えさせてもらって生活している。
見た目はもう使い古してボロボロだ。
けれど最近ではなんだか愛着が湧いてきてむしろ気に入っている。
魔力の鍛錬は欠かして無いんだけどなあ。
どうして一向に魔力量が増えないのか...。
ラディアは毎日隙あらば魔力の鍛錬はしているのだが、いかんせん魔力量が少なく、蓄魔筒の魔力も温存する必要があるために量をこなせないでいた。
だけど魔力操作には最近自信がついてきたしな、努力は無駄じゃないはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると村の馬車停へと着いた。
そばに置かれた木のベンチに腰掛け、ふぅ...と一息着いた後、すっと背筋を伸ばす。
よし、今日も馬車が来るまで魔力鍛錬だ。
意識を人差し指の先に集中し、魔力を込める。
「ライト...!」
指先に小さく微かな、球状の光が灯る。
ラディアが念を込めると、ライトは意識を持ったかのように動き始める。
「最近じゃ動かすのはもう余裕だな。次は形を変えられるように...」
ラディアは少し満足気味に呟いた後、さらに複雑な操作の練習へと移る。
ぐっと集中すると、ライトは徐々にスライムのように流動性を持ち始める。
そうして柔らかくなったライトを棒状に伸ばす。
「ここからが難しいんだよな」
ラディアは棒状のライトを曲げるべく集中する。
発動した魔術を操作し、動かしたり曲げたりすることは、一般的にはそこまで高度なことでは無い。
十五歳で魔術学校を卒業する頃には、皆ができるようになっている程度のことだ。
しかし、ラディアには魔力が少ないために、より繊細な操作が求められる。
一般的なライトの大きさは拳程度の大きさだ。
対して、ラディアが鍛錬で使うそれは豆粒程しかない。
そうしてしばらく手元のライトと向き合っていると...
「......ィア...おーい、ラディア!」
「あ、ルーナ!ごめん集中してて、ありがと。」
クラスメイトのルーナが馬車の窓から呼んでいた。
気づけば目の前に馬車が到着していたのだった。
つい没頭し過ぎてたみたいだ。
「おーい坊主、今日も朝からよく頑張るなあ。さあ早く乗った乗った。」
「いえいえ、おっちゃんこそ毎朝早いでしょう。じゃあ今日もお願いします。」
御者のおっちゃんに軽く挨拶し馬車へ乗り込む。
「はいよぉ。よし出発だ、...ヤァッ!」
馬車が加速し始めたので俺は慌てて近くの席に座る。
ふと、ほんのり甘い香りが鼻を掠めた。
丁度隣の席にはルーナが座っていたようだ。
今日も朝から寝癖ひとつ無い黒髪を肩にかけている。
彼女が軽く目を細め話しかけてくる。
「また今日もやってたのー?あの細かい練習、ラディアってほんと真面目だね」
「あはは、俺は魔力が少ないからね...」
「私、魔力操作得意な方だけどラディアの十倍の大きさのライトでもあそこまでの操作はできないんだからね?」
「じゃあそれだけが僕の取柄だね」
少し照れ臭いけどルーナに褒められるのは素直に嬉しい。
「......全然もっと良いとこあると思うよ、ラディアは。」
一瞬考える素振りを見せたルーナがそんなことを言った。
「そう?それっt...」
「も、もうすぐ夏休みだね!私すっごく楽しみなんだ」
尋ねようとしたが、すぐルーナの言葉が遮った。
夏休み、確かにもうすぐ夏休みだな。
「そうだね、ルーナは何か予定あったりするの?」
「......それが全然決まってないの!」
「そうなんだ、俺も全然決まってないや。ララとかシャル達とは遊んだりしないの?」
ルーナは学校でララとシャルの三人でいつも一緒にいる事が多い。
三人とも可愛いため、クラスの男子は三人の誰が推しかでよく盛り上がっている。
ちなみに俺はルーナ派だ。
それはもちろん友達としてルーナを選ぶべきであって別に他意はなくって...ご、ゴホンッ!
閑話休題。
「うん、もちろん2人とは遊ぶわよ!」
「じゃあ決まってるじゃん。良いじゃん、楽しみだね」
「えー、そうじゃなくってー!」
ルーナが少し上目遣いで見つめてくる。
これは誘われ待ちってことかな?でもあのルーナが俺なんかに?いや流石に無いよな...
「俺今年のセルアの街の夏祭り行きたいなーって思っててさ。一人で行くのもあれだから、誰か誘おうかなーって思ってて...」
「......!」
少し探りを入れてみる。
ラディアが少しだけ目を輝かせたように見えた。
いや気のせいかも。
というかこんなに可愛い顔で見つめられたら、さすがに俺も男として誘いたくなってくる...
ええい、ままよ!
「よ、よかったらルーナ、俺と一緒にいかない?」
「うん!行きたい!やったぁ!」
なんと返事はOKだった。
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夏祭りの日、俺たちはセルアの街の前で待ち合わせた。
街に着くともうルーナは待っていてこちらに手を振ってくれた。
急いで彼女の元へ駆ける。
「ごめんお待たせ!」
「ぜんぜん、私もちょうどさっき来たとこだよ!」
彼女は水色のオフショルダーのトップスを着ていた。
少しフリルをあしらったデザインだが、子どもっぽくはなくてむしろ大人っぽい。
ボトムスは黒の末広のショートパンツを履いていて、これもまた似合っている。
いつもの綺麗な髪は巻かれていて...
正直めちゃくちゃ可愛い。
「えーっと...。」
なんだか急に緊張してきてルーナの目を見る事ができず、頬がなんだかくすぐったくなってくる。
「えっと、今日のラディアすごく...」
するとルーナが少し震えた声で何かを言おうとしている。
「すごく...?」
「その、すごく、カッコいいよ...」
「......!!」
突然のルーナの褒め言葉に頭にビリッと電流が走ったような感覚を覚える。
「ありがとう嬉しいよ。ルーナこそ、その、めちゃくちゃ可愛いよ...」
「.........やったぁ!今日すごく楽しみだったから頑張ったんだ、えへへ」
ルーナが満面の笑みでそんなことを言う。
可愛いなんて普段からよく言われてるだろうに。
そんな反応がとても嬉しかった。
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空も真っ暗になってきた頃。
俺たちは夏祭りを満喫していた。
「夏祭りといえばカキ氷だよね!う〜んおいしい!」
「カキ氷は欠かせないよね。それにおじさんの技術凄かったね」
「うん!これふわっふわだよ!」
屋台で買ったカキ氷を片手にルーナははしゃいでいる。
カキ氷とは、魔術で氷を生み出し、それを風魔術で削ったものに甘い蜜をかけた食べ物だ。
カキ氷はその職人技を見ることから楽しめる夏祭りの醍醐味だ。
だけど屋台のおじさんがカキ氷を作ってる姿、それを楽しそうに見つめるルーナを見て、魔力が少ない俺はどうやってルーナを楽しませられるのだろうと、ふと俺は考えてしまった。
やっぱり、なんでルーナは俺と...
そのとき、近くでドン!という重低音が聞こえた。
「あっ、ラディア!見て!」
「ん、どうしたの?...あ!魔花火!」
ルーナの指差す先には、心地よい爆発音を響かせ、夜空を鮮やかに照らす魔花火があった。
光魔術と火魔術、爆魔術の複合魔法からなるそれは、しかしそれだけでは説明のつかない不思議な魔力を持っていて、一瞬で俺たちの心を掴む。
「綺麗...」
「ほんとに綺麗だね...ずっと見ていたいくらいだ」
いつの間にか手を繋いでいたルーナの方を見ると、花火の明かりにほんのり照らされた彼女がとても綺麗で、そこから目が離せなかった。
彼女が俺の視線に気づき、こちらを見る。
身長の差もあって少し上目遣いになってるルーナの目。
彼女の目は花火の光を映し少し輝いていて、とても魅力的で...
「んー?何か私の顔に付いてる?」
「...いや、なんていうか。...なんでもない」
「えー?なになにー?」
「なんだかルーナがすごく可愛くみえてさ...」
「え、そういうこと?もう嬉しいな〜」
そんな反応されたら惚れるやばい...
「なんだか、ルーナのこと見てると惚れちゃいそうだからもう見ないでおくね」
「なんで!ラディアもっと私を見ろおおー!」
ルーナが俺の顔を無理やり自分へと向ける。
そして...
「あのね...私ね、ラディアのこと好きだよ!」
震えた声でルーナがそう言った。
「俺も、俺もルーナが好きだ!」
ルーナを強く抱きしめる。
すると彼女も強く抱きしめ返してくれる。
夜空に浮かぶ花火が照らし出す二人の影は、二人が恋人であることを物語っていた。
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魔花火が終わり、二人は少し俯きながら帰り道を歩いていた。
「なんだか恥ずかしいね...」
「うん...。俺さ、こんな魔力も少なくって、頼りない男だけど、これからもっと頑張って努力して、ルーナのこと守るから。大切にするから」
「......!!そんなにも想ってくれるなんて嬉しい!ラディアのそういうとこ好きだなあ。気づいてた?私、ずっと片思いしてたんだからね?」
「え、そうなの...?」
「そうだよ!でもラディア全然気づいてくれないし...」
「逆に俺のどこを好きになったの?全く分かんないや」
「えー、きっかけといえばあの時しかないよ!」
「あの時?」
「もしかして覚えてない?」
「...うん、教えてほしいな」
「やーだ!もう恥ずかしいからしばらくは秘密ね!」
「えーそっか...。ねえ、ルーナ。ちょっと止まって」
「どうしたの?」
「手、出して」
右手を出したルーナの前に、ラディアは膝をつく。
彼女の手を取り、
「...ライト」
魔術の光を作り出す。
闇夜で淡く光るそれをラディアは変形させ、ルーナの薬指を一周するようにリング状にする。
「えっ...これって...」
さらに光るリングにありったけの魔力を込める。
できるだけ長く、長く彼女の側で光り続けるように。
「これは俺からのプレゼントだよ。俺にはこれくらいしか出来ないけど、だけどルーナを世界一幸せにして見せるから、絶対に。」
「...うん!ありがとう大好きだよ、ラディア」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
最後に少し自己紹介をさせてください。
皆さま初めまして、楸 騎端と申します。
この短編が初めての投稿になります。
私はなろうの作品を読むのが昔から大好きで、いずれ自分でも書きたいと常々思っていました。小説作品を書くのは初心者で作品のクオリティはまだまだ至らないところばかりですが、たった一人の読者の方にでも刺さればそれで良いという理念でこれからも投稿していきたいです。
投稿頻度は仕事の関係上、かなり少なくなってしまうと思われますが、これからもよろしくお願いします。