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Nの作品

僕の世界は動かない

作者: SSの会

 窓から差し込んでくる朝陽で目が覚める。

 目覚まし時計なんてものは持っていないし、なんなら動いている時計というものを僕は見たことがない。少なくとも、記億を失ってからは。

 だから僕の目覚めは朝陽が窓に差し込んでくる時間なのだ。

 夏なら早いし、冬なら遅い。特別困ることもない。

 ベッドから降り、着替えて、朝食を食べに行く準備をする。


 自宅――として利用している建物から出る。と、滅びた世界が視界一面に広がる。


 もうずっと前から世界は滅びているので、別に驚きはしないけど。

 かつては都市文明があったと思われるこの地は、ミサイルでも落ちたのか、もしくは大地震でもあったのか、ぐちゃぐちゃに崩れて鉄筋コンクリート造りの建物の残骸が広がっている。

 比較的崩れていない建物を住処にしているが、それでも次大きな地震が来ようものなら容赦なく崩れ落ちそうな耐久値しか残っていないと思われる。

 もしかすると朝目が覚めたら、瓦礫の下敷きになっていたり……そんな可能性だってある。


 どうして世界が滅んだのか僕には分からない。

 一つ言えるのは、世界が滅んでかなりの時間が経っていること。

そして僕以外に生き残りがいないこと。

 僕が知らないだけでもしかするとこの広い世界のどこかに、僕以外の生き残りがいるのかもしれない。

 もしくは、滅んでしまったのはこの町だけで、この町の外にはちゃんと文明が存在しているのかもしれない。


 崩れた町を歩きながら、そんなことを考える。

 数時間歩いて日が高くなる頃、これまた僕の住処同様に奇跡的に原型を留めた建物に到達する。

 ここが、僕がいつも朝食を摂っている場所である。僕が目を覚ました時から一度も時刻を確認したことがないので、もしかすると昼食と呼ぶべき時間になっているのかもしれないが、別に呼び方なんかなんだってよかった。


 この建物は元々冷凍食品を保管する倉庫、もしくは工場だったみたいで、その中に大量に保管されている冷凍唐揚げが保管されている。

 どうやら電力も、太陽光を利用しているみたいで、完全自家発電でまかなっているらしく、冷凍庫も健在だ。

 滅ひた世界で生きていく上で、この施設が残っていたことは奇跡に等しい。

 そして、僕がこの施設を目覚めた初日に見つけることが出来たことも。


 馴れた手付きで一食分の唐揚げを拝借する冷凍庫の中はひんやりと涼しく、夏が来たらここを避暑地として使おうと考えている。

 拝借した唐揚げを皿に盛り、電子レンジで解凍して屋上に上る。

 屋上に移した、倉庫の中で発見したイスと机を利用し、食事にありついた。

 じゅわりと口の中に広がる鶏肉を味わいながら、もうすっかりてっぺんまで昇った太陽の光を浴びる。


 今が西暦何年かは分からない。だからこの『2204/8/10』と書かれた冷凍唐揚げの消費期限が既に過ぎているのか、もしくはまだ過ぎていないのかも分からない。

 少なくとも、味は遜色ない……多分。

 僕の舌はこれしか知らないのだから。


 地平線の彼方まで、どこまでもどこまでもこの世界は減んでいた。


 * * *


 今が西暦何年で、何月何日で、何時何分何秒なのか僕は知らない。

 けれど、世界が滅ひたのが五時二十分であることだけは知っている。

 ジャラリと鎖に繋がれズボンのポケットにしまってある、錆び付いた懐中時計が教えてくれた。

 懐中時計のガラスにはヒビが人り、針は止まっているが、長針と短針は五時二十分を指している。


 いいや、これは懐中時計なんだから、世界が滅ぶ前にゼンマイが切れていた可能性だってあるし、世界が滅ぶっていう定義も曖味故に、この時計一つで世界滅亡の時刻を決めつけるのはいささか信憑性に欠けるのは分かっている。

 けれどもぼくは、目が覚めてから初めて発見したこの時計が最後に指していた、午前か午後かも分からないこの時刻を、世界が滅んだ瞬間に決めたのだ。


 食事を終えた後、ぼくは皿の隣に置いたリポルバー拳銃を手に取る。

 食後のデザートを取るような手つきでシリンダーを開け、中に一発だけ弾丸が人っているのを確認してから閉じ、シリンダーを手で回転させる。カラカラと回転し、カチャリと止まる。

 毎日の日課でこなれているが、それでも一種の、神聖な儀式のように緊張感を持って、ゆっくりと拳銃をこめかみにあて、ハンマーを起こしてから、トリガーに指をかけた。


 どうして世界は滅んだのか。どうして僕だけが生きているのか。あとどれだけ僕は生きなけれはならないのか。そんなことを思いながら、僕はトリガーを引いた。


 ――カツン。


 六分の一だけ回転するシリンダー。


 今日も死ねなかった。


 ぼくの世界は動かない。


 * * *


 窓から差し込んでくる朝陽で目が覚める。


 目覚まし時計なんてものは持っていないし、なんなら動いている時計というものを僕は見たことがない。少なくとも、記憶を失ってからは。

 だから僕の目覚めは朝陽が窓に差し込んでくる時間なのだ。

 夏なら早いし、冬なら遅い。特別困ることもない。

 ――いつもと同じ自問自答。


 また朝が来てしまった。

 手の平で朝陽を遮りながら、げんなりとそう思った。

 これで何度目の朝かも覚えていない。こんなことなら壁に印でもつけていけば良かったと何度目かの後悔をする。そうしておけば、また一つ時間を潰す行為を作ることが出来たに。

 僕が初めて目を覚ました時、既に世界は滅んでいた。

 僕は大きなカプセルの中にいて、そうとう長い間、コールドスリープで眠っていたらしい。

 睡眠状態から覚醒し、最初に目にした光景は、今現在見ているのと変わりない、崩れた瓦礫の世界たった。

 このカプセルが最初からここにあったのか、それとも宇宙空間を飛んでいて、設定した時間が過ぎたから地球に降りたのか、そもそもどうして僕がコールドスリープしていたのかすら分からない。

 何もかも分からないし、それ以前に僕は記億を失っていた。

 ――勿論、記憶を失った理由さえ。


 ただ、失っていたのは記憶だけで、俗にいう一般常識と呼ばれるものは残っていたので、すぐにこの光景が異常であることが理解できた。

 僕の知っている世界は二十二世紀であり、僕の常識では世界は滅んでいなかった。

 ふらつく足つきでカプセルから脱出し、二・三歩進んだ所で瓦礫に躓いて転ぶ。

 痛みに耐えながら目を開けた時、視界に入ったのが五時二十分を差す懐中時計だった。

 ――僕の世界はこの時始まり、されど世界は既に終わっていた。


 僕は無理に生存者を探したり、世界が滅んだ理由を究明したり、この土地の外を確認しようとはしなかった。

 面倒臭かったし、それ以上に恐ろしかった。真実を知るのが。

 だからするのは想像だけ。どうして世界は滅んだのだろう? と思案を巡らせて時間を潰す。分かることと分からないことを分別し、足りていないパズルビースで完成図を予想する。

 そんな僕の人生の殆どは、睡眠と食事と暇潰しに使われている。


 * * *


 唯一の食料庫である、電気の使えるあの倉庫ではなく、徒歩数時間もかかるこの住処を寝床に使っているのも、出来るだけ長い時間歩いて時間を潰すためだ。


 今日も瓦礫で足場の悪い世界を歩きながら、世界が滅んだ理由を考える。


①核戦争が起きたのだろうか?

 西の合衆国が北の連合国に核を打ち込み、その仕返しに核を打ち返した。

 それを繰り返していく内に世界中で核が飛び交い世界は滅んだ。

 いささか出来の悪いSF作品みたいだが、この爆弾で瓦礫まみれになった世界を見るに説得力はなくもない。


②もしくは大地震があったのか?

 世界規模の大地震で文明の象徴とも呼べる建造物があらかた崩れた。

 殆ど残ってない自然の中で、人類は原始回帰という選択を選ぶことも許されず、限られた資源を奪い合い、減びた。

 これもまた出来の悪い創作物みたいで、自分の想像力の貧困さに嫌気がさすが、当時の資料を何一つ発見出来てないのだから仕方ない、と言い訳をする。


③それか……未知のウイルスか。

 某国が難病を治すために開発した新薬の副作用で、人類は衰退を余儀なくされた。

 歴史を変えるはずの薬はウイルスとなり、人から人へ感染して、やがて滅んだ。

 これはこれで、使い古されているがいくらでも想像力を膨らませることが出来る仮説だ。

 どんなウイルスだったのだろうか? まだ残っているのだろうか? それを使えば、僕も死ぬことが出来るのだろうか?


④少し発想を捻って、既に僕は死んでいて、これは死後の世界なのでは?

⑤僕は植物人間状態になっていてこれは長い夢なのでは?

⑥⑦⑧⑨⑩――――エトセトラ。


 そんな憶測から出ない、幼稚な妄想で貴重でも何でもない時間を食い潰し、今日も倉庫にたどり着いた。おかげで足腰だけは鍛えられた。

 そして食事の後、偶然見つけた拳銃と銃弾を使い――肖殺を図る。

 僕が考えること、それは「過去』のこと、『今日』のこと。

【明日】のことは考えないようにしている。どうせ、明日も同じ今日なのだから。


 発見したのがリポルバー拳銃で良かった、そして発見できた銃弾が一発だけで良かった。

 こんな滅びた世界に用はないが、かといって潔く死ねるほど僕は勇敢ではない。

 多分、並の人間よりも臆病だと思う。

 だから僕を殺すのは僕の手ではないし、この銃弾でもなく、「運』なのだ。

 運に殺して貰う。

 一日一回、六分の一を繰り返し、やがて銃口から弾丸が発射されるその時を待つ。

 それでも最初は銃口を自分に向けるのさえ恐ろしく、それだけで全身からドロリとした汗が出た。


 まずは銃弾の人っていない拳銃をこめかみに当てる所から始め、少しずつ工程を増やしていった。銃弾の入った拳銃を使えるようになったのは、割と最近になってからだったりする。


 けれども来る日も来る日も、僕の脳味噌が吹き飛ふことはなかった。

 よほど運がいいのか、悪いのか、それとも拳銃が壊れているのか。

 六回連続でトリガーを引ける勇気を僕は持っていない。

 おかげ様で僕は今日も生きている。


 ああ、ごちそうさま。

 さあ、儀式を今日も始めようか。


 拳銃を手に取り、シリンダーを回転させ、こめかみに銃口を当て、ハンマーを起こす。

 いつもと同じ、馴れた作業。

 この刺激は、僕を死へと追いやる儀式であるのと同時に、生の実感を感じ取ることが出来る唯一の行為でもあった。死を近くに置かないと、生を実感出来ないくらいに、この世界は壊れていて、僕の心はすり減っている。


 今日こそは死ねますように。

 可能であれば、痛みは一瞬だけで済みますように。

 小さく祈ってトリガーを――――



「あ、あのつ! すいませんっ!」



 !?!?


 僕の呼吸の音、足音、風の音、雨の音、べッドがきしむ音、電子レンジの音、拳銃が不発に終わる音。

 聞き取った音のレバートリーが少なすぎることで有名な僕の耳が、今まで聞いたことのない音を……いいや声を聞き、混乱する。


「や、やっと……生きてる人を見つけた……っ!」


 そこにいるのは誰だ……?

 黒い髪、黒い瞳、僕が初めて目を覚ました時と同じ服を着て、よろよろとフラついた足取りで、壁で体を支えながらやってくる、この女の子は……?

可愛らしい女の子、だと思う。

 女の子は僕の顔をじっと見つめる。小動物のような大きな瞳の奥に、僕の顔が映っていた。


 そして女の子の瞳に映る僕の瞳には、女の子が映っている。

 いやいや、そんな小さなものが映る訳がないし、それを僕がこの距離で確認することなど出来る訳がない。そんなことは分かっている。それでも何故か、僕には見えたのだ。本当だ。


 きっと僕の瞳にも女の子の顔が映っていて、そして僕の瞳の中の女の子の瞳には、やはり僕が映っていて、あの女の子もそれが見えている。


 その女の子を見て、グツグツと煮えるような感情が僕の中で暴れ出す。

 その思いは実際に熱を持ち、初めて拳銃を自分に向けた時のように、全身から汗が噴き出した。全身が硬直して、目の裏がじゅくじゅくと痛み、肺から乾いた空気が絞り出される。

 懐かしいこの感覚……死を近くに置くことで生を実感するこの高揚感と同じだ!


「……っ!! ……っ!!」


 どうして世界が滅んだのか、僕には分からない。

 どうして僕だけが生き残っているのかも、分からない

 どうして今日まで僕が六分の一を外し続けているのかも、分からない。


 全て全て、何もかも分からないことだらけの世界だけど、今目の前に、生きている人間を発見した。それだけは確かだった。


「……君が……イヴなのか……?」


 久しく使っていない声帯から、カラカラの声を捻り出す。

 感覚がなくなった指先が、反射的に、いっものようにトリガーを引く。


 ――――音が鳴る。


 ――――六分の一、シリンダーが回る。





 それは、僕の世界が動いた音だった。



(終)

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 この作品はSSの会メンバーの作品になります。


作者:N

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