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第75話 「エリアスだって大事よ」

いいねをありがとうございます!

 

 エリアス越しに見えたのは、血を吐くポールの姿。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。次に聞こえてくるのは、床に何かが落ちた音。まるでガラスが割れたような、そんな音だった。


「クソッ! 毒を飲んだのか! テス卿、解毒剤を!」

「はい、旦那様」


 ど、毒を飲んだの? ポールが? 何で。

 いや、そんなことよりも、エリアスだ。


 辛うじて自分の足で立っているものの、私が支えなければ倒れてしまいそうだった。


「エリアス?」

「だ、大丈夫だ、マリアンヌ」

「でも……」


 こんな状態を大丈夫って言えるの?


「俺の内ポケットから、解毒剤を取ってくれないか」

「エリアスまで解毒剤!?」

「早く」

「う、うん」


 今は悠長(ゆうちょう)に驚いている場合じゃなかった。私はエリアスの指示通り、内ポケットから、解毒剤と思われる小瓶を取り出した。

 すぐに飲めるように蓋を開けて、エリアスに渡す。


「うっ……ありがとう。多分、これで大丈夫だと思う」

「良かった。何がどうなっているの? 解毒剤って……」


 状況が飲み込めずに聞くと、大丈夫と言ったのにも関わらず、エリアスはまた苦い顔になった。


「……俺の背中が見えるか?」

「背中?」


 私は言われるがまま、視線を下に向けた。エリアスの肩越しに見えたのは、細い何かが刺さった背中だった。


「ま、万年筆?」


 あの時、ポールの手元が光っていた物の正体は、万年筆だった。


「なるほどな。万年筆にも毒を仕込んでいたのか。想像もしていなかったな」

「今はそんなことを分析している場合じゃないでしょう。本当に大丈夫なの?」


 万年筆が刺さっているのは、ペン先のみ。それでも痛いことには変わらないはずだ。

 私は強く抱き締め返したいのを堪えた。


「まぁ、これくらいの痛みは我慢できる。毒も解毒剤を飲んだから、そっちもしばらくすれば良くなるだろうし」

「しばらくって、全然ダメなんじゃない」

「こうしていれば俺は大丈夫だから」


 エリアスは強く抱き締められない私に代わって、背中に回した腕に力を込めた。

 それが逆に、支えなければならない状態なのかと思えてくる。


「お嬢様! ご無事ですか?」


 ハッとなって声の方へ視線を向けると、ニナの姿が見えた。

 エントランスにひしめく治安隊の隊員の間をぬって、こっちにやってきたのだ。


「ニナ! エリアスが!」

「場所を移しましょう。ここでは治療もできません」


 ニナの言う通りだ。気が動転して、そこまで頭が回らなかった。


「エリアス。運び辛いから、取るわよ」

「お願いします」


 私がオロオロしている間に、ニナは即座にエリアスの背中に刺さっている万年筆を抜く。

 痛みを堪えるエリアスの顔に、ただただ胸が締め付けられる思いだった。


「お嬢様。そちらの肩を持っていただけますか?」

「えぇ」


 もう片方の肩をニナが担ぎ、エリアスを客間に運んだ。



 ***



 本当はベッドがある寝室に運ぶのが、正解なのは分かっている。でも、私とニナではエリアスを二階に運ぶことは不可能だった。


 エリアスは今年で十九歳。この世界では、すでに成人している年齢だ。

 いくら意識があって、そこそこ歩行ができるといっても、大の大人を女二人が二階まで運ぶことはできない。


 テス卿がいればいいんだけど。


 治安隊の隊員たちの中から探して呼び出すのは難しい。それ故の判断だった。


「お嬢様。お医者様を呼んできます」


 エリアスを長椅子に座らせると、ニナはそう言って、客間から出ていった。


 えっと、こういう時ってどうするんだっけ。背中を怪我しているから、横にさせるのはダメ、だよね。


「マリアンヌ」

「な、何? 何かしてほしいことはある?」


 よく考えると挙動不審な言動だったのかもしれない。私のオロオロした姿に、エリアスはフッと笑った。


「ネクタイを、取ってほしいんだ」

「ネクタイ?」


 そ、そっか。息苦しいものね。


 私は深く考えずに、手を伸ばした。


「うん。体内に入った毒と解毒剤が合っていなかったら、汚れると思うから」

「血を吐きそうなくらい辛いの?」

「いや、と言いたいところだけど、やせ我慢はできそうにないんだ」


 思わず外したネクタイを強く握り締める。


「ごめんなさい」


 発した言葉と共に、涙が出た。


 本当は私が受けるはずだった傷と毒。だから、ここは泣いちゃいけないのに……。

 助けてくれたエリアスに私ができるのは、そんなことじゃないのに……。


「旦那様がマリアンヌを大事に思うのと同じで、マリアンヌも旦那様が大事なのは知っているから」

「エリアスだって大事よ。でも――……」

「いいんだ。それにマリアンヌが飛び出さなくても、俺が行っていた可能性だってある」


 私は一瞬、想像した。が、それはとても低い確率だった。


「そ、そうかしら……」

「当たり前だろう。マリアンヌの泣き顔なんて見たくないから」

「っ! ごめんなさい」


 再び謝ると、エリアスの手が伸びてきた。私の頬に触れて、引き寄せる。


 そのまま顔を近づけ、昨日のようにキスするのかと思ったら、途中で止まった。


「エリアス?」


 少しだけ困った顔に、さきほどの言葉を思い出した。だから、私は身を乗り出して、エリアスの頬にキスをした。


 左、右、と続けて口づける。私の頬についた涙がエリアスの顔についたが、気にしなかった。


「私だってエリアスの苦しむ姿は見たくないよ」


 すると、驚いた表情をした後、ため息を吐いた。


 え? 何? 私、飽きられることをした?


「はぁ。こんな状況じゃなかったら、俺もこんな状態じゃなかったら……襲ってしまいたくなる」

「な、何を言っているの、エリアス。怪我人なのよ、貴方は」


 誤魔化すように、再確認するように、私はエリアスの上着に手をかけた。(めく)るように上着を肩にかけて、左腕から脱がす。

 すると、中に着ているシャツが目に入った。血がべっとり付いたシャツに。


「こんなに血が出ているのに、どうしてそんなことを言えるの?」


 再び涙が出そうになるのを、ぐっと堪えた。


「全くだ。婚約する前に手を出してみろ。容赦なく追い出すからな」


 冷たい声音が返ってきて、思わずエリアスと顔を見合わせる。

 エリアスは一度だけ瞬きをしてから、扉の方へ顔を向けた。


「今の俺にそんな体力はないので、安心してください、旦那様」


 腕を組み、仁王立ちしたお父様が、そこにいた。


状況はまだ緊迫しているんですが、甘さも入れてみました。

必須かなと思いまして(^_^;)

それもいいよ、と思われたら、ブックマーク・評価・いいねをよろしくお願いします。


次回、混乱していたマリアンヌは、現れたお父様から状況を聞きます。

エリアスは勿論、治療を受けますよ、そこは。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わ、エリアス君無事かと思ったら無事じゃなかったんですねΣ(゜д゜lll) 怪我したうえ毒まで盛られて。マリアンヌがかわいそうでしたが、エリアス君の調子がいつもどおりで、これはマリアンヌがい…
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