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練習帳

こわれかけの世界

作者: くまみ

 小さい頃から、すごく怖がりだった。

 そう言うとたぶん、家族やクラスメイトは「うそだ」って言うだろう。ぼくも、そう思われて当然だろうなって我ながら思う。まわりの人から見たぼくは、一言で言えば「ものすごい乱暴者」だ。作りかけの工作を壊すし、窓とか壁とか急に蹴っ飛ばすし、時々は我慢しきれずに人も殴ったし。

 言い訳の余地もない、暴力は暴力なんだけど、ぼくの中ではそれらの行為の理由は一貫していた。……怖かったんだ。

 ぼくは「こわれかけ」が怖い。

 紙工作がじょうずに作れなくて、ぐらぐら倒れそうな感じとか。

 少し歪んで、そのうち窓から外れそうなアルミサッシ。

 壁にはしる罅割れ。いつか建物が劣化した時、そこから割れて崩れるだろう目印のよう。

 宿題を忘れたクラスメイト。このあと叱られる、すべて終わってしまうという予感に震えながら、それでも自分の失敗をぎりぎりまで隠し通そうとしてうつむいている。

 怖い。いつかこわれる、その予感が怖い。

 世界は破壊の予感に満ち満ちている。何でみんな正気で暮らせるの。

 もういっそ、最初から壊れていればいいのに。壊れた後のものなら安心して見ていられるのに!


 ぼくは、壊れそうなものを壊して回った。

 潰れた紙工作、割れたガラス。――壁はさすがに子供の力では壊せなかった――。ごめんなさいって泣く子。そういったものの方が、ずっと安定していて、安心できると思ったから。

 もちろん問題児扱いだ。だって怖いんだもん、と正直に告白したら、大人たちはぼくをどこか大きな建物に連れて行った。ぴかぴかの白い壁と薄緑の床で、そのくせ何となくうす暗い室内の、不思議な施設だった。

 白い服を来た科学者とかお医者さんみたいなひとがいっぱいいて、ぼくに何だかヘンテコな絵を見せて説明をさせたり、絵を描かせたりおもちゃ遊びをさせたりしてずっとメモを取っていた。

 どうやら大人たちに「あたまがおかしい」と思われている。

 そう気が付いたあたりから、ぼくは破壊衝動をがまんするようにつとめた。成長したら、怖いものから目をそらす方法とか、ほかのことを考えて気をそらすのとかが上手くなってきて、本当に壊してしまうことはほとんどなくなった。大人たちは、あの白い壁の施設での治療が功を奏して、ぼくがまともになったのだ、と安心してくれたようだった。

 ぼくは解放された。

 ほんとうは相変わらず「こわれかけ」が怖かったし、誰もみていない所ではこっそり壊していたけれど、なんとか世間の常識と折り合いをつけて生きていけるんじゃないかなって……すこし安心した。


 それでもずっと、ぼくは怖いままだ。

 恋人ができても、なかなか長くは続かなかった。何かちょっとしたいさかいがあって、相手がちょっとむくれたりしたら、ぼくはもう、それを修復するより、この関係を壊してしまったほうが楽じゃないか、と思ってしまう。いや、思ってもなるたけ口には出さないように気を付けているんだけど、態度には出ちゃっているらしくて……だいたい、相手から別れを告げられる。

 仕事も、なんとかこなしているけれど、本当はもうちょっと完璧にするか、完璧にできないならめちゃくちゃに破壊したい、と思い続けているから、楽しくはない。

 がまんできるようになった自分は偉い、って思う反面、がまんまでして、なんのために生きてるんだろう?って思うときもある。

 怖いまま、壊せないまま、惰性で生きてる気がする。


 眠る前に、布団の中で想像する夢の世界は、完全に壊れている。

 爆弾か何かですっかり更地になった地面に、ひとり立っているぼく。

 足元にときどき残っている、形のある瓦礫を、ぼくはひとつひとつ踏みつぶして歩いていく。ぼくが歩を進めるたびに、世界はさらに壊れていく。

 そのうち倒壊しそうなビルなんてない。いつか枯れる植物も、死ぬ動物もなにもいない。

 完全に平坦な大地。いつか赤色巨星と化した太陽に呑まれて溶けるのを待つばかりの地球。

 もう何も壊さなくていい。

 ……いや、さいごにひとつ。この、ぼくの身体を壊してしまえば完成する世界だ。

 ぼくは自分で自分の首をしめる。あるいは。ポケットの中からナイフを取り出して胸を刺す。どうせ食べ物も飲み物も何もない世界なのだから、地面に横たわって餓死を待ってもいい。

 ぼくが死ぬことを想像したら、心が幸福感に満たされる。結局、いちばん壊してしまいたい、いちばん「こわれかけ」だったものは、ぼくなんじゃないかな。そうじゃなきゃ、生きているだけでずっと怖いなんてどうかしてる。

 死ねば楽になるのに。

 なのに死ぬのも怖いんだ。

 だからぼくは今日も生きて、多分明日も生きるだろう。


 こわれかけの世界で、いつか死ぬまで生きるのだろう。

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