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釣り上げろ!パンティー

作者: 渋谷楽

 週刊短編シリーズ第二話。

 今回は書きたいものを書きました。


 車の窓から蝉の鳴き声が聞こえてきて、蒸し暑い風が吹く時期になると、僕は決まってこの写真を見る。

 その写真は二年前、僕が小学二年生の頃に撮ったもので、場所はこれから向かうおじいちゃんの家の庭。その中の僕の隣にいる、長い黒髪の人は千優お姉ちゃん。今年高校生になったらしい。

「正樹ー? 車酔いしてないー?」

 世話焼きのお母さんが運転しながらそう聞いてくる。

「大丈夫だって!」

「そう? もうそろそろ着くからねー。ほら、川が綺麗」

 急いで窓を開けると、太陽の光を反射している立派な川が目に飛び込んでくる。

「わあー! ほんとだ」

「お父さんから貸してもらった釣り竿、大活躍しそうだね」

「うんっ!」

 僕は写真を一旦横に置くと、膝の上に置いてあるお父さんの釣り竿を持ち上げる。

 これで抱えきれないくらい魚を釣って、千優お姉ちゃんに自慢するんだ……!

「あんまりはしゃぎすぎないようにね」

「わかってるっ!」

 僕は川を見ながら、釣り竿をギュッと握り締めた。

 僕の夏休みは、まだ始まったばかりだ。




    「釣り上げろ! パンティー」




 車がおじいちゃんの家の前に止まると、僕は車から勢い良く発射される。

「こら正樹! 荷物は?」

「後で!」

 釣り竿を掲げながら車から飛び出すと、すぐに声が聞こえてくる。

「あ、正樹ー!」

「勇気くん、久しぶり!」

 短髪で真っ黒に肌が焼けているこの子は、藤田勇気。僕の同い年のいとこだ。

「何それかっけえ! 正樹のお父さんの?」

「うんっ! 今日のために借りたんだ! 凄いでしょ」

「すっげー……なあ勇太、かっけえよな!」

 勇気が振り返ると、勇気の背中から不安そうな顔をした色白の子が出てくる。

「兄ちゃん、うるさい」

 藤田勇太。勇気の二つ下の弟だ。

「うっせー、お前も興味あるからついてきたんだろ?」

「別に……」

「よっし、じゃあ決まり!」

 勇気はそう言うと、おじいちゃんの家のすぐ横、橋の下を流れている川を指さす。

「今から川遊び行こうぜ!」

「えっ、もう?」

 急いで辺りを見渡す。まだ千優お姉ちゃんは来てないみたいだ。

「だって、お前んち明日には帰っちゃうんだろ? 急がねえと」

「そう、だね」

「早く行くぞ!」

「あっ、うん!」

 僕は勇気に手首をがっしり掴まれ、引っ張られるように走り出した。

 転がるように斜面を下って、勇気を追いかけるように急いで靴と靴下を放っぽり出す。

 冷たい水が流れていくのを足で感じながら、釣り竿を思い切り振った。

 それからどれくらい経っただろうか。

「勇気くんー、魚いたー?」

 川を流れる小石を眺めるのにも飽きて、振り返るでもなくそう聞く。

「……」

「勇気くんー?」

 返事が無いことを変に思って振り返ると、勇気は僕にお尻を向けて川の中に手を入れていた。

「勇気くん?」

「しっ!」

 険しい顔で人差し指を鼻に当てた勇気は、また川を見下ろすと意を決したように両手を突っ込んだ。

 次の瞬間。

「取ったぁ!」

 勇気の手に握られた大きなアユが、太陽に照らされてキラキラ光る。

「うわっ」

「取った! 取った取った!」

「すげえ! 兄ちゃんすげえ!」

「っ……!」

 悔しい。先を越されるなんて。しかも、僕は釣り竿を使ってるのに……!

「正樹! ほら! すげえだろ!」

「て、手で取って良いの? 魚って」

「当たり前だろ! 獲物を取るのにルールなんてねえよ!」

 そう言って得意げに笑う勇気に僕は何も言い返せず、竿を振り直す。

 くそっ、僕だって、僕だって……!

「……あれ?」

 僕は釣り竿を左手に持ち替えると、ポケットから双眼鏡を取り出して目に当てる。

「あっ! やっぱり!」

 おじいちゃんの家の玄関、お母さんと楽しそうに話してる女の人。

 千優お姉ちゃんだ!

「ち、ひ……」

 千優お姉ちゃんに向かって振ろうとした左手を降ろす。

 千優お姉ちゃんは遠くからでもわかるくらい背が伸びていて、短パンから出てる足も白くて、ポニーテールが似合ってて。


 おっぱいもお尻もおっきくて……。


「あっ」

 僕に気付いた千優お姉ちゃんが微笑みながら手を振ってくれる。

 僕も手を振り返そうとした。

 そのとき。

「ふわっ」

 空が見えたと思ったら、次はゆらゆら揺れる太陽が見えた。

 全身が冷たい。背中も痛い。

 息が……。

「ぶはっ!」

「おい正樹! 大丈夫か!」

「は、鼻に水入ったー」

 勇気たちに引き上げられながら、鼻水と一緒に水も出す。

「はっ」

 ふと千優お姉ちゃんを見上げると、千優お姉ちゃんは口に手を当ててクスクスと笑っていた。

 恥ずかしい。すっごくすごく。

 あれ?

 女の人に見られてこんな思いをしたこと、今まであったっけ?




 胸の中に変なものが渦巻いたまま、僕はタオルで頭を拭きながら二階の寝室のドアを開ける。

「勇気くんー?」

 寝室には僕たちの使う布団が壁の近くに積み上がっていて、その上に勇気と勇太が僕に背を向けて座っていた。

「何してるの?」

「正樹! こっちこっち」

 やたら興奮した様子の勇気に手招きされ、二人が囲んでいる『何か』を覗く。

「なっ……!」

 頭が真っ白になった。

 それは、コンビニで見るようなエロ本だったのだから。

「こっ、こんなのどこで」

「しっ! 誰かが倉庫に隠してたんだよ。すげえだろ」

「す、すごいって言うか、その……」

 僕はタオルで顔を隠しながら少しずつ後ずさりしていく。

 裸の男が裸の女の人に覆いかぶさってて、女の人は苦しそうな顔をしてて。

 心臓が痛いくらいに跳ね上がる。

 千優お姉ちゃんも、そういう顔をすることがあるんだろうか。

「何お前? こういうのあんま見たことないの?」

「あ、あるよ! 僕だって」

「じゃあほら、もっと近くで見ろよ」

「ひっ!」

 視界一杯に女の人の裸が広がる。

「や、やめろよ!」

「何でだよ。見たくねえの?」

「そういうわけじゃ……」

「じゃあもっと近くで見ろよー」

「や、やめっ……」

 容赦なく迫りくるエロ本を両手でおし退けた。

 そのとき。

「あっ……」

 こちらをぼーっと見ている勇太と目が合う。

「ゆ、勇気くん」

「何だよ? その手には乗らないぞ」

「勇太くんが!」

「あ?」

 振り返った勇気が徐々に目を見開いていく。

「勇太! 鼻血! 鼻血!」

 勇太はぼーっとした顔をしながら、つーっと一筋の鼻血を垂らしていた。

「ふえ?」

「勇太ほら、ティッシュ! やばっ、めっちゃ出てんじゃん」

「全然平気―」

「平気じゃねえよ! やば、どうしよう」

 そうだ。お母さんに知らせなきゃ。

「ぼ、僕、お母さん呼んでくる!」

「任せた! いや、待てエロ本が!」

「エロ本読むー」

「お前はもう読むな! エロ本禁止令!」

「とりあえず呼んでくる!」

「待て! 今隠すから!」

「エロ本ー」

 そうこうしている内に騒ぎを聞きつけたお母さんが駆けつけ、僕と勇気はコテンパンに怒られた。

 そして僕はぶたれた痛みも引かないまま、勇気に連れられてボロボロの物置小屋に来たのだった。

 勇気は枝で土ぼこりをなぞりながら、

「このまま引き下がれない」

 やけに真剣な表情でそう言う。

「何か戦果が必要だ。そうだろ? 勇太隊員」

「あいっ!」

 鼻にティッシュを詰めた勇太が敬礼をする。その表情は決意で満ち溢れている。

「では、早速作戦の説明を……」

「ちょ、ちょっと待って!」

「何だよ?」

「あのっ、僕たちって何でここに集まったの?」

 すると勇気は大きなため息をついて、大袈裟な動きで腕を組む。

「あのなあ正樹、俺たちに残された時間は残り僅かだ」

「う、うん」

 まるで戦争映画の司令官のように、勇気はふんぞり返りながら続ける。

「お前の母ちゃんにぶたれたままじゃ帰れない」

「うん、それはそうだけど」

「何か戦果を持ち帰らなければならない!」

「う、うん?」

 僕の純粋な疑問を無視して、勇気隊長はさらに続ける。

「お前も見ただろ? 千優お姉ちゃんのこと」

「うん、見たけど」

「どう思った?」

「……ちょっと良いなって」

「だろ⁉ なら欲しくないか! エッチな千優お姉ちゃんのパンティーを!」

「ええっ⁉」

 何でそうなるの⁉ と言う前に勇気のキラキラと輝く目に見つめられる。

「うっ……!」

「触ってみたいだろ⁉ クラスのちんちくりんの女子なんかとは比べ物にならない、大人の女のパンティーを!」

「そうだそうだー!」

「……」

 本音を言うと、僕も触ってみたい。千優お姉ちゃんのパンティーを。

 だけどそんなこと許されるのか? お母さんにバレたら、今度はぶたれるだけじゃ済まない。最低でもご飯抜き。最悪の場合、家を追い出されるなんてことも……!

 それに、千優お姉ちゃんにどう思われるか……。

「正樹」

 そんなことを考えていると、勇気に肩を叩かれる。

 顔を上げると、無駄に凛々しい勇気の顔があった。

「いざと言うときは、俺らも一緒に罰を受ける」

「っ! 勇気くん……」

「だから、な?」

 僕の肩を握る手に力が入る。

「一緒に夢を掴まないか?」

「……言ったな」

「ああ、言った」

「……乗った」

「よしっ!」

 僕と勇気と勇太、三人並んで物置小屋から顔を出す。

 見ているのは、二階のベランダに干されている『パンティー』だ。

「今から千優お姉ちゃんのパンティー奪取作戦を説明するっ」

 僕らは千優お姉ちゃんのパンティーを目に焼き付けながら、枝で図を描いたりして作戦を練った。

 あーでもない、こーでもない。それぞれ意見をぶつけ合う内に、やっと作戦は完成した。

「これだ」

 日も傾いてきてカラスの鳴き声が聞こえる頃、僕は釣り竿を握り締めて立ち上がる。

「時間が無い。作戦開始は今からだ」

「正樹お兄ちゃん」

 もう片方の鼻の穴にティッシュを詰め込んだ勇太は、目を輝かせながら僕を見た。

「頑張ってね」

「うんっ!」

「よし行くぞっ! 勇太の流した血を無駄にするなよ!」

 決意を固めた僕たちは、物置小屋の扉を開けたのだった。




 作戦のカギは僕の釣り竿だ。

 勇気と勇太が、夕食を作っているお母さんと千優お姉ちゃんの気を引いている内に、僕がこの釣り竿で千優お姉ちゃんのパンティーを釣り上げる!

「ごめん、お父さん」

 お父さんがこの釣り竿をすごく大事にしていることを僕は知っている。

 仕事が休みの日、釣りに行かない日はずっと家でこの釣り竿を磨いてる。

 お母さんはそんなお父さんを見て、たまには正樹と遊びに行ったら? と言うが、僕はそんなお父さんをじっと見ているのが好きだ。

 静かで、あまり面白いことも言わない。でもすごく優しい僕のお父さん。

「今だけ、力を貸して……!」

 リビングにいる勇気と目が合う。

 作戦開始の合図は、勇気の『丸ポーズ』だ。

「っ!」

 勇気が両手で丸を作る。

 その瞬間、僕は思いっきり釣り竿を振りかぶる。

「いけっ!」

 思い切り投げ出した釣り針は、二階のパンティー目掛けて綺麗な放物線を描いていく。

「いけっ」

 釣り針がパンティーに届きそうなその瞬間。時間がゆっくり流れ始める。


 届くか。


 届かないか。


 届け。


「お願い」


 届いてっ!


「ああっ!」

 そのままパンティーに届きそうだった釣り針は、失速して柵に引っかかってしまった。

 やってしまった。ビビッて思い切り投げられなかった!

「うぅ……」

 ふとリビングを見ると、勇気と目が合う。

「ごめん」

 そう言って首を横に振ると、勇気は、

「っ!」

 ただ無言で、僕を見つめていた。

 お前を信頼してる。そう言ってるような気がした。

「……まだだ」

 そうだ。まだだ。

 急いで解けば、まだチャンスはある!

 釣り竿を上下左右に動かしてみる。すると、釣り針が少し動いた気がした。

「よしっ、もう少しっ!」

 もっと大きく釣り竿を動かしてみる。

 上に、下に、もっと揺さぶりをつけて……。

「外れたっ!」

 空中で釣り針をキャッチして、再チャレンジしようとした。

 そのとき。

「えっ」

 勇気が僕に向けてしていたのは、『バツポーズ』。

 それは、作戦中止を伝えるポーズだった。

「何で……」

 その理由はすぐにわかった。

「嘘、何で今……」

 軽トラのエンジン音が、徐々にこっちに向かって近づいてくる。

 乗っているのは藤田兄弟のお父さんと千優お姉ちゃんのお父さん。バーベキューをするために足りないものを買いにさっき家を出たはずなのに、もう戻ってきてしまった!

「そんな……」

 当然、そのお父さんコンビに見つかってもゲームオーバー。僕たちの悪行は瞬く間にお母さんの耳に入り、もうバーベキューどころじゃないだろう。

 依然勇気は作戦を勇太に任せて、僕に見えるようにバツポーズをしている。


 今、やめるべきだ。


 今やめれば、僕たちはただのエロガキとしてバーベキューを楽しめる。きっと千優お姉ちゃんとも遊べる。

 千優お姉ちゃんは変わらずエッチな格好で、僕たち子供の視線なんて気にしないでいてくれる。


 でも、本当にそれで良いの?


 次皆で集まれるのはいつ? 次も千優お姉ちゃんがいる? もしいたとして、次もパンティーを堂々と干してくれる?

 パンティーを見上げる。

 山に沈みかけている夕日が紫色のパンティーを照らして、キラキラ光っていて綺麗だ。

 僕は、そのパンティーを触ってみたいんだ。


 あのエッチな千優お姉ちゃんを、もっともっと近くで感じてみたいんだ!


「おりゃあああっ!」

 僕はさっきよりも思いっきり釣り針を投げる。

 傍から見ると、僕の投げた釣り針は行きすぎだろう。確かにさっきよりも高い放物線を描いた釣り針は、このままじゃパンティーを通り過ぎて物干し竿に引っかかりそうに見える。

 だけど僕は、お父さんの口癖を思い出していた。

『いいか正樹。釣り竿は何回でも振って良いんだ。行きすぎたと思ったら、次は弱く。足りないと思ったら次は強く。学習して、何回でもやり直して良いんだ。それは人生も同じだ』

 そう言うとお父さんは決まって、正樹にはまだ難しいかと言って笑うけど、今はわかるよ。


 お父さん見てて。僕の釣り針、ちゃんとパンティーまで届くよ。


「よしっ!」

 届いた! 計算通り、釣り針はパンティーに引っかかった!

 あとは引くだけ! 破かないように、慎重に、それでいて大胆に!

 まるで女の子を扱うときのように!

「うおおおおっ!」

 全身を使って釣り竿を引く。パンティーが少しずつ動いて、僕に近づいてきているのを感じる。

 軽トラのエンジン音。

 パンティーが近づいてきている感覚。

 跳ね上がる心臓。

 そのときは、急にやってきた。

「……ふわっ」

 僕はそのとき、自分で何て言ったか覚えていない。

 ただただ信じられなくて、衝撃的で、わけがわからなかった。

 でも、一つだけ覚えてる。

「やった」

 すごく、すごく嬉しかった。

「やったあああっ!」

 僕は見事に釣り上げた紫色のパンティーを握り締めて、喜びを爆発させた。

「正樹ぃ!」

「勇気くん! やった、やった!」

 僕は、リビングから飛び出してきた勇気と抱き合う。

 やった。とうとうやり遂げたんだ。

「どうした? そんなに喜んで」

 顔を上げると、勇気のお父さんが不思議そうな顔をしていた。

「お、お父さん! 何やってんだよ! 買い物行ったんじゃないのかよ!」

「財布忘れちゃったんだよー。てか、何か良いことあったのか?」

「な、何でもないよ! ほら、早く行って!」

 勇気はそう言って僕の目の前に立ち上がると、チラッと僕を見る。

 僕はハッと気が付くと、急いで千優お姉ちゃんのパンティーをポケットにしまった。

「わかったわかった。帰ったら手伝ってくれよ?」

「手伝う! 手伝うから!」

「全く、どうしたんだよ」

 自分のお父さんを送り出した勇気は、急いで僕の元に駆け寄ってきた。

「正樹! やったな! 見せてくれ」

「うんっ、ほら、これ」

 ポケットから紫色のパンティーをチラッと見せる。

「すっげえ! すげえよ正樹! マジですげえ!」

「ちょっと皆―、こっち手伝ってくれない?」

「あ、はーい!」

 お母さんに返事をすると、勇気に『グー』を向けられていることに気が付く。

 僕は、何も言わずにグーを勇気のグーに合わせた。

 それからのことは、正直よく覚えてない。

 皆でバーベキューをして、ベロベロに酔ったお父さんコンビに悪戯をして、お母さんに少し怒られて。

 千優お姉ちゃんの笑顔が可愛くて。

 その人のパンティーを僕が今握っているんだと思うと、股間の辺りがゾワゾワした。


    ×    ×    ×


「じゃあな、正樹」

「うん」

 パンティー奪取作戦の翌日の夕暮れ時、勇気が僕の顔を見ずにそう言った。

「楽しかった」

「うん、僕も。すっごく楽しかった」

「来年も、絶対来いよ!」

「うんっ! 絶対来る!」

「……正樹お兄ちゃん」

 勇気の後ろから、勇太がひょこっと顔を出す。

「どうしたの?」

「か、カッコよかった」

「……ありがとう」

 勇太に『グー』を向ける。

「勇太くんも、カッコよかった」

「……へへっ」

 勇太の小さい手と僕の手を合わせる。

 そのとき。

「正樹ー?」

 玄関からお母さんが顔を出す。

「なあにー?」

「お母さんのパンツ知らない?」

「し、知らないよそんなの!」


「紫色のやつなんだけどー」


「だから、しらなっ……」

 待てよ。紫色の、パンティー?

「ど、どういうやつ?」

「紫色で、昨日干してたやつー。もう、恥ずかしいんだから言わせないでよ」

 ちょっと待って。

 よくよく考えれば、『あれが千優お姉ちゃんのパンティーだ』という証拠はどこにある?

 誰か事前に調べて確認した? 誰か千優お姉ちゃんに聞いた? 誰か、少しでもそれについて疑問に思わなかった?

「そ、そんな……」

 パンティーの入っているポケットが、『お母さんのパンティーが入っているポケット』が、ずっしりと重くなったように感じる。

「正樹……」

「勇気、くん」

「また、来年な」

 勇気はそう言うと、僕から一歩遠ざかる。

「えっ、ちょ」

「それじゃあな!」

「ちょ、勇気くん⁉」

 話が違うよ! そう言う前に、勇気は勇太の手を引いて走り出してしまう。

「そんな……」

「正樹くんっ」

 千優お姉ちゃんの優しい声。振り返ると、千優お姉ちゃんが僕に目線を合わせて少ししゃがんでいた。

「久しぶりに遊べて楽しかったよ。また来年遊ぼうね」

 手に入れたと思ってた。

「お、お姉ちゃん」

 エッチなあなたの一番大事なものを。

「ぼ、僕っ」

 あなたを一番エッチたらしめているものを。

「ご、ごめっ」

 エッチなあなたの、象徴を。

「ごめんっ、なさいっ」

「えっ⁉ どうしたの⁉ 何で謝るの⁉」

「本当にっ、ごめん、なさいっ」

 申し訳なさと恥ずかしさでどうにかなりそうなとき、お母さんの声が聞こえてきた。

「まあ良いやあんなパンツ。って、あんた泣いてんの⁉」

 僕は千優お姉ちゃんとお母さんに慰められながら、何とか車に乗り込んだ。

 写真を見る気にもなれず、かつて英雄だった釣り竿を握っていると、虚しさによって少しずつ落ち着いてきた。

「そんなにお姉ちゃんと別れるのが嫌だったの?」

 お母さんのへらへらした声も、今は敗者の僕を煽っているように聞こえる。

「また来年会えるよ」

「うん」

「次はお父さんに釣り、教えてもらおうね」

「……うん」

 釣りじゃなく、下着の見分け方を教えてもらおう。この悔しさを忘れないうちに。

「お母さん、窓、開けても良い?」

「何ー? 酔っちゃったの?」

「うん、ちょっとだけ」

 僕はそっとポケットに手を入れ、『それ』を掴む。

「……さようなら」

 また会う日まで。僕たちの夢。

 僕が窓の外で離したパンティーは、強い風に吹かれて瞬く間に見えなくなった。

 僕はパンティーを見送ると、僕と千優お姉ちゃんの写真を見て、また泣いた。


 ずっとずっと、泣いていたのだった。


〈完〉




 男の子の性の目覚めはどうしてこうも美しいのか。書いていてすごく清々しい気分でした。

 僕自身もいとこのお姉ちゃんのパンティーを見て目覚めました。あんなに小さくて薄い布一枚が、あんなに綺麗なお姉ちゃんの大事なところを守っているなんて。信じられないと同時に女性の神秘を感じたのを覚えています。

 しかし人間ってよく出来ているんですよね。一番エッチしたい時期にその能力が無い。女の子と遊ぶ能力がついてきた頃になると性の衝動はある程度落ち着いている……。悔しい。悔しいけど、そういうもんかとも思う。

 男の子は最高だぜ。では、また来週。

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