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ある職場の出来事

作者: ユキノ

有り得ない…


本当に有り得ない…


この会社に勤め始めて4年弱。


ココ最近、本当に体調が悪い。


休んでもいられないから、無理したいけど…踏ん張れなくなってきた…




ここに来る前、商社に勤めていた頃は、寝なくてもいいと思い込むくらい仕事にのめり込んでいた。


6年前、仕事中に倒れ、そのまま入院。


そして、入院中に私のポストは後輩に取られた。


復帰しても「無理をしないで」という言葉のもとに、雑用ばかり押し付けられるように…


あまりにプライドがズタボロにされ、だんだんやる気を失い…そのまま退職。


入院から辞めるまでの期間は、たった半年。


今まで積み上げてきたものって何だったんだろう…全てを失い、何もかも虚しく感じて、暫くは仕事をする気が起きなかった。


親に何か言われるのも嫌だから、ずっと自分の部屋に鍵をかけて引きこもった。



でも…やっぱり働かなきゃ…


どこかで思ってた。


通院の時に、先生から「帰りにハローワークにでも寄ってみたら?」と軽く言われ、それこそ軽い気持ちでふらっと立ち寄った。


失業してから何度か行っているけど、職探しはした事がなかった。


それこそ求職はネットで済ませようと思ってた。


何となく立ち寄って、何となく求人募集を検索して…


何となく面接を受けようと思って…


何となくそのままトントン拍子で決まってしまったのが、今の会社。


事務所内は事務員数名しかいない、職人さんのスケジュール管理等をする仕事。


はじめは「こんな小さな事務所で、安月給で…何でこんなところに来ちゃったんだろう」って思った。



「ねえ、ユキノさん?」


入社直後、私の上司、和枝さんが声をかけてきた。


「ユキノさんの体調は、今はどうなの?」



私はそこまでに1度も、和枝さんに体調不良が続いているとは話していない。


『どうしてですか…?』


「だって、あんな有名な商社の花形部署にいた人が、こんなところに就職するんだもの、体調不良が原因だろうなって…」


…図星過ぎて、絶句した。


でも、この人が休憩中に私の噂話をしない保証がない。

他の社員さんに私の過去を知られたくない…


『体調は大丈夫です、ご心配なく』


冷たくスルーする事にした。


「そう…」


和枝さんは、そのまま引いてくれた。




入社して数週間が経った。


きっと、同僚からは[付き合いの悪い人]と認識されているだろうけど、仕事はきちんとこなしてるから、文句はないだろう。


「ユキノさん、これからみんなであそこのレストランにランチに行くんだけど、一緒にどう?」


私の教育係、政子さんから誘われた。


…行きたくない。


『いえ、お昼は持ってきているので。』


カバンの中のカップラーメンで、お昼をしのごうと思っていた。


「たまにはいいじゃない?1回だけでいいの!お願い!一緒に行こう?」


年下だけど、ここでは"先輩"の慎美さんが、お願いポーズをしながら私の顔をのぞいてくる。


…ウザイ…


こういう子、苦手だ…


でも…入社以来ずっとこの人達は、私を気遣ってくれているのも知ってた。


週に1〜2回は必ず、朝出勤すると、可愛いラッピングがされたお菓子が私の机に置いてあった。


はじめは駅前の小さなパティスリーのクッキー、次はキャンディ、次は手作りクッキー、次はブラウニー…


だんだん、既製品から手作りにシフトしていった…


毎回テプラで「お疲れ様♡」というメッセージも…


誰からか尋ねても、3人揃って「さぁ…」とシラを切られて…めんどくさくて、聞くのをやめた。


でも、気がつくと…出勤時に、お菓子が机にあるのか…とワクワクするようになった。


今回のランチのお誘いも、みんなが気遣ってくれている証拠。


でも…噂話に巻き込まれたくない…


ランチに行った方がいいのか…悩んだ。


悩んで…


悩んで……


悩ん…で……………



「…もう!まどろっこしい!行くよ?」


悩んでいるうちに、政子さんと慎美さんに手を引っ張られ、連れ出された。


スマホも、財布も、ロッカーの中なのに…




レストランに着くと、和枝さんが席をとっていた。


「あんまり事務所を空けられないから、シェフのおまかせにしちゃったよ?いいね?」


有無を言わせない和枝さんの圧力…


…何か、めんどくさい…


私たちが席に着くと、計ったかのように料理が運ばれてくる。


『パンシチューだ…』


凄く可愛いパンシチュー。


大きめの丸い田舎パンをくり抜いて、ホワイトシチューとチーズが入っていた。


サラダ&コーヒー付。


「「「『いただきます!』」」」


ちょっと発酵の香りのする素朴な田舎パンと、トロットロのシチュー&チーズが絶妙…


「「「『あー、幸せ…』」」」


みんなと声が揃ってしまった…


そして、大笑い!


「あー、ユキノさん、やっと笑ったぁ♡」


慎美さんがうれしそうに笑った。


「サラダも食べてみて!すっごく美味しいから!」


政子さんが嬉々として勧めてくる。


…確かに!美味しい!


うわ、凄く美味しい!なにこれ?


「ここのドレッシング、何度も家で再現しようとしてるんだけど、どうしても出来ないのよねー…もう、10年通ってるのよ?10年通ってて分からないって、悔しくない?」


和枝さんが、悔しそうに唸る。




…ぷッ。


みんな、少女みたい。


「あー!ユキノさん、笑った顔もめっちゃ可愛い♡」


慎美さんが、またうれしそうに笑った。



改めてみんなを見る。


キラキラした瞳で、幸せいっぱいな顔…



「ユキノさん、実はね、私達も色々あるのよ」


パンシチューを食べ終わり、コーヒーを飲みながら、和枝さんが言った。


「私は元看護師。昼夜ごっちゃの激務で倒れて。それでも看護師を続けたかったんだけど…パニック障害を抱えちゃって…続けられなくなっちゃったのよ」と、政子さん。


「私は、父のDVと不倫で、家庭をめちゃくちゃにされて…母が家を出ていっちゃって…父と居たくないから、母の所に逃げようとしたら、母には既に男がいて…実は、ここに就職するまで、養護施設にいたの。」と、慎美さん。


「私はね…実は、某自動車会社の設計にいたの。楽しかったわ…倒れるまではね。やり甲斐もあったし、私にしか出来ない仕事!って、誇りを持ってた。でも…倒れてからは、腫れ物に触るように扱われて…悔しかったわ。他の部署への異動も進言されたんだけど、そのまま退職しちゃった」と、和枝さん。


…みんな同じだ。


私と同じだ。


「だからね、ユキノさんがここに初めて来た時に、みんなひと目で理解したの。傷ついた人なんだろうなって。みんなで一緒に頑張れたらいいなって。だから私達はユキノさんを選んだのよ。」


和枝さんの言葉に、何故か涙が出た。


せっかく美味しそうなデザートが来たのに、あまり味が分からなかった…


嬉しかった。


『ありがとうございます…本当に………』


そういうのが、精一杯だった。




あれから4年弱。


お互いに体調不良故の急な休みがあるのも理解している間柄なので、上手く調整しながら業務をこなしてる。


でも、私の商社病は治らない。


どんなに「頑張りすぎるな」「倒れる前に申し出ろ」と言われても、ギリギリまで我慢してしまう。




そして今日。


昨日、体調不良で休んだ。


今日職場に行くと、和枝さんが開口一番

「あ、目が死んでない!大丈夫だね!でもね、無理しないんだよ?」

耳にタコができるほど言われた。


…何?目が死んでないって…


慎美ちゃんに聞くと

「えー?気づいてないのぉ?ユキノさんが無理して笑ってる時の目、完全に死んだ魚の目してるんだよォ?」


追い打ちをかけるように、政子さんまで

「今度無理してたら、その時の顔の写真撮って、メッセージ送ろうか?」


……………絶句………………


ここの職場、怖い…隠し事、出来ない…



「さ、今日も一日頑張りましょう!」


和枝さんがはっぱをかける。



私の机の上には…メッセージ付きの可愛いお菓子の詰め合わせが3つ。


彼女たちの愛情で、今日一日の元気をチャージ。


さ、頑張ろ…

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